追いかける1
「ヤツら、ここで取引するみたいだな」
ビスケットでできた人気のない倉庫のかげに身をひそめて、テスがささやいた。
あたしは、テスが指さした方向を見やる。
そこには、例の3人組がいた。
緑色の長髪をなびかせた男の人。
ワイルドなクセ毛の男の人。
メガネの男の子。
地球人たちはお金もうけが大好きだ。
もちろん、アリサみたいに仕事をがんばる地球人もたくさんいる。
だけど、悪いことをしてお金をかせぐ人もいる。
アリサと同じ地球人が悪いことをするのは、とても悲しい。
「手配書よりイケメンだな」
「ワシにはマヌケ面の子どもに見えるがね」
「あんたから見りゃ、みんなそうだろ」
テスとおじいちゃんは、小声で言い合ってクスクス笑った。
「本物はかっこいいのにね」
あたしはこっそり手配書を取りだして、見くらべてみる。
やっぱり、この手配書はおそろしげにかきすぎな気がする。
それだけに、あんなことを言われたのはショックだった。それに……。
「マギーにはそう見えるの? 信じられない、あんなスコンブみたいなヘンな髪」
「さっきと言ってることがちがう!? なによ! アリサと同じ地球人なのに!」
「あんなのといっしょにしないでよ!」
「2人ともそこまでだ。取引相手が来た」
テスがするどい声でささやいたので、あたしたちはだまる。
あたしは心の中で、テスに(ありがとう)とお礼を言った。
さっきはアリサにあんなこと言うつもりなんてなかった。
でも、3人組の話をするアリサを見ていたら、なんだかイライラした気持ちになってしまったのだ。
テスに指さされた方向を見やる。
アイスキャンディーの木のかげから、だれか出てきた。
太ったクリーム族のおじさんだ。
頭はてっぺんだけツルツルで、せびろを着ている。
せびろの色は、ミルクをふいた後のぞうきんみたいなネズミ色だ。
おじさんはあたりをキョロキョロ見回す。
そして3人組のところまでやって来て、お話をはじめる。
ちょっと遠いから、なにを話しているかはわからない。
「3人組が取引相手に【キケンなさとう】をわたすはずだ。そうしたらヤツらをつかまえて、さとうを取りあげるんじゃ」
そう言って、おじいちゃんはキャンディーをかまえる。
ルーン魔法使いは、物にルーン文字を書くだけじゃなく、ルーン文字が書かれたキャンディーをなげて魔法をかけることもできる。
あたしはゴクリとつばをのみこむと、小さな木の杖をぎゅっとにぎりしめる。
エルフィン人が火と氷の魔法を使うための魔法の杖だ。
テスとアリサはグラムをかまえる。そのとき、
「あはは!」
「まてまてー」
木のかげから、カカオ族の子どもが飛びだしてきた。
走り回って遊んでいるうちに、お祭りの会場からはなれてしまったんだろう。
「ええい、こんな時にっ」
テスがイライラした声で言った。
あたしもドキドキしながら様子を見守る。
相手は持ってちゃいけないおさとうを取引するような悪い人だ。
ぶつかったりしたら、なにをされるかわからない。
おじさんはビクビクした様子で子どもたちを見ている。
自分たちがしていることがバレると思っているのだろうか?
クセ毛の人は子どもをにらみつけながら、長髪の人に耳打ちする。
長髪の人はベルトにさしたなにかを引きぬいて――
キュイン!
アリサがうった。
左目が、カメラのシャッターがきられるようにせばまっている。
アリサの左目は機械で、左手も機械だ。
機械の目でねらって機械の手でうつから、グラムをうつと百発百中だ。
おじさんはビックリして飛び上がった。
子どもたちは、生チョコの地面にしりもちをついた。
アリサがうった何かは、クルクル回ってアイスキャンディーの木につきささる。
「クソったれ! カタナだ!」
テスがさけぶ。あたしはビックリした。
あの人たちは、子どもたちをカタナで口ふうじしようとしたのだ!
カタナはグラムとちがって電池がなくてもこうげきできる。
でも、こうげきされた相手はしびれるんじゃなくて大ケガしてしまう。
だから、悪い人しか使わない。
「ヤツらがにげるぞ!」
「【スリサズ】のルーンは大男のルーン! あいつをつかまえるんじゃ!!」
おじいちゃんは3人組に向かってキャンディーをなげる。
しかし、クセ毛の人が子どもを持ち上げて、たてにした。
キャンディーは子どものせなかに当たる。
男たちにかかるはずだった重力の魔法が子どもにかかる。
子どもは地面におしつけられる。
立ち上がろうともがくけれど、動けない。まるで見えない大きな手におさえつけられたみたいだ。
そのすきに、3人組はにげだした。
「ヒドイ! もう、ゆるさないんだから!」
あたしは呪文をとなえて、風の魔法でスピードアップする。
「ごせんぞさまのテペヨロトルよ、あたしに力をかしな!」
テスはネコのクッキーを口に放りこむ。
そしてチョコのけむりをあげながら、スゴイいきおいで走る。けど、
「はやい!?」
3人組は、スピードアップしたあたしやテスでも追いつけないほどはやい。
あたしは魔法の風にせなかをおされて走りながら、
「あの人たちも魔法使い!?」
「ヤツら【さとう】を使っておるな!?」
「おさとうを?」
「【キケンなさとう】を使うと、魔法使いじゃなくても魔法を使えるんじゃ!」
おじいちゃんも反重力のローブで空を飛んで追いかける。でも追いつけない。
あたしは、はらが立った。
ウソをついたり、子どもをたてにしたり、勉強も練習もせずに魔法を使ったり。
あんなにかっこいいのに、あの人たちがするのはズルいことばかりだ!
