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■35話■決意の行動

 

 マルネリッタは王宮の廊下を流れる人波に目を凝らした。

 これから王宮でのパーティが開催されるのだ。着飾った招待客が次々と広間へと向かっている。


「招待ありがとう、マルネリッタ!」


 マルネリッタよりも先にこちらに気づいたリリティナが手を振りながら近付いてきた。


「リリティナ! 来てくれてありがとうっ」


 マルネリッタは客の流れを逆行するように彼女へ歩み寄る。

 そばに近付くと、リリティナは王宮騎士二人を後ろに従え、何故か一人だった。彼女はナファバルアー家の娘とその婚約者の三人で来ると聞いていたのに。

 マルネリッタが戸惑っているのがわかったのか、リリティナは軽く肩をすくめて見せた。


「私だけ王宮から先に迎えの馬車がきたの。護衛つきで、ね」


 リリティナは面白くなさそうに腰に手を当て背後を流し見る。そうされたとしても護衛の騎士は表情一つ変えることなく彼女の後ろに立つ。

 大方、第一王子の仕業なのだろうが。マルネリッタは返答に困ってしまった。

 リリティナを王宮のパーティに呼んで良かったのだろうかと。

 そんなマルネリッタにリリティナは真剣な顔で尋ねてきた。


「連れはもうすぐ来るはずよ、後で紹介するわ。それより、手紙に書いてあったことを聞きたいわ。本気なの?」


 マルネリッタは彼女には今日の覚悟を手紙で伝えておいた。

 今日この場で自分が何をしようとしているのかを。


「ええ、本気よ」


 リリティナに見届けてもらえば、自分は満足だ。彼女なら、わかってくれるだろうと思っていた。


「笑われてもいいの。拒絶されても、構わない。それでも伝わるものはあると思うの」

「他の誰が笑っても、私は笑わないわ。それに、ランスオード卿は絶対に笑わないと思う」

「どうかしら。困った顔をされるより、笑ってくれる方がいいんだけど……」

「卿の顔をよく見ておくといいわ。うつむかないで、目をそらさないで、ね」

「そうね、そうする」

「さ、あそこにいるの、ランスオード卿じゃないの? 早く行った方がいいわ」

「ええ。ありがとう、リリティナ。行ってくるわ」

「頑張って! 駄目だったら、後で馬鹿騒ぎしましょう!」


 リリティナは逞しい笑顔で送り出してくれた。彼女は小柄なのに、どこか頼もしい。

 彼女なら本当に後で慰めてくれるだろう。

 マルネリッタは彼女に宣言したことを成すために足を進めた。

 オルディアク殿下の元へ。


 パーティ会場である王宮の広間は当然のことながらとても広い。

 貴族屋敷のパーティとは違い、警護の騎士達の姿が大勢みられる。それが物々しいというほどではないにしても、国王陛下が参加するためか王宮だからなのか独特の緊張が漂っていた。

