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5-5.ソフィア《師匠》後編

前話のあらすじ:魔術の師匠ソフィアと遂に対面しました。ハードルは低いけれど、無条件に弟子入りできる訳でもないことが判明しました。

「わかりました。では、今の僕を語る上で、ミア姉との出会いと、積み重ねてきた交流の日々を外す事はできないでしょう。そう、あれは――」


僕は日本あちらでは誠という名の普通の男の子で、幼稚園児の頃、ある日、夢の中でミア姉と出会った頃から初めて、学生生活をしつつ、学校で学んだ事を話し、伝え、ミア姉の疑問に答え、という十年以上、毎日続いた日課についてざっくり話した。

日本の義務教育の時間割や合計年数、休日制度や夏休みのような長期休暇についても。

それと、ミア姉との対話で欠かせないのが何十万冊と蔵書のある図書館。そこになくても遠隔地から望んだ本を取り寄せる事も可能で、本を読んでもわからない事は、学校の先生に聞いたり、近所の定年退職して暇だというお爺ちゃんやお婆ちゃんに教えて貰ったりしていた事も話す。


「家事の手伝いや農作業、それに戦闘訓練は?」


「家事は僕が出来る範囲で、こちらでいう魔導具相当の掃除機や洗濯機、食器洗浄機なんかがあるので、それ程時間はかけてないです。日本あちらは分業が進んでいるので、家が、農家でなければ農作業に触れる機会はないです。運動は学校の授業で週に何時間かする程度。日本あちらでは争い事は縁遠いので、小さなナイフでも持ち歩いていたら逮捕されるくらいですから、武術の類は稽古事として習う人もいますが、それほど多くありません」


実技の比率はかなり低いと伝えると、なんて歪な教育なんだい、とやはり不評だ。


「空いた時間は全部、学んで、調べて、ミア嬢との対話に備えてたのかい。そいつは何とも驚きだね。なんでそこまで続けられたと思う?」


「ミア姉との会話は楽しかったこと。……やっぱりそうですね。準備は大変だし、夢の中に資料は持ち込めないし、会話は気が抜けないし、夢の中なのに疲れるし、色々ありましたけど、終わってしまえば、次に会えるのを楽しみにしていたし、何を話そうか、考えちゃうくらいでしたから」


それにミア姉はとっても美人さんで、可愛くて、テレビに出ているアイドルなんかよりよっぽど魅力的だったからね。


「あっちでは、友達と遊んだりはしなかったのかい?」


「まぁ、普通の範囲で遊んでましたよ。というかミア姉がそうしないと怒るんですよ。昔――」


ミア姉に聞かれた事を調べて教えて感謝されるのが嬉しくて、一時期、人付き合いが疎かになった時期があったんだけど、同年代の友達との付き合いは大事、私とだけ話してたら心が偏るから駄目と、結構怒られて。

ミア姉もそれなら少しは自重するよう反撃したりもして、二人して生活とのバランスを考えて、話し合う範囲やボリュームを変えたりして、半年くらいはその調整に苦労した覚えがある。


「それで、親しい間柄だったミア嬢からの誘いもあって、魂交換に応じたと」


「そこなんですけど、ミア姉もそこは酷いと思うんですよね。あの日も――」


僕は日本あちらでの最後の日にミア姉と話した内容を簡単に説明し、助けて欲しいと願われ、それも僕に助けて欲しいと言われて、断るはずもないのだから、もっとちゃんと説明してくれればいいのにと愚痴った。


「でもお前さんは、好きな姉を一人、異世界に放り込む真似を良しとしたかね?」


「そんな訳ないじゃないですか。いくらミア姉が賢くて、機転が利いて、大概のことはできちゃう人だとしても、いくら日本が安全な国だとしても、ちょっと外国に行ってきます、なんて話とは訳が違う。だから――」


「――そうして強く反対して首を縦に振りそうにないから、敢えて話さなかったんだろうさ。取り敢えず、お前さんの頭ん中がどうなってるか、多少はわかったよ」


「えっと、まだこちらに来てからの話はしてませんが」


「今までの話を聞けば、そして、ミア嬢の父母から娘として扱われていると聞けば、想像はつくさ。それで、次元門だったか。それを構築して、あちらにいるミア嬢をこちらに帰還させるのが、お前さんの目標で、魔術はその手段だと」


