5-10.二人目の妖精
前話のあらすじ:エリーからチケットを貰い、総合武力演習を観に行きたいと言ったら、許可を貰えたけど、公開演技に街エルフ、妖精族、鬼族が参加することも一緒に決まってしまいました。運営スタッフがストレスでピンチです。
次の日、お爺ちゃんが準備ができたと言って、師匠の道場で、妖精の召喚を行うことになった。
立ち会うのは、師匠、ケイティさん。
勿論、トラ吉さんは足元に寄り添ってくれている。
お爺ちゃんの話だと、チューニングしてスリム化した召喚術式を借りてきているので、起動するだけとのこと。それなら簡単だね。
「ソフィア殿、では宜しいかな」
「あぁ。ぱっぱとやっとくれ。喚ぶのは、魔術に精通している魔法使いだったね?」
「うむ。術式で細かく制御するよりも古い、こちらで言う古典魔術に相当する魔力を扱う技じゃよ。無論、術式にも詳しい。と言うか、彼奴は大概の事は詳しいぞ。こちらの街エルフのようじゃな。ちと、せっかちな所はあるが、いい奴じゃよ」
「ケイティ、あんたは窓口担当だ。必要に応じて、専門家に繋ぎを取りな」
「はい。アイリーン達も同席させますが、ご了承下さい」
「道場でなければ、好きにするがいいさ。さぁ、爺さん、始めてくれ」
「うむ。簡易召喚術式一号起動!」
お爺ちゃんが杖を振ると、上下に魔法陣が現れて、間の空間が揺らいだと思ったら、次の瞬間、ポンッと足元まで伸びる綺麗な白髪の妖精のお爺さんが現れた。やはり手乗りサイズだ。それと、お爺ちゃんの時と違い、もうゆったりとしたローブを着ていて、とっても魔法使いって感じに見える。
すぐに、羽を出して、その場に浮くと、指で空間に何かサインをするような仕草をして、手の中に杖を出現させた。
何か、お爺ちゃんより知的だけど、気難しい感じかな。
「……ふむ。出迎えご苦労。儂の事は賢者とでも呼べばいい。それで、そこの娘がアキか。思った以上に幼いな。奴に美化し過ぎだったと伝えておこう」
うぐっ、いきなり減点された気がする。
「では賢者、こちらの面々の紹介を――」
師匠がそう口を開いたところを、賢者さんが手で止めた。
「貴女が古典魔術の師範のソフィア殿、そちらにいるのが探索者にして家政婦長のケイティ殿であろう? 挨拶は不要だとも。ところで、先程の召喚術式だが、こちらの魔法陣技術を取り入れて、制御の効率化と魔力消費量の低減を狙ってみたものだ。二人から見て、何か気になる点はあっただろうか?」
などと、賢者さんは拡大した召喚術式の魔法陣を宙空に表示して、いきなり詳しい話を切り出した。
「まてまて、賢者よ。ここは事故に備えた道場、話をするのには不向きじゃ。場所を変えようではないか。それと、これからの話じゃが、アキの同席は不要じゃろうか」
お爺ちゃんの言葉に、ポンと手を打ち、表示していた魔法陣を消してくれた。
「あぁ、大きな人達は座った方が楽だったな。では、話ができる場所に案内してくれ。それとアキ君」
「はい!」
「翁の言うように同席は不要だ。魔力供給の変化について、後でレポートを提出してくれたまえ。それと、あぁ、そうだった。君のお陰で、だいぶ稼がせて貰った。感謝する」
最後にニヤッと一瞬だけ笑うと、そのまま、背を向けて、師匠とケイティさんを急かして、道場から出て行ってしまった。
残ったのは、僕とお爺ちゃんとトラ吉さん。
「何か、嵐のような人だったね」
「ニャー」
トラ吉さんもその通りと同意してくれた。
「うむ。彼奴もかなり興奮しているようじゃのぉ。暫くあの調子は止まるまい」
などと他人事のように言って、お爺ちゃんは寛いでいる。
「お爺ちゃんは一緒に行かなくて良かったの?」
「儂か? 儂は魔術の専門家ではないからのぉ。総武演が終わるまでは、彼奴の興味は魔術一辺倒なのは間違いない。儂ができる事は、ソフィア殿やケイティ殿の愚痴を聞く事くらいじゃ」
「賢者さんのほうはフォローは要らないの?」
「必要があれば、彼奴から言ってくる。それまでは下手に口を挟まない方が上手くいくんじゃよ」
