5-4.ソフィア《師匠》前編
前話のあらすじ:トラ吉さんとの追いかけっこも暫くはジョージが一緒にいた方がいいとわかりました。それとミアからの三通目の手紙を読んで、自分がかなりストレスを溜め込んでいるらしいとアキが自覚しました。
次の日、いつも通り、トラ吉さんに起こされ、身支度を整えて、朝食を摂っている時、ケイティさんに魔術を学びにどこに行くのか聞いたところ、返ってきた答えは予想外のものだった。
「その先生、大使館領内に家があるんですか?」
それは、街エルフにかなり縁のある人なんだろうか。
「はい。セキュリティの関係で、大使館領の中に住まわれるのが望ましいと判断し、屋敷ごと引っ越して貰いました」
「屋敷ごと……?」
いや、いや、そんな、屋敷ごとって、曳家で移動できるような距離とは思えないし、堀で囲まれていて、簡単に持ってこれるとは思えないけど。
「さすがに空間鞄に屋敷を入れて運ぶのは無理なので、一旦解体して、大使館領で組み立て直しました。庭や池も含めて、ほぼそのまま再現できたと聞いています」
「それは魔術的な仕掛けとかも含めて?」
こちらの屋敷とか敷地なら、魔術的な防御とか結界みたいなのがあったりしそうだけど。
「もちろん、そちらも含めてです。リア様の良い伝手があったので、思いの外、短時間に引っ越す事が出来たそうです」
「便利なものですね」
「古い作りの建物は、接着剤や釘をあまり使わないので、解体して、移築するのは比較的容易なんだそうです。もちろん、土壁は作り直すしかありませんが」
ケイティさんも移築作業がとんなものかは詳しくは知らないようだ。まぁ、それくらい気負うことのない普通の範疇に入る話なのもしれない。
「大使館領内ということは、移動は徒歩ですか?」
「いえ。セキュリティと設備保全を考慮する為、馬車での移動になります。歩きたかったですか?」
「あ、いえ。それほどでもないですけど、やっぱり魔導具はあちこちに設置されているとか?」
「はい。ですので、いずれ散策可能コースや運動エリアの調整はします。それまでは少し窮屈ですが、ご了承下さい」
なるほど。館の頃はそういった調整はやりやすかっただろうけど、ここでは大使の意向が優先だ。郷に入っては郷に従え、だね。
◇
馬車に乗っての移動は五分程度。近所のコンビニに行くのに、自動車を使うような感覚だ。気を付けないと運動不足まっしぐらだ。注意しないと。
森の一角に突如現れたのは、塀に囲まれた平屋造りの落ち着いた古風な屋敷だった。街中なら違和感なく溶け込んでいるだろう佇まいだけど、ここだと、街中の戸建て住宅を森の奥にポツンと立てたような凄い違和感がある。何処かの風景をはめ込み合成したような……というか、移築したんだから、それも当然か。
門を叩き、魔術を学びに来た僕と、その関係者である旨を伝えると、扉を開けて迎え入れてくれた。
「お待ちしておりまシタ。道場までご案内しマス」
なんと、出迎えてくれたのは魔導人形のメイドさんだ。やっぱり街エルフ所縁なのか、あるいは魔導人形を雇える程、裕福なのか。
案内された道場は、道場というけど中庭というのが正しい作りだった。十メートル四方適度の剥き出しの地面と、それを囲む二メートルくらいの高さの壁って感じで、壁の近くには、水を貯める瓶があったり、訓練用と思われる杖が置かれていたりするけど、それだけ。
陽射しが強くて、ずっとここにいると日焼けが心配だ。
僕の隣にはケイティさんとお爺ちゃん。足元にはトラ吉さん。後ろにはジョージさんと護衛人形の四人が控えている。なかなかの大所帯だ。
「先生は、何という方なんですか?」
「ソフィア様になります。ハーフの方でかなりの高齢と伺ってます」
「あの、僕は確か子供とか老人は触れると不味いって話でしたよね――」
