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■34話■約束を忘れて

 

 マルネリッタは殿下の言葉に茫然とした。

 殿下は女性に求婚しない。

 それは、すでに求婚する必要がないから? 結婚を約束した人がすでにいる?

 いや、それはないだろう。

 殿下は独身で、だから社交場では独身女性に取り囲まれているのだから。婚約者がいるとは思えない。

 それに、マルネリッタを王宮に暮らさせると言った最初、殿下は妹か婚約者ならよくて娘は嫌だと言っていた。

 婚約者がいるなら、そんなことは言わないだろう。

 それなら。

 結婚したい相手は、求婚することができない人ではないのか。例えば、殿下の想い人が既婚者なら……。

 そう、なのかも、しれない。考えれば考えるほど、それが一番正しいような気がする。

 三十歳前なのに結婚していないばかりか、結婚相手を探そうともしないのは、それが理由なら少しもおかしなことではない。


 マルネリッタが求婚の話をしたのは、殿下が結婚をどう考えているのかを知りたかったから。恋人はいるのか、いないのか、とか。

 リリティナとおしゃべりした時、彼女は、殿下がマルネリッタを恋人として扱っていると強く主張していた。だから、他に恋人はいないはずだと言っていた。

 自分では殿下とは身分も釣り合わないし、年齢だって全然違う。妹として大事にしてくれているだけで、恋人ではない。

 そう否定しながらも、どこか期待する気持ちはあった。

 殿下は自分にはすごく優しく笑ってくれて、手をのばしてキスができる特別を許されて。

 あのキスは兄妹のキスではないと。期待してもいいよね、と。

 リリティナの主張に自分の中に期待が膨らむのを止められなくなった。

 だから、殿下がどう思っているのか少しだけ、知りたかった。他に誰もいないのなら、もしかしたらと希望を持てる何かを殿下の口から引き出したかった。

 でも、知ったのは、殿下が少しも結婚を望んでいないということだったなんて。



「ねえ、セリ。オルディアク殿下は……誰か好きな女性が、いるのかしら?」


 マルネリッタは女官セリに尋ねた。彼女は殿下に仕えて十数年になるので、よく知っているはず。


「オルディアク殿下の恋人については、かれこれ耳にしたことはございません。真面目な方ですから」


 穏やかな口調で女官セリはそう告げた。


「オルディアク殿下は……どうして女性を避けてばかりで、結婚相手を見つけようとしないのか……理由を知っている?」

「どうしてそんな事を? オルディアク殿下と社交場に出た時に、何かございましたか?」

「いいえ。何も……。でも社交場って半分は男女の出会いのための場所だと聞いたわ。独身の殿下にはたくさんの出会いがあるはずなのに、そこにいる女性には目を向けようとしないの。避けようとするばかりで。だから、他に好きな女性がいるのかもしれないと思って……」

「殿下が他に好きな方がいるような態度をなさいましたか?」

「いいえ」

「なら、そういうことではありませんか?」


 そういうこととはどういうことなのかを教えてくれなかったけど。女官セリは、言える範囲の事を教えてくれたのだろう。

 女官セリから殿下の個人的なことを訊こうなんて、狡いことをしてはいけない。

 自分で考えて、わからなければ殿下に直接訊いてみればいいのだ。

 マルネリッタは殿下と会ってからのことを思い返し、どうして殿下は結婚しようとしないのかを考えた。

 真面目な殿下。

 はじめは王宮で暮らすことを強いる嫌な印象が強かったけれど。

 気付かなかったことを謝ってくれたり、心配してくれたり。優しい人だとわかってきて。

 殿下が自分を大事にしてくれるのは、何のためだったか。

 幼い頃の、一緒にいようという約束のためだったはず。

 十年も前の子供の約束のために、殿下はここまでの事をしてくれている。

 真面目な殿下にとってその約束はどういうことになる?

 殿下が他の女性と結婚していれば、適齢の娘を引き取ることができないのでは? 血縁関係でもない娘では、妻や世間の理解を得るのは難しいだろう。

 今も結婚しようとしないのは、自分がいるからではないの?

 殿下の妹のような者として大事にされている。そうするために、他の女性を避けている?

 もちろん、社交場で殿下に寄り集まる娘達は殿下好みの女性ではないと思うけれど。

 自分がいなければ、あの約束さえなければ、もっと早くに殿下は結婚していたかもしれない?

 正解ではないかもしれないけど、それほど遠い答えとは思えなかった。

 既婚女性を思い続けているなんていう理由より、ずっと殿下に近い。

 マルネリッタはそう思った。




 翌日、殿下が部屋へ顔を出した時、マルネリッタは早速殿下に詰め寄った。


「オルディアク殿下は、私との約束を守ってくださっているのでしょう? 私が一人にならないように」

「……いきなり、どうしたんだい?」

「昨日、殿下が求婚しないと言ったでしょう? それが私との約束のせいかもしれないと思ったんです」

「……」

「もう私、一人でも平気です。確かに祖父が亡くなって家を出て、寂しいと思っていましたけど。私はもう大人なんです。今は一人になっても、そのうち結婚して家族ができると思うんです」

「マルネリッタ……」

「約束は忘れてください、殿下」

「……」

「求婚しないなんて言わないで。自分の幸せを考えてください。殿下も自分が一緒にいたいと思う人を探して欲しいんです。約束に縛られずに」

「何を……言って……」

「もうすぐ一カ月になります、殿下。王宮滞在について考え直してくれるって約束、でしたよね? 王宮の暮らしには慣れたけど、ここはやっぱり私の暮らす場所ではありません。だから殿下、十年前の約束は忘れてください」

「マルネリッタ……それは……」

「殿下、お願い」

「……マルネリッタ……」

「殿下」

「……それを本当に、望むのなら……そうしよう」

「ごめんなさい、殿下。とてもよくしてくださったのに、ご期待に添えなくて」

「マルネリッタは……王宮で暮らさず、どうするつもりだ? 戻るのか?」

「それは、まだ……。仕事を見つけて、結婚相手を探そうと思っています。王都ではこんな体型でも女性として見てもらえるようですから。だから私の心配しないでください。それより殿下の方が心配です」

「僕が? 心配?」

「自分のことより甥のこととか、私のこととか、何かと心配してそうです。ちゃんと自分のことを心配してください」

「……」

「私がこんなこと言うのはおかしいかもしれませんけど……求婚しないなんて言わないでください」

「あれは、自分の願いを叶えるために僕が両親と約束したことだ。その言葉を撤回することはない」

「そんな……殿下……」

「僕の心配こそ不要だ。これほど恵まれた境遇にあって、何を心配することがある? 結婚しなければ幸せになれないというわけでもない」

「でも……」

「そうだな。マルネリッタは……いい相手と結婚して、幸せにおなり。だが、まだしばらくはいてくれるだろうね? 仕事も結婚相手もこれから探すのだろう?」

「は、はい。ご迷惑でなければ」


 殿下の笑みは少し寂しそうで。

 自分を守ってくれようとした人に、結局、自分は心配をかけるばかりだった。

 そして自分の我儘を今の殿下なら聞いてくれるとわかっていて、殿下が望まないことを無理やり頷かせたのだ。

 王宮に来た時の殿下は話を訊いてはくれなかったけど。今の殿下は、訊いてくれる。殿下の望みとは違っても今なら自分の主張を聞き届けてくれる、そう心のどこかで思って。

 マルネリッタは胸が痛んだ。

 それでも、自分は殿下の保護下から出ることを選んだことに後悔はない。

 そうしてくれる人だと思ったから、だから、このまま殿下に甘え続けてはいけないと思ったのだから。

 

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