追いかけられる2
「チクショウ! また見失った!」
「ヤツめ、どこににげた!?」
ケーキのビルの前で、テスとおじいちゃんははキョロキョロあたりを見回す。
「あら、ごきげんよう」
スカートがふくらんだドレスを着た女の人が、上品にあいさつする。
「ええい! テス、手分けしてさがすぞ!」
「オーケー、あたしはこっちをさがす! じいさんはあっちだ!」
けど2人はあいさつどころじゃなく、別々の方向に走っていった。
しばらくして、女の人はスカートをつまみ上げた。
「おじょうさん、コワイ人は行ってしまいましたわよ」
あたしは女の人のドレスのすそから顔を出した。
ふくらんだスカートの中にかくれさせてもらってたんだ。
そのおかげで、なんとか追手をふりきることができた。
「最近は治安が悪いから、お気をつけあそばせ」
女の人はクスクス笑う。
「ありがとうございます」
あたしは女の人におじぎして、空港に向かって歩きだした。
でも、よく考えたらヘンだ。
歩きながら、あたしは首をかしげる。
宇宙には、悪い魔法使いはそんなにいない。
魔法使いになるには、たくさん勉強したり練習したりしなくちゃいけない。
でも悪い人は、まじめに勉強したり、練習したりしない。
それに、宇宙には魔法より便利な道具がたくさんある。
魔法が使えなくても飛行機で空を飛べるし、てっぽうのたまだって買える。
それに、聞いた話では、キケンな薬をのめば体を強くすることもできるらしい。
だから、ズルくて悪い人たちは、たいへんな思いをして魔法使いになったりせずに、悪い友だちをたくさん集めたり、道具を使って悪さをする。
でも、あたしを追いかけてきたのは2人の魔法使いだ。
なにかわけがあるのかな?
だいたい、このスーツケースはなんなんだろう?
持ってにげてとは言われたけれど、その後でどうしろとは言われていない。
ま、いっか。アリサといしょにおまわりさんにとどけにいこう。
それにしても、アリサったらヒドイ!
あたしがあんなにコワイ目にあってたのに、ケータイを知らんぷりなんだもん。
やっぱり、約束をやぶってより道なんてしたから、おこってるのかな……?
そう思ってしゅんとなったそのとき、
「そうじゃった、そうじゃった」
おじいちゃんがもどって来た。
「人がいたのに話を聞くのをすっかりわすれておったわい!」
いくらおじいちゃんだからって、こんなときに物わすれなんてしないで!
「ちょっと失礼、おじょうさん。ここらでエルフィン人の女の子を……おおっ!?」
あたしはあわてて、ぼうにささった焼きリンゴのポストにかくれる。
でも足が丸見えだから、すぐに見つかってしまった。
「テス! こっちじゃ!」
おじいちゃんがよぶと、ビスケットのけむりをあげながら女の子が走ってくる。
左右からはさみうちにされて、にげられない。どうしよう……そうだ!
「焼きリンゴさん、リンゴに宿る魔力さん、あたしをビルの上まで連れてって!」
あたしは呪文をとなえて、大きな焼きリンゴによじのぼる。
『……しっかりつかまってな! とばすぞ! というか飛ぶぞ!』
リンゴはあたしをのせたまま地面から飛びだして、ケーキのビルをかけ上がる。
上からビュービュー風がふいて、あたしはリンゴにおしつけられる。
焼きリンゴの中身のリンゴは植物だ。
だからククルの店のベリーみたいに【植物の魔法】であやつることができる。
「おおっ!? なんじゃと!」
足元でビックリして目を丸くするおじいちゃんが、ぐんぐん小さくなる。
反重力で空を飛ぶ魔法は、人間の魔力ではそんなに高く飛べない。
「ここなら、あの人たちも追ってこれな……ええっ!?」
下を見ると、テスがケーキのビルをよじ登ってきていた。
