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女神と英雄になった神と。

 視界が急に失われ、背中には誰かが思いっ切り飛び乗ってきた。


 魔法とかで視界が奪われたというよりも、この感覚は多分、後ろの人間が自分の手で俺の目を隠しているのだろう。

 俺の目を覆う手はスベスベしていて、少なくともゴツゴツした男性特有の手からはかけ離れているから、大方後ろにいるのは女性だろう。そんなに重くもないしね。


 だとすればローリールが復讐しにきたのか?


 いや、でもそうならこんな街の真ん中で俺を襲うような危険な事はしないだろう。そもそも背中にあたっているこの柔らかい物がローリールにはないだろうし。


 だとすれば俺は一体誰に襲われているのだろうか。


 どんな可能性を辿ってみても街中で襲うリスクを侵す理由がわからなかったり、そもそも男性であったりと、結局どこに思い当たる節はなかった。


 緊張のせいか心臓がいつもより早く脈を打ち、全身に、脳に血を流している。


 対して背中に伝わってくる拍動は随分と落ち着いている。


 ここまで考えたけど、全く何者なのか分からない。


「誰だ!?」


 万策尽きて、直接聞こうと気迫のある声で尋ねる。


「さて、誰でしょうか?」


 すると、随分と腑抜けた声でそう返ってきた。


 いや、誰か全然わからないんだってば。


 だが、耳に馴染んでいるような、何度も聞いたことのあるような、心から落ち着くような、悪意のないような、そんな声をしている。きっと会ったことのある人間には違いないんだろう。


「お前のふざけた遊びに付き合ってる暇ないんだけど。何が目的? 殺すっていうんだったらなんの目的があって殺すんだ?」

「殺ッ……!? クロード君、どうしたの? まさか私の事忘れたとか言わないよね?」


 その声はやはり聞き覚えがあって、しかもなにやら俺とは親しげな雰囲気を――なるほど、全部理解した。今まで考えてたことは全部ただの杞憂だったってことが。


「あ、もしかして……エミリ?」


 それを聞いてか、目を覆っていた手は外され、のしかかっていた身体も離れた。


「正解! 良かったぉ忘れられてなくて」

「やっぱりね。俺がエミリの事忘れるわけないでしょ?」

「どうかしらね。さっき怖い声で殺すとかなんとか言ってたのって、どこの誰だったかしら」

「ちょっと……朝に見た悪夢を思い出しちゃってさ」

「そう、だったらそういうことにしといてあげる!」

 

 エミリは振り向いた俺の顔の方を向きながら、顔にかかった前髪をかき分けて、満面の笑みを見せつけながら力を込めてそう言った。


 ちょ、超絶可愛い!!!!


 また叫びそうになったけど、口から飛び出しそうになった言葉を押さえつけて、心の中でそう思いっ切り叫んだ。


 前から思ってたけど、やっぱり神界の下手な女神よりも可愛いし、街を歩いていてもエミリより可愛い女性に会ったことなんてない。なによりそんなエミリが笑顔でこちらを見てるのだ。可愛くないはずがない。

 それでも俺はあくまでも神だし、惚れたとかじゃないけど。


「そ、そんなにジロジロ見ないでよ。は、恥ずかしいでしょ……」

「ああ、ごめん。ちょっと驚いちゃって」     


 エミリは赤面して少し俯いている。

 一瞬の沈黙が流れる。そしてエミリは少し息を吸い込んでこっちを向き、もう一度笑顔になると口を開いた。

 

「クロード君、改めて本当にありがとう。合格出来たのはクロード君が手伝ってくれたからだよ」

「そんな俺はなにもしてないよ。エミリは実力で合格したんだ。おめでとう!」


 これは事実だ。確かに俺はエミリが倒しやすいようにサポートとかはした訳だけど、エミリがあの量の魔物を一度に消し飛ばす魔法を使えるなんて思ってなかったし、そもそもあの魔法はかなりの高位魔法だ。それだけでエミリの実力は測れる。


「謙虚なのね。それでもいいけど。でも私は心の底から救われたって、助けられたって思ってるから言わせてほしいの。ありがとう」


 そこまで満面の笑みで感謝されちゃったら、神とも言えど無意識に頬が吊り上がってしまう。

 だがさすがに気色が悪いので頬に重力魔法をかけて元に戻した。


「それとね、もう一つ言いたいことがあるの」


 エミリは今度はさっきまで顔の端から端まで広がっていた笑顔を収めると、また一度今度は深く息を吸い込み、勢い良くしかも九十度に達するんじゃないかというくらいの角度まで腰を思いっ切り曲げて、俺に向かって頭を下げた。


