いきなり国から英雄扱いされた件
「お、お前は本当に討伐してきたというのか?」
「あれ? 追尾精霊で見ていたんじゃないんすか?」
「途中の爆風で映像が途絶えてしまったんだが……その首がローリールのものだと?」
俺は国の領域の象徴である壁の入り口手前で、マズベールさんと話をしていた。
右手には、ローリールが鑑定魔法でも何者の首か分からない魔法をかけたジャイアントオーガの首を持っているから、この現場はかなり危ない雰囲気を漂わせてる。
偽装工作もあってだろうけど、マズベールさんは俺の実力を信じこんでる様子だ。
結局あの後ローリールに適当な首を渡してもらった後、絶対に国の人間に見られないという条件のもと、解散に至った。
面倒臭かったから転送魔法で身体ごと転送したら目の前にマズベールがいたから驚きだ。
あれ、もしかして俺ってどこかから見られてるんだろうか?
「ローリールのじゃなかったら帰ってこないっすよ」
「いや待てよ。貴様がローリールの回し者であった場合……その首を変身魔法でローリールの物にしているのではないか?」
中々痛いところを突いてくる。
見たところ結構若そうだし、やっぱそういうところは鋭いんだな。
「なら鑑定魔法で確かめて見ればいいじゃないっすか?」
「……分かった。確かめる価値はありそうだ。付いて来い」
ということで俺は一人王宮の部屋に連れて来られると、まるで軟禁でもされてるかのように固く鍵を閉められその上部屋全体に封印魔法をかけた状態で何時間か待たされた。
封印魔法ってのは施術者以外には解けない魔法で、封印出来るものの種類はかなり豊富だったりする。
代表的なもので言えば金庫や外出中の家のドアに施術することで防犯したりだとか、家全体にかけることで内部の空間を外の空間と別次元のものとして扱ったりと、正直語るのも面倒くせえ程に使いみちはある。
今回のは見た感じ、魔力の通過と有機物の通過の禁止って言ったとこだと思うな。
まあ魔王軍の手下とか疑われてたらこんだけ頑丈にするもんだと思うけどさ、首持ってきても俺信頼されてなさすぎじゃねえか?
因みに俺がサタンを封じるときに作ったのを他の神が見よう見まねでばら撒いてるもんだから不完全な形になってるけど、封印魔法を解く魔法だって俺は持ってる。
なんかしんないけど、外の音は聞こえてくるんだが、凄い大量の人間がドタバタ動いてる音が聞こえるし、随分年季の入った声でその場を沈める声も聞こえてくる辺りから察するに、鑑定魔法でローリールって証拠が出てきたんだろうか。
ちょっと騙してるような気分だなぁ。
一応心の中でマズベールさんには謝っとくことにする。
にしてもローリールの奴はどんな変身魔法を掛ければ鑑定魔法も欺けるんだ?
鑑定魔法ってのはこの間も言ったけど、魂に固定された情報を見るもんだし、首に魂を分けて移すなんて事は出来ないしな。
せいぜい騙すことが出来るのは容姿と魔力だけってもんだ。
そういえば神界で変身魔法を作った奴はポセイドンやらギリストやら、とにかく男を寝とりまくったってんで地上に落とされたんだっけな。
思ってみればアイツも凄い小さかったし、鑑定魔法を作ったのもアイツだし……。
嫌な予想が的中しない事を願いつつも、凍りついた背筋をさすった。
にしても中々解放されるまで長いな。
当然もう鑑定魔法はとっくに終わってると思うんだけど、最初よりも人の出入りが激しいような気がする。足音も最初より慌ただしくなっているし、外からもかなりの数の声が聞こえてくる。
しばらくすると、ドタバタと歩きまわる足音は聞こえなくなって、群衆から飛び交う歓声のようなものだけが残った。
「シリウスよ、事は済んだ。出てこい」
部屋の外からマズベールさんの落ち着いた声が聞こえてきた。
どうやら予想通り釈放の時間らしく、部屋にかけられた強固な封印魔法はマズベールさんの手によって解かれたっぽい。
部屋にある唯一の扉に手をかけて、外へ出る。
「さすがに時間かかりすぎじゃないっすか? ……え?」
『お待ちしておりました、シリウス様』
目の前にマズベールが居て、連行された上で解放みたいな流れを予測していたんだけど……。
最初とは打って変わって、大勢の使用人達が扉の前で俺を歓迎しているみたいだ。
今からパーティでも始まんのか?
天界でもこれ程大勢の女性に囲まれた事はないし、しかもこんな憧れの眼差しで見られるのは実に40億年ぶりと言ったところだ。
「あの、これは死ぬ前の見納めとかっすか?」
「いいえ、シリウス様。これは貴方の為に開かれた式典ですわ」
冗談でもないが、少し冗談めかして言うと扉の横に立っていた女性が即座に訂正した。
俺のための祭典?
