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■21話■はじめてのダンス

 

 殿下が、社交場が苦手な理由はわかったけれど。それなら。さっき耳にした殿下の噂もあらぬものなのだろうか。

 マルネリッタは殿下に尋ねた。


「殿下。私、さっき殿下が踊っている間に、客が話しているのを聞いたんです。殿下が何人もの女性を弄んでいるって」

「……そう」

「殿下は噂を否定しないんですか?」

「僕の前で話してくれれば否定できるが、いないところの話ではどうにもならない。噂とはそういうものだ」


 殿下は疲れた表情で苦笑した。

 そんな嫌いな社交場も殿下には仕事や身分から顔を出す必要があって。肉食獣な貴族娘達から逃れる隠れ蓑として自分は殿下の隣を死守しなければならない。

 それなのに、さっきはうっかり手を放してしまった。あんなことでは、駄目だ。

 我儘に見えようがどう見られようが、自分と一緒ならパーティに参加できると安心してもらえるようにならなくては。

 マルネリッタは仕事に対する甘さを認め、気を引き締めた。


「わかりました。これからはしっかり殿下の隣にいます。他の人には譲りませんから安心してください」

「頼むよ。では、少し踊って見せてから帰るとしよう」

「は……」


 はい、と言おうとして、マルネリッタは言葉を詰まらせた。

 殿下はとても優雅に流れるように踊っていたのに、自分のギクシャクしたダンスでは申し訳なく思ったのだ。


「踊る……ん、です、ね……」

「練習して、踊れるようになったのだろう?」

「そうなんですが……まだ間違わないのが精一杯で……。殿下は注目されてしまうのに……。私と踊ると、殿下が恥ずかしい思いをするかもしれませんよ?」

「ダンスは楽しく身体を動かせればいいんだよ。いきなり上手に踊らなくても構わない。マルネリッタが練習した成果を見たいな」

「はい」

「いつかマルネリッタがダンスをするようになれば、一番最初に踊る役は絶対に僕が、と思っていたが。本当にそんな日がくるとはね」


 はっと見上げると、殿下が穏やかな表情で見下ろしていた。

 十年前にそんな事を思ったと、殿下の小さな呟き。

 軽い口調だったけれど、マルネリッタは胸が熱くなった。

 自分が忘れていることを、殿下は覚えているわけで。十年前のことを、忘れないでいる。

 殿下が子供の頃の自分を覚えているということが、マルネリッタには無性に恥ずかしく思えた。

 少しは成長して見えているだろうか。心配のされ方や、自分の態度を振り返っても、あまり期待はできそうにない。

 これからは大人の女性としてしっかりしているところを見せなくては。

 まずは殿下からもらった殿下を守るお仕事を立派にこなそう。そのためにも、下手でも間違えても殿下と踊って見せよう。

 踊っている間は、殿下に他の女性が寄ってこないのだから。


「さあ、行きましょう」


 マルネリッタは殿下の腕を取り、急かした。戸の向こうでは次の音楽がはじまっていたからだ。広間へと戻ると、二人で踊りの中に混じる。

 その踊っている間中、殿下は満面の笑みでマルネリッタを見下ろしていた。

 下手な動きのマルネリッタをカバーするよう滑らかにサポートしながら優美にマルネリッタを躍らせる。殿下はとても上手い。

 楽しくて仕方ないといった殿下の様子は、間近で見るマルネリッタでなくとも、誰にでもわかるほどだったろう。

 そんなキラキラした顔を向けられると緊張するんですがと文句を言いたいマルネリッタだったが、間違えないようにすることに一杯で言葉にはならない。

 踊りながら会話など、マルネリッタにはまだ無理で。しかも周囲の視線は恐ろしいほど二人に向けられている。皆、驚いた表情で二人を見ているのだ。

 殿下と夫人の踊る姿を見ていた時の様子とは違う。

 それが何を意味しているのかが気になって、時々マルネリッタの注意がそれそうになる。そうなると足がもつれそうになった。音楽に集中しなければと意識を戻す。

 マルネリッタがそうこうしている間に曲が終わり、何とかダンスをこなし終えることができたことにほっとする。

 そうして気を緩めて休もうとしたところ、殿下がぐいっとマルネリッタの腕を引いた。ダンスを終えた人々で混雑する中、マルネリッタは殿下と慌ただしく屋敷を後にした。意味のわからない視線に見送られながら。




 馬車が走り出してからもどうしても人々の視線の意味が気になって、マルネリッタは殿下に尋ねた。


「殿下。どうして、皆、驚いていたのでしょうか? 私の踊り、変でしたか?」

「マルネリッタの可愛い姿に驚いたのだろう。僕も驚いたからね。いや、本当にかわいかったよ。ひょこひょこ飛び跳ねて踊る姿が」


 可愛いというだけにしてくれればよかったのに、ひょこひょこ……。

 マルネリッタは不満な気持ちで殿下の言葉を聞いていた。

 どうやら踊り方が変だったらしい。

 背が低いため殿下の歩幅に合わせようとすると跳ぶようなステップになるのは仕方ないんです、と主張したかったが。

 上機嫌な殿下の手前、雰囲気を悪くしそうな主張は黙って胸にしまった。


「殿下はオルディアク殿下ではなく、ランスオード卿と呼ばれるのですね」

「家名で呼ぶのが貴族だからね。僕は家名を持った時に王族ではなく貴族になった。王宮では王族と変わりなく遇されてはいるが。公式の場ではランスオードと呼ばれる」

「私も、今日のようなパーティではランスオード卿とお呼びした方がいいですよね?」

「その必要はない。呼び方を変えるなら、僕がマルネリッタと呼ぶように、オルディアクと呼ばないか?」


 殿下は明るい声でマルネリッタに答える。こんなに上機嫌なのははじめてで嬉しい。

 けれど、呼び捨てになんてマルネリッタに出来るはずがない。


「オルディアク殿下は殿下です。呼び捨てになんてできません」

「名前で呼んでくれないか? 昔みたいにダックでもいい」

「できません。殿下がお嫌なら、お兄様とか、おじ様はどうですか?」

「おじ様?……お兄様はまだしも、おじ様?」

「…………どちらも、冗談ですよ?」

「冗談でも……おじ様?…………あんまりだ」


 十歳年上だから、お兄様よりおじ様かなと単純に思っただけだったのだけれど。殿下には、思いの外ダメージが大きかったらしい。

 呼び捨てになんてできないのにと反撃してみただけ。笑って、それはおかしいと返して欲しかったのだが。


「殿下はダンスがお上手なんですね」

「そう? 僕はマルネリッタよりずいぶんと年齢が上だからね」


 微妙に拗ねているのか殿下の言葉がやや尖っている。年上扱いは、とても嬉しくないことなのだろう。でも、そんなことを気にする殿下の姿に、ちょっと頬が緩む。

 マルネリッタは笑みを殺しながら殿下にお願いを伝えてみた。


「殿下のダンス、綺麗でした、すごく。あの……もし殿下に時間があれば、私の練習に付き合って下さいませんか?」

「いいよ。今度、まとまった時間を取らせるように伝えておく」

「ありがとうございます。時間があったらでいいですからね? 無理はしないでくださいね?」

「明後日には山場を越える。そうすれば、時間が出来るはずだ。一緒に練習しよう」

「はいっ」


 殿下の機嫌がなおったことと殿下がダンスの練習に付き合ってくれるということに嬉しくて気合の入った返事を返してしまった。

 マルネリッタは恥ずかしかったけれど、殿下が笑ってくれたので、まあいいかと思った。

 

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