禍々しい"獣"との対峙。
さっきまでサラマンダーバードが、俺の全く知らない禍々しい姿の獣に変わり果てたのはどういうことなんだろうか?
確かに戦闘中に急激な成長があっておかしいとは思ったけど、ここまで魔力量が増え、そしてここまで容姿が変化するとまでは予想してなかった。
さっき魔力量が炎龍の五百倍になったっきり魔力量は上がらなくなったけど、既にそれだけでかなり危ない獣だという事は分かる。
しかも人三人分くらいだった背丈は、それこそ炎龍と同じくらいになってしまった。
生憎こいつについては全く知らないけど、少し本気出さないと勝てなそうだという事はすぐに分かる。
そしてもう一つ確定的な事実がある。
それはこの生物に何者かが関与しているということだ。
最初に変身魔法を使って見た目を騙していたとしても、魔力量を誤魔化せるほどの実力者って事は、上級エルフ程度の者がついている可能性がある。
もし本当にサラマンダーバードから別の生物に変化させたんだとしたら、そりゃもう神レベルだ。
どっちにせよ、只ならぬ存在が干渉してきている事に変わりない。
この世界にとっては大迷惑な存在だとは思うけど、妙な親近感が沸く不思議な感傷だ。
さっきの巨大な咆哮を聞いてか、各々標的を狩り終えた者達が声の元であるここへ走り寄ってくる音が大量に聞こえてくる。
大方サラマンダーバードだと思ってるだろうけど。
「これって俺が最初じゃねえか!? 俺、すげええええ!!!」
飛び込んできたツンツン頭の針地獄君が、池の周りに来るや否や大声で自分を褒め称える。
が、くるりと周囲を見回した時に俺と目を合わせて肩を落とす。
「ここにサラマンダーバードがいるってのは本当ですか!?」
「馬鹿っ! 受験生の人に聞いて答えてくれるわけないでしょ!?」
「そ、そっか。で、でも僕サラマンダーバードとか見たこと無くって」
「私が見たことあるからいいでしょ! 二人で協力しようって言ったじゃない!」
森から飛び出して来て真っ先に俺をみつけると、これまた大声で質問してきた十六歳とは思えない青髪の少年は、茶色い髪の毛の女性に叱られている。
見せつけるならわざわざ場所を試験会場にしなくったって、もっとロマンチックな場所はあるよ。
と言いたいところだけど、やめておこう。
「フン、だから僕はお前がいては嫌だと言ったんだ!」
「とおっしゃいましても、坊ちゃまはまだ未熟故、万が一の事があれば老兵の私めが――」
「うるさい! ほら見ろ、サラマンダーバードのところにちゃんと着いたぞ!」
今度は金髪でえばり腐ってる、見た目もあからさまにお坊ちゃんな男と、少し年老いた執事のような人が畏まりながらやって来た。
お坊ちゃんはこっちを見るや否や、鼻息を荒くしてそっぽを向いたが、隣の執事さんは全員と目を合わせてぺこぺこと頭を下げる。
これは随分まずいな。
こんな禍々しい姿の獣がサラマンダーバードのわけがないのに、誰一人として気付かない。
さっきの咆哮を皆聞いてるだろうし、聞いてなくてもこのサイズじゃすぐに見つかって皆が集まってきてしまう。
「皆、早く逃げて! 俺がここで時間を稼いでいる間に教員達を呼んできて!」
口実はどうでもいい、要は一瞬でも森から全員いなくなればいいのだ。
人が増えれば増えるほど、俺が動き辛くなるんだよね。
「針地獄君! エミリは任せるから!」
「うおっとっと!」
少しエミリに申し訳ないけど、状況が状況なので針地獄君に投げて渡す。
思惑通り脊椎反射で受け取ってくれたものの、少しふらついた後でこちらをまるで不審な者を見るような、疑り深い眼差しでこっちを凝視してくる。
「兄さん、何言ってんだよ? 点数ほしさに嘘ついてんならそれはフェアじゃねえぞ! あと、俺はカルデアだぜ?」
「そっちこそ何言ってんのさ! この状況で点数なんて優先するわけなーー」
グオオオオン!
