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第49話 告白は突然に(後)

 人がぱらぱらと俺たちを追い抜いていく歩道。

 突っ立って本日何度目か忘れたが呆ける俺。


「ど? 人生初告白されたわけですが、今の心境は?」


 リポーターがマイクを向けるようにゆめりから拳を向けられた俺は、何とも言えない顔で頭を掻いた。


「二回目だけどな」

「……え?」

「何だよ知ってるんだろ、前に藤宮に告白されたの。っつっても告白もどきだったけどな。自主撤回されたし」

「はっ……? 藤宮さん……? 何それいつどこで!?」


 ゆめりは思いのほか驚いてから怒ったように詰め寄ってくる。

 鼻先に噛み付かれそうで、思わず仰け反る俺は混乱するほかない。


「お前藤宮から全部聞いてたんじゃねえの? 俺たちの秘密を洗いざらい聞いたんだろ?」

「そんな話は知らないわよ! 本っ当に彼女から告白されたの?」


 奴は今にも俺の喉笛を食い千切らんばかりの形相で、しかも何故か涙目になっている。

 え、あれ? ちょっと藤宮? どゆこと? 話したんだよな!?


「ちょっ、たんまあああッッ!!」


 いつになく俊敏な動きで道の端に寄って藤宮にまた連絡を入れる。


 ――俺たちの秘密全部話したってあれ、告白の件は話してなかったのか?


 即レス。


 ――何でそんな事まで? 普通話さないって~!(笑)


「かっこ笑いじゃねえええッ! 紛らわしいんだよお前の書き方あああっ!」


 俺はスマホ相手に怒鳴って、ハッと我に返った。


「そのラインの相手、藤宮さんなの? そんな仲良いわけ……?」


 ゆらりと影をくゆらせて、俯き加減で半分表情の見えない奴が、俺の元へ一歩、また一歩と近付いて来る。


「あ、いやその、そうだが、そういうことじゃなくてって、ひいいいい!」


 ――――アンデッド!!


 海外ドラマを見過ぎな俺は戦慄した。

 こいつに噛まれたら生者としての人生が終わるッ!?

 自我はいつしか失われ、永久に地上を彷徨う屍と化す!


「待てゆめり! ちゃんと見ろ、俺だ。……俺がわからないのか!?」


 ジャイアンさんからアンデッドさんへとジョブチェンジした幼馴染みは、俺の言葉に耳も貸さず覚束ない足取りで接近してくる。

 くっ……これはもう、逃げられない!!

 せめて誰かにこの危機を知らせねば……!

 メッセージを……ッ!

 ここはもう最強のアンデッドの手によって、陥落…し……。


「ゆめりお前……」


 最後の一歩を詰め、伸ばされる……手。

 俺は覚悟を決めた。


「お前も大概頑固だな!」


 有無を言わさずゆめりを横抱きにした。


「ちょっと!?」


 目を白黒させるゆめりに構わず傍の植込みブロックの端に下ろす。座るのにちょうどいい高さだったのは幸いだった。言っとくが、俺だって絵筆ダンベルのおかげでこいつを抱き上げるくらいの力はある。……たぶん十秒が限界だが。


「な、何よいきなり?」

「それ、足、ずっと痛いの我慢してたんだろどうせ。どうりで歩き方がゾンビ、いやいやぎこちなかったわけだ。すぐに気が付かなくて悪かったな。そういうのしんどい時は言えよ。無理されると俺が困る」


 ホント思わず八〇%くらいこいつ実はゾンビちゃんかと思っちゃっただろ。

 俺の視線の先で、下駄ズレした右足を引いて奴は左足の陰に隠すようにした。


「……こんなの、どってことないわよ」

「お前なあー、少しそこで待ってろコンビニで絆創膏(バンソコ)買ってくっから」


 幸い近くには某有名コンビニの光が。

 呆れつつ言い置いた俺が駆け出そうとすると、奴は足が痛いのも忘れたように俺の服の裾を掴んで引っ張った。


「いい、今は!」

「強がり言うなって」

「あたしはッ、今あんたに告白したのよ。なのに、それなのに足痛いくらいで誤魔化されるなんて真っ平だわ。藤宮さんのだって寝耳に水よ!」


 奴は明らかに怒っていた。憤っていた。

 悲しんで悔しんで、涙ぐんで俺を責めるように見つめている。

 さすがに、気付く。

 自分の無神経さに。


 幼馴染みの女の子にマジ告白された。


 じゃあその答えは?

