英雄は目ざとい。
結局永久英雄としての扱いを受けることになった俺は、三日間弟子志願者から逃げ惑いながら生活することになってしまった。
十六歳だと言うこともあって、学園の関係者達も各方面からスカウトに来ていた。
この世界には地球にはあった桜が無いから季節感を感じないが、どうやら入学前シーズンらしく、街中で金を持って教材や杖を買う者も、それを奪おうとする者も見かけた。
取り敢えずどこかの学園に入った方がいいとは思うんだけど、特に決まってはいない。
他人からの熱視線も強く感じてたし、ここ一週間くらいは街外れのスラム街で過ごさせて貰ってる。
同世代の子はいまんとこ見たことないけど、やっぱ他人とは関わりたくないらしくって熱烈な視線を感じることもない。
そうそう、俺はこの地上に降りて一日目、既に二度の戦闘をした上で気づいた事が一つある。
それは例えば人間達が弱い生物であることとか、神が強い生物であることとか、この世界の生態系は……とか、魔法の威力が……とか、じゃなくてもっと至極下らないことだ。
だけどこの世界で生きていく為に取り除かなければならない問題点。
「杖での戦闘が思っていた以上にダサい」
当初は魔力が維持されたまま地上に降りるって話だったから、適当な杖を見繕って魔法を使い戦うつもりで、現に炎龍ともローリールとも杖で戦った。
いつもは指一つで魔法を使っている俺としては杖の使用は凄い貴重な体験ではあったんだけど、何より背中にかけたりした時の見た目が何とも俺好みではない。
ローリールが使っていた紫色のナイフや、炎龍討伐時に使ったエクスカリバーの方が俺好みだ。
でも魔法も使いたいんだよな。
そこでいいこと思いついた俺は、今必要な素材であるオリハルコンの鉱石を採取して帰ってくる最中だ。
王宮で見かけた時に深くは説明しなかったけど、オリハルコンってのは魔力をその身に蓄えてるこの世界で最も硬い鉱石だと思う。
やっぱそれだけ存在価値のある鉱石は世界の条理として、人が到達し得ない奥地にある訳で、遠くからも見える高い氷山の中を進むとある大きな氷の中に、一抱えほどしか発見することができなかった。
雪の降ってるとこで野宿はもうしたくないな。
起きたら顔の半分が凍ってたのはトラウマものだよ。
そんな事を思い出してる内にスラム街が見えてくる。
木陰から木陰へと移動しながら誰も居ない事を確認すると、スラム街の区画に入り込む。
すると人の気配を感じてか、立ち並ぶ家の窓が一斉に閉められる。
「一週間も過ごしてるのに信用されてないのかよ、俺は」
ここまであからさまな警戒反応を示されると、さすがの俺もヘコんじゃうぞ。
まあ執拗に追いかけてくるよりはましって事で自分に言い聞かせとく。
一週間経った今も道端で談笑する人は一人もいないし、すれ違っても顔逸らされるぐらいで挨拶されたことも一切ない。
ここにいる人は失業した人とかだろうし、永久英雄の俺なんか早く出て行ってほしいのかもしれないな。
「入学したら出てくから、それまではどうか襲わないでくれよ……?」
少し肩を落とし、ため息混じりに独り言を呟いてみるけど勿論反応は――。
「なんだ兄ちゃん、ため息なんか付いて」
「どうにもここの人が俺の事を気に入らないみたいでさ……って、うえ!?」
あれ、俺の独り言に誰か反応してくれたのか?
反射的に言葉を返しちまったけど、周り見回しても誰が居るわけでもないし……。
「あれ? 女の人の声が聞こえた気がするんだけど。気のせいかな」
「ちっげえよ! ここだよ、ここ!」
さすがに二度目の返答を気のせいと片すことは出来ない。
足をトントンと突かれたので下を見ると、蜜柑色の髪をした幼児体型の女の子が立っていた。
「子供はこんな時間に外出歩いちゃ駄目だぞ? お母さんを見習って家でおとなしくするように!」
ここに来て初めて俺に反応してくれたのは嬉しいけど、子供となるとお母さんが心配してるだろうし、何より最悪幼女に手を出したことになりかねない。
五百万年前もユースティティアが娘がいないって騒ぎ散らしてたから探しだしてやったら、俺が娘目当てに隠してただの変な噂が流されて、一時期女神界隈で『幼女神』なんて名前で呼ばれた苦い思い出があるからな。
そもそもアイツが俺の事嫌ってたってのもあるけど。
「おい! 聞いてんのかよ!? 私は子供じゃなくてもう十六歳だってば!」
またもどこかへ飛んでいた意識が、その娘の声で戻って来た。
十六歳って聞こえたけど、子供は自分を大きく見せたいもんだからそれだろう。
「十六歳って事は俺が手を出しても大丈夫って事だよな?」
俺がそういうと、その娘は明らかに動揺を見せた。
それでいいんだよ、俺なりの優しさって奴だ。むしろこれ以上この場にいられると恥ずかしい。
「い……いいぞ。大人になるための通過儀礼だろ? 相手が永久英雄なら申し分ないしな」
その娘は恥じらいながらも、顔を隠してそう言った。
「だから他の人に襲われないうちに家に――は?」
「何度も言わせるな! どこからでも……来い!」
「何で承諾されちゃったの? 俺は見知らぬ男で、君は俺の見知らぬ幼女だって分かってる?」
「その幼女の初めてを奪うのが永久英雄なら良いって言ってるんだよ! って、私は幼女じゃないぞ!」
この娘はさっきから何故本気で俺が襲うと思ってるんだ?