「あぁ、そう言う人なんだね」
頭の回転も早そうだし、あの感じだと、そのまま、通信室に雪崩れ込んで、館組も巻き込んで、皆を引きずり回しそう。
伝文で、僕も少しリア姉の方をフォローしておこう。それにしても、二人目の妖精はあんな人とは……
「ねぇ、お爺ちゃん。あと四人を喚ぶんだったよね? 皆さん、賢者さんみたいな感じ?」
「まだ残り二枠は決まって居らぬが、次の二人は女王と彫刻家で決まりじゃ。まぁ、性格については、あれ程、せっかちな奴は他に居らんとだけ言っておくかの」
「うわー、その二人も来るんだ。女王様がこっちに来て、国の運営は大丈夫?」
「いざとなれば、同期率を下げるなり、一旦、召喚を終えるなり、方法はいくらでもある。じゃから心配は無用じゃよ」
「良かった。会えるのは楽しみだね」
「うむ。女王陛下もそう仰っておったぞ」
なんと、妖精の女王様がくるなんて素敵だ。となると残り二人は近衛隊あたりから来るのかな?
何にせよ、これで公開演技は更に楽しみが増えたね。良かった。
◇
それから暫く、トラ吉さんと軽く追いかけっこをしたりして体を動かしていたら、突然、道場の扉が勢い良く開けられて、大きな音を立てた。
「な、誰? ってエリーか。どうしたの、そんな仁王立ちしちゃって」
そう。扉の向こうには、エリーが腰に手を当てて、こちらを威圧するような態度で立っていた。
「どうしたも、こうしたもないわよ。なんで、私がチケットを譲っただけで、総武演の演目は原型を留めないほど変わるわ、公開演技で街エルフが割り込んでくるわ、お伽話の住人の妖精達まで参加して来て、挙げ句の果てに、あの鬼族まで参加ですってぇ?! 何があったか話して貰おうじゃないの、さぁ、今すぐ、キリキリ吐きなさい!」
ウガーって、襲い掛からんばかりのエリーを、ケイティさんの様に、うまくいなす事ができず、お爺ちゃんと二人掛かりで、五分程掛けて何とか宥め、落ち着かせて、話を聞ける状態まで持っていく事ができた。
もう、この時点でヘトヘトだよ、ほんと。
◇
師匠の家の部屋をちょっと借りて、と言っても、何かごちゃついてて、空いている部屋がなく、仕方がないので、物置きの一角を借りて、話をする事にした。
念の為にお爺ちゃんに魔導具がないか確認して貰ったけど、幸い、ここにはなかった。
何か、内緒話をするための密会って感じで、ちょっとだけワクワクするね。
目の前にいるのがミア姉だったなら、僕は舞い上がってまともに考えて話せるか自信がない。
でも、今は何とか話せる程度に落ち着いたといっても、獰猛という形容が相応しいエリーが相手だから、そんなに緊張はしていない。
どうも同年代の子は、お姉さんっぽさがないから、こう、心にグッとくるものがないんだよね。残念な事に。
「それで総武演の話なら、ケイティさんあたりに聞いた方が確実だと思うけど?」
「初めはそうしようと私だって考えたわよ。でも、なんか師匠も含めて、議論が白熱してて、鉄火場の様なキリキリした雰囲気だったから、割り込むのは止めたの。新しい白い老人の妖精がいたけど、メイドの魔導人形達まで含めて、五対一なのに、まるで引けを取らず圧してる感じだったわ」
私は空気を読む女なのよ、などと言ってるけど、巻き込まれるのが嫌で逃げただけだと思う。でも多分、それで正解。半端な実力で割り込んだら、邪魔だと叩き出されるのがオチだろう。
「と言っても、僕もケイティさんから聞いただけだから、それで良ければ」
「良いわよ、それで」
「それじゃ、そもそも――」
僕が未成年だから、基本的に街エルフの国か、大使館領から出る事ができないあたりの制約から始めて、ちょうどいい機会だから、街エルフが公開演技をやろうと決めた、あたりまで話すと、エリーが疑問を口にした。
「アキの立場上、安全の確保が必要で、その為に体制強化を働き掛けてきたのはわかるわ」
「そうなの?」
「そうなの。わざわざ探索魔術に優れた人形遣いが、演習場の地下深くまで含めて危険性がないか精査して下さるそうよ」
