御恩は一生忘れません!
ラッキーだ。まさか、こんな幸運がオレに巡って来るなんて。
スネイルはそう思っていた。
カネラ地方でクーデターが起こったのは知っていた。小さな国だが領主のクローゼットは横暴で、いつ何が起こっても不思議ではなかった。つまり、自業自得だ。領主の一家はなんとか逃げ延びたらしいが、当然のように懸賞金がかけられた。そして、偶然にもスネイル達は山中で一家の息子であるナセ・クローゼットを発見し、捕まえる事に成功してしまったのだ。
ナセは家来と共にいたが、家来はほとんどボディ・ガードの役割を果たさなかった。そもそも独裁者の息子など助ける気がないのかもしれない。
「僕なら大丈夫ですから、安心して逃げてください」
などとナセが言うと、その言葉通りに逃げてしまったのだ。主人の許可が出たとはいえ、薄情な家来だ。
「スネイルの兄貴、ただいま。調べて来たよ」
ナセを縛り上げてしばらく待っていると、彼の弟分のザックが戻って来てそう言った。彼は街で懸賞金の額を調べて来たのだ。
「おお、で、いくらだった?」
「5000ゴールドだったよ」
「なに? たったそれだけか? 随分と少ないな」
スネイルはそう言うと、ザックの手にしていた、恐らくは懸賞金の額が書かれているだろうチラシをむしり取るように奪ってそれを眺めた。確かに自分の間抜けな弟分が言うように5000ゴールドと書かれている。因みに父親はその1000倍の額だった。
「まぁ、小さな国だしな。子供だったら、この程度かもな」
そう呟くように言うとこう続けた。
「よし、ザック。これからカネラ地方にまで行くぞ」
「ああ、懸賞金を貰いに行くんだね」
「バカ。ちげーよ! 領民にこのガキを売りに行くんだよ」
「領民に売る?」
「ああ。そうだ。
このガキはな、ザック。領民が苦しんでいる間でも、平気で我侭を言って、自分の父親に色々な物をおねだりしていたらしい。ただの興味本位で高価な薬を買わせたり、領民達が飢えそうって時期に必要以上に食い物や飲み物を寄越せと言ったり、自分の気に入った人間を雇わせたり。
まぁ、要するに、相当に恨みを買っているって訳だ。こいつをいたぶる為だったら、大金を出すって連中は必ずいるはずだ」
「なるほど。兄貴はやっぱり頭が良いなぁ」
ザックはそう感心した。ところが、それを聞くと、何故かナセは心から彼らを心配するような口調でこんな事を言うのだった。
「それは、止めておいた方が良いですよ。きっと悪い事になります」
スネイルはその言葉に敏感に反応する。
「お前は黙ってろ!」
そう言って、ナセを殴った。
「落ちぶれたくせに、まだ自分が偉い気でいる金持ちのガキってのは、なんかむかつくんだよ」
その時、彼はそれが真っ当な忠告である事をまったく分かっていなかったのだ。もっとも、無理もないかもしれないが。
スネイル達はカネラ地方に着くと、ナセを適当な場所に閉じ込め、それからナセを売りつけられそうな人間を探して街を回った。少々貧乏でも構わない。クローゼット元領主を心の底から憎んでいるのなら、きっとナセに大金を出すだろう。或いは、領民達は協力して金を出し合うかもしれない。
しばらく聞き込みをして、スネイル達は鍛冶屋のガルって男が、相当にクローゼット元領主を憎んでいると知った。早速行ってみるとガルは筋骨隆々の大男で、かなりの強面だった。試しに少しクローゼット元領主の話を振ってみると、なるほど、次から次へと元領主への悪口が出てくる。
これなら、いける!
そう考えたスネイルはこう言ってみた。
「ほら、元領主の息子に“ナセ”ってのがいただろう?」
それに、ガルはピクリと反応する。そして頷きながらこう返す。
「ああ、いる。よっっっく憶えているとも!」
その必要以上に強調した口調に、スネイルはにやりと笑う。よし、いい感じだとそう思う。続けた。
「実はそのガキを、今、俺らは捕まえているんだよ。このまま警察に持って行って、懸賞金を貰っても良いが、それじゃあんたらの気が晴れないだろう? どうだい? あんたらでナセってガキを買わないか?」
それを聞くと、ガルは静かに言った。
「なるほど。で、ぼっちゃんは無事なのか?」
「無事かって? まぁ、無事だよ。一発殴って閉じ込めているが、それだけだ。いたぶってやりたいんなら金を出して、自らの手でやるんだな」
ところが、そう彼が言い終えると、ガルは俄かに震えだしたのだった。異常な程に顔を真っ赤にし、憤怒の形相でスネイル達を睨みつけている。手には大きなハンマーを持っていた。
「クローゼットの野郎は、確かにこの手で殴り殺してやりたいくらいに憎んでいる! だが、ぼっちゃんは別だ!!
