■6話■衣装合わせ
翌朝。
マルネリッタは朝食を食べながらどんよりと重い気分で朝を迎えていた。
昨晩の食事の時もそうだったのだが、マルネリッタが食事をする間中、女官テアナと女官シンファがクスクスと殺し切れない笑い声を漏らし続けるのだ。
どうやら食べ方がおかしいらしい。
昨晩はとても疲れていたので早く休みたいと無視して食べたけれど。
時折わざとらしく「あれ見て」という小声の囁き声が耳に届く。それが癇に障り、鬱陶しい。
いつから準備していたのかという冷めた料理と彼女達の嗤いでは、どんなに美味しい料理でも味気なく、食べた気はしない。
だが、ここで食事をとらなければいつどうやって取ればいいのかわからないので、食べられる時に食べておかねばならない。
この女官達に見張られて過ごすのかと思うと、朝から溜め息の連続だった。
マルネリッタは寝心地の良い寝台で取れたはずなのに、疲れが少しも取れてないような気がした。
マルネリッタは食事を終えると立ち上がった。
「どちらへ?」
「外よ」
女官テアナが声をかけてきたがマルネリッタは足を止めず、戸口へ向かう。
また明日と言った殿下に、昨日の話の続きをと思ったのだ。
もちろん、すぐに殿下に会えるはずはないだろうけれど、何もしないでここで待つ気はない。
だから昨日の部屋へ向かうつもりだったのだが。
「この後、ドレスや靴合わせが予定されております。いつまでもそのような薄汚れた衣服で歩かれては困ります。外へ出られるのであれば、ドレスにお着替えになってからになさってください」
女官テアナが億劫そうに告げた。
マルネリッタが王宮を歩くに相応しいドレスなど持ってないと知っていて、嫌味な言い方だ。
足を止めて振り返ると、テアナが笑みを浮かべてマルネリッタの上から下へ視線を流してきた。
マルネリッタが着ているのは旅の埃をかぶった昨日のドレスではない。今朝は自分の持つ服の中では一番いいものを選んで着ていたけれど、王宮で着る服のレベルではない。
そう、わかっていても腹は立つ。
女官テアナが言ったドレスや靴を合わせるということは、殿下が用意した物があるということなのだろう。
確かに自分の持っている服や靴がこの場所に合うとは思っていない。
だが、強制的に変えさせられることには抵抗感を覚える。
王宮で着られる上等な品々を揃えてくれることに感謝すべきなのだろうけれど。
素直にそう思うことはできなかった。
殿下は女官達のように面と向かって嘲りはしないが、所詮はマルネリッタを王宮に相応しいとは思っていない。滞在をさせておきながら。
そんな捻くれた感情を抱いてしまうのをマルネリッタは止めることができなかった。
結局、マルネリッタが部屋を出るのをためらっている間にドレスメーカーの人々がやって来てしまった。
マルネリッタは針子の人達に囲まれ、数着のドレスを合わせていく。
それだけでなく下着や部屋で着るための服や靴なども一緒に合わせる。
それら全て一体何度脱ぎ着すれば終わるのかというほど繰り返した。
服を合わせながら彼女達はマルネリッタが貴族娘が着る服について知らないと気付いたのか、調整の間、丁寧に説明してくれる。
女官達は顔を歪めて部屋の端で眺めているだけなので、マルネリッタには意外に楽しい時間となった。
持ち込まれた衣装は彼女の背格好にあらかじめあわせて作らせていたものらしく、どれも小柄で肩幅の狭い女性用だ。
針子達は肩や胸や胴周りなどを彼女の身体に合わせて手早く調整していく。
衣装だけでなく、靴や髪飾り、肩掛けなど小物も含めるのだから半端ではない量で、衣装合わせにはかなりの時間を要した。
針子達の作業する途中で昼食を取ることになり、女官達はさすがにマルネリッタを見て笑うのは止めたようだった。
その行為が、他人から見られるとまずいことであるとの自覚はあるらしい。
おかげで昼食は朝食に比べると美味しく感じられた。忙しなく手を動かし続ける針子達には申し訳なかったけれど。
ドレス合わせを終えるとその中の一着に着替えさせられた。
これで、王宮内を歩いても文句ないだろうと思っていると、マルネリッタを女官が迎えに来た。殿下がお呼びです、という。
話の続きができるのだとマルネリッタはほっとした。
そうして案内された部屋には、王弟殿下だけでなく豪華な衣装を着た娘達三人がいた。
娘達はきっと家格の高い貴族の娘だろう。美しく着飾っており、豪華な王宮の部屋にあって不自然ではない。
戸口で女官がマルネリッタの到着を告げると、娘達は一斉に彼女へ冷ややかな目を向けた。王弟殿下に気付かれない程度に。
その顔に浮かぶ見下した表情は部屋の女官達や騎士達とは格が違う気がした。
「よくきてくれた、マルネリッタ」
殿下がすっと立ち上がり、マルネリッタの立つ戸口の方へと歩み寄ってくる。
途端、娘達はさっと表情を変えた。
そのあまりの急変にマルネリッタは驚いた。
娘達が驚いていることはわかるけれど、何に驚いているのかが全くわからない。
今のマルネリッタは、彼女達とそう変わらないドレスを着ているのだから、身分が低いとわからないはず。だが、やはり滲み出ているのだろうか、身分が。
そんなことを考えていると殿下が目の前に迫ったので、腰を落して挨拶してみせた。
「ごきげんよう、殿下」
王弟殿下への挨拶は、これでいいのだろうか。
と思いつつ、平然を保つ。
駄目なら駄目と誰かが文句を言うか嗤うかするだろう。
殿下を見ると、とりあえず問題はなさそうだった。
「今日もマルネリッタに会えて嬉しい。さあ、あちらの女性達を紹介しよう。マルネリッタとは年齢が近く、話も合うはずだ」
絶対、話は合わないと思う。
マルネリッタは即座に表情で否定したが、身長差のある殿下はすでに視線を上げており通じなかった。
殿下に手を引かれるのに合わせ、彼女は顔に笑みを張り付けて部屋の中央へと歩いていく。
近づく娘達は強烈に拒否しているのに紹介しようとは、一体何を考えているのだろう。
殿下は何をしようとしているのだろう。
何にせよ、昨日の話の続きができる状況ではなさそうだ。
マルネリッタは口元には笑みを浮かべながら冷ややかに見下ろしてくる娘達の前に立った。
殿下の腕に手を預けたまま。
「彼女はマルネリッタ・シオンズ。訳あって預かっている娘だ。仲良くしてやって欲しい」
マルネリッタは殿下の言葉のおかげで空々しい笑顔で彼女達に迎えられた。