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正体見たり黄金畑。

 あれから十分以上は経っているだろう。

 太陽はもう遠くに見える、街を囲う壁に隠れてしまって見ることはできず、空の色から予想するにもうあとほんの数分で地平線に沈むというところだろう。

 

 その間ずっと身体を抱きしめ続けられていたからか、むしろこの形が自然な形なのでは、と思い始めたぐらいだった。


 エミリは俺に抱き付いて泣き出してからはずっと、時々肩を震わせながら、鼻をすする音と共に涙を流し続けている。決して泣き顔は見せないが、身体に伝わる熱からも泣いてる事はよく分かった。


 今ではそれも落ち着いて、まだ少し余韻が残っているといった感じだろう。鼻をすする音だけ聞こえてくる。


 にしても、エミリは本当に心が清すぎるというか、優しすぎるというか。確かに少し自分に非があるかもって思うことは俺にだってあるけど、あそこまで思い詰めて、最後にはここまで泣くなんてエミリは人格に至っても美しすぎるのか?

 

 というかここまで泣かれると、自分が悪いことをしたかのような、なんとも申し訳ない気持ちになるんだけど。


 いっそ精神干渉魔法で記憶を消した方が、エミリにとっても良かったのかな。いやでもやっぱり私情で人間の記憶を弄ったりするのは魔法モラルとしても、俺としてもダメだ。


 因みに精神干渉魔法って言うのは高位な魔術師が自分よりも魔力耐性が低かったりするやつの精神に対して干渉して、記憶を弄ったり、その二者の間に大きな魔力差があれば人格変換とかもできる、なんとも趣味の悪い魔法だ。

 その凶悪さから使用を禁止していたり、そもそも使い方を知る方法が封印されてたりする世界が多い。多分この世界もそうだろうね。


 ということでこの魔法は実質神専用になっている。


 そんなことを考えているうちに泣き終わったエミリが俺の身体からゆっくりと腕を離し、少しだけ目を擦ってこっちを向いた。

 

 さっきまで抱きしめられただけあって、腕を離されると違和感を感じる。


「ごめんね。もう子供じゃないのに子供みたいに泣いちゃって」

「いいよ、泣きたい時は我慢しない方がいい」

「やっぱり優しいのね。私の涙は高くつくわよ?」

「あはは。弟子志願とかは勘弁してほしいかな」


 エミリが笑うだけでその場が和やかな雰囲気に包まれ、そして和やかな会話が生まれる。


 まあ弟子志願は本当にやめて欲しいんだけど。


「弟子志願かぁ……悪くないわね。クロード君、なんかもう永久英雄のシリウスさんみたいになっちゃってるしね」

「え」


 それは困る。大いに困る。まず俺が永久英雄だし。俺は人に教えられるほどよく出来た神じゃないし、そもそも地上の生物より上手く魔法を使えたり出来るのは魔力量が桁違いに多いのと、生きた年数も桁違いだからだ。しかも師弟関係って事はずっと一緒って訳で。三年後には帰る事にはなってるけど、今まで近くに男しかいなかった俺からしたら――。


「冗談よ。そんなに怖い顔で考え込まなくてもいいじゃない」

「なんだ冗談か……驚かせないでくれよな」


 心底安堵し、腰を落として膝に手を当てると、下を向いて息をフーっと吐き出し胸を撫で下ろす。


 すると、それを見たエミリが俺の顔を覗きこんで頬を膨らませた。


「そんなに私が弟子になるのが嫌なのかしら?」

「うおぉぉっ!」


 急に目の前にエミリの顔が現れた事に対する驚きのあまり驚嘆の声を漏らしながら、二三歩飛び退いた。


「い、いや、別にエミリが嫌っていうわけじゃないよ。ただちょっと弟子は困るかなって」

「そう。今はそういうことにしといてあげるわ」


 そう言って軽くはにかむと、何かを思い出したように手を叩いて、腰についてる小さめの杖をベルトから取り外そうとする。初めて付けたのか、取り外すのに苦労している。


「そういえばね、クロード君ってすっかり有名人でシリウスさんみたいになってるでしょ? だから教科書揃えるのも難しいんじゃないかって思ったの。それで……取れたっ!」


 ベルトに付いている金具を端から端まで弄り回してようやっと取り外せた杖を右手に持ち、恐らく空間収納魔法に必要な呪文を唱える。

 

 すると杖の先から出た魔力の線が黄緑色の魔法陣を作り上げる。


 エミリが呪文を唱え終わるとその魔法陣は煌々と輝きながら、先までなにもなかった空間に四角い線をつけ、言い方は悪いが空間を削り取って行く。

 

 空間収納魔法っていうのは自分専用の亜空間を作り出した上で、どんな所からも呪文一つでその亜空間に接続することが出来る便利な魔法だ。今削り取られた空間は小さな亜空間へと繋がっている。

 ただこの魔法は一つ時空を創造するため、初期準備にとんでもない魔力を消費するので、魔力の高いもの、もしくはそれを商いにしている者に多額の金を払える富裕層のみが利用できる、非常に希少な魔法だ。