 招待客も貴族屋敷で見るほど砕けた態度ではないように見える。

 マルネリッタはこんな場所でよくも行動を起こそうなんて思いたったものだと他人事のように思う。

 緊張はしているけれど、足は止めない。

 ここで怖気づいて引いてしまったら、もう二度と機会はない。王宮のパーティを知らなかったから決心できたことだと今更ながらに思っていた。


 足を進めているうちに、遠くからとらえていた殿下の姿は何人ものお嬢様達の後ろ姿に隠れてしまっている。

 だが、お嬢様の人数はいつもに比べると少ない。王宮のパーティだから厳選されているのかもしれない。

 娘達の背中越しに殿下の顔をとらえた。

 殿下はそう楽しそうでもなく馴染みのお嬢様達と言葉を交わしているようだ。

 マルネリッタは人垣の手前で立ち止り、息を吸い込んだ。

 口を開き。


「オルディアク殿下にお話ししたいことがありますっ」


 張りのあるマルネリッタの声があたりに響いた。

 王宮の広間はとても響きのよい石作りであり、彼女のその声は雑多な音の中でもよく通った。

 マルネリッタの予想に反して、彼女の周囲だけでなく広間全体がしんと静まり返る。

 殿下を取り巻いていた娘達もマルネリッタを振り返り、四方八方から視線が集まっていた。

 マルネリッタはこの事態にごくりと唾を飲み込む。

 この場から今すぐ走り去りたいけれど、マルネリッタは何とか踏みとどまる。手は拳を握りしめ、優雅な立ち姿ではなかっただろう。

 それでも、最後までやり通すことができればいい。

 マルネリッタはリリティナの助言に従い、顎を上げたまま殿下の登場を待った。

 静かに彼女の前で人垣が割れ、殿下が姿をあらわす。


「何だろうか、マルネリッタ嬢?」


 いつもよりも煌びやかな衣装に身を包んだ殿下の立ち姿に、マルネリッタは一瞬怯む。

 殿下は優雅に歩き出で、マルネリッタの目の前で立ち止った。

 互いが手を伸ばせば指先が届く距離。

 殿下は外向けのためか余所余所しい態度だったが、マルネリッタが何をするつもりかわからず困惑しながらも見守ってくれているようだった。

 マルネリッタは殿下の顔を見つめ、無茶をしてごめんなさいと視線で謝る。

 マルネリッタと殿下へは、広間中から人々の視線が浴びせられていた。彼女には特に好奇心、蔑み、嘲笑、批難、さまざまな感情のこもった視線が。

 その中で、殿下だけは心配してくれているのを感じる。目の前で、こんなに心配させてしまってごめんなさい。そう思いつつ心配してくれるのが嬉しく、行動を起こしてよかったと思った。


 マルネリッタは殿下の前で腰を深くゆっくりと落す。殿下への敬意をこめ、少しでも優雅に見えるようにと思いながら指の先まで神経を行き渡らせて。


「オルディアク殿下。私は優雅に暮らすための金も貴方を楽しませる技も持ってはおりませんが、生涯、貴方を大事にすると誓います。ですから、どうか私と結婚してください」


 はっきりと涼やかなマルネリッタの声だけが響いた。

 広間に張りつめた沈黙。

 そのむず痒いような沈黙は、小さな笑い一つから爆発するように崩壊した。広間にはどっと声が沸き上がり、笑い声や話し声が乱れ飛ぶ。

 なんと女性が殿下に求婚を告げるとは!

 お見事という声もあれば、大声で何とみっともない娘だという声もある。

 様々な声が上がる中、視線はなおもマルネリッタと殿下に集中している。


 その場所で、殿下は驚きのあまり声もなく、立ちつくしていた。

 マルネリッタにはその表情がどういう意味なのか判断できずに、殿下を見つめ続ける。

 

 殿下は自分に向かってくる女性が苦手だから、求婚なんてすれば自分もそうした女性の一人になるのだろうと考えていた。自分に向けられていた優しい笑顔も、戸惑いに変わるだろうと。

 それでもいいとマルネリッタは思っていた。

 被保護者として子供のように守られるのではなく、れっきとした女性として見てもらいたかった。殿下と結婚もできる大人なのだと、知って欲しかった。子供のキスが欲しいのではないと。


「マルネリッタ? 今の、は……だが……」


 殿下はうろたえとても混乱した様子で言葉を探しているようだ。


「殿下。返事を、ください」


 マルネリッタは急かすように告げた。

 大観衆の前で断ってくださっていいんです。そんなことはわかっていて行動したのですから、嘘を言ったり庇ったりしないでください。

 そんな思いを込めて殿下を見つめる。


 殿下は足を踏み出し、マルネリッタに手を差し出した。


「待っていたよ、僕の姫君」


 柔らかな殿下の笑みにつられるようにマルネリッタはその手に右手を乗せた。

 優雅な動作でマルネリッタの手の甲へ殿下が唇を落す。

 この答えは、一体?

 マルネリッタの思考が止まっているうちに、腕を引かれふわりと殿下の腕に抱え上げられた。


「マルネリッタの求婚を受けよう。この時をもって婚約は成立した。婚約の破棄は認めない」


 マルネリッタは殿下が何を言っているのか理解できずにいた。

 殿下の腕の中という、地面からずいぶんと高い位置にいて。殿下の満足そうな笑みを間近で見ていて。

 今、自分が何をしているのかを把握することもできていない。


「あの……いいんですか? 私の求婚を受けたりして。婚約、成立って……」


 婚約成立って?

 求婚して、受けてもらったから、成立?

 殿下が庶民の娘の求婚をこんなに簡単に受けて、いいのだろうか?

 求婚を受けたということは申し出が受け入れられたということで。

 求婚、婚約、それは、結婚するということなのだけど。

 マルネリッタはそんな間抜けな事を考えていた。


 もちろん結婚して欲しいと思って申し込んだのだが、正直、承諾されることを想定してはいなかった。

 さすがに、きつい言葉で拒絶されたり、みっともないと眉をしかめられたりしたら嫌だなと思っていたが。そんなことは、殿下ならしないでくれるだろうと甘い事を期待してもいた。

 だから他のお嬢様方よりは柔らかな態度で優しく断り文句を告げてくれればいいなと考えており。もしかしたら、これから考えてみようと言ってくれるかもしれないと淡い期待を抱いていて。

 だが、結婚が現実になると考えてはいなかったのだ。


「やはり、思い出したわけではないのか」


 殿下はマルネリッタの顔を覗き込んできた。

 おかしそうに笑っている。それは嘲笑うというのではなく、楽しくて仕方がないという様子で。

 一体何がそんなにおかしいのだろう。


「マルネリッタが言ったんだ。大きくなったら僕に求婚すると。だから、僕が求婚しては駄目だ、とね」

「……え?……」

 

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