第35話 怪我の、なんとやら…3
齎された絶妙なハモリの後、現在俺の身にはその場の全ての視線が集まっていた。
相撲してたなんて、隠蔽の意図を知る藤宮でさえ予想外の理由づけだったに違いない。
よく言うだろ、敵を欺くにはまず味方から……ってあいたたた俺は馬鹿か!
口裏合わせてくれる藤宮の裏掻いてどうすんだよ!
「花垣君あなた相撲しそうに見えないわよ」
「先生、それはアレですか? 俺は見るからにインドア培養もやし少年だからって決めつけですか? もやしだって……もやしだって! 無限に束ねれば大樹にも勝るんですよ!」
「い、いいえそういうつもりじゃあ……」
「とは言え、まあ大当たりですけどね」
「え……」
「ですがティーチャー、人を見た目で判断するのはいけないことだと、校長先生が仰ってましたよ」
俺はテーブルの上で指を組んで顧客へにこやかに提案を行う、敏腕コンサルタントのような面持ちで告げてやる。
「そ、それはまあそうだけど」
「ええ、そうでしょうとも。とにかくこれは俺がはっけよーいのこったと突進して先輩がどすこなーいと避けて、そして自爆したわけです」
「はい? ど……どすこない? どすこいじゃなく?」
「ええ、そうですよね先輩方?」
俺はもう自分でも誰だかよくわからないキャラで話しかけている。
誰か止めてくれとは思ったが、ここで止められてもそれはそれで説明が面倒なので突っ走る事にする。このままだとこの女先生に花垣君はこういう気取った男の子だと思われてしまうイタさは負うが仕方が無い。
俺の問いかけに先輩方は、
「「「…………」」」
だから、三人分を足すと、
「………………………………」
って何で足し算したんだろうね俺? やっぱ頭を打って以下略。
俺の内心を知る由もない三人は、気味悪そうに顔を見合わせている。
俺以上に、頭を打った俺を本気で不安視しているようだ。
「どうしたんです先輩方? 俺、どこか何かどこを何をどう何ていう風に間違ってますか?」
「花ガッキー訊き方怖いって」
藤宮が若干引いているのがわかる。だが俺はここで引けない。
「ねえ、お先輩方?」
さっさと話を合わせましょう皆さん的な目だけは笑っていないコンサルタント俺の不自然スマイルに、ヤンキー三人はぎこちなくもとうとう頷いた。
「そ、そうだぜ先生」
「あ、ああ、事故だった」
「そ、そうなのよ先生」
さて何番目がオネヤンでしょう?
「というわけですのでティーチャー、答えは三番目でよろしいですか?」
「は?」
「ああいえ、事情説明はこれでよろしいでしょうか?」
俺は銀縁眼鏡があったらスチャッと装着してキラーンと光らせているだろう顔と声音で訊ねた。ただし全く様にはならない旨をここに明記しておく。
「ええと、でも花垣君と三人は学年も違うし、そんなに仲が良いの?」
粘るな。まあ疑わし過ぎるしな。
「ハハハ友情形成に時間なんて関係ありませんよ。額を突き合わせて相撲を取ったら、もうマブダチなんです。今時の男子高校生は」
「え、そうなの……? 河原で拳を交わさなくても……?」
世代を感じさせる発言と共に、何故か藤宮を見やる女性教師。
きっとまともな意見を聞けると踏んだんだろうが、藤宮もよくわからないといった顔付きだった。
それでも口裏を合わせてくれる義理固い藤宮は、気弱な笑みを浮かべて「ええとそうみたいですよ最近は~」と頷いた。
「先生、俺が勢いよく躓いてそのまま頭打ったんです。自分で怪我したんですよ、本当に」
「…………そう」
教諭はとうとう扱い辛いコンサルタント花垣に根負けし、苦渋の表情で新説友情論を受け入れ嘆息した。
ヤンキーから事情を訊く気力もないのか、とりあえず俺ん家に連絡を入れてくれて、俺を病院へ送ってくれた。
病院に駆け付けた母さんは、何でもない様子で待合室の椅子に腰かける俺の様子に随分ホッとしたようだった。因みに念のための検査待ちをしていた時だ。
問診とプロの手による外傷処置が終わってからの電話でもちゃんと大丈夫だって話しただろ? 心配性だな。
けど、心配掛けてごめんなさいだ。
何やかやと結局最後まで付き添ってくれた教師にお礼を言って病院を後にする。
母さんが連絡でもして家にあげたのか、帰るとゆめりがリビングにいて、俺を見るなり酷くホッとした顔をした。母さんと同じような顔しやがって。……で、試しに同じ顔だと想像してみたら、傷がやけに痛んだので即思考停止した。
その後、昼も食べていなかった俺は軽食を食べながら母さんに話した怪我の経緯を奴にもしてやった。まあ正直母さんと違って俺の言い分を信じたかは微妙だ。幸い何も突っ込んでは来なかったが。
奴は食事を終えリビングのソファで休んでいく俺の隣に腰かけて、ちらちら心配そうに俺の頭の包帯を見て大人しくしている。
なもんで、てっきり心を入れ替え俺の天使の再来かと淡い期待を抱いたが、
「何自損事故なんてしてんのよ。あんたは車なの? 日頃から鍛えてないから足腰弱るのよ。演劇部だって基礎的な筋トレは毎日やってるのよ? 美術部もしなさいよ」
そういうわけでもなかった。ただタイミングを計ってただけか。
「大体、今日あたしと一緒に出掛けてれば怪我なんてしなくて済んだのに」
横から口撃三昧。
聞こえていない母さんは台所でやや遅めの夕飯準備に取り掛かっている。色々時間を食ったからな。ゆめりだってよく留守番してくれてたよ。
と、俺のスマホが震えた。制服のポケットから取り出して確認する。
「何だ藤宮か」
「藤宮さん?」
「ああライン」
どこか警戒するような顔になったゆめりは、何故か俺の横からじっと画面を覗いてくる。
色々と相互フォローさせられたりと、こいつに既に支配されている情報通信領域だが、それでも一から十まで把握されて堪るか。せめて一くらいは死守せんとな……とちょっと意地になって体を横に傾けた。
すかさず奴も体を傾けてくる。おいおい人間磁石か!
側面で奴に圧し掛かられ組体操だってここまで斜めってないだろうキツイ角度に耐え、俺は内容把握に努めた。
「あ」
「何よ? 藤宮さんは何だって?」
「いや、ちょっと学校に忘れ物してたのを忘れてたんだが、それを藤宮が持っててくれたらしい。まあバタバタしてたしな」
「へえ、ふうん、そうなの」
鞄とかは持ってきたのに、スケッチブックはすっかり頭になかった。
ボロボロだろうし使うかはわからないが、折角拾ってくれた藤宮に捨ててくれとはさすがに言えない。ゆめりを押しやって垂直に座り直した俺はその場で返信し、受け取りに向こうの都合のいい日を訊いた。
ゆめりは今度は画面を覗き込んできはしなかったものの、結局母さんの勧めで夕飯をうちで食べて帰るまで、俺に対しては不機嫌な顔を隠しもしなかった。
因みに夜、今日の感謝と事の次第を伝えた佐藤とのやり取りは、
――とにかく大怪我とかじゃなくて良かヨか●▽※…ッ〒☆ああああああああ
途中からやはり暗号文になった。