「小娘に心配される程、落ちぶれちゃいないさ。なんだい、ゾロゾロと雁首揃えて。今回は仕方ないが、次からは道場は弟子以外は立ち入り禁止だ。いいね!」
僕達の話に威勢良く割り込んで来たのは、僕の肩ほどまでしか背がない小さなお婆ちゃんだった。赤みがかった髪色だけど、自然に見える。昔は燃えるような髪色だったんだろうね。目鼻立ちが整っているけど、目が勝気な感じだ。背筋はしっかり伸びていて、かなりの年配ではあるけど、歩き方もなかなか元気そう。
後ろからは椅子を抱えてメイドさんも付いて来ている。
そのまま、僕達の前に椅子を据えると、ドスンと座り込んで、僕のほうに値踏みするような視線を向けてきた。
うん、まずは挨拶だね。
「初めまして、ソフィアさん。父ハヤト、母アヤの三女、アキです。他のメンバーの紹介をしても良いですか?」
「不要と言いたいところだが、そこの妖精だけは話を聞こうか」
「お初にお目にかかる。儂はアキに召喚され、妖精界からきた妖精じゃ。翁と呼ばれておるが、好きに呼んで欲しい。アキの子守妖精の任を受けているが故、道場にも立ち入るが許してくだされ」
お爺ちゃんは、ソフィアさんの前まで行って、朗々と告げて一礼すると、僕の隣に戻った。
ソフィアさんも本物の妖精は初めて見るようで、身を乗り出して、お爺ちゃんの振る舞いを注視していた。
「爺さん、挨拶がわりに何か魔術を見せとくれ。そっちの嬢ちゃんと違って、あんたは魔術は使えるんだろ?」
「無論じゃ」
「客人扱いか、弟子扱いか、術を見て決める。妖精らしい術がいいね。宴会芸の一つくらいあるんだろ?」
「うむ。妖精らしさとな。派手な術も無くはないが、やはり妖精と言えばこれじゃろう」
そう言うと、お爺ちゃんは杖を一振り。
そのまま、空気に溶けるように姿が消えてしまった。
「ほぉ、見事に見えなくなったじゃないか。それで妖精ってのは隠れんぼが得意ということかい?」
「うむ、儂らは恥ずかしがり屋だからのぉ。いきなり姿を見せたりはせず、姿を消して相手を観察するんじゃよ」
声はすれども姿は見えず。日差しは強いけど、影で位置がわかるようなこともなし。
「見事な術だ。感服したよ。爺さんは客人待遇とする。そこの嬢ちゃんと一緒にいても構わんとも」
「ニャー」
俺はどうなんだーって感じにトラ吉さんが鳴いた。
「そこの角猫は、狩をする時のように気配は消せるかい? 消せないなら修行の邪魔になるから立ち入り禁止だ」
ソフィアさんの言葉は単純明快。だから、トラ吉さんも、それなら観てろといった感じで、体を静かに沈めた。
音も何も聞こえない。なんか気配が薄いというか、そこにいるのに、目を離したら消えてしまいそうな存在感のなさが不思議な感じだ。
「見事な隠業だ。気配を消せと言われた時だけそうすればいい。お前さんも同席を認めよう」
「ニャ」
当然と言った感じに返事をして、姿勢を元に戻した。いつものリラックスしたトラ吉さんだね。
そして、ソフィアさんは僕に視線を移した。
「さて、嬢ちゃん。私もあんたの事情を聞いた上で、弟子入りを前提に話を聞くことにしたが、街エルフ達も匙を投げたことをなんとかできる手品が使える訳じゃない。私は道を示すことはできるが、歩くのはあんた自身だ。いいね」
あー、お手上げだったと。確かに魔術を使いこなせていたリア姉が、魔力感知すらできなくなった時点で、僕が普通に修行してリア姉に並ぶ術者になれたとしても、魔力感知できないってことだもんね。
「はい。難しい事は覚悟しています」
「どれくらい、あんたが異例か話しておこう。まず、一般的に、師は魔術の見込みがある奴、つまり伸び代がありそうな奴を選んで育てるもんだ。この時点であんたは失格だ。魔力の感知は教わってやるもんじゃなく自然にできるもんだ。それに魔力属性も無色透明、偏りがなくどの分野も得意ではない、つまり魔術の全ての分野が不得意。まぁ、そいつはあんたの姉も克服した話だが、相応の苦労は覚悟しておくんだね」
