■5話■王宮の女官達
マルネリッタは家具や壁が薄紅色系で統一された部屋へ案内された。
綺麗で可愛い、見るからに女性用の部屋だ。
ここに滞在することになるらしい。
手前が居間で奥が寝室と小さいけれど二つの部屋が続きになっている。
マルネリッタが室内を見回すと、部屋の隅に自分のトランクを発見した。少し安心する。
中が開けられてない事をトランクからすこしだけはみ出した服の裾を見て確信できたので。
周囲が王宮に勤める騎士や女官などそこそこ身分の高い人達ばかりといっても、盗みを警戒するのは基本だ。
「荷物を片付けましょうか?」
この部屋付きの女官テアナがカップをテーブルに置きながら、マルネリッタに話しかけてきた。
この部屋まで案内してくれた女官とは違い、女官テアナはやる気のなさそうな態度を前面に押し出している。
マルネリッタを見下していることを隠そうともしない。
「いいえ。自分でします」
マルネリッタは短く答えた。
こんな人に自分の荷物を触られたくない。
荷物を解く気がないなら言わなければいいのにと思うが。
一応、女官の義務として声をかけただけなのだろう。
王宮女官だから世話してあげるけど、ここはあなたのような者が来るところじゃないのよ。私に命令できると思わないでね。
そんな言葉が女官テアナの背中に書いてあるかのようだ。
マルネリッタの服装や荷物から身分が低いと判断したらしい。
王宮女官といえば、育ちもよく、教養もあり、家柄もそれなりに良いはず。
だから身分が低い者の世話は、自分の仕事ではないと思ってそう。
王宮に滞在するのは身分の高い人達ばかり。そんな人々に仕える彼女達が、自分は田舎街の宿屋で働く者達とは違うと考えるのは当たり前かもしれない。
そうだとしても、マルネリッタは庶民とはいえ王弟に滞在を許された存在なのだから、もう少しあからさまでない対応をしてもいいだろうに。
王宮女官というものは、案外プロ意識が低いらしい。
旅の途中で宿泊した宿の使用人の方が徹底していたように思う。
マルネリッタはツンとした女官の視線を煩わしく思いながらカップを口に運んだ。
そのカップの中の液体は、ただの水。味が、ない。喉が渇いていたのでとても美味しく感じたけれど、非常に物足りなかった。
マルネリッタは、今とても疲れている。
旅を終え、王弟殿下との面会を終え、本当に疲れきっていたので、とても甘いものを口に入れたかった。
マルネリッタは水を一気に飲み干し、カップをテーブルに置く。
「甘い飲み物が飲みたいわ」
「まあ、王宮の水はお口にあいませんでした? 王宮でしか飲めない上等な水ですのに。今、甘い飲み物をお持ちいたします」
女官テアナは黙って用意することが出来なかったらしい。
マルネリッタが置いたカップを手に取り、明らかにムッとしていた。命令されたことが悔しくもあるようだ。
水を出すのが定型なのだろうが、カップに半分しか入ってないのだから、二杯目を要求してもいいはず。
「飲み物はカップに多めに入れて」
マルネリッタがそう告げると、女官がふっと嗤った。
予想していたけれど、あまりにも予想通りの反応にマルネリッタの方が驚いた。使いの騎士達と同じ反応だったのだ。
ここではカップの半ばまでしか注がないということに何らかの拘りがあるのだろう。
しかし、その反応は、マルネリッタがもしも他国からきた王女だとなったら、とたんに文化が違う国の人という反応に変わるのだろう。もちろん、彼女が実は王女だとかそんな事はないのだが。
そんな場面に遭遇する女官を空想することでマルネリッタは目の前の腹立ちを紛らわせた。
それにしても、王弟殿下やあの部屋にいた騎士や官吏達は違っていた。
女官テアナや使いの騎士達のように、馬鹿にしたような態度を見せることはなかった。
内心で思っていたとしても、これだけ身分差があるのに相手に感じさせないのは珍しい。
ケルン領に近い領主館の息子は、貴族位を継ぐ者として全てを見下していた。遠い血縁であるマルネリッタのことも、領主の孫といっても貴族位を持たない者は領民同様に命令して従わせる者としか思わないらしい。
彼等は貴族でない者は自分より下だとはっきり示していた。
そんな領主の息子の前で、子供の頃、領主館に来ていた王弟殿下が自分を構っていたのだ。
あの息子がどんな顔をしていたのか。
きっと王弟殿下を招いたことを自慢に思っていただろうに、昼間の殿下は自分が毎日のように押し掛けて独占していたはずで。
領主の息子は自分をさぞかし不愉快に思っていたことだろう。
あの高慢な領主の息子がどんな様子だったのか思い出せなくて残念。
その王弟殿下は、思い出の中とはずいぶん印象が違う。見下した態度をとらないのは変わらないようだけれど。
記憶の中の人はとても優しくて甘やかしたいタイプの男性だったように思う。
しかし、さっき会った殿下は、綺麗な顔だけどそんな甘い人には見えない。どちらかというと、きちんとしなさい、と子供にも要求しそうな固い感じだ。
身分が高い人ならではで、自分の言いたいことだけ言って承諾させる。会話をしているようでいて、こちらの話は少しも聞いてはもらえない。
こんな人が? あの優しかった笑顔の人?
信じられない。
殿下は約束を果たすべきと言っていたけれど、どうしようというのだろう。
十年も前の約束に何の意味があるのだろう。
よくわからない。
高貴な人には庶民に理解の及ばない考えがあるのだろう。
マルネリッタは考えてもわからない殿下の思惑については考えるのを止めた。
そしてカップの飲み物を喉に流しこんだ。甘味がじんわりと身体に染みわたるのを感じる。
疲れた身体は動くことの悩む事も拒否していた。
今は、休みたい。
マルネリッタは柔らかなソファに身体を預けた。
その後、嫌味な女官達に笑われながら夕食をすませ、寝室に向かった。
その寝室も豪華すぎて上質すぎて。隅から隅まで全てがマルネリッタを緊張させる部屋だった。
でも、身体は疲れていて緊張の中でも眠りは訪れる。
目を覚ましたら全てが夢だったらいいのにと願い、マルネリッタは目を閉じた。