我、地上に降臨す
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「暇……暇……暇ーーーーッ!」
この頃はずっとこんな感じ。
何をしてもなんとなく既視感とか、これじゃない感が付き纏う。
寝っ転がって奥を見やると、霞がかった視界の奥から誰か来てる。
「だって、かれこれ五億五千万年だよぉ? 暇すぎるんだよぉ!」
こっちに来てる奴に聞こえるような大きな声で叫んだが、応答がない。
この俺がここまで自らの欲求不満を打ち明けてるというのに反応を見せない奴は一人しかいない。
目を凝らすと、その奥からやって来たのは白い服を来て聖書を右手に抱えた金髪のアイツが来た。
「おーい!? ギリストくん聞いてんのぉ?」
「聞こえてますよ、全く……。ゼウスさん、あなたという人は神聖たるものの象徴なのですから――」
「そんなんいいからさ、そこにあるコーヒー取ってくんね?」
「はぁ……はい、どうぞ」
ため息をつきながら、そこに無造作に置かれたコーヒーカップを渡す。
「地球のいいところっつったらコーヒーを発明したってとこだけだよ。よく六十億年も出来たな?」
「いえいえ、地球の良いところは沢山ありますよ。例えば平和なところであったり、技術が進んでるところであったり……」
「だーかーらッ! それがつまらないんだろ? 地球の住民も皆思ってるよ?
『刺激がほしい』ってさ!」
「しかし、魔力や魔物が存在する世界は皆混沌に包まれた終焉を迎えてますし」
これだからコイツは分かってないんだ。
地球の絶対神として監視してきて未だ理解していないとは、驚きだ。
ダランと体の力を抜くと、手に持ってたコーヒーカップが割れて落ちる。
「それが楽しいんじゃねえかよ! 男は混沌ってものが好きなんだ」
「神に性別は存在しませんけどね」
「そういうのはいいだろ? 俺はあの……なんて言うんだっけ? 混沌の神――」
「ニャルラトホテプの事ですか?」
「そうそう! そいつが一番の親友だと思ってるよ」
「親友の名前くらい覚えておいて下さい」
呆れたように割れたコーヒーカップを拾い上げて消滅させる。
取り敢えず自分で割ったものなので、指から魔力を放出して零れたコーヒーを消した。
そして指を鳴らしてもう一杯分のコーヒーカップを出現させてる時に思い出した。
「そういえばさ、お前って一回地上降りて無かったっけ?」
「……若気の……至りです……」
どんどん顔が赤く染まり、それを右手に抱えた『ギリスト教』の聖書で隠している。
因みに人間が聖書を作ってくれた時に、まるで彼女に初めてプレゼントを貰ったかのような反応で聖書を抱きかかえていたあたり、人間に自分の存在を認識されたのがよっぽど嬉しかったんだと思う。
おかげで今俺が管理してる地球では、ギリストばかり認識されてしまっていて寂しいのだ。
ニタリと笑みを浮かべて、卑しい目でギリストを見つめる。
「んー? じゃあ『死んでからもう一回蘇ります』とか魔力の賜物を魔力の使えない人間に見せつけて、自らを神格として崇めさせたのってどこの誰だったっけ?」
「あ、あの時はゼウスさんも最上位の神として宣伝しといたじゃないですか」
「そりゃ事実だしな? ま、そんなことはどうでもいいんだ」
話を変えようとするとホッと胸を撫で下ろすので、にやりと笑って牽制してやった。
「その時ってどうやって地上に降りたの?」
「まさか……駄目ですよ、最上位の神様がここを立ち退いてしまっては」
「だからその間はお前に任せるから、な?」
ギリストは顎に手を当てて考えこんだ。
いや、最上位の神の願いを切り伏せるという選択肢がコイツの頭の中には存在しているのか……?
