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■23話■ソルテーユ屋敷からの帰り道

 

 踊り終えたマルネリッタと殿下は、踊っていた人々が様々に動き始める間をぬって、広間を去った。

 王宮へと戻る馬車に乗り込むと、マルネリッタの緊張の糸は緩んだ。ふうっと息を吐く。


「助かったよ、マルネリッタ」


 隣に座る殿下もやや力の抜けた様子で背中を座席に預けて揺られながら、マルネリッタに声をかけた。


「殿下は……キャルフイル嬢のこと、本当にご存知なかったのですか?」

「ああ、知らなかった。だが、彼女が間違えているらしいということは、知っていた」

「間違えている? 何を、ですか?」

「実は、僕の名前を騙る男があちこちの夜会に出没しているのではないかと推測している。僕が若い女性を弄んでいるという噂がいつまでも消えないのはそのせいかもしれないとね。彼女がその男に会ったか、会ったという事が嘘なのか、判断できなかったが」

「殿下の名前を騙ったら、すぐにわかるんじゃありませんか? 顔も声も違うでしょう?」

「顔もあまりわからないほど暗闇で会えば、どうかな。王弟の名を告げれば、そう不審な態度はとれないのではないか?」

「……」


 顔もわからないほど暗闇って……。マルネリッタが戸惑っていると、殿下は意外なことを話しはじめた。

 数日前、殿下の甥が殿下宛に届いた招待状を持ってニューロース屋敷の夜会に顔を出した時のこと。甥をオルディアク殿下だと思い込んだキャルフイル嬢は、甥の後を追って人気のないテラスへついてきた。親しげに近づいてくる女性に、当然、甥は見覚えがない。甥のそっけない対応に腹を立てたキャルフイル嬢は、甥をつまり殿下を女性に乱暴を働く悪者に仕立て上げ、騒ぎを起こした。夜会に招かれた客が騒ぎに集まってくる中で彼女が甥をランスオード卿と呼んで迫ったため、甥はきっぱり否定した。自分はランスオードではないし、彼女に乱暴を働いてもいないと。

 甥は騒ぎの中、逃げるように立ち去った。その後、甥はキャルフイル嬢を知っているかと尋ねてきた。彼女が美人だとの評判は知っていたものの会ったことはないと答え。二人で話した結果。

 ランスオードが若い娘を弄んでいるという最近の噂も、実は誰かが名を騙っているためではないのかとの結論に達したという。

 

「キャルフイル嬢は、誰かに騙されて? 殿下の甥って方が騙っているのではなくて、ですか?」

「甥はそんなことしないよ。まあ、甥が僕への招待状を勝手に使って代わりの身内として出席していたのを、利用されたのだとは思う。主催者への挨拶もせず、屋敷の庭園を見るためだけに出掛けていたようだから」

「なんて勝手な! 招待を受けたのに、主催者へ挨拶もしないなんて」

「仕方ないんだよ。第一王子が出席したなどと告げられれば、会場に来ている客達に囲まれて身動きできなくなる」


 甥……って、第一王子でしたか。

 マルネリッタは、成る程、と納得した。王弟殿下ですらさっきのような人集りとなるのだ。

 第一王子、将来は王位を継ぐかもしれない人の登場ともなれば、今日どころの人だかりではすまないのだろう。

 

「キャルフイル嬢が作り話をしている事も考えた。甥の騒ぎの後、キャルフイル嬢と僕がひそかに会っているという噂が広められたようだったのでね。だが、作り話なら、今夜のような行動は起こさないだろう」

 

 殿下は重い溜め息をついた。

 やはり女性一人に恥をかかせることになってしまったあの場面は、殿下にとっても気の鬱ぐ場面だったのだろう。


「殿下……」

「マルネリッタと社交場に出席していれば、彼女も下手な行動は起こさず、事態は終息するかと思っていたんだが」

「間違える女性の方がおかしいんです! そう名乗ったからって殿下と他の人を間違えるなんて。声も顔も違うはずでしょう? それなのに、気づきもしないなんて。殿下に失礼だわ」