言い切る少し手前、すさまじい轟音と共に目の前の魔物が腕を降り下ろす。
危ない危ない、潰されるとこだったよ。
図体は炎龍レベルなのに、動きは小型の魔物と同じくらい俊敏だ。俺に腕が当たる寸前腕に拘束魔法をかけなかったら、冗談抜きで潰されてただろう。
「ぼ、僕もそういうズルい事するのは良くないと思います!」
「私も狡猾な人間が勝っちゃうのって、なんか嫌なのよね。遠慮なく行かせてもらうわよ!」
なんで全然分かってくれないんだよ!
さっきから全くこの獣が動かないのは、俺がずっと何重にも張り巡らされた拘束魔法を張り続けてるからなんだってば。さすがの俺でもこれだけ魔力を持つ獣を、何時間も拘束することなんてできない。
その証拠に、さっきだって俺が感情的になって拘束魔法が少し緩まった隙に、すかさず腕を降り下ろしてきたし。
「悔しいけどあんたの方が強いんだから、やっちゃってよマルク!」
「リ・アイス・トゥーレ・シュール・ブリザード!」
マルクと呼ばれた小さな少年は、その小柄な体から想像できないほど大きな魔方陣を獣の方へ向けて展開し、詠唱が終わるとサイズも形もまばらな氷片が、獣の体を襲う。
しかし、継続的に氷片を当てられた獣の一部は凍りついたものの、決定的な打撃を与えることはできない。
「嘘! サラマンダーバードってこんなに強い魔物だったの!?」
「だからこいつはサラマンダーバードじゃないんだってば!」
「シューレ・フレア・フォルテ・マキシマム・ドレイク!」
凍りついたその部分目掛けて、爆裂魔法が繰り出されるが、ビクともしない。
ここにいる受験生は人を信じるってことを知らないの?
マルクは懲りずに魔法攻撃を続ける。
「エミリさんはここに置いて、俺もクールに参加させてもらうぜえ!」
「いや……ちょっ、待って」
俺の呼びかけも甲斐なしに、エミリを地面に置いて標的に飛んでった針地獄君は、一瞬で顔の高さまでジャンプすると右手を思いっきり振りかぶった。
すると、腕から獣の体にかけて何重かの魔法陣が描かれていく。
バゴオオオオオン!
針地獄君が右手を振ると、そのパンチは何重かに重なった魔法陣を通して教化されて、獣の体と接触した時に鈍い音を出した。
「ほら、サラマンダーバードだって俺の拳で粉々になって……って、あれ?」
傷跡一つ残さないその獣に驚きながら、空中で数秒。
恐らく身体強化魔法でそいつに与えた衝撃で、俺の拘束魔法が緩んだ瞬間だった。
「馬鹿っ! 危ない――」
カルデアの本能がその獣の形相に怯え、顔が真っ青に染まり切る刹那。
音を立てながら首から上の拘束魔法を破いて、未だに地面に足を付けずに浮いているカルデアの方に首を向け、口から青色に輝く炎を吐き出す。
「うお、ギリギリセーフだよね?」
勢い良く空に飛び上がりカルデアを抱きかかえてそれを避けようとすると、青い炎が背中を掠めた。
青い炎がエミリに直撃しそうだったので、その辺りに加護魔法をかけ、同時に拘束魔法を強くしてから地面に着地してカルデアを降ろす。
エミリの周辺にあった木々や地面は、青い炎によって抉り取られ、代わりに大きな穴と真っ黒い大地が姿を現した。
結構マジで危ないところだった。
「た、助かった。……まあこんぐらいは男らしくビシっとやってくれるって思ってたぜ!」
訂正しなくても素直に感謝してくれればいいんですよ?
