■25話■キュレットの花を愛でる集い
午後、マルネリッタは殿下とともにセルテイン卿の屋敷を訪れていた。
今日はこの屋敷で『キュレットの花を愛でる集い』が開かれている。
屋敷の庭に殿下と二人で足を踏み入れると、そこには白い石敷きの小道と腰丈以下の木々を整然と並べた中に赤や橙色の大きな花が咲き誇っていた。一種類の花だけを愛でるための庭だった。
殿下とともに参加する社交行事は夜ばかりで、午後の催しに参加するのはこれがはじめてのこと。
昼間の殿下は、夜に出掛けるのと違って見える気がしてマルネリッタの気分は馬車に乗っている時からそわそわと落ち着かないでいた。部屋で並んで座っているより、馬車の中は狭くて、殿下が近く見える。
こんなに手が大きかったかなとか、殿下の顔って綺麗とか。あちこち、気になって、マルネリッタの挙動はコミカルどころではない。
そんな昂った状態だったから、見事な花々の庭を目にしたマルネリッタは興奮に息を飲んだ。
「凄いですね……こんなに、たくさん……。こんなにキュレットが咲いているのをみたのははじめてです」
庭園の小道を歩きながら、マルネリッタは感嘆の声を漏らし、忙しなく庭園に視線を巡らせる。
キュレットの花はとても大ぶりなので豪華で華やかだ。それだけに貴族達に人気な花であり、売るための花で野に見る花ではない。
マルネリッタはこんなに大量に鮮やかに咲いているのを見たことがなかった。
「さすがにセルテイン卿ご自慢の庭だ。見事だな」
マルネリッタがちらりと隣を見上げると、殿下は穏やかな表情で庭園を眺めていた。
感心しているようだがその表情に驚きは少ない。それがマルネリッタには物足りなかった。
何だかすっごく綺麗だと感動したいのに、ふうんと隣ですましていられると気がそがれるというか、もう一つ感情が盛り下がるような気がしたのだ。
「殿下は何度も見ているかもしれませんが、こんな光景めったに見れるものではないんですよ? すごいと思いませんか?」
「そうだね。すごいと思うよ」
「ちっとも凄いと思ってない口ぶりですね。そう思ってないなら思ってないって言ってくださって結構ですよ?」
「すごいと思っているよ。マルネリッタは何を怒っているんだい?」
「怒ってません。ただ、殿下の言い方だと全然感情がこもってなくて、話をあわせてくれてるだけみたいです。すっごく綺麗なのに!」
「舞台俳優のように僕が『すっごく綺麗だね、マルネリッタ!』と両手を広げて言う姿を想像してごらん。馬鹿みたいだと思わないか?」
「……そこまで大げさじゃなくて、ですね……もう少し、こう、感情表現してくださっても……」
ごにょごにょとマルネリッタは語尾を濁す。
三十手前の大人の男性が大げさに驚く姿は、確かに変かもしれないと思う。それでも、もう少し一緒に驚いて欲しかったのにと不満は残る。
マルネリッタがむうっと顔を崩して小道を歩いていると、次第に人々が殿下の存在に気づいたらしく、あちこちから人々がこちらへ向かって歩いてくるのが見えた。
マルネリッタはせっかく綺麗な庭なのにゆっくり鑑賞できる時間はもう終わりかと残念に思う。
その歩み寄ってくる人々の顔ぶれの中に、ぽつぽつと見知った顔を見つけた。ユリーシア・アルポッツ嬢、フォアリー・ジュークイット嬢、それに、アミリアナ・キャルフイル嬢までいる。
殿下に脈がないのはわかっているだろうに、その情熱にはほとほと感心する。まだ彼女達に対したわけでもないのに、マルネリッタはどっと疲れた。
そうした庭園内の人々の動きを眺めていると、小道にとても背の低い茶髪の女性を連れた男女を見つけた。
その身長差はおそらく自分と殿下くらい。昼間の催しなので娘を連れて来ていてもおかしくはないのだけれど、あの女性はおそらく子供ではない。成人した女性だ。
自分と同じ、背が低くて頭でっかちな体型の女性。茶髪ということは、王族の血を引く人……。
「殿下、あの二人を知っていますか? 右手に、背の低い、茶色い髪の女性を連れている、あの二人です。茶髪だと、王族の血を引いているのですよね?」
「王族の血を引いていても遠い血縁者なら知らない人も多いが……あぁ、あれなら知り合いだ。前に話しただろう、甥とその恋人だよ」
甥というと、招待状を勝手に使っていた第一王子。
マルネリッタは二人を凝視した。
あちらの男性も気付いたらしく、こちらへ視線を投げてきた。そして男性が手で何やら合図を送ってきているのだが、マルネリッタには全く理解できない。
首を捻っていると。
「マルネリッタ、移動するよ」
男性は殿下とやり取りをしていたらしい。二人は知り合いなのだから、それは当然だがさっきはてっきり自分に合図を寄こしているのかと思ってしまった。
間違えて恥ずかしいと思っている間に、マルネリッタは殿下に手を引かれて小道を足早に移動させられた。
すれ違うお嬢様達の視線は案外気にならなかった。
彼女達も、急いでいるらしい殿下には一言挨拶するのが精一杯だ。
マルネリッタも慌てたふりをして彼女達に笑み一つで流した。ずいぶんと慣れてきたものだと思いながら。
横からすっと足元に伸びてきたお嬢様の意地悪な足は、当然、勢い踏みつけておく。
殿下の歩幅に合わせて急いでいるのだからして、邪魔する方が悪い。避けるより踏んでおくのが妥当な処置だろう。
「痛っ」
と、すれ違った後の背中に聞こえる。
その声にはクスッと笑えてしまい、意地悪な自分がちょっと快感だった。
背中に送られているだろう憎々しい視線には肩をすくめて答えておく。
マルネリッタは足取り軽く殿下の横を小走りで付いていった。
遠くに見える茶髪の小さな女性は、きょとんとした顔でこちらを見ていた。距離が遠いというのもあっただろうけれど、冷たい視線を投げてくることはなく、殿下に興味もなさそうで。
第一王子の恋人なのだから、殿下に興味がないのは当然だろう。けれど。
でも、彼女は今まで会った貴族娘とは違う。そんな気がした。