「だいぶ端折られた気はしますが、概ねその通りです」


「なるほど。不可能を可能にする、それが好きな女の為となれば、男なら気合が入るってもんだろう。嫌いじゃないよ、そういうのも」


そう言って貰えて良かった。でも、ソフィアさんはそこで、探るような目付きに変わった。


「だが、愛情は時に人を狂気に駆り立てるもんだ。あんたは、次元門の構築に多くの人を犠牲にする必要があるなら、どうする? 誰を犠牲にするかはあんたが選択できるものとする」


「まず、手順の見直しを掛けます。条件を緩和する何らかの触媒があるかもしれません。それから、他の選択肢、あるいは組み合わせていない視点を持つ人物、存在が本当にいないか確認します」


「街エルフの伝手を駆使してかい?」


「現実的に可能な範囲で、この惑星で取り得る全ての伝手です。もっともそこまで頑張って、それしか手段がないとしても、その道は選びたくないんですよね」


「なぜだい?」


「なんか、次元門が呪われたりして、ケチがつきそうでしょう?」


「はっ、言うね」


「あと、血塗られた道を敷いても、ミア姉が悲しむと思うんですよ。だから選びません。それに今不可能でも、今後も不可能と決まってはいませんから」


「それは単なる先延ばし、決断したくないから……という訳じゃなさそうだね」


地球あちらでの科学者達は幾度となく、同時代の人々が不可能だと断言してきたことを、工夫をして、別の方法を選んで、決して諦めず成し遂げてきました。人が空を飛ぶ事も、空に浮かぶ月に降り立つ事も、その先、更に遠い星々の誕生から終焉までの数十億年の歴史にさえ挑み、その詳細を明らかにしてきました。だから、僕は今、不可能でも、それで諦めたり、短絡的に無理な方法に飛びついたりはしません」


「……わかったよ。その強い意志を支えるのはあちらの五千年の歴史と百億の民の叡智なんだね」


「はい」


「最後に。先程、誰かを生贄に捧げる事自体は否定しなかったね。それはなぜだい?」


「世の中、本当にどうしようもない、永遠に分かり合えない人達がいると知ってますから」


獣欲のために女子高生を誘拐監禁して、四十日に渡って散々強姦した挙句、親が見ても我が子と分からぬほどに酷い暴行を加えて殺害して、遺体をコンクリート詰めにして東京湾に投棄したなんて凄惨な事件もあったし、海外なら人の密集したスタジアムに、遠く離れたホテルの部屋からアサルトライフルを乱射して六百人以上の死傷者を出した事件もあったし、他にも挙げればきりがないほど、酷い事件は起きている。一応、ミア姉に言われて調べたけど、それから暫く気が滅入って人間不信に陥り掛けたくらいだ。


「……詳しくは聞かないが、それだけ民がいて歴史があれば、碌でもない事例にも事欠かないようだね」


「そういう事です。探す手間は掛かりますが、碌でもない輩も世界中から集めれば、五万、十万程度ならすぐ集まるでしょう。……まぁ、そんな事をしたら、どれだけ選別が厳粛で正確であったとしても、街エルフの悪名が高まると思うので、提案はしませんけど」


「そうしておくれ。――さて、あんたの事は大方理解できた。やはり魔力属性に合った性格だね。無色透明、何色にも染まらず、ただあるがままを受け入れる、まさにピッタリだ」


「はぁ。それって当たるんですか?」


「当たる事が多いが、まぁ、気休めってとこさ」


「ソフィアさんの属性は何なんですか?」


「魔導師同士は相手の魔力属性については触れないのが鉄則なんだがね。あんたはまだ、弟子ではないから大目に見よう。私は炎色、それも透明度ゼロだ。魔力共鳴なんざ私の性に合わないのさ」


