■27話■リリティナ
真っ向から相手を煽っているかのような態度のリリティナに、マルネリッタははらはらしていた。
相手は貴族娘だ。本当に実家を害されたりしたら……。
「あの時、あの男が私に手を出そうとしたのは本当よっ。貴女みたいな子供にはわからないでしょうけれどね。私はランスオード卿に望まれている身よ。貴女が余計な事を言わなくても殿下が助けてくださったわ!」
自信満々で殿下の事を口にするキャルフイル嬢に、マルネリッタは怒りが湧く。リリティナへのはらはらも一瞬吹き飛んだ。
「オルディアク殿下は、その時には貴女と知りあってなかったのですけれどね」
マルネリッタはぼそっと呟いた。
オルディアク殿下に望まれているとまだ勘違いしているなんて、信じられない。殿下から人々の前で冷たい対応を受けたというのに、まだ目を覚まさないとは。なんて勝手な。
あの時、彼女を気の毒だと思ったことをマルネリッタは後悔した。
「何ですって!? 貴女に何がわかるというの? ランスオード卿と私は」
「見苦しいわね、キャルフイル嬢。貴女は本当にランスオード卿とお知り合いになったのかしら? この前、貴女がランスオード卿と間違えて呼んだ人は金髪でちっとも似てなかったじゃない。暗闇でランスオード卿の名を騙る男性に騙されたのではなくて?」
「騙した、騙されたと……貴女達は本当に失礼ね! 私を怒らせたことを後悔させてあげるわ」
「あらそう、キャルフイル嬢? どうやって後悔させてくれるのかしら? 楽しみだわ。先に忠告しておくけれど、うちはナファバルアー家の保護下にあるの。うちに手を出すときは、お気をつけあそばせ。ナファバルアー家の報復にあなたの家は耐えられるかしら? それから、マルネリッタに手を出すと、ランスオード卿を本気で怒らせるでしょうね」
高らかに宣言するリリティナをキャルフイル嬢は歯軋りするように睨みつけている。
体格は小さいのに、せせら笑うリリティナの姿は盛大に意地悪そうだ。
「さあ、行きましょ、マルネリッタ」
「え……ええ」
マルネリッタは睨まれながらリリティナとその場にキャルフイル嬢を残して立ち去った。
「リリティナ、大丈夫なの?」
「貴族家の娘だからって、脅してくるなんて馬鹿よね。私の姿を見ればナファバルアー家の血族とわかりそうなものなのに」
「本当にナファバルアー家が助けてくださるの? 勝手に名前を出して、リリティナが咎められるのではないの?」
農園の娘が、後ろに貴族家がついているだなんて。そう不安がるマルネリッタにリリティナが語ってくれた。
ナファバルアー家は貴族家だけど、非常に特殊な家だという。貴族家では、通常子供は一人か二人しか生まれない。しかも、家を保たせるために無理やり作ることもあり、女当主ならまだしも男当主の場合はどこの種の子かわからないことも茶飯事だという。そんなだから、身内の数も少なく家族の結束力もない。
ところがナファバルアー家は多産女系であり、代々五~六人の子供が生まれる。その大半が女子。妊娠抑制薬を飲まなければ何人産むかわからないくらい子供には恵まれる国内では非常に珍しい家系。その子達も大概が多産で、血が遠くなると出産人数は減るらしいが、それでも一般の家庭よりは多い。増加する一方の家系で、しかも血族同士で助け合う気質を持ち、その結束は固い。
事業を起こすにしても農地を開拓するにしても他の血族から援助の手があるのは大きく、成功している者は多いらしい。その成功者は血族としてナファバルアー家を中心に結束するため、国内への影響力は貴族家の特権をはるかにしのぐ。
そんなナファバルアー家を王家が大事にしないはずがない。王家の血筋でもあるナファバルアー家は、貴族の家格とは別次元の存在なのだという。
マルネリッタは家格を覚えてはいても、そんな事情までは知らなかったのでリリティナの話を驚きながら聞いていた。
だとしても、リリティナは庶民の娘のはず。貴族娘に対して卑屈さを感じさせず、対等に渡り合えるとは。
殿下二人に対する態度を思えば、彼女など大したことではないのだろうか。
「大体、貴族家の人と私達の差は特権を持つか否かだけよ。その特権を持つ家に生まれただけの娘が私を見下すなんて、不愉快だわ」
「……そ、そう……」
見事な態度だ。
貴族の娘と庶民の娘は変わらないと胸をはって言い切る姿に、マルネリッタは感嘆の息を漏らした。
マルネリッタには、やはり庶民の自分を劣る存在と考えてしまう意識は根強い。同じ庶民でありながら強いリリティナの態度はかっこよく、憧れる。
マルネリッタがもたもたと考え事をしていると、リリティナが顔をしかめて尋ねてきた。
「ねぇ、マルネリッタ。さっき、ランスオード卿を殿下と呼んでいたけど、彼は王族なの?」
「そう。王弟オルディアク殿下よ。知らなかったの?」
リリティナは驚いているが、そんな彼女にマルネリッタの方が驚く。
そんな事は、よく知っているのかと思っていた。リリティナは第一王子の恋人なのだから。
「じゃあ……ランスオード卿を叔父上と呼ぶグァルド様は……何? おかしいとは思っていたけど、彼はいつも家名を名乗らないから。グァルド様は、ただの王族の血を引く男性では、ないの?」
「……第一王子だって……聞いたわ」
リリティナの顔が強張っていく。二人が王族だと、知らなかった? だから、あんな態度だった?
マルネリッタは余計な事を言ってしまったのではないだろうかと思い至る。
そういえば、キャルフイル嬢はオルディアク殿下と間違えて第一王子に迫ったはず。だが、第一王子だと気付いてはいないようだった。貴族娘にすればとるに足らない男だと、キャルフイル嬢もリリティナも思っていたようで。
第一王子は、顔を知られていない? オルディアク殿下でもあんな状況になるのだから、第一王子は人々には知られないようにしている?
どうしよう。
マルネリッタが必死で考えていると、リリティナがいきなり走り出した。来た方へ向かって。
「待って、リリティナ!」




