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■24話■殿下の心配

 

 社交場から王宮の中宮へマルネリッタを送り届け、王宮から自邸へ戻ろうとしていると、オルディアクは女官セリに話しかけられた。


「時々、マルネリッタ様の沈んだ表情で思い悩む様子が見受けられます。何かお悩みがあるのではないかと思うのですが。何か心当たりはないでしょうか?」

「いや、心当たりは、ない。マルネリッタは社交場にも頑張って馴染んでいるようだが……今度、彼女の様子を注意して見てみよう」

「お願いいたします」


 心配そうな表情のまま女官セリは頭を下げた。

 さっきまで一緒にいたマルネリッタに今すぐ尋ねたい衝動にかられたが、もう夜も遅く、彼女は疲れているはず。

 オルディアクは後ろ髪を引かれる思いで王宮を後にした。



 マルネリッタを中宮へ移してからは、自分の居住空間であるということもあり頻繁に彼女の顔を見に出向くようにしていた。

 時間の合い間に顔を見ることは、中宮の様子をうかがうのに丁度いいと考えてのことだ。訪れが前もってわかっていると、それにあわせて準備してしまうため、本当の様子が隠されてしまう可能性がある。

 だが、いつ訪れるかわからないとなれば、女官達がマルネリッタの世話に手を抜くこともないだろうし、何かあれば知ることができるだろう。

 目の届く中宮の邸でそんな行いはないだろうと思うが、そうした判断の甘さが西宮の状況を招いたのだ。

 二度と同じ失敗を繰り返してはならない。

 だが、突然の訪問は女性にとって都合の悪いことの方が多い。マルネリッタの様子を知るには良かったが、彼女自身がどう思っているのかが心配だった。嫌そうな様子を見せれば、彼女に会うのは時間を決めて、そう思っていたのだが。

 当のマルネリッタは嫌そうな素振りは全く見せなかった。

 本宮の部屋で会っていた時は、口数も少なく表情も暗く大人しかったのだが。ここへ来てからの表情はどんどん柔らかく明るくなっていった。

 今では楽しそうに微笑んでいることの方が多く、暗く固い表情を見せることはない。

 貴族娘達との歓談の頃は、どれほど窮屈な追い詰められた思いをしていたのかと、この落差からも知れる。

 女官セリだけでなく、他の女官達にもマルネリッタの評判はいい。素直に物事を吸収していく姿勢と明るい態度のため、教えてと言われるとついつい時間を忘れて相手をしてしまうのだとか。

 それは、わかる気がした。

 ダンスの練習につきあって欲しいとはじめて頼みごとをされ嬉しくて無理に時間を作ってしまったのだから。

 マルネリッタのダンス練習につきあったものの、上手く教えられるはずもなく。彼女は時々頬をふくらまして不満そうな顔をしていた。それがまた可愛いい姿だったのだが。

 楽しい時間はあっという間に過ぎた。

 また時間ができたら一緒に練習してください。少し前には殿下は教えるのが下手だと不満気だったのに、そう恥ずかしそうに頼んでくるものだから、ニヤニヤと頬が緩んでしまった。

 すぐにでも時間を作ってやりたいと思った。もちろん、そんなに簡単に時間は捻出できないのだが。


 昼間に顔を出せば明るく朗らかな様子を目にし、夜パーティへ出席する時には精いっぱい背伸びした姿を見せてくれる。

 貴族の者達の前でも、はじめこそ戸惑っていたが順応性は高いようで彼女に委縮した様子はない。社交場での態度は、回を追うごとに落ち着き逞しくなっていくようだ。

 初回は、社交場では身分柄人々の注目を浴びるため、そんな場所に不慣れな彼女を連れて行くなどと言うべきではなかったと後悔したが。

 彼女は前を向いていた。

 女官達の教えを発揮し、失敗した時にはしょげた様子を見せるが、立ち直りは早い。

 おかげで、悪い噂はなりを潜め、堂々とした彼女の姿は常に自分の横にあるものと社交界で認知されつつある。


 そうした順調な日々だと思っていた矢先に、先程の女官セリの言葉だ。マルネリッタが何かに思い悩んでいる様子があると。

 オルディアクが彼女にそんな様子を感じたことはなかった。

 だが、そばで見ている女官が言うのだから、間違いはないはずだ。前回のように見逃してはならない。

 何か足りないものがあるのだろうか。不満があるのだろうか。

 王宮の生活に疲れたのだろうか。嫌気がさしてきたのだろうか。郷里が恋しくなったのだろうか。

 マルネリッタとはずいぶん親しくなれたと思っていたが、まだ相談できるほどの存在ではないらしい。

 身分の差というのは払拭できつつあると思えるのだが、歳の差は縮まることはない。自分にはわからないが、彼女からすれば自分はずいぶんと年上の大人にみえるのだろう。彼女に近いものではなく。

 それは事実であり落胆する必要などどこにもないはずなのだが。

 オルディアクは溜め息をついた。奥底に沈んだ複雑な思いを、誤魔化すように。




 翌朝、オルディアクの元に一通の手紙が届けられた。

 それは甥からで、自分の恋人とマルネリッタを会わせたいというものだった。

 甥は恋人には近寄らせまいとしていたというのに、突然の申し出に戸惑う。

 甥の恋人にちょっかいを出そうと思ったことはなく、近付こうとした素振りをみせたことなど全くないのだが、甥は警戒していた。

 まあ、男というだけで恋人に接触させたくないのはわかるので、見て見ないふりをしていたのだが。

 一体どういう風の吹きまわしか。


 甥の恋人とはいえ下手な女性をマルネリッタに近付けたくはないが、彼女はマルネリッタと同じく庶民であり貴族の娘ではない。

 以前、貴族の娘達を友人候補にと勧めたのは失敗だったが、マルネリッタに歳の近い友人ができればとは今でも考えている。

 甥の恋人なら、年齢や境遇は丁度よいのだが、それはまた押し付けになるのではないか。また悩ませることになりはしないか。

 そんな不安もあったが、マルネリッタが思い悩んでいる様子だという女官の言葉も気になる。

 少しでも彼女の気分転換になればと、オルディアクは甥に宛てて承諾の返事を送った。

 

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