ケツから火を噴く異世界転移
屁を燃やすのは大変危険です。火傷、火災等の原因になりますので、屁の取扱いには十分ご注意ください。
「1番、サイトウ!ケツから火を噴きます!」
そう宣言して準備姿勢をとる。
いわゆるV字開脚というやつだ。
野郎のそんな格好見たくないって?
まあ、ちょっと待ってくれ。
これは落語でいうまくらの部分。
本命はこの後なんだ。
……一応、補足しておくとはズボンははいている。
さすがに裸を晒すのは恥ずかしい……のではなく、安全対策だ。
さて、このままの姿勢を維持するのは辛い。
結構、バランスを取るのが難しい。
次の段階に移るとしよう。
ほら、観客だって……
「サイトウさんの!ケツから火を噴くトコ見てみたい!」
大ウケだ。
……ごめん。合いの手を入れたのは仕込みだ。
おっと、説明が要るかな。
ここは某大学某サークルの新歓コンパの会場だ。
乾杯から自己紹介も終わり、適度に腹もふくれて落ち着いたところ。
そこを見計らっての俺登場。
どうだい、この盛況ぶりは。
女子率0%だけどな!
そんなところで俺は何をしているのか?
まあ、今までの流れで分かると思うが、俺の必勝宴会芸「尻から火を噴く男」の披露をしている。
「屁が燃える」というのは有名な話だが、実際に燃やした奴はあまりいないだろう。
屁なんて意図せず出るものだし、そこにタイミング良く火種がある状況はレアケースだ。
屁を集めておくことは可能だが、わざわざ屁を燃やすために手間をかけるのも馬鹿馬鹿しい。
まあ、気軽に屁を燃やせないというのは幸いだ。
なぜなら、屁を燃やすのは非常に危険な行為だからだ。
例えば、ビニール袋に屁を溜めて燃やそうとした場合。
火を近づけた瞬間、一気にビニール袋ごと燃え上がるだろう。
袋を持った手が熱い?
それだけならまだしも、溶けたビニールが肌や服に付いたら火傷は避けられない。
更に、周辺に火が散ったら大惨事だ。
屁は身体から出るものだから、危険が少なく思えるかもしれないが、そんなことはない。
LPガスをビニール袋に詰めて火を点けようとする人間がいたらどう思う?
そんな屁を尻から直接点火しようとするのだから、「尻から火を噴く男」がいかに危険で高度な技術か分かるだろう。
素人は真似をしてはいけない。
さて、この高度な技術は入念な下準備に支えられている。
まず、体調。
タイミング良く屁が出ないと話にならない。
それから、燃えやすい屁を出すこと。
屁の元になるのは食事だ。
俺は意識的に食物繊維を摂取するなど、普段の食生活から気をつけている。
暴飲暴食などもってのほか。
健全なる肉体に健全なる屁は宿るのだ。
おかげで屁の出るサイクルを大体コントロールできるようになった。
次に衣類。
生尻では着火した瞬間、火に炙られるので確実に火傷する。
しかし、通気性が悪い衣類では屁が外に出ず、あるいは拡散して着火できない。
かといって、引火して燃えるような代物では本末転倒。
通気性と耐火性を兼ねそなえた衣類が必要なのだ。
そして舞台。
屁に限らず室内で何かを燃やすのは注意が必要だ。
引火の危険はもちろんだが、火災警報器が反応することもある。
迂闊な場所で屁を燃やした日には出入り禁止どころか警察のお世話になることだろう。
また、屁は臭い。
燃やしたところで臭いが消えるわけではないのだ。
狭い部屋では二次被害が発生するおそれがある。
場所は良く考えて選ばなくてはならない。
さて、観客のコールの中、オイルライターを点火…V字開脚状態で…して、位置を調整する。
近過ぎても、離し過ぎてもいけない。
その上で体内の状態を確認する。
……いける。
そう判断した俺は観客に向かって叫んだ。
「いきます!3、2、1、発射!」
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ブフォォォーーッ!!!