むむむ、これはスタートラインから出遅れた感じだ。もっともそんなだから、師事する人を探してもらった訳で、嘆いても仕方ない。
「やる気とか、魔力の保有量とかはどうですか?」
その程度でへこたれたりしないとアピール。
「そこは条件付き合格といったところか。やる気はあるとして、魔力のほうは共鳴現象という話だったが、あんたの姉とこれだけ離れていて、魔力強化が続いているのは例がない。そもそも何もせず四六時中、共鳴してるという時点で普通じゃない。共鳴現象に似た別の何かと考えるのが自然だね」
「リア姉が魔力感知も、集束も、圧縮もできなくなっているのも異例なんですね」
「そうだよ。共鳴現象で魔力強化をすると、魔力感知の精度が低下し、集束と圧縮の難度も上がるが、まぁ、それが極端になったものかもしれない。いずれにせよ、手探り状態で何とかする術を探すのさ」
「はい」
「で、嬢ちゃん。私はあんたの置かれている状況を聞いて、教えてもいいとは考えたが、弟子入りをまだ決めた訳じゃない。魔術は危険な技だ。師は弟子となる者の心技体全てを見て、技を授けるのに相応しいか判断する。ここまではいいね」
「はい」
「だから、自己紹介しておくれ。私はあんたの事を知らない。技はこれから鍛えるとして、心はしばらく話を聞けば見えてくるだろうさ」
「体は?」
「話が終わるまでは座らない事。それで体力を測る」
「わかりました。ではどこから話しましょうか?地球から話した方がいいですか? ソフィアさんは地球の事はどれくらいご存知でしょうか?」
立ってプレゼンね、ならここは好条件を生かそう。座って話をするより、身振り手振りや歩いたり体の向きを変えたりすることで結構、印象も操作できるし、注目を集めたりもできるから立って話をすること自体は良い条件と言えるし。……っとその前に最終確認だ。
「すみません、ケイティさん、最終確認させてください。どこまで話していいですか?」
「……全て。制約を設けないこと、秘密を遵守する事は合意済みです。ただ話が発散しないようご注意ください」
「ケイティ嬢のいう通り、こちとらガチガチの誓約術式まで交わしたんだ。今更、出し惜しみは無しだよ。で、どこまで知っているのか、だったか。あちらは魔獣もいない、人以外の種族もいない、おまけに魔力すらない、その代わり科学が発達している世界だと。私が知っているのはその程度さ」
弟子入りはまだ確定してない、とは言うけど、屋敷は引っ越しちゃってるし、誓約術式というくらいだから、結構な手間をかけた魔術なんだろうし、よほどのへまをしない限りは大丈夫だろうけど、だからと言って手抜きはできない。どうせなら、ここで好印象を植え付けて、親身になって貰えるよう頑張ろう。
集中して話を聞けるのは、せいぜい最初の五分程度。できれば数分の内に興味を引き、もっと話を聞こう、聞いた話を考えてみようと思わせないと。
さて、今の僕をできるだけ簡潔に表現するとしたら、どこの面から見せるべきか。背伸びせず、ありのままに、そしてソフィアさんの望む、僕の内面を上手く見せていかないと。
さぁ、戦闘開始だ。
さて、前々から話に出てきた魔術の師匠とやっと対面する事ができました。ここまでお膳立てして貰えれば、あとは個人としてのソフィアとアキの対峙ということになります。
相手も圧迫面接とかしてくる訳ではないので、難度は低めですが、普通の高校生なら、その分野の第一人者の前にして、さぁ、自分を売り込んでみてと話を振られ、いきなり話ができるかというと……
次回の投稿予定は、二月三日(日)十七時五分です。