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■31話■理由

 

 重苦しい沈黙の中、項垂れているマルネリッタの耳に、静かな殿下の声が聞こえた。


「マルネリッタが申し訳ありませんと僕にいう時は、正直な理由を言いたくない時、かな」

「?」

「わからないかい? 近頃は、ごめんなさいと言ってくれるようになっていたんだよ」


 マルネリッタは、殿下が何を言いたいのか分からず首を傾けて顔を見上げた。

 困ったような顔で見下ろしていて、呆れているという様子ではない。でも、殿下が何を考えているのかわからなくて、穏やかな表情なのにどこか恐いと思った。


「王宮は広い。特に本宮はマルネリッタが一人で歩くには危険が多い。誰も連れずに行方知れずと知って、心配した。それはわかってくれるね?」

「はい。申し訳ありませんでした」

「それから、フォアリー・ジュークイット嬢は僕が招待したわけではない。マルネリッタが来る前に、勝手に入ってきたんだ。何か理由を喋っていたが、覚えてはいない。ジュークイット家には正式に苦情を伝えた。彼女は王宮への出入りを禁じられるだろう」

「……そうですか」


 マルネリッタは、殿下がフォアリー・ジュークイット嬢のことを口にし始めてから胸の中がドス黒い物でいっぱいになっていた。

 殿下は彼女と二人で会っていたわけではない。そうわかったからといって、胸の中のモヤモヤがおさまることはない。

 より一層、どうにもならない感情が膨らむばかりだ。


「マルネリッタ?」

「じゃあ、どうして今日はあの女性にキスをされていたんですか? 私が怒ることじゃないってわかってるけどっ、どうして私があの場にいなくちゃならなかったんですか!」

「部屋を飛び出した理由は、それか? だが、僕が無理やりキスをされたのは見ていてわかっただろう?」

「避ければよかったじゃない! 時間的にその余裕は十分すぎるほどあったわ。それなのにキスをされるのを、待っていたのよ、殿下は!」

「……それは違」

「違わないわっ。私がいるのに! いたのにっ! あの人は私に見せつけていたわ。それなのにっ。殿下だってキスをしたかったんでしょ? 私は見たくなかったのにっ! そんなところ、見たくなかったのにっ」


 自分でもまずいと思いながら、マルネリッタは声を張り上げていた。

 見たくなんかなかったのに、と。

 子供が喚いているだけなのだと醜い自分の姿がわかっていても、止められないで。涙は零れてくる。


「ごめんよ、マルネリッタ」

「殿下が悪いのよ! あんな場面を、私に、見せつけてっ」


 ぐずぐずと呻くマルネリッタを、前のようにその腕に抱き包み、殿下は背中をあやす。

 ごめんよ、と囁きながら。

 そうされながら苛々を殿下にぶつける。それを拒絶されないと知っているから、余計に。

 マルネリッタの涙は、悔し涙に変わっていた。

 どうして? どうして?

 どうして、私ではないの?

 殿下が悪いと口にしながら、そればかりが頭の中では繰り返されていた。


「うーん、そう見られていたのか。……あの時のことを弁明させてもらうと、僕はあの時……マルネリッタの姿に見惚れていた。だから、時間に余裕はあったかもしれないが、僕は彼女の動きを止められなかったんだよ」

「……私の、せいなの?」

「その髪形、とてもよく似合っているよ。いつもは女性のアプローチくらいかわせるんだが、あの時はマルネリッタがあまりに可愛くてね。油断した」

「……」

「他にも気に入らない事があるなら、言ってくれないか?」

「……あの女性が、殿下にキスをしたのが、すごく嫌だった。キスをさせた殿下も、二人がキスするところがすごく綺麗だったことも」

「ごめん。これからは油断しない」

「私があの女性と同じことしようとしても、私にはできないのよ。全然、手が届かないんだもの。それに、きっと絵にならないくらい不格好で。殿下の隣に並んでも、ちぐはぐだわ。だから、悔しくて……すごく、悔しかったの」


 マルネリッタは正直に言葉にした。

 あまり深く考えられる状態ではなかったせいではあったけれど。泣いてすっきりしたせいか、殿下に隠すつもりはなかった。


「立った姿勢ではできないだろうけど、今ならできる。座っていれば、マルネリッタの手は届くだろう?」

「……今、キスされそうになっても油断しないって言ったばかりじゃない。それに、座っていたら、誰だってできるわ」

「僕の隣に座る女性はマルネリッタだけだ。隣に女性を座らせることはないよ。知らなかったかい?」

「隣に、座らせない?」

「そうだ。母上の隣も、大きくなってからは父上に叱られるので座ったことはない。隣に座らせる女性は特別な存在だけだ」

「……知らなかったわ」

「そうじゃないかと、思っていた」

「……皆、知っていることなの? 女官セリは教えてくれなかったわ」

「暗黙の……という事で、決まりがあるわけではない。だから、セリもわざわざ教えなかったんだろう。それにキスするのに不格好かは関係ないだろう?」

「……見た目が綺麗な方がおかしくないわ。変に見えるなんて……」

「別に僕は気にならないが。他人の目を気にするということは、マルネリッタはどこでキスするつもりなのかな?」

「どこって……わけじゃ……」


 尋ねられて、もし殿下とキスするならとか考えてしまい、マルネリッタは急に恥ずかしくなった。

 自分の身体には殿下の腕が回されていて、殿下の二の腕に頭をつけている状態で。

 キスするとか、そんなことを考えていたわけでは。

 焦りながら見上げると、殿下がニヤニヤと笑みを浮かべてマルネリッタを見下ろしていた。

 緩んだ顔で笑っている殿下の余裕が、癪に障る。自分はこんなに恥ずかしいのに。

 マルネリッタはドキドキしながら、殿下の首に腕を伸ばした。そっと彼の肩に手を置く。

 殿下も驚いた表情で動きを止めた。その反応に一瞬、やった、と思ったけれど。

 マルネリッタはここに来て、どうしようと迷い始める。

 とっさに、出た行動だったから、後先考えずに手をのばしたものの。至近距離で殿下の綺麗な顔を見てしまうと、しでかした事もろとも恥ずかしくて。

 マルネリッタは時間を巻き戻したい衝動にかられていた。


「キスをしてくれるんだろう?」

「……避ける、わよね?」

「避けて欲しい?」

「……いいえ」


 マルネリッタはドキドキしながら顔を近づける。

 どうしよう。恥ずかしくて、顔から火を噴きそう。 

 息が触れるほど近くなって、殿下の茶色い瞳がまっすぐに自分をとらえている。

 今からでも、冗談で誤魔化せる。肩に置いた手にちょっと力を込めれば、きっとそれは伝わるはずで。

 指先が震える。迷っているのが、きっと伝わっている。

 でも、動かないで、待っている。

 殿下は、どちらを選んでも許してくれるのだろうけど。

 マルネリッタは震える唇を殿下のそれに重ねた。

 

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