いや、まあ確かに言いはしたけど普通は信じずに気持ち悪くて引くとかになると思ったんだけどな。
どうやら信じられない程に天然らしい。
「分かったから、そろそろ立ち上がったらどう? 俺がお前を襲うことはまずないし」
目の前で地面に仰向けに倒れられた上に目を瞑られると、よもや他人に幼女神って呼ばれるかもしれないしね。
「そうならそうと早く言えよな」
「んで、俺に何か話しでもあるのか?」
「特に。道歩いてたら兄ちゃんがため息付いてたから隣人として声かけてやったんだ」
この娘、住み着いた家の隣でいつもボンボン爆発音を出しながら暴れてる娘だったのか。
言われてみればこんな感じの声だったかも。
「まあこの街の住人は面倒事が一番嫌いだからなあ。兄ちゃんが永久英雄だから距離置いてんだよ」
「そんなこったろうとは思ったよ。お前さんは何で距離置かないんだ?」
「そりゃあ兄ちゃんが面倒事連れ込むような悪い人には見えないからだよ」
連れ込んじゃいないけど、面倒事から逃げてスラム街に来たから何も言えないな。
「あと、お前さんじゃなくてエルドだぞ!」
「俺だって兄ちゃんじゃなくてシリウスだよ。しかも年は同じだし」
「ところでさっきから大事そうに背負ってるその袋には何が入ってるんだ?」
「それは企業秘密だ。ほら、そろそろ本当に帰らないとまずいぞ」
これ以上の長話は俺が今まで以上の反感を買うことになるだろうし、まず俺への視線が痛い。
今にも崩れそうな家のヒビを覗いてこっち見てきてる目玉が何個も見えるのはさすがにホラーだから勘弁して欲しいもんだ。
どちらにしろ、スラム街の人間にロリコンだと思われてるのは間違いないっぽい。
「みたいだな。じゃあこれからもよろしく頼むぜ、兄ちゃん!」
「隣人として、こちらこそよろしく!」
そう言葉を交わすと、エルドは俺とすれ違い手を振りながら走っていく。
刹那。
地面に跡がつくほど強く踏み込むと、エルドが走っていった方向に向かって地面を蹴る。
すると周りの背景が紙芝居に見えるほどの速度で飛んで行く。
目標は当然さっきまで喋っていた少女エルドだ。
保険のために杖を背中から取り出すと、空中で前に突き出して魔法円を展開する。
バキバキバキッ!
エルドの目の前にはさっきまでなかったはずの壁が地面からせり上がるようにして出現した。
「最初からそうするとは思ってたけどな」
壁にぶつかって倒れたエルドのバックにはオリハルコンが二つ入れられていた。
スラム街で何も入ってないバッグを持った幼女が俺に話しかけてきた時点で目的は明確だったけど、まさか家が同じ方向なのにすれ違いで走って行く程天然だとは思わなかった。
本当なら帰った後隣の家に訪ねて返してもらうつもりだったんだけど。
「仕方ないから今これは返してもらうとして、んじゃ今度こそじゃあな!」
バックから二つオリハルコンを回収して袋に詰め込むと、もう一度地面を深く踏み込む。
因みにこれは杖使わずに体内だけで終わらせられる唯一の魔法、筋力増強魔法を使ってるんだけど、使った後は普通に強くした分の筋肉痛が帰ってくるってギリストから報告受けてたから、使う時間を踏み込みの一瞬にしてる。
「やっぱり永久英雄に盗みは無理があったよな……」
なんか聞こえた気がしたけど、飛んだ時の風切り音で良く聞き取れなかった。
まあ何か言いたい事があれば帰ってから部屋に来るよな、多分。