アリサをたすけて!
「な、なに!? どうしたの!?」
見やると、シュークリームの地面に大きなあなが開いていた。
『巨人の足は地面にうまってたでしょ!? そいつが消えたから、足がうまっていたところがあなになったのよ!』
スクワールⅡとヘッジホッグは、巨人の消えたあなにむかって落ちている。
……というより、引っぱられている?
『ヘンなふうに開いたから、カスタードのカーテンがかかってないみたい! 空気が星の外に流れ出してるわ!』
アリサはさけんだ。
あたしもビックリして悲鳴をあげる。
星の外に出て行こうとする空気がはげしい風になって、あたしたちを引っぱっているのだ。
「そんな! それじゃ、わたしたちも宇宙に放りだされちゃうの!?」
『そうみたいね!』
シバルバーは大きな大きなシュークリームで、住人はシュー皮の内側にいる。
だから、シュー皮のあなに落ちて、落ちて、ずっと行った先は、星の外だ。
あたしはスティックをあやつる。
スクワールⅡは足のエンジンをあなの方向にふかす。
引っぱられるのが止まった。
あたしは一安心した。
そして、アリサのヘッジホッグを見やる。
「アリサ! エンジンを動かして! あなにすいこまれてるよ!」
『ごめんね、マギー。エンジンがこわれているの……』
そうだった。
アリサのヘッジホッグは、さっき巨人につっこんだときに、ワイヤーでエンジンを切りさかれていたのだ。
ヘッジホッグにはあたしがかけた風の魔法がかかっている。
でも、あなから空気が流れていると、風の魔力も流れ出してしまう。
だからヘッジホッグは動けない。
このままじゃ、ヘッジホッグは身動きがとれないまま、宇宙に放りだされてしまう。暗い、暗い、広い宇宙に!
「妖精さん、宇宙に満ちる魔力さん、アリサをつかまえて!」
風の魔法の代わりにかけた【ものを動かす魔法】が、ヘッジホッグをつかむ。
ヘッジホッグの落下がおそくなる。
あたしはスティックをあやつる。
スクワールⅡはエンジンをふかしてあなの中に飛びこむ。
バスケットをはなして、小さなアームでヘッジホッグをつかむ。
「このままスクワールⅡであなの外まで運ぶね!」
でも、エンジンの出力があがらない。
あたしは力いっぱいスロットルを引きしぼる
なのに、スクワールⅡのしっぽからも足からも少ししか光の粉が出ない。
それどころか、エンジンのあちこちがバチバチ火花をふいている。
そっか、さっき巨人ににぎりつぶされそうになったときだ。
あのときに、エンジンがこわれてしまったのだ。
スクワールⅡは、ヘッジホッグといっしょに、ちょっとずつあなのおくへとすいこまれていく。
暗くて広くて、とてもさみしい宇宙に向かって。
『マギーちゃ~ん、アリサちゃ~ん。今、たすけるわね~』
「ククル!」
固焼きクッキーのフックが飛んできて、スクワールⅡに引っかかる。
機体がガクンとゆれて、落下がちょっとだけおそくなった。
フックにはカスタードクリームのロープが結んである。
あなの外からククルが引っぱってくれているのだ。
それでも、スクワールⅡとヘッジホッグは外へ向かって動いていく。
スクワールⅡのエンジンはバチバチいっていて、今にもこわれそうだ。
『……マギー。アームをはなして』
「ダメだよ! そんな!」
はなしたら、ヘッジホッグはアリサをのせたまま、宇宙に放りだされてしまう。
エンジンがこわれたヘッジホッグは動けない。
だから、広い、広い、暗くてさみしい宇宙のどこかに飛んでいって、だれにも見つけられなくなってしまう!
『このままじゃ、あなたまで宇宙に放りだされちゃうのよ!』
「そんなの、わかってるよ!」
アリサの言うとおりだ。
このままじゃスクワールⅡのエンジンも動かなくなって、あたしもアリサといっしょに宇宙のどこかに飛んでいってしまう。
でも、アリサを見すてて、自分だけたすかるなんてイヤだ!
「おねがい! おねがい! 魔力さん! アリサをたすけて!」
そんな都合のいい呪文はない。
あたしはまだ見習いだから、あたしの魔法じゃアリサをたすけられない。でも、
「だれか、アリサをたすけて!!」
あたしは力のかぎり、さけんだ。
そのとき、機体がガクン、ガクンとゆれた。
見やると、ヘッジホッグにいくつものロープがまきついていた。
まっ白なバニラクリームのロープだ。
ロープの先っぽについたフックにはルーン文字が書いてある。
「マーギーさーん。ぶーじーでーすーかー?」
あなの外から声が聞こえる。
「「「わーたーしーたーちーがー!! ひーきーあーげーまーすーわー!!」」」
ルーン魔法だ。
あなの外にクリーム族の魔法使いたちがいて、【道具や機械の魔法】をかけたロープで引っぱり上げてくれているのだ。
機体の落下が……止まった!
そのとき、スクワールⅡのエンジンがボンッとはじけて、光が完全に消えた。
ガクンと機体がゆれて、ふたたび外に向かって引っぱられる。
「みんな! はなして! 引っぱられて、みんなまで落ちちゃう!!」
あたしはさけぶ。
あなの外の魔法使いたちは飛行機にすら乗っていないのだ。
あなに落ちて宇宙に放りだされたら、大変なことになる。
もういちどガクン、ガクンとゆれる。
『マギーこそ、アームをはなして! あなただって落ちちゃうのよ!』
「イヤだよ! そんなの、ぜったいにイヤだ!」
アリサをみすてて自分だけたすかるくらいなら……!!
