始まる入学試験。
「なあお二方、今日の入園試験で何をやるか知ってるかい?」
隣に立っている、まるで針地獄かのようにツンツンと立った金髪の少年にそう尋ねられた。
今俺とエミリはギリギリに受付申請を済ませて、入園試験に於ける最低限の注意点とやらを前に立つマズベールさんが説明している。
天界にいる時もそうだったけど、やっぱり人の話ってのはよっぽど面白く無いと聞いてる気にはならないな。
マズベールさんが喋ってる時点で察して欲しいんだけど、案の定今のところユーモア要素は皆無で、まるで親族が死んだかのような雰囲気が漂っている。
エミリはそれでも熱心に聞き入ってるようだが、話してる事と言えば試験に伴って魔法を使用して他人を傷つける行為を禁止する、みたいな当たり前の事だけだ。
試験の説明は国立学園の体育館的なところで立たされて行われてるわけだけど、体育館と呼んでいいか疑わしい程に巨大。
まあ遠目で見ても敷地の広さ、そして建物の大きさが分かるくらいだったけど、中に入ると天界の建物と同じくらいの広さなんじゃないかって思う。
端から端まで百メートルはあるだろうが、そこにぎっしり人が詰まってるというのも凄いものだ。
ざっと千人以上はいるんじゃないかな?
因みに今のところ試験の説明を受けてないから、内容なんて知る由もない。
「全然調べたりしてなくてさ、知らないんだ」
「なら聞いてろよ、驚くぞ」
いや、教えてくれないんだね。
「――国民の代表たる存在を選定するための通過儀礼を兼ね備えている。つい最近世間に情報が繰り出された、かの永久英雄のような者が生まれる事を期待している。以上だ」
随分と堅苦しい事ばっか喋ってて、半分以上は意味が理解出来なかったけど、最後の方俺の話をしていたような気がする。
やはり永久英雄ってのは、街で面倒な騒ぎが起こることを除けば響きはいいものだ。
「クロードさん、永久英雄の話は知ってる?」
「そりゃ、まあ大変な騒ぎだったしね」
主に俺を中心にな。
「さすがに知らないってことはないわよね? 私その人探しているの。私も強くなりたくて……」
「そ、そうなんだ。でも永久英雄って言うだけあるし、そう簡単に教えてはくれないんじゃない?」
「一度会うことに意味があると思うの」
「いや、この頃見かけたって人が誰一人としていないし……」
まさかエミリまでもが永久英雄さんの弟子志願者だったとは。
教えてあげたいのは山々なんだけど、神の俺が皆より少し魔法を使えるのは神だからだし、あまり人類を強くし過ぎると天界で処罰されるやもしれない。
「同い年みたいだから、ここに来たら会えると思ってたのよ」
「ほら、マズベールさんが説明を始めそうだよ」
何やらステージに大型かつ薄い映像結晶が現れたので、それを口実に話を逸らす。
「ではこれより、本日一日をかけて行われる入園試験の説明に移る。まずはこの資料を見て欲しい」
そう言って結晶を指差すと、映像というよりは画像が映し出される。
中心に大きな魔物の絵が書かれており、それを囲うように小さな魔物の絵が大量に書かれている。
「本日の試験、会場は校内ではない。国内でもない。国外西方に位置する、魔の巣窟と呼ばれる森だ」
それを聞いて、さっきまで静かに話を聞いていた会場が一気に騒がしくなる。
こないだ俺が竜を倒した方の森は東方にあると聞いてるので、西方の森っていうのは比較的安全な森って事なんだと思う。
にしてもこの国、左右共に魔の巣窟かよ。
「な、驚いたろ? 今までこの模擬戦闘訓練所で擬似的な魔物と戦闘させて見極めていたのに、本物の戦場に赴くなんて異例だぜ!?」
「前々から聞いてはいたけど、魔物との戦闘は十五歳まで禁止だからワクワクするわ」
「ふうん、そうなんだ」
正直言うとそこまで驚いてはいない。
前年のデータを持ってないってのもあるけど、それ以前に本当に国民の代表を選定する通過儀礼だとしたら、擬似的な敵との戦闘じゃ決めちゃいけないだろう。
「これも国が最近不安定だからかも知れねえな。永久英雄様が出てきてくれて国もガチになったって事だ! かなり熱い! 燃えてきたぜええ!」
あ、コイツ見た目通りこういうキャラなんだね。喋り方も荒っぽいし。
「不安定ってどういうことなの? よくお父さんが話していたけれど」
エルドも国が不安定だとか言ってたから俺も気になっていたけど、何でも知ってそうなエミリが知らないってことは、周知の事実って感じでもなさそうだな。
「もしかして下の方の住人なのか? 上じゃその話で持ちっきりだぜ」
「そうなの? 私上の住人だと思ってたのだけれど……」
因みに下、上っていうのはこの王都の構造的に壁に近いほうが下、城に近い方が上ってな感じの簡易的な身分制度の事だ。
「なら上過ぎる家の嬢ちゃんか。魔王が現れたり、魔物が近年凶暴化してたり、秘密結社ゼーレも絡んでたりでとにかく国が崩れかねねえんだってよ。よく知らねえけどな!」