左手でおじいちゃんのローブをつかんだまま、カステラのデコボコに右手と足をかけて、トカゲみたいにせまってくる。
「い、いや!! コワイ! つかまっちゃう!」
『ええい! こうなったら!!』
リンゴはたわむ。
そして、あたしの体をトランポリンみたいにはね飛ばす。
「ありがとうー、リンゴさんー!」
あたしはビューンとジャンプして、ビルのてっぺんのイチゴの上に着地した。
そのとき、ビルのはしに手がかかった。
テスだ。
テスはビルのてっぺんにおじいちゃんをほおり投げると、自分も飛び乗った。
そして2人でコワイ顔をして、ゆっくりあたしに近づいてくる。
ここは高い高いビルのてっぺんだ。
こんなに高ければ追いついてこれないだろうと思って、のぼったからだ。
でも、テスとおじいちゃんは追いかけてきた。
「あんたもずいぶんうでのいい魔法使いみたいだけど、にげ場はないよ」
「さあ、おとなしくつかまるんじゃ!」
テスの言うとおり、にげ場はない。
こんなに高いところから落ちたら、大ケガじゃすまないからだ。
下を見る気にもなれない。
(こうなったら……)
この人たちを、やっつけるしかない。
あたしはイチゴの上でスーツケースをかかえたまま、小さな木の杖を取りだす。
これはエルフィン人の魔法使いが【エレメントをあやつる魔法】のうち、火と氷の魔法を使うための魔法の杖だ。
風や大地の魔力とちがって、火や氷の魔力はそんなにどこにでもない。
だから、こうやって魔法のアイテムにして持ち歩いているの。
「伝説の冬と氷の魔女ダーナさま、あたしに力をかしてください!」
あたしは呪文をとなえる。
遠い遠いごせんぞ様の、冬の氷のように冷たいすがたをイメージする。
杖の先に氷の魔力がほとばしる。
対して2人の魔法使いは、
「じいさん! 【ロッテ戦法】でいくよ!」
「おうとも!」
おじいちゃんはテスのうしろにかくれる。なにをするつもり?
思ったとたん、テスはビームみたいなスピードでつっこんできた。
「冷気さん、杖に宿る氷の魔力さん! あたしを守って!」
あたしは杖の先に氷のカベを作る。
カベはテスを受け止めて、パリーンとくだける。
でもテスもふっとばされた。
けどすぐ目の前に、おじいちゃんがせまっていた!
「【スリサズ】のルーンは大男のルーン! あいつをつかまえるんじゃ!!」
おじいちゃんに重力の魔法をかけられて、あたしの体が動かなくなる。
そのとき、丸いイチゴがバランスをくずして転がった。
イチゴはゴロゴロ転がる。
そしてあたしとおじいちゃんを乗せたまま、ビルのてっぺんから転がり落ちた。
あたしとおじいちゃんはビルの上から、まっさかさまに落ちていった。
高い高い、ビルの上から。
「じいさぁぁぁぁぁん!!」
クリームのはしから見えるテスの顔が、みるみる小さくなる。
下から風がビュウビュウふきつける。
おじいちゃんの魔法がとけて、あたしは動けるようになった。
でも風の魔法も、【ものを動かす魔法】も、こんなに高いところは飛べない。
おじいちゃんの反重力の魔法も、こんなに高いところは飛べない。
こんなに高いところからおちたら、2人とも大ケガじゃすまない。
「アリサぁぁぁぁぁ!!」
あたしはさけんで、ぎゅっと目をつむる。
アリサに会いたかった。おかしの服を着て、2人で街を歩きたかった。
いっしょにクレープを食べたかった。アリサはどうしているのかな。
「ごめんね……」
こんな空の上から聞こえるわけないのに、つぶやいた。
「――ら、だいじょうぶよ」
声が聞こえた。
ふと気づくと、あたしは落ちていなかった。
いつの間にか、なにかの上にねころんでいた。
起き上がって下を見ると、そこは大きな大きな手のひらだった。
「ちょっと、立ったらあぶないわよ!」
アリサの声!?
