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■19話■初パーティ参加

 

 マルネリッタは生活が変わると思っていた。が、特にどうという変化はなかった。

 期待外れで気が抜けるくらい、それまでと同じような日が続いていく。

 ダンスや社交術などの勉強に一日の時間のほとんどが費やされ、殿下が少しだけ顔を出すという生活だ。

 さすがに翌日は殿下と顔を合わせるのに緊張したマルネリッタだったけれど。その時、殿下には本当に僅かの時間しかなかったらしく、慌ただしくやってきて一言二言言葉を交わしただけ。そんなだったから、直前まで照れてしまって、どんな顔で会えばいいのかとドキドキしたのに。全部、無駄だった。

 あっという間に、去っていった殿下。

 それは、殿下にあたり散らした日以前には、よくあることだった。だから殿下は忙しいんだと思っていたのだけれど。

 抱きしめてくれたのは何だったの?とマルネリッタは恨めしく思う。そのくらい、殿下の態度は変わらなかった。

 固いと思っていた殿下は、よくよく見ると他の人へ向けるのと違う、穏やかな心配そうな表情でいつも見下ろしてくる。その表情の意味が自分にはわかってなかっただけ。何を考えているか分からない、そんな風に思っていて。

 殿下についてはずいぶんと思い違いをしていたことに気付かされる。そして、殿下に対して受け取り方が変わったけれど。変わったのは自分だけで、殿下は少しも変わらない大人な様子なのが、なんだか悔しい。

 殿下にも、変わって欲しいと思う。

 別に抱きしめて欲しいなんていう無茶を言いたいのではなくて、もう少し以前とは違う風に接してくれたら。もう少し、親しげに振舞ってくれたら。

 そんなのは自分の我儘だとはわかっていても、マルネリッタは物足りないと思ってしまうのだった。


 そんな焦れるマルネリッタの元に、殿下から明日の夜のパーティに一緒に行って欲しいと連絡が入った。

 マルネリッタはすぐさま了承の連絡を返した。このために毎日を積み重ねてきたのだ。いよいよ勉強の成果を発揮し、仕事を果たすことができる。

 マルネリッタは張り切って準備にとりかかった。衣装選びからセンスを問われるのだ。

 パーティ会場では何とかなるだろう程度には到達できていることは女官セリに確認済みだ。

 もちろん、完璧に、ではない。笑顔の沈黙という武器を乱用する可能性は大だとしても、度胸があれば乗り切れるレベルらしい。

 王宮の中にいるだけだったけれど、やっと存在が認めてもらえる。マルネリッタにはそんな思いがあった。

 殿下に無理やり作ってもらった当面の仕事でしかないけれど、それでも自分を発揮できる場があるのは嬉しい。

 貴族のパーティなんて場は、少し前なら絶対に行きたくないと思う場所だというのに、今は違う。

 習得した内容をどれだけものにできているのか。ドキドキする。

 失敗するかもしれないし、間違うかもしれない。

 それでも恐いというより嫌だというよりワクワクする気持ちの方が大きい。

 立派にこなせる姿を、殿下に見てもらいたい。自分にも仕事ができることを。子供じゃないんだということを知って欲しい。

 マルネリッタが悩みながら衣装を選ぶのを、女官セリは頬笑みながら見守っていた。




 その翌日の夜。

 迎えに来たオルディアク殿下に、マルネリッタは意気揚々と挨拶をして見せた。

 殿下は彼女の気取った様子に笑みを浮かべ、マルネリッタの手を取ると馬車へ促す。

 マルネリッタは高揚した気分で足を踏み出した。


 今夜はバースター卿の屋敷で開かれるパーティに参加することになっている。

 馬車の中で殿下がバースター卿について説明してくれ、マルネリッタは真剣に耳を傾けた。

 主催者やパーティの目的のことを把握しておかなければ、ちょっとした会話もできないのだ。

 殿下の話では、バースター卿は最近の仕事関係で付き合いができた方らしく、再三にわたって卿の主催する催しに誘われていたものの、参加したことはなかったという。

 殿下は華やかな社交行事は好きではないようで、あまり参加しないらしい。

 今も殿下の表情は固く、馬車内の雰囲気はやや堅苦しい。その殿下の横にいるのだから、マルネリッタも緊張してしまう。

 その緊張を感じとったのか、殿下がマルネリッタに話かけてきた。


「マルネリッタ……顔色がよくないようだが、大丈夫かい?」

「大丈夫です。ただ、まだダンスが下手なので……」

「ああ、踊れるだけでいい。一曲踊っておけば、それ以上長く滞在する必要はないのだからね。だが、絶対に僕の隣にいるんだ。離れるんじゃないよ。いいね?」

「はい」


 かなり強く念を押す殿下は、マルネリッタが迷子になっては困るとでも思っているらしい。

 子供じゃないんだけどと不満に思いながらも、マルネリッタの身体からは程よく硬直が解ける。

 気合が入り過ぎてか、全身に力が入っていたらしい。

 殿下は心配なのか固い表情のままだが、馬車が進むにつれマルネリッタは落ちついていく。

 殿下がいるのだから大丈夫。オルディアク殿下の側にいれば。

 馬車は夜の王都の大通りを駆けていく。


 ほどなくして馬車の動きが止まった。バースター卿の屋敷に到着したのだ。

 これから殿下の連れとして貴族の屋敷へ、貴族達の中へ足を踏み入れる。庶民の身分では招かれることのない世界へ。

 マルネリッタは隣に座る人を見上げた。

 自分の失敗が殿下に響くのだから恥をかかせないようにしなければと思っていたのも、王宮を出るまでのこと。

 隣にいるのは王弟殿下なのだ。

 自分の失敗など彼にどんな影響も与えないだろう。そう思うと気が楽になった。

 そして、緊張しない一番の原因は殿下の固さにある。馬車を降りる段になって、殿下はより嫌そうに表情を歪めていた。

 ここまで殿下が嫌がるパーティとはどんなものなのか、マルネリッタの中に興味が湧いてくる。


「さあ、行こうか」


 溜め息混じりに殿下は馬車を降りた。その表情は固いものの、殿下の動作は滑らかで優美だ。

 屋敷の玄関からの灯りを背中に受け、浮かび上がるその立ち姿にマルネリッタは息を飲んだ。

 殿下が下から、彼女へ向けて手をさし出してくる。優美な姿で。

 せっかく緊張していなかったのに、マルネリッタを、突然、カッと恥ずかしさによる緊張が全身をかけぬける。

 マルネリッタは息を吐くと馬車から身を乗り出し、殿下へと手を差し伸べた。

 そうする間もマルネリッタには殿下の視線が、やけに気になって仕方ない。

 殿下に手を引かれ、馬車を降りると。


「今夜はとても綺麗だ。一緒に来てくれてありがとう、マルネリッタ」


 殿下はマルネリッタの手に軽く唇をつけ、小さく笑った。

 固い表情がふと緩んだ柔らかな微笑み。

 その笑みは不意うちで、ドンッとマルネリッタの胸を突いた。


「オルディアク殿下も、素敵です」


 どぎまぎする自分を誤魔化すように、マルネリッタは喉に力を入れて言葉を返した。

 そうしながら、緊張していることを気付かれないようにと願う。

 願いがかなったのか、殿下はマルネリッタの手を腕にかけると屋敷の玄関扉へと足を踏み出した。

 引かれる手に応じて、殿下の横に並んで歩く。

 殿下がいつもと違って見えるのは夜のせいなのかなと、マルネリッタは殿下の腕に置いた手のひらが汗ばむのを感じていた。

 

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