何をしたかと聞かれれば魔王軍の中で最も戦闘力が低いであろうローリールの首を持ってきたくらいなんだけどな……。
その上その首は偽装されたものと来た。
バレたら死刑同然の事だろうから少し覚悟はしてたんだけど、今から死刑するような奴にこんな嬉しそうな眼差しを向けるはずもない、か。
「さあ、国王様がお待ちだ。さっさと行くがよい」
色々と頭を抱えていると、マズベールに急かされる。
慌てて顔を上げると、使用人全員が入ってきた方とは逆の廊下の奥の方へ手を開いてる。
「っとその前に、その格好で式典に出られては余りに不躾であろう。おい、お前。一着くらいは余りがあるだろう。持って来い」
先程の女性が廊下を走っていった。
少なくとも王宮の使用人を顎で使えるくらい偉いんだな、一級貴族ってのは。
「待て待て俺が国王に謁見するって、俺は人種ではあるけど全然国民じゃないし……」
「成る程、では貴様は今放浪者って訳だな?」
「ま、まあそういうことにはなるけど」
「国王様は貴様を永久英雄という地位に置いてでも国民にしたいとの事だ。祖国が決まって良かったな」
「なんだ、なら旅人という身分で寝床や食べ物を探したりしなくていいわけだ」
それは手っ取り早くていいことこの上ない。
何せ俺は永久英雄なのだから……そう、永久英雄ってのはそういうもんだろ。
「永久英雄!?」
「随分と時間差があったな。まあそれほどに必要な人材という事なのだろう」
マズベールさんは俺が本当に倒してきてしまった事に不服そうだ。
にしても英雄ってのは例えば人類を救ったり、悪い神を倒したり、とにかく大きな事をしたやつに与えられる勲章だと記憶していたんだけど。
確かに魔王軍幹部を倒したことに変わりないが、それだけで英雄扱いされるほどこの国が危機敵状況にあるってことだろうか。
……まあ、気分は悪くないしいいか。
さっき走ってた女の人が息を切らしながらも帰ってくる。
「貴族服しかございませんでしたので、本日はどうかこれで勘弁願います」
使用人が胸に抱えるそれはマズベールさんが来てる服と同じ、水色を貴重として所々金色の刺繍が入れられたローブに近いものだった。
それにセットで白い服とズボンが見えるのでそっくりそのままマズベールさんの服なんだろう。
「んなッ! 私のを此奴に着せるなど……まあ止むを得ない、一日だけだぞ」
「別に俺が望んだわけじゃないっすけどね」
「うるさい!」
ここで反抗的になってもどうしようもないので、素直に差し出された服に袖を通す。
「ご確認下さいませ」
どこから取り出してきたのか、目の前に立ち鏡が置かれる。
見る限り似合ってるようだ。
そういえば地上に降りた際の容姿を説明してなかったけど、髪の毛は少しクセのある黒髪で、目は人間界で評価が高いとされる二重、鼻も人間にはウケがいいらしいので高めだ。
因みに全てのソースはギリスト。
年齢設定は十六歳、身体的に衰えが訪れる事無く三年で天界へ戻れるようにするためだ。
長いこと国王様を待たせる訳にもいかないので、着替えを済ませたらさっき示された方へと廊下を歩く。
にしても豪華絢爛な場所だな。
天界にあるこれに似た建物といえば神殿だけど、巨大な神も入れるようにでかく作ってあるからなんとなく不格好だし、何より古い。
ここは壁に規則正しく取り付けられた魔力式のランプが道を照らし、赤い絨毯が敷かれてるし、壁はピカピカに光り輝いてる。
神が掃除しようにも不器用な奴が多いから、壁にすぐ穴開けちまうし。
国王の居座る部屋の出入り口であろうこの扉も豪華っちゃ豪華だ。
ラピスラズリを使用して、且つ中からしか開けられないようになってるみたいだから警備は完璧って事だろうか。
その証拠に押してもビクともしない。
「名前を」
「ゼーレ・シリウス、です」
「うむ、入れ」
渋みのある声に圧倒され、つい固まってしまった。
神である俺がこんなに萎縮したのは、仲良くなかった頃のサタンと会った時ぐらいだ。
名前を言うとさっきまでビクともしなかった扉がゆっくりと大きな音を立てて開いた。
「英雄シリウス殿よ、ようこそおいで下さった!」
渋みのある声の正体は国王だったらしく、扉が開くや否や玉座が駆け寄ってきて俺の手を握る。
「お主の働きはマズベールより聞いておる、かけるがよい」
王ばかりに目を囚われて周りが見えていなかったが、王室には他にも年季の入った圧のある人間が数十名おり、その全員から拍手が巻き起こっている。
用意された椅子に腰掛けると同時に、圧を纏った傍聴者達は拍手をやめて席につく。
「改めて初めまして。知っているとは思うが国王のシュードランだ」
本当に申し訳ないんだけど、名前も顔もお初なので記憶に留めておきます。
「ここにこのような式典を他でもない、お主の働きに免じて永久英雄として扱う事を公式に発表するためだ。急な式典に足をお運び頂いて、来賓の方々には感謝申し上げる」
それを聞いた傍聴者もとい来賓の者達はどよめき始める。
「驚くのも無理はない。永久英雄の制定は実に五百年分の埃を被っておる。
しかし、それ即ち我が国にそれに当たる者が存在しない事を示しているのだ。
だが相応しいものが現れればその埃を払うのも国王の責務というものだ」
静まった来賓の中で、まっすぐと伸びる手がある。
「なんじゃ?」
「国王陛下、我々は彼が何をしたか知りません。彼は本当にそれに相応しい人物なのですか?」
最もな疑問だと思うし、何より俺もそこは疑問に思っている。
「そうじゃったな。彼は森に住まう炎龍と魔王軍の幹部として懸賞のかけられたローリールを一人で討伐しているのだ」
国王様は思い出したようにポケットから取り出した映像結晶を来賓達に見せつける。
再び横に座ってる人間と向き合ったり、真偽の程を審議したりしてどよめき始める。
当然質問してきた人も目見開きっぱなしだ。
地上に降りてから人間達の驚き方が尋常じゃないから、改めて俺が神だと痛感してる。
「という訳で、この者が永久英雄として身を置くことに相違ないな?」
入ってきた時よりも大きな拍手が鳴り響いた。
これはスタンディングオベーションって奴だろうか、皆が立ち上がり俺に期待の眼差しを向けてる。
「これより、この者をマーシャル王国の永久英雄とする!」