■28話■友人への手紙
「グァルド様っ、貴方、第一王子なんですって!?」
オルディアク殿下とアンスグァルド殿下が話している部屋に、リリティナが飛び込んだ。
「マルネリッタに聞いたわ。ランスオード卿は王弟で、貴方は王子だって!」
殿下二人は顔を見合わせた。
アンスグァルド殿下は、大きく息を吐くと。
「そうだ。それが、どうだと言うんだ?」
「どう、ですって? 決まっているわ、グァルド様、今後は私に近付かないで頂戴」
マルネリッタは頭の中に疑問が飛び交う。
二人は恋人なのよね?
私に近付かないで頂戴、ってことは……別れるってこと? 王子だから? 王子だと普通は喜ぶのでは? 女性は殿下に集まるものだし……。リリティナが庶民だから? そんな考え彼女はしそうにないけど。
「別れる理由として、それは認められない」
「王位を継ぐかも知れない男性と付き合う気はないわ」
びしっとはねつけるように言いきると、リリティナはまた走り出した。ドレスが絡むだろうに、走り慣れているのか彼女のダッシュは早かった。
「待てっ、リリ!」
アンスグァルド殿下も後を追って走り出した。
二人がバタバタと飛び出していき。
それをマルネリッタは茫然と見送った。こんなことになるなんて、どうしよう。感じのいい恋人同士だったのに。
「どうしよう、殿下……私のせいで、リリティナが……」
「マルネリッタのせいではないよ。アンスグァルドが伝えておかなかったのが原因だ」
「でも」
「王位を継ぐかもしれない立場だと、寄ってくる女性も多いが、逃げる女性も多い。僕は兄王とは歳が離れていたから、そんな立場になることはなかったが。アンスグァルドには彼女が逃げる女性だと予想できていた。だから、言えなかったのだろう……」
「リリティナが逃げる女性になるって、どうして?」
「王位を継ぐ者は、場合によっては複数の妻を持つことになる。この国で複数の妻を持てるのは王位を継ぐ者だけ。マルネリッタは、他の妻を迎えるかもしれない男性と結婚したいかい?」
「そりゃ……嫌だけど。でも、他の妻を娶るとは限らないのでしょう?」
「そうだが、他国との関係を築くために婚姻という手段を使わないとは限らない。他の妻を迎えないと誓うことはできないんだ」
「……でも……」
「だから、ナファバルアー家の女性には王子といえば浮気男と同列の最悪な男と認識されている」
「……」
浮気男と同列というのは、あまりに気の毒な。マルネリッタは言葉もない。
しかし、あんなにリリティナを優しく見ていた第一王子でも、妻が一人とは限らなくて。いつ政略的結婚があるかもしれない、そう知ってしまうと。庶民育ちだと王太子妃になるなんて苦労を選ばないのもわかる。
マルネリッタは言葉を詰まらせた。
「リリティナ嬢とはずいぶん仲良くなったようだね」
「ええ。彼女も庶民で。それに大人しい女性ではないの。すごく話しやすい人だったわ……アンスグァルド殿下と別れたら、もう会えないのかしら」
「彼女はナファバルアー家に滞在しているらしい。いきなり訪ねては行けないが、手紙を出してみればいい。彼女なら返事をくれるだろう」
「そうね、そうしてみるわ」
「じゃあ、帰ろうか」
「え? 庭園をまだあまり見てないのに?」
「ここには、リリティナ嬢と会わせるために連れてきたんだ。庭に行けばまた囲まれるだろうから、花を眺めて楽しむのはもう難しいだろう」
「ここへ来たのは、私のため?」
「……最近、マルネリッタは悩んでいる風だったろう? 少しは気分転換になればと思ってね。丁度、リリティナ嬢に王族に近い友人をつくらせたいというアンスグァルドの要請もあったんだ」
「王族に近い友人? それが、私?」
「そうだ。まあ、二人のことは、二人に任せておけばいい。あまり気にする必要はないよ」
「はい」
マルネリッタと殿下はセルテイン屋敷を出て、王宮へと戻った。
部屋に戻るとすぐにマルネリッタは女官セリに手紙の出し方を相談した。
「セリ。今日、リリティナ・ワルガンという女性と知り合ったの。ナファバルアー家に滞在しているらしいのだけれど、今日知り合ったばかりで手紙を出してもおかしくない? 明日とか何日か後にした方がいいのかしら?」
リリティナへすぐに手紙を書こうとしたマルネリッタは、手紙についての決まり事を知らないことに思い至ったのだ。
リリティナは庶民だとしても、滞在先は王家に繋がる貴族家なのだから、貴族的ルールは守らなければ失礼にあたる。
ちょっとしたことで悪い印象を彼女に持ってもらいたくないので慎重にと思ったのだ。
「大丈夫ですよ。お会いしてすぐに手紙を送られる方が先方の印象もよいでしょう」
女官セリはさっそく手紙を書く準備を整えてくれた。そして、女官セリの手紙の書き方指導を受けながら書いていると、書き上がるのが夕刻になってしまった。
「この手紙、明日出してもらえる?」
「はい、お任せください。マルネリッタ様にも、ようやくお友達ができたのですね」
「友達かどうかは……でも、親しくしてもらえたら嬉しいわ。リリティナはとても凛々しい女性なの。背は私と同じように低くて庶民育ちなのに、貴族の女性に一歩も引かずに、逆に煽っているの。本当に凄かったわ」
マルネリッタはキャルフイル嬢と遭遇した時のことを興奮交じりで女官セリに話して聞かせた。
女官セリも話の中のリリティナ嬢の行動には驚いたが、それを語るマルネリッタの瞳がいつになく輝いていることに驚く。
マルネリッタがこんなに嬉しそうに楽しそうにしているとは。
西宮から中宮へ移ってきたマルネリッタに、あの場所での生活とは違うというところを見せて、わかってもらって、快適な生活を提供しようと女官セリは気を配ってきた。
その成果があって、今ではマルネリッタは中宮での暮らしに慣れ、オルディアク殿下との関係も良好になりつつあると感じている。
しかし、このところマルネリッタが何か考え事をして沈んだ顔をすることがあり。その何かがわからず、オルディアク殿下にも報告していたのだが。
マルネリッタはこの王宮で自分の立ち位置がわからず悩んでいたのかもしれないとようやく思い当たった。
庶民という身分を考えればプライドの高い貴族の中では西宮にいるような扱いを受けるのは不思議ではなく。中宮にきて扱いが変わったけれど、それは彼女自身の身分が変わったのではなくて、オルディアク殿下の庇護下にあるため。
女官達が教えるのは貴族娘としての在り方でしかなく、決して貴族娘になることのないマルネリッタには戸惑いがあったのかもしれない。
オルディアク殿下にしても、使用人を除くと接する女性は貴族娘しかいない。マルネリッタに貴族娘としての在り方以外を考えただろうか。
そうした中でマルネリッタは庶民の自分をどうすればいいのか悩んでいたのか。
リリティナ嬢の姿は、庶民でありながら貴族社交場で貴族娘に一歩も引かない、マルネリッタの理想として映ったのだろう。
マルネリッタが友人に宛てた一通の手紙。
手紙を見れば、興奮冷めやらず一生懸命手紙を書いていたマルネリッタの姿に女官セリの顔がほころぶ。
オルディアク殿下もこういう姿を見たいと思っておいでなのだろうに。少しだけ、残念に思いながら。
手紙を手に、女官セリは官吏の元へと足を運んだ。