「それは何とも気合入れてるねー」
「言っとくけど、きっと、鬼族の王族を招いたって、そこまではやらないわよ」
「それはほら、鬼族なら自前で何とかできるだろうし、過剰に安全性を求めると、逆に不愉快にさせちゃうんじゃないかな」
「例が悪かったわね。普通ならやらないレベルまで街エルフ達が働いているって言いたかったの」
そういうものなのか。地球では、VIPの警護を行う時、通る道の下にある下水道まで含めて問題がないか確認するとか聞いた事があるから、地面の下まで調べる事もそれ程疑問には思わなかった。
勿論、僕に対してそこまで配慮してくれるというのは、複雑な気分だけれど。
で、そこまで安全性を配慮する理由だっけ。
「あー、それは僕が子供だからかも」
「どういう事よ」
「自分で身を守るだけの実力がないから、普通の対応だと不安だ、と考えたとか」
「……あり得るわね、それ」
長命種はなかなか子供が生まれないから、子育ては人の感覚からすると過保護なものになっているんだろう。
「まぁ、セキュリティの話は置いておくとして、公開演技よ。なんで、人形遣いが出て来るの! おかげで年配の観客に対して、注意喚起する羽目に陥ったんだからね!」
「人形遣いと言っても、僕の母さんだから、それ程、戦闘の熟達者って感じじゃないと思うけど。……そんなに魔導人形って恐れられてるの?」
「……見た瞬間、恐慌状態に陥る人もいるって話ね。私もここのメイドみたいな魔導人形しか見た事がないから詳しくは知らないけど」
おかげで、救護班まで増員することになった、とボヤいてる。
「そこは、ほら、華やかな色合いとか模様を描いたりして、雰囲気を和ませればいいんじゃないかな」
自衛隊も武装ヘリの機体に、アニメ調のキャラを描いたりしてたし。
「――それはいいわね。式典用の華やかな感じにすれば、印象は改善できるかもしれない」
「じゃ、今晩にでも母さんに連絡しておくよ」
「確か、光通信だったかしら。反則よね、海の向こうの国まで、ほぼ時間差なく連絡できるなんて」
「設備を作る手間があるから、お手軽じゃないけどね」
「そういう国家機密の設備を、お手軽に使ってるアキに言われても説得力がないわ」
「あはは」
そこを言われると誤魔化すしかない。
「だいたい、なんで演者がアキの母親なのよ。普通、そういうのは教導部隊の人達がやるもんでしょう?」
「ごめんね、僕も一般的な街エルフの人達は全然会った事がないから推測だけど、街エルフは出不精だから、やりたいと手を挙げた人がいると、対抗馬もいないから、そのまま選ばれちゃうんじゃないかな」
「……なんていい加減な」
他には、子供の前でいい格好を見せたい親心とかなのかもしれないけど、そこまでは言わない。
話題が微妙なので変えたいと、お爺ちゃんのほうを見たら、任せておけとハンドサインで合図してくれた。
「ところで、エリー殿、その感じだと、儂ら妖精が現れたら、皆が歓喜に沸いて収拾がつかないなどということにでもなるのかのぉ?」
お爺ちゃんが、自分で言うのもちと恥ずかしいが、と苦笑している。
「妖精? 妖精は小さいからたとえ本物だと皆が理解したとしても、騒ぎにはならないと思うわ。せいぜい、「あれが妖精か。本当に小さいな」とか思われる程度でしょうね」
「ふむ。そこは拡大投影する魔術で何とかするかのぉ。やはり、妖精族を知ってもらうのじゃから、ある程度、沸かせるような事をせんとな」
「……演目は運営スタッフに伝えておきなさいよ。予定外の行動なんかしたら、最悪の場合、撃ち落とされるからね」
「あぁ、投擲物や落下物対策の障壁じゃろう? 分かっているとも」
そう言いながらも、初の友好親善ともなれば、はてはて、何をするかのぉ、などと考え込んでる。まぁ、放置しておこう。
「で、極めつけに鬼族よ、鬼族。泣く子も黙る、弱った人ならショックで死にかねない、あの鬼族!!」
「えっと、街エルフが、出演をお願いした訳じゃないから、こちらに文句を言われても」