「ああ、この魔法ね。私が亜空間を作ったわけじゃないわよ。私の家の亜空間が何個もあって、これは五歳のころにお父さんが私に譲ってくれた亜空間なの」


 俺の怪訝そうな目線に気付いてか、何を聞かれるでもなくエミリが説明してくれた。


「それより、人気者なクロード君のために教科書揃えてあげたの。お金とかは気にしなくてもいいから! ただ、大切に使ってね?」

「本当にわざわざ全部そろえてくれたの!?」


 亜空間の中を覗き込むと、さっき必要な教科書一覧に掲載されていた教科書が全て綺麗に揃っている。


「だってきっと困ってたでしょ? なら少しでも助けられればと思って」

「確かに困ってたけど……」


 優しすぎるだろ。宿屋の件もそうだったけど、困っていれば全員助けるなんて生き方してたらいつか騙されるんじゃないかって疑うレベル。 

 本気で女神なんじゃなかろうか。


「正直心底助かったよ! 本当にありがとな! 大切にするよ!」

「クロード君が助かったなら私は満足よ。この教科書、全部クロード君の亜空間に入れるから少し開けてくれないかしら?」

「ああ、そういうことなら少し待ってて」


 そう言って俺は万が一にも目印になったりして見つからないようにと、上着で隠しながら背中に装備していた名称のまだ定まっていないあの剣を鞘から抜き出す。


 剣をまた地面に突き刺すと、今度は柄に手を当てて小さな魔法陣を展開する。その魔法陣は柄から剣先まで光りながら剣に沿うように下っていく。これは付加魔法特有の魔法陣のモーションだ。


 そして付加魔法で魔法効果を付与されて赤く光る剣を地面から抜くと、何もない空を切った。するとその空間に切れ目が入り、教科書の入っていた所と似たような亜空間に繋がる。


「すごい……亜空間作るのってとんでもない魔力が必要だから常人には無理だって聞いていたはずなのだけど。目の前でいとも簡単に亜空間を開くなんて、ほんとにクロード君はすごいね」

「そんなに褒めたって今の俺はほとんど一文無しだぞ。じゃあありがたく教科書頂くことにするよ」


 そう言って教科書に少しだけ反重力魔法をかけると、左手で軽く持ち上げてさっき自分で開いた亜空間の中に放り込んだ。


 一文無しだって事を疑われたけど、財布に入った一枚の銅貨を見せたら少し苦笑をされながら励まされた。情けないな、おい。


「あーあ、私いっぱい泣いて疲れちゃった。気分転換にどこか行きたいなぁ」


 エミリがわざとらしい口調でそう言う。


 もう日は沈んで今が人間が言う所の宵ってところだろう。本当ならこの時間に行ける場所なんてないけど、今回は特別行く場所がないでもない。


「ならちょっと連れて行きたいところがあるんだ。いいかな?」

「うん! なら、これで借りは無しって事でいいわよ」


 

 そこはローリールを倒しに行く時にたまたま目に止まった場所だ。街からでてから結構な距離がある場所なので、あまりエミリが疲れないように、こっそり身体を軽くする魔法と疲労を回復する魔法をかけた。


 小さめのゴブリンとか大きめのスライムとか、結構色んな魔物に襲われたけど、さすがにここまで弱い敵ともなると、剣で少し触れるだけで俺が常時剣に流している魔力に絆されて消えていく。


「やっぱりクロード君は強いね。こんなに強かったらシュヴァルトみたいに有名になってもおかしくないはずなのに……もしかして放浪者だったりしたのかしら?」

「まあ、一応そういうことになっているみたい」

「やっぱり。お父さんが壁外には国内の人よりも強くて怖い人がいっぱいいるっていう話をしてたの。クロード君は全然怖い人じゃないけど」

「そうなのか? 親から捨てられた人とか弱い人とかが放浪者やってるって聞いたんだけど」

「えっ? 私はそんな話聞いたことないわよ。むしろ化物じみた人間がいっぱい……って聞いたわよ」

「じゃあ俺の情報元が間違ってたのかもね」


 エルドが情報に強いとはいっても、スラム街の住人だ。失礼かもしれないけど、間違った情報を仕入れてる可能性は充分あるからな。


 そうこう言ってる内に目的地にたどり着いた。


「エミリ、着いたよ」

「ここってどこなの? 暗くて何も見えないのだけれど」


 俺は剣を右手に持つと、剣先を空に向けて黄色くて小さな魔法陣を作り出す。すると魔法陣から小さな光がゆっくりと空に向かって上っていくと――。


 ――刹那。


 その光は何かに当たったように止まったかと思うと、小さな破裂音を立てて破裂した。するとその小さな光の玉から光が溢れ出し、辺りを光で満たした。


「わあぁぁぁぁあ! こんな綺麗なところ初めて見たわ!」


 俺達が立っている場所はラベンダー畑の中心だった。

 

 光に照らされた黄色い花弁は黄金に輝き、風に靡くとその輝きが周りに漏れ出しているかのようだった。黄金の花弁で埋め尽くされたその場所は、金色の花畑と呼ぶに相応しいだろう。


 エミリはその光景に興奮して周りを見渡しながら、目を輝かせている。


「本当に綺麗ね、ここ! クロード君、今日はここに連れて来てくれて……」


 エミリが俺の方を向いて言葉を止めた。その顔はさっきまで興奮一色だったというのに今では恐怖と驚愕の入り混じった顔で、俺を疑いの目で見つめている。


「なんで……シリウスさんがいるの?」


 


 

 

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