1-1.異世界へ
誤字を修正しました。(2018/04/16)
「私達は建国以来、最大の危機を迎えています。この国難を乗り越えるため、こちらに来てくれませんか」
白い、テーブルセットが一つ置かれただけの部屋で、彼女は誠意溢れる表情でそう告げた。
癖のない長い金髪がそっと揺れる。
華奢な印象だが、澄んだ蒼い瞳に見つめられると、それだけで胸が高まる。
彼女に逢ってから、もう十年になる。
初めて見た時には綺麗なお姉さんだ、としか思わなかった。
ただ、途中で、感情に合わせて時折動く長い耳が珍しかった。
僕は当時は幼かったこともあり『変わったお耳だねー』と思った程度で、そういう人もいると、サンタクロースと同じくらいには信じていた。
彼女と会えるのはこの白い部屋だけ。
眠りにつくと、気付けばこの部屋にいて、毎日のように彼女と話を楽しんだ。
不思議な交流だったが、夢の中の僕は特に疑問を持たなくて、どこまでも話に付き合ってくれる綺麗なお姉さんとの会話に夢中になった。
僕は、その日、学校で習ったことや、起こった出来事、それに読んだ本の内容などを話した。
彼女の住む国では、科学の代わりに魔術が発達しているらしい。
そのせいか、僕が伝える話は、どれも興味津々といった感じで、随分と色々聞かれたものだった。
幼い僕は、教える立場になれることを嬉しかった。
白い部屋に物は持ち込めない。
だから、僕は一生懸命、本の内容を覚えて、わからなければ大人や先生に質問をして、彼女との会話に備えた。
それでも、彼女の問いはいつも、薄っぺらな知識だけ話せば終わるような簡単なものではなくて。
僕は考えたことを話して、穴があれば翌日までに調べて、自分が納得できる答えを伝えてきた。
僕は少し大げさに手を振って、溜息をついた。
「それじゃ、僕の心には響かないよ、ミア姉さん」
彼女は困ってる。僕は彼女を助けたい。これは変わらない。
でも、だったら告げる言葉は、そんなどっかの代表が告げるようなモノじゃ駄目だ。
彼女、ミア姉さんはふっと微笑んだ。
暖かい包み込むような表情が心地よい。
「じゃ、改めて言うわ、誠。
助けて。あなたが必要なの」
あぁ、なんて素敵な言葉か。大切な人から助けを求められる。
これぞ、男の本懐、騎士と姫の誓いって感じだろうか。
「喜んで。僕にできることなら『何でもする』よ」
僕は心臓が飛び出るんじゃないか、というほどの動揺を抑え込んで、しっかりと告げた。
彼女は『こちらに来て』と言っていた。つまり僕は魔術のある世界に行くということだろう。
国難と言っていたくらいだ。さぞかし過酷な状況なんだろう。
だが、どんな辛い状況にあろうとも、彼女と一緒なら乗り越えられる。
そう、どれだけ疲れ、傷ついたとしても、彼女の甘い囁きでもあれば――
「あぁ、誠。可愛い誠。そう言ってくれて嬉しいわ。
――あなたが本心から受け入れてくれて本当に嬉しい、本当よ?」
ミア姉さんの微笑んだ表情は変わらない。だけど、その振る舞いはどこか芝居がかった感じがして。
あえてゆっくりと、ポケットに手を入れると、手品師のような仕草で、脈動するように赤く輝く宝石を取り出した。
同時に、部屋の床一面に、複雑な模様と文字が刻まれた魔法陣が浮かび上がる。
「あ、あの、ミア姉さん、これは!?」
魔法陣からどんどん光の筋が溢れてきて、どんどん僕の体に食い込んでくる。
ヤバい、なんだかわからないけど、楽しく異世界へご招待って感じじゃないぞ!?
「こちらに来て貰うために作った専用の術式なの。
ごめんね、ちょっと、いや、あー、かなり痛いと思うけど、男の子だから大丈夫!」
「いや、ちょっと待って。男だって痛いものは痛いって!」
「何でもって言ったでしょ、誠くん」
あぁ、ミア姉さん、なんて笑顔をしてくれるんだ。
可愛いのに、綺麗なのに、こう、距離を置きたくなる感じが、色々と怖い――
そうこうしている間にも、光の筋が体中に隙間なく食い込んでいく!
「それじゃ、誠。――またね」
そう微笑んだ彼女は、どこか固い微笑みを浮かべると、蜃気楼のように消えてしまった。
同時に、みしり、と痛みが走る。
「うぐっ!? ま、マジで!? ちょっ」
まるでびっしり肌に張り付けたガムテープを引き剥がした時のように、激痛が体中を駆け巡った。
幸い、耐えがたい痛みは数秒ほどで、そのあと、今度は全身に妙な浮遊感が満ちる。
「え゛、嘘だろ、ちょっと待ってくれ!!」
僕が最後に見たのは、糸が切れたように椅子に崩れ落ちた自分の姿だった。
1-1~1-3は纏めて投稿します。