あたしはぎゅっと目をつむる。そのとき、
『マギー!! 見て!?』
アリサの声に、あたしは機体の外を見やる。
「え……? 上に上がってる……?」
「どういうこと?」
あたしたちは宇宙に落ちて放りだされるどころか、引っぱり上げられていた。
「わーたーしーたーちーもー」
「「「おーれーたーちーもー!! てーつーだーうーぜー!!」」」
また声が聞こえた。
そばかすの女の子と、カフェにいたカカオ族だ。
みんなネコ耳カチューシャをはめている。みんなもナワリ魔法使いだったんだ。
ナワリたちは【自分を強くする魔法】を使って、すごい力でロープを引っぱる。
あたしは、うれしくなった。
たくさんの人たちが、あたしとアリサをたすけてくれているからだ。
この星で知り合った上品な女の人や、そばかすの女の子、カフェでケンカしていたクリーム族とカカオ族の人たち。
みんなが、力をあわせて、あたしとアリサを引っぱってくれている。
さらに、スクワールⅡにベルトがまきついた。
バームクーヘンをほどいて作ったベルトだ。先っぽにルーン文字が書いてある。
ベルトをあやつっているのは、青い目と金髪のアリア人の女の子だ。
「パオーン」
アートマンが大きなダイヤモンドのゾウに変形して、ひとなきする。
そして、長い鼻でベルトのはしをつかんで引きよせる。
ワニやライオンの顔をしたアーク人が呪文をとなえる。
すると、あなの外からふきつける風が弱くなった。
アーク人たちはさばくの星に住んでるから、あらしをおさめる魔法を使える。
スクワールⅡとヘッジホッグが、どんどん引き上げられていく。
ロープやベルトを、みんなで引っぱってくれているからだ。
おまわりさんも、街の人も、カカオ族の子どもたちも、アーク人のネコも、囲いがこわれて出て来たのかアルパカまで、みんながロープを引っぱってくれている。
魔法が得意じゃないプリン族も、飛行機を使って引っぱってくれる。そして、
――妖精よ、宇宙に満ちる魔力よ、ピンクと青の太陽を守りたまえ。
スクワールⅡを、見えない手がそっとささえた。
あたしはビックリした。【ものを動かす魔法】だ。それも、かなり強い。
あたしと同じエルフィン人の魔法使いが近くにいる?
そして、ついにスクワールⅡとヘッジホッグは、あなの外へ引っぱり出された。
すぐさまパティシエさんや大工さんの飛行機が飛んで来た。
あなに向かって、おさとうの糸をふきだす。
おさとうの糸はわたがしになって、あなをふさぐ。
あたしは急いでガラスの風よけを開ける。
エルフィン人の長い耳をさがすけど、それらしい人はいなかった。
はずかしがり屋なのかもしれない。
あるいはエルフィン人なんていなくて、頭のいいクリーム族のだれかがルーン魔法のかわりにケルト魔法を勉強してたのかもしれない。
ま、いっか。
あたしは街を見わたす。
ヒドイありさまだった。
ケーキのビルはへし折れて、家のやねはひとつ残らずふっとんで、おかしのガレキやなぎたおされた木が、そこらじゅうにちらばっている。
でも、あまり悲しくはなかった。
街のみんなが笑っていたからだ。
みんなが、スクワールⅡとヘッジホッグのまわりに集まってきていた。
先にヘッジホッグをおりたアリサが、みんなにお礼を言っている。
アリサも元気に笑っている。
あたしはうれしくなって、運転席から飛びだしてアリサにしがみついた。
機械油とバニラエッセンスがまじったアリサのにおいが心地いい。
「もうっ! マギーったら、あぶないじゃない」
しりもちをついたアリサがブツブツ言う。
でも、アリサは笑っていた。
みんなも笑っていた。
あたしたちを引き上げてくれた街の人たちが、あたしたちが無事なのをよろこんでくれていた。
あたしも思わず笑った。
「マギー!! アリサ!!」
「おう! ぶじじゃったか!」
テスとおじいちゃんもやってきた。
あたしとアリサを見て、テスはニッコリ笑う。
おじいちゃんもニコニコ笑う。
「ワシらもバッチリ3人組をつかまえたぞ!」
3人組が【キケンなおさとう】で巨人になったのも、あばれまくったのも、みんな知っている。もう言いのがれはできない。でも、
「あのね、おじいちゃん。その人たちは、ちがう人なんじゃないかな……?」
おじいちゃんの後ろでしょんぼりしているのは、おまんじゅうみたいに丸々と太ったハゲの男たちだった。
黒皮のジャケットはピチピチだ。
おなかが大きすぎて、ズボンのチャックがこわれている。
あの悪いけどかっこいい3人組とはぜんぜんちがう。
そんなの、ちょっと見ればわかる。
いくらおじいちゃんだからって、こんなときにボケるのはやめてほしい。
カンちがいでつかまった太っちょハゲさんたちがかわいそうだ。でも、
「この人たちで合ってるわよ」
アリサまで、そんなことを言った。
「……え? だってアリサ」
あたしはビックリした。
アリサは顔をしかめながら、太っちょさんのせなかに手をのばす。
「あったわ。ほら、わたしがお祭りの時につけた発信機」
「え……?」
「そういえば、マギーには言ってなかったわね。【キケンなさとう】を使いすぎると、こんなふうにブクブクに太っちゃうのよ」
アリサが言った。
「キケンでしょ?」
「うん。キケンだね……」
あたしは、まじまじと3人組を見やる。
黒ずんだおまんじゅうみたいな3人組は、ちっともかっこよくなかった。