「ふうん。確かにお兄ちゃんも壁の強化で忙しいとかなんとか……そういうことだったのね」
お二方、マズベールさんの話聞いてあげないと可哀想ですよ。
「試験は森の中にいる魔物の討伐数を点数化した後、点数の高いものから引き抜く形で行われる。
最も点数の高い魔物はサラマンダーバード。それ以上の魔物が現れた場合は、速やかに教職員へ報告して避難するように」
なるほど、つまり魔物を倒しまくれば合格するって訳だな。随分と単純な試験だ。
それとも隣のエミリが首を傾げてるって事は、もっと他の大きな試験内容が今の説明に隠されてたんだろうか? ないよね。
「エミリ、今の説明のどこに首を傾げてるの?」
「もしかしたら私の認識が遅れているだけなのかもしれないのだけれど……クロードさんはサラマンダーバードがどんな魔物か知っているかしら?」
一応頭のなかを詮索してみるけど、詰まってるのは不機嫌そうなギリストの顔と先ずベールの顔くらいだから、多分知らないな。
「聞いたことはないけど」
「サラマンダーバードっていうのは鱗に包まれた、大体人種の三倍ほどの大きさを持つ魔物なんだけどね、これだけでも充分強くて討伐隊の隊員一人が負傷を負ってギリギリ倒せるくらいなの」
「つまり、そんな魔物を試験の対象にするのがおかしいってこと?」
「違うの。むしろそれは永久英雄の制定に影響されて全体的なレベルを上げるためのものと考えられるのだけど、それ以上の魔物が現れる前提で話をするのがおかしいの」
確かに言われてみればそうだ。
きっとそのサラマンダーバードより強いであろう炎龍は俺が倒したわけだし、他にも色々魔物はいたけど人種の三倍の大きさを持つようなのは見なかった。
それよりまず試験を行うなら、外部からの脅威の侵入を防ぐ障壁を張ったりするもんだろう。
障壁を超えるほどの魔物がいる……。
これも国の基盤が揺らいでる事に関係しているという事だろうか。
「これ以上となると炎龍クラスの敵になるわけで、そんな敵は世界に限られた数しか……」
「……教員によって仕掛けられた罠も避けながら魔物を討伐するように。試験の説明は以上だ」
話終わっちゃったよ。
「では早速試験会場に移動してもらう。着いた者から試験開始。試験は今から二時間だ」
どこまで実力主義を極めるんだよ。
それを聞いて試験会場にいた人間が、一斉に西の森へ向かって走りだした。
「クロードさん、ポイントは二人で分割しよう? そっちの方が効率がいいわ」
試験会場から出て行こうとする俺に追いついて来たエミリは、他の者に聞こえないように伝達魔法を使って耳元に音を届ける。
俺としては試験中に目立つと永久英雄に取ってつけて試験を受けてもらえなさそうだから、受かるか受からないかギリギリの点数を狙って行きたいんだけど。
分割すれば多少暴れても目立つことはないだろうし、当方の目標はエミリを入学させることにする。
エミリの方に親指を突き上げた手を見せる。
しかし幸先悪くも、二人で足並みを揃えて試験会場を出ようとした刹那、目の前に障壁が現れて行く手を阻まれた。
あっぶね、発動ギリギリ過ぎてぶつかるところだったじゃねえかよ。
「君たちにはここで少しだけ待ってもらうことにするよ。一時間後に解除されることになってるからさ」
障壁の向こう側で白髪の男が、冷徹な視線でこちらを見つめながら去っていった。
多分一番早く走りだし、そして一番早く試験会場を後にしたやつだと思う。
「アイツ、服装に髪の色……ギース・シュヴァルトに違いねえ!」
うお、お前そこにいたのかよ、針地獄の少年よ。
「何、その人?」
「本当にアンタ何も知らねえのかい!? アイツは千年に一人と言われる程の才覚を持つ、天才児だよ!
十年前に話題になっただろ!? 今はもう永久英雄のがすごいけどな!」
「だからあんなウザったらしい目で見てたのか」
まるで下等生物たちを見るような目でシュヴァルトはこっちを見ていた。
生まれ持った才能があるやつは他者を見下すようになる、それは世の中の条理だけど、やっぱりいい気はしないもんだ。
「お前、あのお方がいる前でアイツにそんなこと言ったら首が飛ぶ――うおおお、何だ何だ」
さっきまで勢い良く出口に向かって走っていた集団は、先頭が止まるとそれに巻き込まれるように前の人を倒しながら倒れていく。
エミリと俺は倒れてくる人の波に飲み込まれないように、横に退避してその波が収まるのを待った。
「お、重すぎるぞおおおお!!」
針地獄の少年は倒れても尚、そのノリは変わらないみたいだね。
試験会場のど真ん中で倒れた人々が積み重なり、一つの大きな山を築き上げた。
まあ試験ってのはこういうアクシデントも付き物って事で、山の一部になっている人達には頑張ってもらうとして、俺は当方の目標を達成しに行こうと思う。
「クロードさん、この障壁には私に任せ――」
ズドオオオオオン!!!!
「へ?」
ごめん、壊しちゃった。