とんでもない轟音が俺のケツから放出された。
しまった!
空砲を撃つつもりで実弾を発射してしまったか?!
大学生ともなると、酔っ払って上とか下から液体やら固体やら半固体やらを漏らす奴は珍しくない。
無茶な飲み方をする分、社会人よりひどいと思う。
まあ、そんな世界なので、今更漏らしたくらいで人生終了とかはないが、コンパで実弾はマズイ。
「う○こを漏らした奴」という称号は笑いが取れるが、「コンパをドン引きさせた奴」はマズイ。
なんとかここから笑いに持っていかないといけない。
幸い女っ気はゼロ。
ここは某お笑い芸人の名を借りれば乗り切れるだろうか。
……なんてことを冷や汗をかきながら考えていると、辺りの異常に気づく。
コンパの会場は大学近くの居酒屋だ。
部屋はボロいし料理もショボイが、持ち込み無料で騒ぎ放題というのがいい。
普通の店で屁を燃やしてたら追い出される。
しかし、今、俺がV字開脚の姿勢で固まっているのは広いドーム状の空間だった。
暗いせいで良く見えないが、天井は飾り気のない吹き付けのようだ。
20人近く居たコンパ参加者は姿を消していた。
代わりに、何か燃え尽きたような物体が多数転がっている。
状況の変化について行けない俺が固まっていると、不意に視界外から黄色い声がかけられた。
「さすが勇者さまです!」
「……はい?」
俺は間抜けな声を漏らした。
なお、実弾は漏らしていなかった模様。
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声の主は見た感じ中学生くらいの女の子だった。
黒髪黒眼だが、日に焼けているのか地黒なのか肌の色は濃い。
南国少女という感じだ。
閑話休題
彼女はナラーと名乗った。
俺は異世界……この世界にとっての異世界である日本から召喚された勇者らしい。
この時点で色々ツッコミたいところだが、一旦それは脇に置いて現状だけ教えてもらった。
ナラーの話によると、ここは神殿で、彼女はそこの巫女だということだ。
祭られてるのはアウスという神様で、この世界を生み出し、その後を人間に任せて異世界に旅立ったらしい。
それから残された人間は多少の小競り合いはあってものの、概ね平和に暮らしていたそうだ。
ところが、1年前、突然、マヌスという神を名乗る者が現れ、自分を信仰するように命令してきたという。
皆が、アウスを信仰しているからと断ると、マヌスは軍勢を喚び出して、人々に無理矢理改宗を迫り、それでも抵抗する者は殺されたとのこと。
マヌスはそうして世界中を支配しており、今やアウスを信仰しているのはこの神殿だけだという。
そして、ついにマヌスの兵がここにやって来てナラーにも改宗を迫った。
ナラーはそれを拒否して、殺されそうになったが、そこに俺が現れてマヌスの兵を一掃したという。
……尻から出た火で。
なんでも、アウスは旅立つ時に、「旅先で、この世界に相応しい勇者を見つけたら、私の名代として遣わそう」と言っていたとか。
祈りに応えて現れた俺はアウスの勇者だそうだ
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「発射ァ!」
ブフォォォーー!
