ウワサ
明日から三日間、中間テストだ。
勉強は誰も苦手だと思うんだけど、僕は更に苦手だったりする。
明日からテストだっていうのに、家に帰っても全然勉強に身が入らない。
なぜなら、勉強の邪魔をする兵が二匹。この部屋に居るからだ。
「あっ!こら、田中。そのフィギュア触ったら絶対許さんからね。」
僕は一番お気に入りのフィギュアを死守する。
「いいじゃん。そんなに高いもんじゃないだろう?」
「バカ言うな。これは僕が小学生の時から新聞配達して貯めたお金で
やっと買った大事な物なんだぞ!!」
こいつらを部屋に入れるんじゃなかったと激しく後悔する。
「ふーん。じゃ、こっちはいいんだよね?」
田中は自分の好みのキャラクターであるフィギュアを手にかけようとする。
「それは触ってもいいけど、壊すなよ。」
「大丈夫、大丈夫〜。そんな簡単に壊れる訳ないっしょ。」
彼は羨望の眼差しでフィギュアを手に取ると、恍惚とした表情でそれを見つめる。
彼はどうやら微妙なパンチラが気になるらしい。
「おまいら、明日からテストだぞ! テスト!」
「別に平均以上取ればいいんだしー、それに今から頑張っても無理というものだよ。」
相変わらず熊井は屁理屈が多い。
「平均って、まだ平均点がどのくらいか判らんのに、
どうやって平均以上取れって言うんだよ。」
「それはそうだ。アハハハハハハハ!!」
こいつら・・・、壊れとる。
「あと30分したら帰ってくれよー、僕は勉強するんだから。」
「ハイハイ、僕達は静かにしてるから、君は勉強したまえ。」
「フッ、おまいら。最下位決定だな。」
「さぁ、それはどうかな・・・?」
二人がハモる。
キメェ。こいつらキメェ。
絶対、こいつらより良い点取ってやる!!
僕は教科書を開き、今日までの要点を頭に叩き込む。
一時間が経過した時、彼らは自らの家へと帰っていった。
『フーッ、これでやっと静かに勉強に集中出来る。』
その晩は徹夜にはならなかったのだけれど、
度々襲ってくる睡魔には勝てず、僕は短い睡眠を摂る事にした。
翌朝、早く目が覚めた僕は、せっかく勉強した事をすっかり忘れてるんじゃないか?
と思いつつ、学校へと向かう。
まだ誰も居ないと思っていた教室には、なぜか紺野君の姿があった。
「仲原君、おはよう!!」
「おはよう! 紺野君今日は早いんだね。やっぱりテストがあるから?」
「そういう訳じゃないけど、僕はいつも早く来るようにしてるんだ。」
「えっ、そうなの?」
知らなかった。
いつもギリギリにしか来なかった僕は、彼が一番に来てたなんて思いも寄らなかった。
「僕は中学の頃はずっと病院の中だったから
こうして学校に来れる事がとても嬉しいんだ。
それに、新しい友達も出来て、本当に毎日学校に来るのが楽しくて仕方ないんだよ。」
彼は笑顔で、とても嬉しそうな表情をしていた。
目を丸くして微笑むその少女の様な笑顔にまたドキッ、とさせられる。
当たり前のように平凡に生活してきた僕からは、全く想像も出来ないけれど、
彼にしてみれば、学校に来るという事は平凡な毎日なのでは無く、
新鮮な毎日、楽しい毎日なのかもしれない。
ちょっと何か忘れていたものを気付かされた様な気がした。
試験期間中は午前中がテスト、午後に一時間程ホームルームの後に下校となる。
なんとかテストは出来たけど、果たしてうまく出来たかどうかは不明・・・
お昼休みになり、いつものメンバーで席をくっ付け合う。
紺野君はあの日以来、大きめの弁当を持って来るようになっていた。
弁当箱を開けると、なぜか美味しそうなものを真っ先に僕の弁当箱へ入れてくれる。
出来合物では無い、手作りと思われる凝った小さなハンバーグ。
妙に手の込んだミニグラタン。
見た目もさる事ながら、これが中々美味い。
「ちぇー、なんでいつも仲原だけなんだよー」
毎度の如く文句を言ってるのは田中だ。
「いいじゃん、数少ないんだから。全員食えないのは仕方ないだろっ」
僕はちょっぴり勝ち誇ったように応酬する。
やはり、みんなこの件に関してはとても気になるらしい。
食い物の恨みは恐ろしいから、ぼちぼちみんなにも分けてあげられるように
紺野君にお願いしてみる。
「いつもくれるのは嬉しいんだけど、
たまにはみんなにも分けてあげてくれないかな?」
彼は躊躇する事無くニコニコと答える。
「僕はみんなにも食べてほしいとは思うけど、いつも見てるとみんな
仲原君のおかずを取っちゃうから、僕があげるのはしごく当然な事
だと思うよ。」
そう言われればそうだ。
みんなその事には意義無しという感じだった。
僕は気に掛けてくれてたんだな、と紺野君の優しさにちょっと嬉しくなった。
しかし、あの連中をかくも的確に論破するあたり、
強ち只者ではなさそうだ。
恐るべし紺野君。
食事中はテストの話で盛り上がった。
あんな引っ掛け問題は邪道だとか、人生終わりだとか
訳の判らない事を言う奴が居たり。
こうみんなとワイワイと食事をするのは実に楽しい。
今朝、紺野君が言っていた
『毎日学校に来るのが楽しくて・・・』
この言葉の意味がなんとなく判った気がした。
程なくして、みんなで校内の自動販売機へ行こうと言う事になり、
弁当箱を片付け、総勢十名程でぞろぞろと向かった。
自動販売機は本館の一階に有り、ちょっとした休憩室になっている。
病院の待合室っぽいと言う者も居るけど、
学校にこういう落ち着いた場所があるのはとても良い。
休憩室に到着すると、既に何人かの先客が居た。
三年の生徒会の面々だ。
僕達は形式ばかりの挨拶をすると、各々の好きな飲み物を買い
ベンチへと腰掛ける。
すると、上級生と思われる連中の一人がこちらに向かって歩いて来た。
「休憩中済まない、君が一年生の紺野君だよね?」
このイケメン生徒は・・・
そうだ、入学式で歓迎の挨拶をした生徒会長だ。
彼は紺野君の前に立つと、180センチは有るであろう体を
前かがみにしつつ、紺野君の顔を覗きこむ。
「あ、はい。そうですけど・・・」
紺野君が困ったような顔をする。
「僕は三年の生徒会長をしてる小泉です。お会い出来て光栄です。
君の噂は聞いてるよ。」
なぜか握手を求めている。
突然の事でびっくりしたのか、紺野君は差し出された方とは逆の腕を差し出す。
「あ、ごめんなさい。紺野です。宜しく。」
「また改めて逢う機会があると思うから、その時は宜しく。」
小泉は両手で紺野君の手を握り、軽く会釈をすると席へと戻って行った。
なんなんだあの人は・・・
紺野君の顔を見ると、流石に面食らったのか苦笑いをしている。
「あー、びっくりした。」
そう言えば入学式以降、紺野君の事は学校でも有名なくらいにとある噂が
広まっていた。
『この学校に女の子みたいな生徒が居る。』
わざわざ彼を見に来る生徒とかも最初の頃は居たんだけれど、
今はみんな慣れたのか、話題になる事は殆ど無かった。
まあ、彼が有名人なのは依然変わりは無いのだけれど。
『改めて逢う機会があると思うから』
とか言ってたけど、何かあるのかな?
僕は疑問に思いつつも、来たメンバーで違う話題に耽っていた。