3人組は、人気のない会場のはずれをどんどんにげる。
テスとあたしとヘルメスおじいちゃんが追いかける。
アリサはついてきていない。魔法でスピードアップできないからだ。
「まずいぞ! ヤツら、パーキングエリアに向かっておる!」
「チクショウ! 飛行機でにげるつもりだ!」
3人組が向かう先には、飛行機がたくさんならんだパーキングエリアが見える。
テスはグラムをうつ。
でもニセモノの魔法でスピードアップした3人組は、ビームをかわす。
「じいさん、やつらがにげるぞ!」
「わかっとる! 【ソウイル】のルーンは、お日さまのルーン! 光るんじゃ!!」
おじいちゃんは新しいキャンディーを取りだして、魔法を使う。
3人組の足元がジュッととける。
ホットチョコのあまいにおいがした。
レーザーの魔法だ。
おじいちゃんはグラムをうつのが下手だけど、魔法なら当たるはず。でも、
ジュッ! ジュッ!
「じいさん、ちゃんとねらえ! なんでレーザーがそんなスカスカ外れるんだ!」
「ヤツらがちょこまか動くから、ねらいがつかんのじゃ!!」
魔法のレーザーはビスケットのカベを、アイスキャンディーの木を、生チョコの地面をやいて、とかすだけ。
すばやく動く3人組にはあたらない。
「そいつも【さとう】のせいか! しょうがない!」
テスはおじいちゃんと口ゲンカしながら、それでもグラムをうって、おじいちゃんをフォローする。
口は悪いけど、おじいちゃんのことを大事に思ってるんだ。
それにしても。あたしは思い出す。
以前に3人組を飛行機で追いかけたときも、うってもうってもあたらなかった。
3人組は、あのときも【キケンなおさとう】を使ってたのかな?
やがて、固焼きビスケットの囲いが見えてきた。
中では、お祭りのゲストによばれたアルパカたちがくつろいでいる。
さけび声とビームの音にビックリして、アルパカがないた。
「ぷぇ~」
「!?」
男の子はビックリして立ち止まる。
テスがうつ。
キュイン!
「やったか!?」
男の子はビームでうたれて、しりもちをつく。
でも、しびれてはいない。
おさとうがやけるコゲくさいにおいがしたけど、それだけだ。あれ?
クセ毛と長髪は、男の子を放っておいてにげる。
おいてけぼり!? 友だちをみすてるなんてヒドイ!
あたしがそう思ったとたん、
「ぷぅ~。ぷぅ~」
「うわっ!」
「なんだ!?」
アルパカたちが、前を走る2人にツバをはいた。
2人はビックリしてにげるどころじゃない。
「ぷぇ~」
アルパカが、あたしを見てニコニコしながらないた。
ひょっとして、この子たちは、この前、牧場でビームから守った子たち?
「お礼にあたしを手伝ってくれるんだね! ありがとう!」
あたしはニッコリ笑みを返して、3人組をつかまえようとする。でも、
「ぷ~ん。ぷ~ん」
「うわっ!」
「なんじゃ? なんじゃ!?」
ふり返ると、アルパカたちがテスとおじいちゃんにもツバをはいていた。
2人はビックリして追いかけるどころじゃない。
「やめてー!! この人たちは今は味方なのー!!」
けっきょく、3人組に、アルパカたちが手伝ってくれる前と同じくらい引きはなされてしまった。でも、
「ぷぇ~」
近くにいたアルパカが、男の子の髪の毛を食べようとして頭を近づけた。
「うわぁ!! や、やめろ!?」
男の子は頭をかかえてごろごろ転がる。
顔がまっ青だ。
ひょっとして、アルパカがコワイのかな? こんなにかわいいのに。
でも、あたしたちにとってはチャンスだ。
あたしは魔法に集中して、たつまきみたいに走る。
男の子はあわてて立ち上がる。
走り出す前につかまえなきゃ!
あたしは、男の子のせなかに向かって手をのばす。そのとき、
「きゃっ!?」
横から何かが飛びだしてきて、あたしの足を引っぱった。
あたしは頭から地面にたおれこむ。あわてて顔を上げる。
男の子のせなかが、あたしの目の前からどんどん遠ざかる。
3人組はにげて行く。
「なにするのよ!?」
もうちょっとで悪い人をつかまえられたのに!