今日もケツから盛大に炎が吹き出る。
あの後、ナラーが勇者さま、勇者さまと持ち上げるので、元の世界に帰る話をしそびれてしまった。
俺は空気を読む男なのだ。
……流されやすいとも言うが。
そして、俺は日々、マヌスの兵を焼き払っている。
ちなみに、マヌスの兵というのはヘビっぽい連中だ。
鎌首を持ち上げたヘビに手が生えた感じと言って伝わるだろうか。
見た目は気持ち悪いが、おかげで焼き払うことに罪悪感が無くて済むのはありがたい。
屁で戦う勇者なんてありえないと思うのだが、ナラーは俺が屁を噴く様を見てうっとりしている。
アウスは口から火を噴いていたので、尻から火を噴く俺は間違いなくアウスの勇者だと。
口から火を噴く神様ってどんなだよ、と言ったらアウスの神像を見せてくれた。
どう見てもドラゴンです。ありがとうございます。
しかも、願いを叶えてくれる胴長タイプじゃなくて、世界の半分をくれる恐竜タイプ。
そりゃ、火も噴くわ。
それから、俺の屁にも異変があった。
まず、分量。
普通に屁を燃やしても、せいぜい手のひらサイズの火が燃え上がっておしまいだ。
だが、それがこの世界に来てからそのサイズが大きくなった。
具体的には、直径30メートルほど。
俺の腸内にそんな量のガスがあるとは思えないのだが、ナラーに相談すると「アウス様のご加護です」と自慢気に説明された。
……いや、それ説明になってないから。
そして、におい。
屁はクサい。
まあ、食生活によっては変わるが、基本的には硫黄化合物の、いわゆる「腐った卵臭」がする。
それがなくなった。
それどころか、ナラー曰く、俺の屁は「天上に咲き乱れる花の如き甘い香り」がするという。
ギャグだと思ったが、ナラーは本気らしく、気がつくと俺の尻辺りに鼻を寄せてくる。
女の子に屁を嗅がせるとか、レベルが高すぎて俺には無理だ。
断固として拒否したのだが、ナラーの俺の尻に対する関心が収まる気配はない。
俺と話すときも視線が俺の尻に向いている気がする。
最後に火。
屁を燃やすには、当然、火種が要る。
普段はオイルライターを使っているのだが、この世界に来てから火種がなくても燃えるようになった。
しかも、どういう仕組みか、ケツが熱くない。
試しに生尻で放屁してみたが、一切火傷はしなかった。
そもそも、俺の屁で焼き払ったはずの場所に焦げ跡一つ残っていない。
ナヌスの兵以外にダメージはないということは、この屁の効果は魔封じとかお祓いとか、そんな感じなのかもしれない。
フレンドリーファイアを気にしなくて良いのは便利だが、ナラーが「聖なる炎です!私も浴びたいです!」と、積極的に屁の効果範囲に入ろうとしてくるのは勘弁してほしい。
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「くっ!アウスの眷属よ、これで勝ったと思うなよ!この私が滅びても、第二、第三の刺客が……」
「発射ァ!」
ブフォォォーー!
俺の屁とともにマヌスは消え去った。
恐ろしい敵だった。
まさか、俺の屁を封じる為にアナに指を突っ込んでくるとは……
この世界に来たばかりの俺だったら、その一撃に倒れていただろう。
だが、俺も成長したのだ。
この世界に来てから1年。
俺は各地で屁をしまくった。
それは苦難の連続だった。
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東の大陸では水が合わず、毎日、尻から気体ではなく液体を放出していた。
旅行先で生水に気をつけろってこういう意味だったんだな……
水分補給に水を飲んで、それを下から出すという悪循環が続く。
だが、その甲斐あって、俺は鋼の胃腸を手に入れ、どんな食事でも最高のコンディションで屁を出すことができるようになった。
南の大陸では香辛料の入った食事が続き、別の意味で尻から火が出そうになった。
この土地では、食事、ワインから水にまで香辛料を入れて口にするのが当たり前だった。
食べる時にはあまり辛く感じないのに、出るときに染みるというのは酷いトラップだと思った。
しかし、この試練に耐えた俺ならばブートジョロキアだって笑顔で飲み下せるだろう。
西の大陸では敵の奸計に踊らされたナラーが俺に襲いかかってきた。
……敵の奸計だ。
断じてナラーの性的嗜好が原因ではない。
俺の屁が効かない、むしろウェルカムなナラーとの戦いは熾烈を極めた。
小柄なくせに、実は力も技も俺より上手だったナラーに俺は大ピンチを迎える。
女の子から力ずくでま○ぐり返しにされる日が来るとは夢にも思わなかった。
ここで人としての尊厳を奪われそうになった俺は、咄嗟に「肩叩き券」をヒントにした「おなら券」の発行を約束し、最悪の事態を逃れたのだった。
「おなら券」ってどういうものかって?