「そんなことは分かってるわよ。というか、何でそんなに反応が薄いのよ!」
「魔導人形の鬼人形とは対面してるから、それの本物がくるのか、どんな感じかなーとは思うけど」
鬼人形は見上げるような巨体で、ジョージさんがまるで子供のように見えたし、あれこそ正に鬼、人ならざる者って感じだった。
「この非常識め。もう見ている訳ね。とにかく、本物の鬼族がくるとなれば、演者が一人でも、演習にはある程度の人数がくるはず。あの鬼族が五人、十人と来てみなさい。やる気なら、天災規模の集団魔術だって使えるわよ?」
「うーん、その辺りは強さがインフレし過ぎていてピンとこないけど、人形遣いが運営スタッフとして十人くらい追加参加するんでしょう? なら、何かあっても、彼らの魔導人形達で止められると思うけど」
いざとなれば、大使館領の魔導人形の兵士達を動員してもいいのだし、鎮圧は幾らでも可能と思う。
「その激突が自国領で起きるんじゃなければ、ノンビリしてられるでしょうけど、演習には私達、王族は勿論、貴族も、国民もいるの。――神経質にもなるわよ」
常に全体の視点を忘れない。王族さんも大変だけど、エリーみたいな人なら国民も安心するだろうね。
「皆さんが場を整えてくれるんだから、そこはもう、成るように成ると思うしかないんじゃないかな。気になるなら、鬼族の派遣メンバーリストでも確認してみれば?」
「もう依頼済みよ。あぁ、誰がくるのかしら。下手な武官とかなら勘弁して欲しいとこだわ」
「爽やかで好印象を与えるようなスマートな文官タイプがくるんじゃないかな。公開演技も、街エルフに合わせて、文官の拙い余技ですが、って感じで」
「そう思う理由は?」
エリーが思い描いていた死を運ぶ者、殺戮者、生きた理不尽といった鬼のイメージとだいぶ違うためか、伺うような顔に変わった。いい表情だ。
「鬼族は人の兵士三人に該当するくらい強いんでしょう? なら、その力を少し控えめに見せても、人からしたら強過ぎる力に変わりない。それより、必要以上に凶悪に見せると危機意識と恐怖を煽りかねない。なら、綺麗な技をスマートに見せつけた方がいいかな、と」
「その意見、覚えておくわ。あと、訂正するわよ。鬼族一人に対して人の兵士三人に該当ですって? 情報源はケイティかしら?」
「そうだけど」
「それは、熟練兵が死兵となって、全滅覚悟で肉薄した場合の話。そもそも、鬼族の魔術、遠距離攻撃を掻い潜った後という前提条件付きのね」
あぁ、そう言えばケイティさんもそんな事を言ってたかも。
「それじゃ、鬼族の一般的な評価はどんな感じ?」
「街エルフの人形遣いと同じで、一人で部隊扱いよ。普通の兵士だと何人居ても藁を刈り取るように簡単に蹴散らされるだけ。生ける理不尽なのよ」
「……それは心配する訳だね」
僕は演目が増えてやった、としか思ってなかったけど、これは確かに慌てるのもわかるね。
「だいたい、小鬼達の仮想敵部隊ですって? 中隊規模!? 馬鹿じゃないの? そんな予算があるなら、少しはこっちに支援しなさいってゆーの! だいたい、運営スタッフの連中は、来年以降、同じ規模で続けたら破産してしまいますな、とかネチネチ言ってきて――」
エリーは余程、ストレスを溜めていたらしい。お爺ちゃんも苦笑しながら、妖精サイズのテーブルセットを取り出して、そこに座った。じっくり話を聞こうってことだね。僕も腰を据えてエリーの愚痴を聞くことにした。
王族さんも大変だ。がんばれ、エリー。応援するからね。
ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。
というわけで、二人目の妖精さんは、せっかち賢者さんでした。何日かエリーが道場にこなかったのは、総武演関連で関係者がてんやわんやの大騒ぎになって、関係者の一人として対応に忙殺されていたためだったりします。
次回の投稿は、二月二十四日(日)二十一時五分です。
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