あたしは足を引っぱっただれかに向かってどなる。でも、
「え、なんで……」
あたしの足をぎゅっとつかんでいたのは、アリサだった。
近道を見つけて追いついたんだろう。
「どうして、アリサがじゃまをするの……?」
アリサは答えない。
走りすぎたのか、息を切らしてハアハア言っている。
3人組をつかまえようとしてまちがえた?
でもアリサは、あたしの顔を見て、ほっとしたみたいに笑った。
どうして……?
そのとき、パーキングエリアから飛行機が飛び立った。
ネズミみたいな形をした【スーリー】という種類の飛行機だ。
3人組が飛行機のところまでたどり着いてしまったんだ。
「どうしてじゃまするの!? アリサのバカ! ヒドイよ!!」
あたしは、さけぶ。
アリサは息を切らせてゼイゼイ言うだけで、答えてくれない。
「にげられたか!?」
追いついてきたテスが、くやしそうにさけんだ。
「まだじゃ! ワシらも飛行機で追うんじゃ!」
おじいちゃんもさけぶ。
そして2人はパーキングに向かって走って行った。
そうだ、今は3人組を追いかけなきゃ。
あたしも2人につづいて走りだした。
そして走りまくって、パーキングについたんだけれど、
「なにこれ……? ヒドイ……」
あたしはビックリして目を丸くした。
飛行機を見はっていたおまわりさんたちが、みんなたおれていたからだ。
みんな、うでや足をおさえて、苦しそうにうなっている。
3人組にやられたんだ。
「マギー、あんたの飛行機は無事か!?」
「う、うん!」
あたしはピンク色の大きなリスを見る。
とても大きなリスだ。小屋くらい大きい。
リスのボディは細長くて、上側にはガラスの風よけがついた運転席。
ボディの後についている大きなしっぽは、すごいスピードで飛べるエンジンだ。
2本の後ろ足も小さなエンジンだ。
ボディの前には、リスの頭みたいなコンピューターがついている。
頭の上には、小さな耳みたいなかざりのついた2門のてっぽうがついている。
これはあたしの飛行機【スクワールⅡ】。
大きなしっぽ型エンジンのおかげで、ものすごく速く飛べる、あたしの愛機だ。
その横にはぐんじょう色の飛行機がとまっている。
まん丸なボディの左右から長いアームを生やした飛行機だ。
アリサの飛行機【ヘッジホッグ】。
作業用の、とても古い飛行機だ。
動きはおそいけれど、がんじょうで力が強い。
「アリサくんはおいしゃさんをよんでくれ! ワシらはスーリーを追うんじゃ!」
テスとおじいちゃんも自分たちの飛行機に乗りこむ。
白と黒のしましまの、スカンクそっくりの飛行機だ。
おまわりさんが使う【ディルバーン】。
スクワールみたいな大きなしっぽを生やした、2人乗りの飛行機だ。
ディルバーンは足のエンジンを下向きにふかして空に上がる。
そして、エンジンを後に向けて飛んでいった。
あたしも急いで、スクワールⅡのボディによじのぼる。
シートにすわって、レバーを動かしてガラスの風よけをしめる。
運転席いっぱいにひしめくランプやモニター、いろいろな目もりがついた計器などがピカピカ光る。
あたしは、運転席のまん中についている大きなモニターを見る。
モニターには地図がうつってて、スーリーの位置がチェックされている。
だいぶ遠くまで飛んでいったみたいだ。
でも、スクワールⅡならじゅうぶんに追いつける。
あたしは足元のスロットルを引いて、エンジンの出力を上げる。
アリサはどうして、あたしの足を引っぱったりしたんだろう?
3人組が、アリサと同じ地球人だから?
そんなことを思って、プルプルと頭をふる。
今はそんなことを考えてる時じゃない。スーリーを追わなきゃ!
計器を見る。
エンジンの調子はバッチリで、すぐに飛べそうだ。
いつもアリサがメンテナンスしてくれているからだ。
スクワールⅡやヘッジホッグに積まれているヴリルエンジンは、機械で魔力を生みだすエコで自然にやさしいエンジンだ。
宇宙を飛んでいる飛行機や宇宙船は、ほとんどヴリルエンジンで動いている。
スクワールⅡのしっぽと足のエンジンのまわりで、ピンク色の光が、こな雪みたいにダンスする。
ヴリルエンジンを動かすと、こういう不思議なことがおきる。
スクワールⅡは、足のエンジンを下向きにふかして空へ飛び上がる。
ガラスの風よけの上で、パステル色の空がどんどん近くて大きくなる。
下を見ると、走ってきた生チョコの道が、固焼きビスケットのカベが、アイスキャンディーの木が、アリサとヘッジホッグが、どんどん遠く小さくなっていく。
そして、かいだんみたいなピラミッドにぶつからないくらい高くのぼったところで、足を後ろに向ける。
あたしはスロットルを力いっぱい引きしぼる。
スクワールⅡは、足としっぽのエンジンを全力でふかして飛んだ。
にげていったスーリーを目ざして!