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■14話■新しい女官

 

 マルネリッタはあたたかな温もりに包まれていた。その中でまどろんでいたいのに、身体は空腹のため目を覚ませと強く要求してくる。

 眠い。お腹がすいた。しかし、気持ちよく眠っていたい。でも、お腹が……。

 葛藤の末、我慢ならなくなり、とうとうマルネリッタは薄っすらと目を開けた。

 身体を柔らかな寝具が包んでいて、王宮の物は何もかもが上質であるとうかがい知れる。ぼんやりとまだ王宮なのかと残念に思う。

 全部夢だったなどと突飛なことにはならないのは当たり前だけれど。そんなことを願ってしまうくらいには、マルネリッタの気分は後ろ向きだった。


 目覚めとともに、次第に意識もはっきりしてくると、昨日のこと、そして朝も気不味くて逃げるように部屋を出たことを思い出してきた。

 昨晩夕食を抜いたからとてもお腹は空いているけれど、女官を呼ぶことを考えると食事をとる気になれなかった。

 女官の勝ち誇った顔を見たくなかったし、すでに世話をする様子すらみせない女官達に朝食を持ってきてとは言いたくなくて。

 庭園へ行けば何かあるかもしれないと出掛けたけれど、整備された庭園に食せるものはなかった。やはり、食材になりそうなものは別の場所で栽培されているらしい。さすがにあの騒ぎの後だけに、庭園で刃物もなく生き物を捕獲してこっそり食するのは難しく。

 食せるものがないと知った時の脱力感は半端ではなかった。木のそばにしゃがみ込んで、もう立ち上がれないと思ったほど。

 その後……。どうしたのだっただろう。

 マルネリッタは周囲を眺めた。

 ここは自分が使用していた部屋とはどうも違うようだった。美しい部屋には違いないのだが、自分が滞在していた部屋はあちこちに青い鳥の絵が書いてあったけれど、ここにはない。

 第一、この部屋は、広い。

 マルネリッタははっと起き上がって、室内を見回した。

 ここは今朝まで自分がいた部屋ではないなら、自分の荷物は、どこに? 自分の全財産は?とマルネリッタが慌てていると。


「マルネリッタ様、お目覚めでございますか? 今、食事を準備いたします。寝台で食事になさいますか? それとも、こちらのテーブルで?」


 年配の女官が落ち着いた声で尋ねてきた。はじめて見る女官だ。

 いつから部屋にいたのだろう。全く気付かなかった。


「私はセリと申します。今日よりマルネリッタ様のお世話をさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」

「よろしく、セリ。食事はそちらのテーブルで食べます」

「承知いたしました」


 女官セリは礼の姿勢をとると、静かに部屋を出ていった。

 とても礼儀正しく、今まで会った女官達とは全然違う。若い女官ではないせいなのか、穏やかな口調や態度に嘲りを感じさせない。

 あの騒ぎのせいで女官が変わったのだろう。自分の身分に合わせて、地位の低い女官に。

 それにしては、静かでその存在を主張しない女官セリのあり方は、いつも王弟殿下の背後に立っている騎士達を思い出させた。

 王都の使いだと迎えに来た騎士達と王弟の背後の騎士達の違い。同じような違いを、前の女官達と女官セリにも感じたような気がした。

 が、そんなのはどうでもいいことだと打ち消し、何にしても、嫌みな女官に頼まなくても食事にありつけそうなのは助かる。そう頭を切り替えた。とても、とても空腹だったので。

 マルネリッタは寝台から降りた。


 部屋の隅に自分のトランクを見つけてほっとする。

 しかし、いつの間に部屋を移動したのだろう。部屋から見える景色も見覚えがないし、部屋も広く、壁や家具などのランクも前より上がっているように感じる。前も今も豪華で違いを口にはできなくて、なんとなくだけれど。

 マルネリッタが部屋の壁を見ながら考えていると、女官セリが戻ってきた。


「マルネリッタ様、オルディアク殿下が食事に同席したいとおっしゃっておられますが、いかがなさいますか?」

「……」


 殿下と一緒に食事?

