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いきなり学園から英雄扱いされた件。

『12852ポイント!?』


 余りに突拍子のない数字に、その場にいる全員が、そして俺までもが驚きの声を模擬戦闘訓練所全体に響かせ、目を点にする。


 全員の目は、後ろでひっそりとしていた俺の方に釘付けになり、言外に「どうしたらそんな信じられない点数が出せるんだ?」と訴えかけて来ている。


 こっちが聞きたいわ。


「クロード、早く上がって来い」

「は、はぁ……分かりました」


 こんなに視線を浴びているのに、よく俺が永久英雄だってバレないもんだ。


 影が薄いどころじゃない。ゼーレという人間が消されているレベルで魔法が効いてる。人間じゃなくて神なんだけどね。


「俺は絶対兄ちゃんだと思ったぜえ! なんてったってあの場で一番クールだったからなぁ!」

「ぼ、僕は一位じゃなくて特別枠とかで入るものだとばっかり……」

「坊ちゃま、素直にあのお方だと思ったと言えばよいのでは?」

「うるさい!」


 あんなこと言ってた割には、あの場にいた人達の間では決定事項だったらしく、驚かれたというよりは準備された祝いの言葉をかけられた気分だ。


 エミリの方を見ると、小さくガッツポーズをしている。可愛い。


 壇上に上がると、マズベールが鋭い目でこちらを睨んできた。


 いつも睨んでいる気がするんだけど、そういう顔なんだろうか。


「クロード、お前は不足の事態が発生したにも関わらず、どの試験生よりも冷静に判断を下して全員に撤退を促し、自らは命を賭して獣から全員を守った。学園を――いや、国を代表して感謝している」


 野次馬からは、感嘆の声があがっている。


「それ故に試験においては大幅な加点をさせてもらった。合格おめでとう」

「あ、ありがとうございます」


 常に高圧的且つ威圧的で、感謝と謝罪の二文字には縁のなさそうなこのマズベールさんに、ここまでべた褒めされた挙句に感謝までされるとは。


 こっちが恥ずかしくなっちゃうだろうが。


 入学証書と金色のコーティングが成されたバッチを受け取り、壇上から降りるとあの場にいた人達も含めて野次馬達がこっちに走り寄ってきた。



   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



 合格発表がされてから学校が始まるまでの約二週間、本来なら教材を揃えるために用意された期間なのだが、俺が試験で信じられないポイントを取った事が瞬く間に街中に広がって、またも逃亡中のような暮らしを送る事になってしまった。


 当然宿屋には戻れないので、誰もいない塔の上とかで一晩過ごした。


 こうなってしまえば永久英雄だった時と大差ない訳だし、もう魔法は解いてもいいと思うんだけど、どうやら俺の意思でどうにかなる話じゃないらしい。


 今度エルドを探して会うしかないかな。


 追われ追われて教材もろくに揃える事ができないまま、残すところあと一日、しかももう半日は過ぎたというところである。


 今日こそは指定された店に嫌でも足を運ばなきゃいけないので、誰にもバレないように深くローブを着込んで街中に出向く。


 試験の影響で一箇所に集中していた街の人々は、やがて分散して街は賑わいを増している。


 もう日は沈み始めていて、街の中に一定間隔で置かれている魔力灯が点り始めていた。


 未だに興味本意か、それとも永久英雄に向いてた気持ちがこちらに向いているのか、血眼になって俺を探す人たちがパット見ただけで数百人はいそうな勢いだ。


 極力魔力灯がの光が届かないで影になっている、道の端を壁づたいに歩いてる。ちょっと不審者っぽいけど、大丈夫だろうか。


 合格発表後に渡された紙によると、初心者専用の杖と魔法戦術の教科書を攻撃と防御に分けて一冊ずつ、後は日常生活に役立つ魔法全巻ってやつに、魔物の生態と対処方法大事典。あとは申し訳程度の語学と数学の教科書が何冊か必要になってくるらしい。


 見つかりそうになっては路地裏に逃げ込んでやり過ごしたり、屋根の上を歩いたり、全く関係のない人に隠れたりーーすいませんーーして、やっとこさ一つ目の店にたどり着いた俺は、吸い込まれるようにして店の中に忍び込んだ。


「これでひとまずは安心って所だな」

「い、いらっしゃいませ! ……って、あれ?」

 

 なよなよした声の主の方に目線を向けると、客としてではなく店員としてその店に佇む、男女二人組の男の方……名前、そういえば聞いてなかったな。


「クロードさん!? あの時は本当に、感謝してもしきれないです!」

「君こそなんでここに……えーっと……」

「す、すみません。自己紹介してませんでしたね! 僕、マルク・ルーズベルトって言います」

 