病気になった倅に、高い薬を恵んでくれた御恩は一生忘れない! お前ら! あのぼっちゃんになんて事をしてくれたんだぁ!!」
それからそう叫び終えると、ガルがハンマーを振り回しながら、スネイル達に襲いかかったのだった。
「なんだぁ?」
スネイル達には訳が分からない。しかし、とにかく大慌てでガルの鍛冶屋から彼らは逃げ出した。ガルは当然のように追って来る。しばらく走ると、宿屋の看板を彼らは見つけた。小さな宿屋だったが、他に身を隠せそうな場所はない。そこに飛び込む。
「何処に行ったぁ?」
飛び込んだタイミングで、ガルのそんな声が聞こえて来た。徐々に遠ざかっていく。なんとか見つからずに済んだようだ。ホッと二人は胸を撫で下ろした。そのタイミングで、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「アハハハハ! 災難だったねぇ、あんたら。ガルの奴を怒らしちまうなんて」
見ると、宿屋の主人らしい女がいて楽しそうに彼らを見ていた。華奢だが気の強そうな女で、短髪であることもあって、どこか男勝りな印象がある。店の中には『ランカ・ライカの宿屋』と書かれていた。どうも、そういう名前らしい。
「で、何をやって、あのバカを怒らせたんだい?」
そう尋ねて来る。
そのランカという女主人は少なくとも彼らに敵意はないようだった。それで安心して、彼らは事の経緯を説明する。
「ほう。なるほど。ナセのぼっちゃんを、あんたらが捕まえているって話をした途端に怒ったと」
「ああ、もう吃驚したよ。信じられないくらいに顔を真っ赤にしてさ。一発、殴っただけだぜ」
それを聞くと、ランカは「ハハハ」と笑う。そして、カウンター席の向こうで何かを握ったようだった。
こう続ける。
「それは、もしかして、こんな顔だったかい?」
そして、ランカはみるみる顔を赤くしていった。信じられない程に。怒りでブルブルと震えている。見ると、握った何かはどうやら金棒のようだった。
「うちの宿屋はさ、子供は無料なんだよ。あたしゃ、子供が大好きだからね。だが、あのぼっちゃんはそれだけじゃない。皆が飢えて苦しんでいる時に、皆に食糧を差し入れてくれたのはあのナセぼっちゃんだ! 受けた恩は一生忘れないよ!」
それから金棒を振り回して、ランカはスネイル達に襲いかかって来たのだった。
「ヒー!」
そう悲鳴を上げると、スネイル達はランカ・ライカの宿屋から逃げ出した。街を駆ける彼らの耳に「ぼっちゃんを捕まえて、閉じ込めた連中がいるってよ」「なんだって、探せ!」「ぼっちゃんを助けるぞ!」などといった声が聞こえて来る。スネイルは叫んだ。
「おおい! どれだけ人を助けているんだよ? あのガキは!」
そして、そこに至ってようやく彼はナセの「止めておいた方が良い」という忠告の意味を悟ったのだった。家来が少しも心配していなかった事も分かる。恐らく、本来は逃げる必要すらなかったのだろう。
「どうすりゃ、良いんだぁ! いったいぃぃ!」
そう叫ぶ。しかし、やがてそんな彼らの目に警察署が飛び込んで来たのだった。賞金首を受け付けてくれる場所だ。
「助かった! あそこなら、さすがに大丈夫だろう!」
スネイル達は警察署に飛び込む。中にはぼんやりとした顔の警察官がいて、「どうしんたんですか?」などと呑気に尋ねて来る。それに安心をして、スネイルは理由を説明した。ナセを捕まえた事、それを話したら領民達が怒り狂った事、早くナセを引き渡したいので、できれば引き取りに来て欲しい事。
ところが、それを聞き終えるとその警察官はワナワナと震え始めたのだった。そして、
「その時、彼らはこんな顔で怒ったのじゃありませんか?」
と言う。顔をみるみる真っ赤にする。それからこう叫ぶ。
「路頭に迷おうとしていた僕に、職を世話してくれた恩は一生忘れない! ナセぼっちゃんを傷つけるものは、この僕が許しません!」
スネイルとザックの二人は、それを聞いて終わりを覚悟した。
それから数時間後。スネイルとザックの二人は縛られて広場に座らされていた。周囲には怒った領民達がいる。彼らを睨んでいる。
「ぼっちゃんにあんな事をしたんだ。無事で済むと思うなよ」
「ああ、そうだ。どんな目に遭わせてやろうか」
それに、彼らは震えあがっていた。そんなところに、ナセが現れる。領民達によって救出されたようだ。
ナセは彼らを見ると困ったような表情を浮かべる。スネイル達はナセに酷い扱いをしていたのだ。どんな復讐をされるか分からない。ところが、ナセはそれから領民達に向けてこんな事を言ったのだった。
「僕は大丈夫です。それほど酷い目には遭いませんでした。それに、知らずにやった事です。皆さん、どうか彼らを許してあげてください」
領民達は顔を見合わせた。それから「ぼっちゃんがそう言うのなら」とそう言う。それを聞いて、スネイル達はこう言った。
「ありがとうございます! 御恩は一生忘れません!」
のっぺらぼうの話なんかで有名ですが、その手の何度も同じ怪が起こる形式の怪談を「再度の怪」といいます。なんか怪談以外でも使えないかな?と思って実験的に試してみました。