見やると、空に、まん丸なぐんじょう色の飛行機がうかんでいた。
左右から大きなアームを生やしている。
アリサの飛行機【ヘッジホッグ】だ。
あたしはヘッジホッグの手のひらにのっていた。
ヘッジホッグは反重力で空にうかんでいる。
機体の下側にある反重力エンジンで空を飛ぶんだよ。
おじいちゃんの魔法と同じ仕組みだけど、人間の魔力よりすごく強い飛行機のエンジンを使えば、高いところだって飛ぶことができる。
そんな反重力でふわふわうかぶヘッジホッグは、あんまり速く飛べない。
人が走るくらいの速さがやっとだ。
でも、力がとても強くて、アリサはいつもあたしのピンチにかけつけてくれる。
今みたいに。
「もうだいじょうぶだから、おりるまですわってなさい!」
ヘッジホッグの運転席が開いて、アリサが顔を出す。
長い黒髪が風になびく。
「アリサ!」
あたしは思わずヘッジホッグのアームをかけ上り、運転席に飛びこんだ。
「ちょっと!? また落ちるわよ!」
ビックリしてさけぶアリサに、あたしはギュッとしがみついた。
機械油とバニラエッセンスがまじったような、やさしいにおいがする。
「まったく、もう」
アリサはこまったように言って、でも、そっとせなかをだきしめてくれた。
そして、あたしとアリサは空港にもどった。
それから……
「だいじな仕入先の子に、なんてことするんですか~!!」
プリプリおこるククルのとなりには、ウエハースでできた飛行機。
アリサと同じヘッジホッグなんだけど、おかしに見える。
ウエハースとクリームを何まいも重ねたチョバムアーマーをつけているのだ。
2人でカピバラ号にたまを積んでいる最中に、ケータイがなったんだって。
でも返事をする前に切れちゃったの。
アリサとククルはあたしを心配して、さがしてくれたんだ。
そしてあたしを見つけて飛行機で飛んできたら、ビルから落ちるところだったんだって。
ちなみに、おじいちゃんはククルがたすけていた。
そして、今はククルの前で、2人ならんでククルにお説教されている。
2人ともものすごく反省した顔で、しょんぼりうなだれている。
コワイ悪者の2人も、ククルに頭が上がらないみたい。
2人もククルからてっぽうのたまやグラムの電池を買っているからだろう。
ククルは街のみんなのお母さんだ。
「ひどいんだよ、アリサ」
あたしはアリサのワンピースのこしにしがみつく。
アリサはあたしよりお姉さんだから、しがみつこうとするとそうなる。
「あの人たちってば、いきなりあたしを追いかけてきたんだよ」
「カカオ族の街でより道してたマギーをね」
「う……それは……」
にらむアリサからにげるように、後に回ってせなかに顔をうずめる。
「それに、なんでにげたりしたのよ? おまわりさんから」
「だって……え?」
テスとおじいちゃんは、ポケットからなにかを取りだした。
おまわりさん手帳だ。
つまり、2人は悪い人じゃなくて、おまわりさんだったっのだ。
あたしは何も悪いことなんてしてないのに、おまわりさんからにげていたのだ!
「だって、見せてくれなかったもん!」
あたしはビックリして、思わずさけんだ。
「それに、スーツケースを持ってた男の人たちが、悪い人に追われてるって……」
「その3人組って、この人たち?」
アリサが何かをさしだした。
手配書だ。オニみたいな3人の男がうつっている。
この前にがしてしまった、指名手配中のおたずね者だ。
アリサはなにを言ってるんだろう?
あたしは首をかしげた。
あのかっこいい男の人たちが、おたずね者となんの関係があるんだろう?
人数しか合ってない。
そう思いながら、手配書を見てみる。
緑色の長髪をふりみだしたオニみたいな男。
クセ毛をボサボサにしたオニみたいな男。
メガネをかけて、悪魔みたいないやらしい笑みをうかべた小男。
よく見ると、髪型とかはまったく同じだ。
「……でも、こんなにオニみたいじゃなかったよ?」
「シバルバーの手配書って、だいたいこんなものよ」
アリサはあきれた声で言った。
「テオトル人はゴツくてコワイ絵が大好きなのよ。だからマンガも手配書もこんなふうにオニみたいにかくのよ」
「手配書はオニみたいにかいたほうが、つかまえようって思うじゃろ?」
アリサとおじいちゃんが、当たり前みたいな顔をしてそんなことを言った。
「目の前にいてもわからないんじゃ、意味ないよ……」
あたしはしょんぼりうなだれる。
いっしょうけんめい守っていたスーツケースは、からっぽだった。
あの3人組はウソをついていたのだ。
つまり、あたしは追いかけていたはずのおたずね者にまんまとだまされて、おまわりさんに追いかけられていたのだ。ヒドイ!
「もうっ! ほねおりぞんのくたびれもうけだよ……」
「あら。マギーったら、むずかしい言葉を知ってるのね」
アリサがほめてくれたけど、ぜんぜんうれしくない。
長い耳がしゅんとたれた。