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■7話■殿下と貴族の娘達と

 

 マルネリッタは殿下から娘達に紹介され、殿下にしたように彼女達にも腰を落して見せた。

 彼女達は左端からユリーシア・アルポッツ嬢、フォアリー・ジュークイット嬢、アシュリー・キャンスル嬢。

 みな美しい娘達だ。その中でも真ん中の娘がひときわ目立つ。

 殿下から「アルポッツ家のユリーシア・アルポッツ嬢」といった具合に紹介されたので、彼女達が貴族の娘達だとわかる。

 一通り紹介を終えると、マルネリッタは殿下にうながされるままお嬢様達とは向かい側へ進み、殿下と並んでソファに腰を下ろした。

 その間、お嬢様達は笑顔でずっと目が睨んでいる。

 殿下の隣にいるのが気に入らないのだろうけど、殿下の手を払うわけにはいかなかったのだから文句を言うなら殿下へお願いしたい。

 マルネリッタは溜め息を飲み込んだ。


「シオンズ? どちらの家の方でしょう? 聞いたことのないお名前ですわ。どなたかご存知?」


 アルポッツ嬢が隣の娘達に問いかけた。


「いいえ、私は存じませんわ」

「私も」


 問いかけられた二人の娘達も軽やかな声で同意を唱える。

 アルポッツ嬢が三人の中では一番立場が強いのだろう。とはいえ、マルネリッタを格下と確認しあったものの互いにこの状況を探り合っている状態らしい。

 マルネリッタは彼女達の会話に入るべきか否かを悩み、否を選択した。

 彼女達もそれを望んでいないことは明らかなのだから。


「マルネリッタが王都にきたのははじめてだから誰も知らないだろう。彼女はまだ慣れていないので、助けてやってもらえるかな?」


 そう思っていたのに、殿下がマルネリッタの横で余計な一言を告げた。

 彼女達に助けて欲しいなんて思っていません。

 マルネリッタは隣の殿下の足を踏みつけたくてたまらなかったけれど、ぐっと我慢した。


「まあ、王都がはじめてですのね」

「もちろんですわ、オルディアク殿下」

「私にできることがありましたら、何でもおっしゃって?」


 次々と笑顔でマルネリッタに声をかけてくる貴族のお嬢様達。

 そう言わざるを得なかったのだろう。白々しい言葉だとしても、殿下の言葉とあっては。

 内心とは違うとはいえ、彼女達の顔に浮かんだ優しい笑みはうっかりすれば本物かと思うほど柔らかく見事に本物らしかった。

 全ては殿下への心配りのできる優しい娘ですアピールのため。

 しかし、彼女達は決してマルネリッタの名を口にはしないし、マルネリッタと目を合わせはしない。

 殿下の手前、マルネリッタと呼び捨てることはできず。でも、マルネリッタ様と自分達と同等に呼びたくはない。そんなところだろう。


「マルネリッタ?」


 殿下が横上からマルネリッタに小さく呼びかけてきた。

 彼女達に返事をするのを催促するように。


「ありがとうございます、皆様」


 マルネリッタは小声で貴族の娘達に礼を述べた。

 その対応に満足したのか、殿下は小さく頷くとお嬢様達に向き直った。

 アルポッツ嬢が社交場で人気のピクニックについての話題を口にしたことで他の娘達の声も弾み、ぎこちなかった歓談はなんとか明るくなっていった。

 もちろん、その話題にマルネリッタがついていけるわけもなく。会話に参加したくはないので、ひたすら黙って聞き役に徹する。


「ドゴリデの丘はいい場所ですわ。古い神殿跡があって、歴史を感じながらゆっくり散策するのです。殿下はいらしたことは?」

「以前、何度か行ったことはあるが。少し荒れた場所だから、女性が訪ねるには大変ではないかな?」

「そんなことは」

「私は、ドゴリデは少し恐いですわ。荒んでいる様子ですもの」

「今はスーレ川の畔には黄色い花が一面に広がっていてとても見頃なのです。綺麗な場所を知っていますから、殿下もご覧になりませんか? 私が案内いたします」

「今頃だったのか。話には聞いているよ。ひそかに人気がある場所らしいね」

「はい。ですから、ぜひ」

「そうだな、マルネリッタも行ってみないか?」

「……ぇ……」


 いきなり話を振らないで欲しい。