 そういえば戦闘中にそう呼ばれてた気もするな。


「じゃあマルクはなんでここに?」


 俺がそう言うと、マルクが答えるのとほぼ同時期にマルクの後ろにある扉の奥から、まるで何か落下したような音が聞こえてきた。


 しばしの静寂。


 その静寂を蹴破るように、この間はマルクと一緒に居た女によって扉が開かれた。上は寝間着姿、下に至っては下着姿で。


「さっき何か聞こえてきたんだけど、何かあったの?」

「いやいや、何か聞こえてきたのは僕の方だよ!? 何があったのさ!」

「ああ、歩いてたら何か階段から落ちちゃって……」

「落ちちゃって、じゃないから。怪我とかない!? ちょっと見せてみなよ」


 さっきまでは随分と弱気だったマルクは、眠そうに呆けてる女に対してまるで世話を焼く母親のように接している。


 足に何の傷も無いことを確認すると、「よし」と呟いた。


 目のやり場に困るから、まずは服を着てもらいたい所なんだけれど。


「って、なんでまた下着姿なの!? せめてお客様の前では服を着てって前言ったよね!?」

「いやちょっと面倒臭くて……」

「クレアには女の子としての恥とか、根性とか……色々! ないの!?」

「だってマルクがどうにかしてくれるでしょ?」


 まるで当たり前という具合で少し首を傾げて女が言うと、マルクは顔を真赤にした。


「ばっ……! そういう問題じゃない! じゃあ僕、下着も選んであげないし服も洗ってあげないしご飯も作ってあげないし……」

「待って待って! ごめん、悪かったから。それは困る」

「とにかくお客様も困ってるし!」


 なるべく下着を見ないように、そしてこのイチャイチャ空間に目を向けないようにと顔を逸らして壁に貼られた、宗教の勧誘の旨が書かれたポスターを読んでる。


 だから見てないぞ、俺は。水玉だったけど見てない。


「さっきからお客様って、誰のこと言っ――」


 こっちを見た女はみるみる内に顔を赤く染め上げ、無言で扉の奥に消えていった。


「ごめんね、恥ずかしいところ見せちゃって。今のは幼馴染で、クレア・クレモンドって言うんだ。

 本当は彼女のお父さんの店なんだけど、最終日だけは外せない用があるとかで。見ての通りクレアは接客とか出来なそうだから僕がやってるって訳だよ」

「ず、随分苦労してるみたいだね」


 俺は最初に会った時のイメージが強くて、てっきりクレアがマルクに対してまるで子を気遣う母の如く接しているものだとばっかり思っていたんだけど、どうやら現実はまるっきり反対らしい。


 尋常じゃない程のダメ女具合に、第三者である俺もさすがに呆れる。


「その癖して、誰かが見てる前ではなぜか僕が虐げられるんだよね」


 ため息を吐きながらそう言うマルクの後ろの扉が、今度はさっきよりも思いっ切り開け放たれる。


「マルク、あんたいつまでボーッとしてるのよ! 早くお客様に対応してあげなさい!」

「……みたいな感じにね」

「さすがになかった事には出来ないだろ」


 何事も無かったかのようにマルクに指導するクレアに対して、マルクも俺も呆れ気味に突っ込んだ。


「分かったよ。く、クロード君は多分うちにある初心者用の杖を探しに来たんだよね?」

「そうなんだ」

「クロード君はきっと自分の杖を持ってるだろうから、出来るだけ安い……これなんかどうかな?」


 渡された杖は少し綺麗に整えられただけの木の枝という感じで、本来ならまだ魔法を使った事のない子供に渡すようなものだった。きちんと杖に『ルーズベルト製』と刻まれている。


 まあすぐに使わなくなるものだろうし、こんなものでいいかな。


「じゃあこれ、お願いできる?」


 そう言って杖を購入した俺は、最後にマルクと「これからよろしく」と握手してからその店を後にした。


 街からは結構人がいなくなっていて、ちらほらと俺を探す人はいるものの、そんなに警戒して隠れなきゃならないくらい隅々まで本格的に探してる人はいない。


 ゴミ箱とか下水溝とか探す人までいたからね。いるわけないだろ。


 ともあれ多少は警戒しつつも、急ぎ足で次の店に入ろうとする。


 瞬間、目からはさっきまで写っていた街の様子は消え去り視界が奪われ、背中に何かがのしかかった。




 

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