「本当にごめんなさい!」

「え?」


 俺は驚いて少し声を漏らした。

 

 謝られるとは思ってなかった。だってエミリは俺に謝るようなことを何もしていない。許せと言われても許す事がないのだ。


 違う話とか言うから弟子志願とか言われるんじゃないかと内心警戒していたので、その面で言えば少し安心もしたんだけど。


「私魔力を使い切って倒れちゃって……あの後良くわからない化物が近くに現れたって意識が戻った時に聞いて、その化物とクロードさんが私を守りながら戦ってくれたってことも聞いたの。私だけじゃなくて皆の為に一人で戦ったって話も」


 それを聞いて街のみんなから逃げるので必死になっていて少しの間忘れていた、あの化物との戦いの事を思い出した。

 

「その時私が倒れてなければ、足出まといにならなければクロード君はもっと早く倒せたんじゃないかって思うの。私が助けを呼びに行けばクロード君が一人で戦う事もなかったって。そうすればクロード君があんな事にならずにすんだのかも知れないって……」

「あんな事? 倒れてた事の話? それなら見てよ、何の問題もないよ」


 手を広げ身体を見せつけながらそう言うと、エミリは驚いたような顔をしたあとで、すぐ悲しい目になった。


「ううん、違うの。今の話は忘れてね」


 そんな悲しそうな声で言われたら聞きたくても聞けないってもんだ。なにやら含みのある言い方をしてたし凄い気になるんだけど、今はやめておくか。


「クロード君は確かに強いし、その話を聞いた時は凄いなって思ったけど、だからこそ弱い私が荷物になっちゃって……本当にごめんなさい」

「なんで謝るのさ。エミリは全然何も悪くないよ。エミリが倒れてるのに自分の力を過信して戦ったのがいけなかったんだ。早く医務室に運んであげられなくてごめん」 


 事実そうだろう。あの時俺は地上における神としての強さに少し心酔していたのかもしれない。サラマンダーバードであれば倒せたんだろうけど、目の前の敵がサラマンダーバードか確認することさえしなかった。サラマンダーバードじゃないと分かっても勝てると思って戦い続けたんだ。


 悪いのは全部俺だ。エミリは何も悪いことをしてない。


 そもそも俺と一緒に試験を受けなければエミリを謝らせる事なんてなかったんだ。今頃合格の喜びを噛み締めながら化物の話を小耳にはさむ程度だろう。


「なんでクロード君が謝るのよ……悪いのは私なのに。あの化物が現れたのもきっと私のせいなの」

「そんな、自分ばっかり責めないでよ。エミリは何も悪いことしてないじゃないか」

「違う! 全部私のせいなのよ。私があのことを話して――」

「じゃあさ!」


 このままじゃキリがない。自分が悪いと思ってるやつはそうそう自分を許したりしない。


 昔、人間が核戦争で争い合って滅ぼしてしまった世界があるんだけど、それを戦女神のアイドスが自分のせいだと言って心を閉ざしてしまった時は、一億年は心を開かず仕事もせずで、戦女神のいない世界が大混乱したことがあった。


 世界を巻き込むことはないだろうけど、このままエミリが心を閉ざしてしまったらそれこそ俺のせいだ。


 俺のせいでエミリが色々抱え込んじゃったら俺も俺で心残りになるしね。


 だからエミリの言葉を遮って口を開いた。


「じゃあさ、俺があの化物と戦う事になったのも、エミリを庇いながら戦わなきゃいけなかったのも、早く倒せなかったのも、最終的には一人で戦わなきゃいけなかったのも、全部エミリが悪いよ」


 力強く、一言一言はっきりと発音してそう言う。エミリはそんな俺を見て唖然とした表情を浮かべている。


「そうだとしても、俺はエミリを許すよ」


 軽く頬を今度は意識して釣り上げて微かな笑いを浮かべてそう言うと、エミリの大きく開かれた目から涙が垂れて頬を伝った。


「それにさ、きっと誰もエミリの事責めないよ。だって誰もエミリが悪いなんて思ってないでしょ? だったらさ、誰にも責められないし、しかも当事者の俺が許すんだからさ、別にいいんじゃないかな」


 言葉を終えると、さっきまで泣いていたエミリがこっちに向かって両手を広げながら少し走ったかと思うと、俺の背中に両手を回して抱きついてきた。


「ありがとう、ありがとう、ありがとう……」


 言葉を重ねる度に腕に力が入り、俺の背中がどんどん締め付けられる。確かに可愛くはあったが、不思議と今度は叫びたくはならず、ただ冷静に、無意識にエミリの頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。


「ありがとう、ありがとう」


 俺の服は、涙で濡れていた。


 


 

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