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■33話■殿下の望みは


 

 オルディアクが王宮の一室で書類を処理していると、マルネリッタがナファバルアー家から戻ってきたと官吏からの連絡が入った。

 彼女の顔を見ようとオルディアクは立ち上がり、部屋へと向かう。

 官吏の話ではリリティナ嬢と仲良くなれたようで、マルネリッタは少々興奮気味らしい。

 もうすぐ王宮でパーティが開かれる。リリティナ嬢に招待されたのだから、お返しに王宮のパーティに誘ってはどうかとマルネリッタに提案してみよう。

 リリティナを社交場に誘い出して欲しいという甥の望みも叶えられ、マルネリッタにも負担にならないだろう。

 オルディアクはその手配を考えながら、自然と顔がゆるんでいた。


 そうして向かった中宮では、部屋から飛び出るようにしてマルネリッタが姿をあらわした。


「殿下! これ、どうですか? リリティナに流行りの髪型を教えてもらったんです」


 マルネリッタは少しはにかんだ笑顔で編んだ髪型を披露する。

 が、オルディアクには正直言ってよくわからなかった。

 全体的に可愛いなとは思うものの、それはおそらく彼女の嬉しそうな表情のせいであり。昨日のように下ろしている髪型なら違いがわかるのだが。結い上げる髪型では、結い方に違いがあるのだろうが、違いはよくわからない。

 いつもより、頭が大きい? ふわふわしている?

 どこがどう違っているか、オルディアクには不明だった。


「可愛いね」


 オルディアクがそう答えると、マルネリッタは瞼を伏せ、照れたのか黙り込んでしまった。でも、その表情はとても嬉しそうで。答えは間違っていなかったらしい。


 マルネリッタはまだ恥ずかしそうな笑みで見上げ、オルディアクを部屋の中へと案内する。

 子供の頃のような全開の笑みではなく、柔らかな笑みを浮かべる。子供ではないその瞳がまっすぐに見つめてくると、受け止めるこちらが戸惑うほどで。

 もうすぐ彼女が王宮で暮らせるかどうか考え直すと言った一カ月がくる。だが、この様子なら、これからも暮らしていけるだろう。マルネリッタも、同意してくれるはずだ。

 もう少し、もうしばらく、ここにいてくれればいい。

 そう思いながら、オルディアクはマルネリッタの話に耳を傾けていた。


「リリティナは最近王都に来たばかりなんですって。でも、私の知らないことをたくさん知っていて、話してくれるから、時間がいくらあっても足りないくらいでした」

「そう。楽しかったんだね。もうすぐ王宮で貴族達を招いてパーティが開かれる。彼女も誘ってみてはどうかな?」

「王宮のパーティに? 私がリリティナを誘うんですか?」


 よくわかっていないらしいマルネリッタは首を傾げる。その拍子にマルネリッタの編んだ髪がゆらりと揺れ、彼女の頬をかすめた。

 それが煩わしかったのか、唇を少しとがらせて頬の髪を指で払う。何気ない仕草だったが、曲げた指が小さな唇の端を掠め、首を傾けた拍子にふわりと髪が揺れて。小さな耳から白い首筋が艶やかにのぞく。

 その仕草に、一瞬、目を奪われてしまった。


「……あの……殿下?」

「ああ。リリティナ嬢にはナファバルアー家に招待されたのだから、お返しに招待するといい。彼女が王宮に来たことはまだないはずだよ」

「そんな……王宮のパーティに招待が……お返し、ですか?」

「さすがにこの部屋に彼女を招待はできないが、招待されたお返しはするものだから丁度いいだろう」

「でも、王宮のパーティに招待する人をそんな理由で増やしてもらうなんて……いいのですか?」

「いいんだよ。甥も会いたいらしいのでね」

「あ……そうでしたか」


 マルネリッタは膝に拳をつくって俯いてしまった。

 リリティナ嬢からどんな話を聞いたのだろう。


「リリティナ嬢は、甥のことは何か言っていたかい?」


 軽く尋ねると、マルネリッタはリリティナ嬢が語ったであろう話し方を真似て喋りはじめた。

 過保護を通り越している、からはじまり、我儘殿下と甥を呼ぶのはいいとして。甥を親しげに、グァルド様、と何度もマルネリッタの口が発音することが少々癪に触る。

 甥の行動がさほどおかしいとは思わないが、マルネリッタにはおかしいらしい。楽しそうに喋り続ける。グァルド様ったら……と。

 それはリリティナ嬢の言葉で、マルネリッタが親しいわけではない。口調を真似ているだけだ。だが、その口調は好意を抱いていると思ってしまうしほど親しみが感じられる。


「ご、ごめんなさい、殿下。殿下の甥を笑い物にするつもりじゃなくて……あの、ごめんなさい」

「いや」


 マルネリッタの謝罪に、オルディアクは自分が思ったより不機嫌な顔になっていたことに気づいた。

 喋ることに夢中だったマルネリッタが我に返って、怒らせてしまったと悄気る姿はかわいらしかったが。

 自分の気分の回復は難しいようだった。

 甥はマルネリッタやリリティナ嬢とも歳近く、マルネリッタにも親しみが湧きやすいと思われる。

 マルネリッタが自分と親しく接してくれるまでには時間がかかったというのに。甥と直接会話する機会でもあれば、マルネリッタは甥とも親しくなるのだろう。リリティナ嬢と同じように。

 しかも自分には親しく接してくれても、気安くではない。

 年齢か……。その不満が胸の中に燻る。


「あ、あのっ、貴族の男性が女性に結婚を申し込む時は花と男性の瞳の色の宝石を贈るらしいですね。で、王都の庶民の間では、花と男性の瞳のリボンを贈るんだそうです。知っていました?」


 重くなった雰囲気を明るくしようとしてか、マルネリッタは一生懸命話題を変えようとしているらしい。

 オルディアクも気分を切り替えようと頷いた。


「リボンを贈るというのは、知らなかったな」

「そのリボンを身につければ婚約の証らしいんです。でも、リリティナは茶髪だから、茶目の男性から茶色いリボンをもらったら髪に飾るのは地味過ぎて困るって話になって。私も、もしもですけど、金目の方だったら同じだし。どうしたらかわいいリボンにしてもらえるよう前もって相手に伝えられるかで二人で盛り上がったんですよ」


 オルディアクは明るく弾む口調で喋るマルネリッタを眺めていた。

 リリティナ嬢もマルネリッタも、贈られるのはリボンであって宝石ではない。それは、彼女達が結婚する相手には庶民を想定しているということで。


「殿下が求婚なさる時には、やはり瞳と同じ濃茶の宝石を贈るのですか?」


 彼女は笑顔で見上げ、問いかけてきた。

 その言葉に、マルネリッタ達とは違うと目の前に線を引かれたような気がした。彼女達はリボンで、自分は宝石。マルネリッタは、それを疑いもせず当然と思っているのだ。

 

「あ、余計な事ですよね」

「……僕が女性に求婚することはない」

「え?」

「だから、そういう心配をする必要はないな」


 驚いた表情のマルネリッタに、笑みを返す。

 我ながら素っ気ない口調だとオルディアク自身が思うほど乾いた声で。

 自分は女性に求婚することはない、と。

 驚きに言葉を失ったマルネリッタを残し、オルディアクは彼女の部屋を後にした。

 

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