 俺の返答は?

 以前、藤宮にゆめりは違うと話した。

 それ以前に、俺はこいつの言葉をまんま信じられない。

 もう長い付き合いだし、こいつは家族愛みたいな感情を恋愛だと思い込んでるだけじゃないのか?

 俺はイケメンでも秀才でもスポーツマンでもない、ただの少しだけ絵の得意な男だ。

 俺が女なら、俺は俺を選ばない。

 だから本当に異性として俺を好きだなんて言っていいのか?


 後悔はしないのか?


 ――ゆめり、今度お前を描いてやろうか?


「――っ」


 いつかの自分の言葉が唐突に甦り、ゆめりの表情が強烈に思い出される。彼女を無条件に信用できなくなった、あの時を。

 俺は恐れにも似た感情に支配された。


「……何とか言ってよ?」


 奴が片足をやや庇いながら俺の真正面に回って見上げて来る。

 いつになく不安そうに。


「う……あ……その……」


 だが俺の無意識領域ではたぶんきっとその答えが出てるんだろう。

 世の学説の中には、人の決定は常に無意識が行っていて、自分で意識して決めたように思っていても実は無意識下からの指令を受けて意識が働いている……という考え方があるそうだ。ややこしいが。

 まあ自分の頭が決定しているには違いないが、意識していない無意識の方がトータル判断を先に出しているという事だ。


 ――俺の足は、無自覚にも僅かだが一歩後ずさった。


 腰ぬけが逃げ出す前のように。

 それを俺自身よりも先に奴が気付いて、きっとそれが俺の答えなんだと悟ってか、堪えていた涙が一筋、ぽろりと頬を伝った。


「何よ、あたしじゃ駄目なら、一生独り身でいればいいわ!」


 何て理不尽で無茶苦茶な主張の押し付け。

 しかも奴はもう一つ押し付けてきた。


 初キッスは甘酸っぱいレモン味とかイチゴ味なんてよく言うが……――涙味だった。


 今度は側頭部のひょっとこは邪魔にはならず、ただ夜の光に照らされて静かにトボけた表情を晒している。

 時間にしてきっと一秒にも満たない間、俺たちは確かに触れ合った。


「――なっ、なん……!?」


 状況を理解した瞬間から血液が普段の百倍くらいの速さで全身を駆け巡っている。

 奴は直前までと変わらず睨んでくるし。

 でもさ、キスしといて睨むって、何なんだよ……。


「ふん、告白は抜かされたけど、あんたの初キスは奪ってやったのよ!」

「え」


 何様俺様ゆめり様は怒ったように言って横をすり抜けて駆け出していく。

 実に堂々とし過ぎていて、無理ちゅーされた方は俺なのに、怒る気にもなれなかった。


「あっおい痛いくせに無理すんなって!」


 動揺より心配が勝って追い付いて止めると手を振り払われた。


「あんたもわかったでしょ自分の気持ち! だから、一人にして」

「いや、でもな」

「これ以上苦しくさせないで!」


 その言葉に心のどっかがぎゅっと痛んだ。

 苦しいのは俺だってそうだ……なんて言葉が咽より下の胃の上辺りで燻ぶったが、奴の肩が震えているのを見たら、滑り落ちて胃酸で溶けた。


「…………ごめん、ゆめり」


 とうとう見ていられず、目を背けた。


「……わかったわよ」


 奴は背を向け一人ゆっくりと歩き出す。

 その際、


「ちゃんと言ってくれて、――ありがと」


 小さな囁きに、俺は一瞬引き止めかけたが、僅かに上がった腕をだらりと下ろして、その場から動かない。


「ありがとって、何だよ」


 俺の幼馴染みは最凶だが最強の女の子だった。

 んな台詞俺なら絶対出て来ない。

 俺はコンビニに向かって小さくなっていく背中をただただ見送っていた。


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