「まあ最上位の神の頼みは断れないですから、よしとしましょう」
こんな言い方してるけど、一時的な最上位の神としての地位が欲しいってのはさすがの俺でも分かるぞ。もう少し隠し方を学んでくれ
「よっしゃ、そうと決まれば直ぐに準備しねーとな。肝心な行き方は?」
「そこらへんから落ちるだけです」
「え?」
「いや、ですから行きたい世界の上に立ったらそこに飛び込むだけです」
なるほど。簡単かつ明瞭だからこそ、誰も気付かない抜け穴という事か。
天界規律で俺が定めた法から抜けだしたんだから、随分と大層な策があったのかと思っていたが、必要なのは勇気一つだった。
今となっては、サキュバスに誘惑されて天界規律なんて変な規律作っちまったことは俺が一番後悔している。
「あと地上だと天界の存在に対する加護である羽は使えません」
「そこらへんは飛行魔法でなんとかなるだろう。魔力とか魔法は使えるだろ?」
「多分、多少は。何せ前行ったのは地球でしたから、体に魔力が感じられませんでしたよ」
「んじゃあ、適当に荒れてる世界を見繕ってくれねえか?」
そう言われて、ポケットから取り出した手帳をペラペラとめくり始めた。
脳内記憶魔法というものも存在するはずなのだが、地球に降りてからどうにも人間が使いそうなものばかり使っているような気がする。
その証拠に、神の印として頭の上についている輪に麦わら帽子なるものが被せられている。
本場を見たこと無い俺でさえも使い道が違うと分かる。
「これとかどうですか? 世界中に竜族や機甲種や人種などの様々な生物が存在し、同時にバイオウイルスが世界に蔓延している上、海が干上がり資源不足な現在最終戦争中の世界……」
「もう滅びる寸前じゃねえかよ、それ。俺が行っても何も変わんねーじゃん」
「備考欄にポセイドンが忌み嫌ってた世界って書いてありますけど。
……じゃあこれとかどうですか? 海底火山が活発に活動し、巨大な魚類が主に繁栄している世界……」
「まだ原世紀じゃねえかよ!」
「備考欄にポセイドンが好んだ世界って書いてありますけど」
「あとなんなんだよ、備考欄に書いてあるポセイドン情報は! もういいからそれ貸せって」
ギリストの手から手帳をひったくると、最初の方から見直す。
その手帳には真っ黒になるほど、少しの隙間もなく文字をびっしりと詰め込まれていた。まとめるのが下手くそな上に几帳面なコイツらしい手帳と言えばそれまでなのだが、今にも目が回りそうだ。
体の奥底から湧き出る吐き気を抑えつつ、人類語で記述された世界の情報を一個ずつ読んだ。
――人類が進化を重ねた結果、地上の生物が全て微生物になった世界――平均サイズが500メートル強の生物が闊歩する世界――陸地が一切存在しない世界――地球――全員がチート能力者の世界――
いや、ろくな世界がなさ過ぎかよ。
特に陸地が一切存在しない世界とか、ポセイドンが作ったという事実は揺るぎないだろうし。全員がチート能力者ってもうそれチートになってないからね。
諦め半分でもう一ページめくって見ると、ピッタリな世界が存在した。
「世界中に魔物が存在し、人間の技術は魔法や剣の技術にあてられている上、自然が多く存在する調和の取れた世界。時折成長しすぎた魔物が人類を危機に追い込んだり、魔王が現れたり、調節検討……」
その文字を見た時、俺は歓喜と期待に胸を躍らせて輝かしい目でギリストを見つめた。
「最高の世界があるじゃねえか!!!」
「一番不安定と呼ばれている世界ではあるのですが」
「でも人類が今までそれを乗り越えて来たわけだろ? 最高じゃねえか! スリルあっての冒険って奴だ」
「僕だったら管理は絶対に願い下げですけどね」
「お前の意見は聞いてない! 早く行くぞ!」
その世界が見える場所までは羽と加速魔法を駆使して約五分で到着した。
上から見るその世界の自然は雄大で、一年は見入ってしまいそうな魅力があった。
赤い屋根の建物が多い印象で、メモ帳に書いてあった通りそこまで人類の技術は進歩してないようだ。
「ここから飛び降りればいいんだよね?」
「そうです」
惑星をまる一個眺められる高さにある天界から飛び降りるとなれば、生身の人間なら地上に着くまでに体が火に包まれて灰になることだろう。
まあ神には関係ないんだけどね。
「んじゃ、3年くらい行く予定だからその間は頼んだぞ」
「了解しました」
敬礼の真似事をするギリストを横目に俺は――地上に降臨する。