 マルネリッタはテーブルの上を見つめ、気付かないふりをして視線を上げずにいた。

 正面の娘達から批難の視線が浴びせられているのだ。

 せっかく会話が弾んで、とても朗らかな雰囲気だったのに。

 殿下のせいで一気に場の雰囲気が悪くなってしまった。

 殿下のせいなのに、批難を受けるのは自分。

 何だか納得がいかない。

 マルネリッタは不満でいっぱいだ。


「マルネリッタはあまり興味がないようだね」

「私は田舎育ちですから」


 殿下に返す言葉もついつい短く刺々しくなる。

 それが余計にお嬢様達を刺激してしまうとわかっているのに態度は改まらない。


「田舎でお暮らしなら、野花なんて見慣れているのでしょう。私共には野花を愛でる機会が少なく、とても珍しいことですの」

「そうですわね。庭師は、野花を植えはしませんものね」

「殿下もご覧になることはあまりないのではありませんか?」

「いや、僕はよく見るよ。王宮の奥には自然風庭園が多いからね」


 殿下の意外な言葉にお嬢様達も戸惑っている。マルネリッタも自然風庭園って何だろうと思ったけれど。

 殿下はそれについて話を広げるつもりはないようで、多くは語らない。

 そして再びお嬢様達の提供する話題へと話は流れ、グダグダのうちに時間は過ぎていく。

 官吏の声で歓談は終了した。


 マルネリッタは歓談の後で殿下と話せるのだと思っていたが、迎えの女官にうながされ他の娘達と同時に退出を余儀なくされてしまった。

 元の部屋へと戻る途中、女官に殿下と話をしたいと伝えてみたけれど、殿下はお忙しい方ですので、とやんわり断られた。

 その日は殿下と話す機会はなく、嫌味な女官達と部屋で過ごさなければならなかった。




 翌日からマルネリッタはお嬢様達の会話に混ざるのが日課になっていた。

 午後には殿下がお呼びですと女官が迎えに来て、連れて行かれるのは殿下とお嬢様達がいる部屋で。

 そこにいるお嬢様達は日により異なっていた。が、最初の三人は殿下のお気に入りなのかよく見かけた。


 そこは独身の殿下を囲んでお嬢様達は彼の気を惹こうと一生懸命な場で、なぜかそこに自分がいる。

 そうした浮いた自分がとても嫌だった。

 だが、全く理解できないその場にマルネリッタが毎回参加しているのは、迎えに来る女官を断れないせいではない。

 唯一殿下と接触できる機会だからだ。

 今日こそは殿下と話しができればと、女官を急かして早く到着しようとしてみたり、よろめいて他のお嬢様より退出を遅らせて二人になろうとしたり。

 それなりに努力はしてみたけれどことごとく失敗に終わる。

 殿下の妹のような者として王宮に滞在するようにとのことだったけれど。殿下と本当の意味で相対して言葉を交わしたのは最初の日だけ。

 いまだ殿下と二人で話をすることはできずにいた。


 マルネリッタが王宮に着いて五日。

 日ごとに苛々が溜まり、追い詰められていくように感じていた。

 マルネリッタは殿下やお嬢様達との歓談以外、事ある毎に嘲笑を浴びせる女官達と一緒に過ごさなければならないのだ。

 一人にしておいてと女官達に部屋から出るよう指示するけれど、それでも彼女達と過ごす時間は長い。

 早く殿下と直接話をして、この窮屈な王宮から解放されたい。

 そう思うのだけれど。

 いつも殿下の元へと案内してくれる女官は、一向に取り合ってくれない。

 お嬢様達のいる場で、殿下と二人で話がしたいなどと言いたくはないし、言える雰囲気ではない。

 殿下のそばにいる官吏へ頼めばと思うけれど、殿下のいる部屋の隅にいるので声はかけられず、他に見かける機会はない。

 ということで、女官テアナか女官シンファに頼むしかないのだが。この二人には頼みたくなかった。

 しかし、やむを得ない。これでダメなら、殿下と話すのを諦めて王宮を去る方法を探そう。

 マルネリッタは女官テアナに声をかけた。


「女官テアナ。王弟殿下に伝えてください。どうしてもお話したいことがあるので、私マルネリッタ・シオンズに殿下の時間をください、と」

 

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