1枚につき1回、俺の屁の臭いを嗅げる券だよ!言わせんな!
最後に迎えた北の大陸の戦いは順調だった。
なぜなら、ナラーとの戦いを通じて俺の屁がパワーアップしたからだ。
特に効果範囲は最大2キロメートルに及び、難攻不落のバージ要塞を一発の放屁で制圧することができた。
……パワーアップの理由についてはノーコメントだ。
しかし、北の大陸の最大の試練は気候だった。
丁度冬を迎えた北の大地で、突然の豪雪に俺たちはバージ要塞に足止めをされてしまったのだ。
幸い、バージ要塞には充分な食糧や薪炭の備蓄があり、俺たちが過ごすのに不足はなかったが、「退屈」というどんな勇者も腐らせてしまう毒が俺たちを蝕んでいった。
そう、女の子が腐ってしまうと……
※ページはここで破り取られている※
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流されるまま世界を救ってしまったが、俺はこれからどうすればいいのだろうか。
この世界の人々は、俺のことをアウスの勇者だと称えてくれる。
誉められて伸びるタイプの俺にとっては過ごしやすい世界だ。
しかし、このままここに居ては、俺はきっと堕落する。
何でも笑う客を相手にしていると笑いのセンスが鈍る。
滑るかもしれない……その恐怖感が笑いを研ぎ澄まし、高次の笑いに結びつくのだ。
大体、新歓コンパのネタが途中なのだ。
あのままでは、俺はケツから火を噴くだけのイロモノだと思われてしまう。
俺の本領を発揮するのは綿密に計算されたショートコントだというのに。
「勇者さま、どうされたのですか?」
ナラーが袖を引く。
ナラー はマヌスとの戦いでも俺のそばにいた。
……いや、むしろ、俺の屁を浴びようとマヌスのそばに居たような気がする。
マヌスも気味悪がっていたし。
「いや、これからどうしようかと」
「中央大陸に戻りましょう。マヌスが打ち倒されたとはいえ、各地は荒れ果てたままです。人々には信仰の象徴が必要です」
「象徴?あの竜王……じゃなくてアウス像のことか?」
「いいえ、勇者さまの御身です」
……なんか、このまま永住するような流れになってるけど、俺は帰りたいんだよね。
そういえば、ナラーはアウスに祈ったら俺が現れたみたいに言ってたけど、俺もアウスに祈ったら帰れるかな?
「南無アウス大明神、俺を日本に帰したまえ!」
しかし、なにもおこらなかった!
残念。
まあ、あまり期待もしていなかったけども。
と、気を抜いたら、尻の力も抜けて屁が漏れた。
ぷ〜〜ぷすすぅ〜〜
見事なすかしっ屁。
ここのところV字開脚からの大放屁ばかりだったから、すかしっ屁というのも独特の快感があるよな。
「はっ!勇者さま!今、屁をなさりましたね!音もさせずにするとは卑怯です!」
ぐわしっ!
と、俺の尻に掴みかかるナラー。
キミは本当にブレないね。
だが、それ以上いけない。
次に出てくるのは気体ではなく固体だよ?
「それもまた良しです!」
……本当にキミはどこに向かおうとしているんだ。
ふぅ、と息を吐く。
流されるままにこの世界で暮らすか、日本に帰る方法を探すか、いずれにしても、彼女との付き合いは不本意ながらしばらく続きそうだ。
「勇者さま!ほら、何か出してください!」
「出ないよ!出さないよ!」
(完)