第31話 過去の足音3
中学時代の俺は、ゆめりのおかげで心機一転部活に出るようになった。
復帰して一月ちょっと。
その間に顧問の先生と話し合い、裏のばあさんの絵を学生向けのコンクールに出す事にした。
そんなある日、美術室にゆめりが来た時、それが今の俺に至る始まりになった。
奴は美術の課題が終わらず、居残って作品を仕上げようとやってきていた。そういう生徒は他にもいたから別段特筆すべき点でもない。
先生にも他の部員にも居残り組の話は付いてたから、美術室内はここ何日か人口密度が高かった。
それでも絵に集中すれば周囲は気にならなくなって、気付けば空が赤くなっていた。
「花垣君、何描いてるの?」
今日はもう切り上げるつもりなのか、ゆめりが俺の下絵を覗き込んできた。
「見てわかんないか?」
「わからないから訊いてるんでしょ」
奴の言い分に俺は……納得した。
「俺自身にもわからんが、心の中にある情熱をとりあえず表現してみようかと」
「抽象画なのね」
「まあな。コンクールに出すやつだよ」
もちろん裏のばあさんの絵とは別のコンクールにだ。
俺の脳内が高尚過ぎて理解できないのか、奴は興味を失くしたように俺の下絵から視線を外し、美術室内の他の作品をぐるりと眺め回した。
風景画に人物画、俺のに劣らない意味不明な抽象画もある。
中にはラフじゃなく、本気の裸婦画なんかもあった。
卒業生の置いていった作品だろうな。
だが一般庶民の家にドーンと飾るには大きさもあるし些か目のやり場に困る……というわけで持って帰らなかったのかもしれないが、それでも俺たち思春期男子にはかつてない力を与えてくれる貴い一枚だった。
絵画だけじゃなく彫刻なんかもあるしで、美術室は芸術たちで賑やかだ。
そこで俺は深く考えもせず、愚かにも口走ってしまったというわけ。
「ゆめり、――今度お前を描いてやろうか?」
なんて。
「……え?」
何処を見ていたのか、その言葉に彼女は勢いよく振り返った。
俺の呼吸が僅かに引き攣る。
ゆめりが、その大きな瞳に慄きを宿していた。
「な、何言ってるの。別にいいわよ描かなくて! いい? 想像でも絶対に描かないでよ! 先帰る!」
彼女は取り繕うこともせず怒ったように言ってから、焦り慌てたように荷物を纏めて美術室を出て行った。
廊下を走って遠ざかる靴音だけが妙な現実感を伴って耳の奥に残る。
周りの美術部員たちはあわや喧嘩かと俺たちを注視していたが、ゆめりが出てった後は興味をなくして各々の作業に戻っていった。
「はは、何だよ、今の……」
力が抜ける。泣きたい気分だった。
その日以来、俺が生きている相手を描くことはなくなった。
そしてその年の冬。
皮肉にも、コンクールに出したばあさんの肖像で、俺は自身初めての賞をもらった。
人目に付きにくい体育倉庫脇には、藤宮と藤宮を掴んでいる男と他にも二人、先輩なのか柄の悪そうな男子生徒がいた。
髪の色は皆派手で、明るい茶髪マッシュ頭のやつ、短めだがオレンジ髪のやつ、もう一人は前髪が長く顔がよく見えないが金髪に一筋だけピンクの部分があるやつだった。
四人の間に何があったのかは知らないが、三対一ってだけでも卑怯なのに、女子一人を男三人で囲むとか卑劣だ。
幸い藤宮にまだ殴られた様子はなかったが。
夏休み中に出勤している先生を呼びに行くとか、部活中の生徒(できれば運動部)を呼びに行くとかした方が良さそうだった。
だが、その間に藤宮が乱暴されたら?
しかし俺が出てったところで所詮戦力にはならん。
自慢じゃないが、腕っ節は弱い!