「えっと、透明度が低い程、現実を書き換える魔術向き、でした?」


「よく知ってるじゃないか。水中で松明を燃やすような真似は、透明度の高い奴には不向きなんだよ。気に入らない現実を、己が意思で塗り潰して書き換える。私らの得意技さ」


「それは頼もしいです」


「さて。アキ、これからはあんたは私の弟子だ。私の事は師匠とお呼び。それと手を出しな」


「手……ですか?」


「弟子の魔力を知るには、触れるのが一番だ。特にアキのように前例がない場合はね」


僕はちょっと心配だったけど、ソフィアさん、師匠の前に手を出した。


師匠は手を寸前まで近付けて、苦笑いを浮かべた。


「この距離でも何も感じられないとはね。確かに普通じゃない――」


そのまま、人差し指だけ立てると、僕の手にそっと触れた。


「ソフィア様!」


ケイティさんの鋭い声が飛ぶ。


「ガタガタ喚くんじゃないよ。魔導師級が魔力耐性を高めないと危ないと言われたら、試してみたくなるってモンじゃないか」


そう言って意地悪い笑みを浮かべた。


「師匠、もしかして、今、何か危ない事をしてます?」


恐る恐る聞いてみるけど、師匠の表情は変わらない。


「何、指先に発動寸前まで圧縮した魔力を作って、押し付けてるだけさ。まったくなんだろうね、まるで石像を押してるような気分だよ」


「あー、ちなみに、それって普通の人にやるとどんな影響が出たりします?」


「自分の体の中に他人の超密度な魔力をねじ込まれるんだ。体にナイフを刺してかき混ぜられるくらいには感じられるかもしれんね。まぁ、何週間かすれば静かに生活を送れるくらいには回復する程度の話さ」


「えっ、ちょっ、ちょっとソフィアさん、いえ、師匠、なんて事するんですか!?」


「ほれ、暴れるんじゃないよ。予想通り、ビクともしなかったじゃないか。アキ、別に何も違和感はなかったんだろう?」


「……えぇ、まぁ、それはそうですけど」


「そこのケイティ嬢から話は聞いてはいたが、やはり自分で確かめないと、気が済まないタチでね。それじゃ、師として、最初の指示を伝えるよ。アキ、お前は魔導師級の実力者以外に触れてはならない。いいね」


「それは子供や老人だと触れるだけで危険という話と同じですか?」


「子供や老人なら即死しかねないんだよ。誇張でも脅しでもない。これは事実だ。さっきの収束、圧縮した魔力を相手の体に叩き込む手法は、魔導師の近接戦闘術の一つ、それも半端な意思では使ってはならない危険な技なんだよ」


「……そうなんですか」


「そして、アキの魔力は私のそれを受けても微動だにしなかった。つまり、アキが相手に触れれば、悪意がなくとも、相手の体内魔力が掻き乱され、まともに動かなくなる。死ぬか、半身不随になるか、いずれにせよ碌なことにはならないからね」


「そんな……」


手が刃物でできてるのなんて目じゃない危険さだ。目の前で子供が倒れても助け上げることさえできない、というか距離を取らないといけないなんて、考えただけでお腹の当たりが痛くなりそう……。


「ほら、そんな泣きそうな顔をするんじゃないよ。さっき自分で言ったばかりじゃないか。今が不可能でも諦めないと」


「そ、そうですね」


「それに人の出入りはしっかり管理していて、近寄る相手は実力者ばかり。なら、当面、問題はないさ。それと翁、あんたはいざという時は障壁を展開してでも止めな」


「心得たとも」


「そこの角猫も、弱っちい奴が近寄らないように、しっかり目を光らせておくんだよ。この大使館領を自分の縄張りと考えるくらいがいいね」


「ニャ」


それなら任せろ、とトラ吉さんも答えた。


「アキ、今日はひとまずここまでだよ。ケイティ嬢と翁は残っておくれ。今後の事を相談したい」


「はい。えっと、師匠。明日からは僕はどうしたらいいですか?」


「食事をしたら、こちらに来ること。来る時は動きやすい服装なら、それでいい。後はおいおい考えていくから、そのつもりでいるんだよ。杓子定規に普通の修行をするのは無駄だ。あまり根を詰めるんじゃない。今のアキは、どちらに進むかわからない遭難者だ。闇雲に歩いても害にしかならない。まずは情報を集めて、進む方向を決める。全てはそれからだよ」


「はい。明日もよろしくお願いします」


これはなかなか前途多難だ……

ブックマークありがとうございます。執筆意欲がチャージされました。

なんとかアキも、ソフィア師匠のメガネに適うことができました。これから修行パート……というのが定番でしょうけど、ソフィアも言ってるように、現在地点も方角もわからないまま、歩き始めるのは遭難するだけ。なので、しばらくは調査、分析、検討となるでしょう。

次回の投稿は、二月六日(水)二十一時五分です。

外出先からの更新なのでちょっと時間が遅れるかもしれませんがご了承ください。

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