 マルネリッタは自分の顔から血の気が引いていくのがわかるようだった。

 散々女官達の嗤いものになってはいたけど、殿下の前で、までは……。


「ごめんなさい。食欲なくなったから、食事はいらないわ」


 今更、殿下に食事の仕方がおかしいと嗤われても、構わないはずだけど。それは嫌だと思った。本当に、今更なのに。

 マルネリッタは、そんな自分が格好悪くて、涙が出そうだった。


「殿下にはお断りしておきましょう。ですから、マルネリッタ様はどうかお食事をなさってください。昨夜から何も口にしていないと聞いております。せめて、果物だけでも構いませんので、どうか」


 心配そうな様子で女官セリが食い下がってきた。

 てっきり、殿下と同席させられると思ったのに、断ると言うなんて。そんな事をしていいのだろうか。

 マルネリッタが恐る恐る頷くと、女官セリはテキパキと他の女官に殿下へ断りの伝言を伝えさせる。

 そうしているうちにいい匂いが室内に漂ってきて、マルネリッタのお腹を刺激してきた。隣の部屋に美味しそうな料理が運ばれているらしく、ごくりと喉が鳴る。


「マルネリッタ様、食事の支度が整いました。どうぞこちらへ」


 女官セリがマルネリッタを隣の部屋へ呼んだ。

 そちらの部屋は一層豪華な居間になっており、食事の支度が整えられていた。

 セリはマルネリッタに座るべき椅子の背後に立って示していて、他の女官はまだ次々と皿を運んでくる。

 前の部屋の女官達はこんなことはしなかった。まるで好きな場所にお座りくださいという様子だったのだ。それでいてマルネリッタが座る席を間違えた場合は、そちらでお召し上がりになるのですかとクスクス笑いながら料理を並べなおす。

 どうやら王宮では食べる人の前には何もなく、席に着いてから目の前に皿が置かれるというのが手順らしい。

 料理の皿の前の席に座ったり、遠すぎる席では間違いらしく、最初の二日はそれをよく笑っていた。最近は女官達の並べる料理の皿を見てだいたい当たるようになったので、そんな場面は少なくなっていたが。

 マルネリッタは女官セリの示す椅子に腰を下ろした。すると彼女の前に皿が置かれ、セリが料理の説明だけでなく食べ方についても説明する。食べ方については、そうする理由まで簡単に語ってくれるので覚えやすい。

 なんとスムーズに食べられることか。ただでさえ美味しい料理が、ますます美味しく感じる。王宮へきて一番美味しい食事だった。


「今日の食事は今までで一番美味しかったわ。ありがとう、セリ」

「それは宜しゅうございました。料理人に伝えましょう。とても喜びます」


 食事を終えると、セリの勧めでドレスを着替えることになった。

 マルネリッタは西宮の庭園で眠っているところを殿下に運ばれてこの部屋に来たらしい。

 だから庭園で寝ていたままで、ドレスは汚れて皺になっており、髪は盛大に崩れてしまっていたのだ。


「私は殿下に運ばれてきたのね……」

「はい。本当ならマルネリッタ様をお起こしするべきなのに、殿下にはそれがおできにならなかったようです。マルネリッタ様の寝姿が可愛いらしすぎたのでしょう。もちろん、寝台の横に居座ろうとした殿下はすぐに追い出しておきました。殿下といえど、若い女性の寝顔をそうそう眺めさせるわけには参りませんからね」

「……そ、そう。ありがとう、セリ」


 殿下を部屋から出すだなんて、自分の部屋にいた女官達にはできないだろう。そんな事は考えもせず、殿下の言うとおりにするはずなのだから。

 女官セリは地位の低い女官ではない?

 マルネリッタは自分の置かれている状況がよくわからないでいた。

 

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