マルクは魔法を打ち続けてるけど、獣に当てて変に衝撃が与えられても困るので、障壁を張って魔法が届かないようにさせてもらってる。ごめんね。
しかし、こうも人が多くては戦い辛くて仕方ない。
今のところ戦闘以前に、この場にいる人達を守る事で手一杯になっちゃってるし。
「どいつもこいつも、サラマンダーバード如きに苦戦するようではこの試験には合格出来るわけがない」
「坊ちゃまおよし下さい、それ以上この敵に近づいてはなりません」
「お前は黙っていろ! こんな敵僕一人で片付けられる」
「坊ちゃま。ここはあの方の指示に従い、ここからは逃げて教員を呼んでくるべきです」
「お前はとうとう主人に対してそんな態度を――」
「坊ちゃま!!」
全く関係のない俺でも見てるだけでイライラする威張りっぷりに、執事さんも遂にキレた……ってわけではなさそうだね。
穏やかな風格とは打って変わって、突き刺すような鋭い怒号に空気が凍りついた。
「私めはこの禍々しい獣がサラマンダーバードであるようには、とても思えません」
「しかしあの者の狂言だとしたら……」
「ほら、マルク教えてあげなさいよ!」
「あ、あの僕……この黒い魔物の正体知ってるかも……です!」
張り詰めた空気の中、口を開いたのは意外にもあのなよなよした少年だった。
拘束魔法が切れる前に早く離れて欲しいんだけど、俺も知らない正体を知ってるならそれを知っとく必要はあると思う。
「知りませんか? 神話の一節、破壊神が世界を壊して造り直す前の場面です」
破壊神が世界を壊して造り直す――今は取り敢えずスルーしとくか。
「"黒い目に黒い鱗、闇の力を誇示し続ける破壊神の眷属、闇龍バハムートが世界を焼き滅ぼす"」
それを聞いてたこの場にいる人間は俺を除き、まるで何かに気付いたように目を見開き口を抑える。
執事と坊っちゃん、後カルデアも顔を青く染め上げて額には数滴の汗を浮かべている。
「何度見てもこの獣、その闇龍にそっくりなんです。何でここにいるかは分からないし、実在する生物なのかも分からないけど……僕たちは今とんでもない獣と対峙してるんじゃないかって……」
世界を創造する前の記憶なんて遥か古来の記憶だったから忘れ去っていたけど、それを聞いて俺もハッキリとソイツを思い出す。
正確にはそんな大それた事はしてないけど確かに破壊神の眷属ではあったし、並の神の眷属の数倍は強かったから、邪魔だったな。
そんなヤツがここに居るのが何故かなんて分かんないけど。
「だから僕は逃げるべきだと思う。か、彼は素人目に見てもとっても強そうだったし……」
「俺も本当にそうなら……いや、そうじゃなくてもこんな危険な魔物からは逃げるも策だと思うぜ?」
「カリスマは人の意見を真に聞ける者こそなり得る。分かった。ここはアイツに任せて逃げよう」
頼むから早く逃げてくれないかな。そろそろ拘束魔法を破って来そうなんだけど。
「兄さん、エミリさんは俺が連れてくから少しだけ時間稼いでくれよな!」
ぼっちゃんが逃げると、それに続くように執事も少年もその隣の女性も一緒に森の中へと消えて行ってくれた。
カルデアがエミリを連れてってくれたから、事実上此処には俺一人だけになってくれた。
「そろそろ限界近いし、今外から一発でも衝撃が加えられたら――」
ドドドドドドン!!
魔力の過剰消費でにじみ出た額の汗を拭いながらそう呟くと、目の前のバハムートの頭に誰かの爆発魔法が直撃して拘束魔法を壊す。
「逃げるくらいなら試験を受けるなよ、無能共が。力が無いやつは黙ってみてればいいんだよ」
何やら小声で悪態を付きながら、最悪のタイミングでシュヴァルトが来てしまった。