「……よくある顔だからね」

「そんなことないわ。殿下の顔は綺麗だもの。他の男性と一緒にするなんてっ」

「……」

「何ですか?」

「いや……マルネリッタは、子供の頃もよく僕の顔を綺麗だと言っていたなと。マルネリッタの綺麗の基準はよくわからないな」

「嫌だわ、殿下。さっき、あれだけ女性に囲まれておいて、美人ばかりが寄ってきていたのに、何を寝ぼけたことを言っているの?」

「あれは、王弟だからだろう?」

「もちろんそうですね」

「……」

「殿下?」

「……いや……」

「今回の騒ぎで、殿下の悪い噂はなくなりそうですか?」

「どうだろう。しばらく様子を見ないと、何とも言えない」

「殿下の甥の王子を大人しくさせた方がいいんじゃありませんか? 招待状を勝手に使わないように」

「それは可哀想だよ。せっかく可愛い恋人ができて浮かれている時だ。こっそりデートするのが楽しいらしい。今、邪魔をするのは……」

「いい叔父さんしてるんですね」

「……それは、喜んでいい言葉なのか?」

「ええ、もちろん」

「マルネリッタの言葉は、時々、よくわからない」

「王族と庶民ですから。当然です」

「……それとは違う気がするよ」

「じゃあ、世代の違い?」

「違うだろう」

「そんなに変な顔で見ないでください。そんなにおかしいですか、世代の違い?」

「……別に」


 殿下はなんだか腑に落ちない表情で黙り込んだ。歳の差のことをいうとどうも気に入らないらしい。子供に見られるより大人に見られる方がいいと思うのに。

 マルネリッタは座りなおしながら視線を外へと流した。

 さっきの話で社交場に殿下が女性を伴って出席することに意味があるんだと理解したけれど。本当に、こうして自分が一緒にいるのは仕事なんだなと、少し寂しく感じた。

 殿下が一緒に出席する女性は、自分でなくてもよかった。殿下に結婚を迫らない女性なら誰でもよくて、たまたま仕事が欲しいと言った自分に回ってきた役割。

 仕事が欲しいと主張して無理に作ってもらった事なのに、仕事なのが嫌だと思うなんて馬鹿げている。そんなことわかっているのに、わかりたくなかった。

 あの華やかな場所に、自分だから連れていきたいと思ってもらいたいなんて。無謀な事を、我儘な事を、考えてしまう。

 そんな風に欲張ってしまう理由は。

 夜会で他の人には固い表情の殿下が、自分にだけ柔らかい笑みを向けてくれるとか。ダンスを踊っている時には、すごく楽しそうに笑ってくれるとか。殿下が以前より会話してくれて、最近は話も弾んでいるとか。

 そんな色々な理由が積み重なって。

 自分は殿下の特別な存在なんじゃないかと思ってしまう時がある。むしろ、そう思わない時が、あるのだろうか。

 殿下の妹のような者だから、特別な存在には違いないのだけれど。

 それでも、結局、自分は田舎の小領主の孫で今はただの街娘でしかないのだ。

 殿下は自分とは違う世界の人で、たまたま構ってくれているだけ。自分はいずれ元の生活に戻る日がくる。

 そう言い聞かせても。

 王宮での毎日にはすっかり馴染んでいて。もっと殿下が会いに来てくれればいいのにとか思って。殿下が会いに来た時に、少しでも可愛いと思ってくれないかなと思ったり。そんな時間が過ぎていく。考えたくないことを頭の隅に追いやって。

 でも。貴族娘もどきを演じる自分は、他人からどう見えているのか。殿下の目にはどう映っているのか。以前のように女官達に嗤われることがない今、時折不安がどっと押し寄せてくる。

 これでいいのだろうか。本当は今の姿や振る舞いはみっともないものなのではないか、と。

 漠然とした不安の奥は、はっきりとはつかめない。

 なぜこんなに不安なのだろう。快適に暮らしているというのに。

 マルネリッタは馬車の小窓から暗い夜道に浮かぶ点々とした灯りを眺めていた。


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