これが佐藤だったらガタイの良さも相まって不良たちも怯むに違いない。
だがここにいるのは俺、花垣松三朗だけだ。
心持ち呼吸を整え、小脇に抱えたスケッチブックを無意識に強く挟み込む。
「――何、してるんですか?」
俺はとうとう出て行った。
皆の動きが止まって、一斉に俺を見る。
マッシュ頭のやつに締め上げられていた藤宮がけほりと咳をした。
「事情は知りませんが、放して下さい。クラスメイトなんですそいつ」
「花ガッキー……危ないからどっか行きなよ」
藤宮は気丈にもそう言って無関係の俺を遠ざけようとした。
やっぱりこいつは見た目ヤンキーなのにイイ奴なんだよな。
「目撃した以上このまま去るのは無理だ」
するとマッシュ頭ともう一人の派手なオレンジ髪の不良は、下手な芝居でも見たような顔で失笑した。
「何だそれお友達ごっこ? そんな情に訴えて俺たちが絆されると思ってんの?」
「小便ちびる前にお子ちゃまは黙っておうちに帰れ。てめえも痛い目みたいんなら別だがな」
こいつらの台詞の方が三文芝居だった。
これならいつぞやのBL佐藤×岡田の時の方が一ミリマシだ。
気が殺がれたのか、マッシュ野郎は藤宮から手を離したが、彼女に逃げる素振りはない。
何故かその手にはデジカメを持ってるし。
……何でカメラ?
まさかヤンキー同士で仲良く撮影会か?
「おいお前! カメラ返せよ!」
「いやですよ先輩! データ消すまで待って下さい!」
「はああ!? 待つわけねーだろ! 大事なデータを消されて堪るかよ!」
「やですーッ!」
撮影会じゃなかったようだが、藤宮は三人から伸ばされる手を猫のようにするりと躱し、俺の方に走ってきた。
「花ガッキー! これのデータの消し方わかる!? わかるなら今すぐ全部消して!」
「え? は? 何で?」
思わずカメラを受け取った俺だが、向こうで不良たちが「ざっけんな!」と更に激高し詰め寄ってくる。
困惑する俺へ、藤宮は訴えた。
「それには沢山女の子の隠し撮りが入ってて、しかも水泳大会の時のまであるんだよ!!」
何…だって……!?
それはつまり、水着姿の大会出場者たちがこの中に…………。
ブラボーーーーーーーーーーッッ!!\(◎▽◎)/
「緑川さんのもあったし、他の子たちのもあったし、ルカやんのもあった。あとルカやんのパンツ事件あったのあれもこの先輩たちがやったんだよ!」
「そうか、藤宮。お前も岡田パンツ消失事件を知っていたのか」
「もちろんだよ」
「ゆめりのもあるとかって、そしたら俺無関係じゃねえじゃん。なのに何逃がしてくれようとしてんだよ。泣けるぜ……。しかし、何で岡田の画像まで?」
パンツはイケメンへの嫌がらせだったと解釈できるが、画像まで残す意味がわからない。
女子向けってことか?
俺はそこはかとなく不良三人衆を見やって、
「ぎくッ。なっ何なの……何なんだよ!」
うっかり地が出た一人の隠している性質を感じ取った。
パツキンに一筋ピンクが入ったやつだ。
長い前髪のせいで人相まではわからないが、身長は三人のうちで一番低くて、俺と大して変わらないように見えた。
まあ世の中イケメン好きなのは女子だけじゃないか。
だが盗撮は駄目だろ。犯罪だぞ。
「だから花ガッキーお願い消して!」
「――もう消した。ほれ」
「え? うそ早ッ! さすが花ガッキー!」
デジカメを渡すと確認した藤宮は安堵したようにくしゃりと微笑んだ。
俺の中のエロゼウスが「見るなら実物に限るだろうがこのたわけ者おおおおッ!!」と俺を詰り、無情にも厳しい表情で消去ボタンを操作させたんだ……。
三人は唖然としていた。
たぶんスマホだと撮影時に音が鳴るからデジカメにしたんだろう。そこがもう計画的だ。
ひと稼ぎするつもりだったのかもしれないが、残念だったな。
ここまで必死になってたってことはデータのコピーなんかはないんだろう。
あ~よかった。
何でだか、あ~すげえよかった!




