嵐の料理人!!
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「う”っ!!」
よろめきながらトイレを目指す僕。
これで何度目だろう?
猛烈な二日酔いかと思ったが、昨夜からハリケーンの中を航行していたらしく、どうやらこれは船酔いだとついさっき気がついた。
嵐は激しさを増し船体を上下左右に大きく揺らす。
船長は視界300度の船橋の本革の操作席で、真剣な表情でコントールパネルを叩く。
隣でエーコも何やら忙しげだ。
『あれ?彼女が乗ってきたあの大型船はどうしたんだ?』
「う”っ!!」
今はそれどころじゃない。
トイレ!!
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「チャーハン リャンガー!」
「餃子 イーガー!」
次々と入る注文を忙しそうにこなす短髪の男の額に汗が光る。
まるで芸術家のように炎と大きな中華なべを操り、見る見る間に料理が出来上がってゆく。
「はい、お待ち!!」
威勢良く声をかけると配膳棚に料理を並べる。
『中の国』の船会社が企画した中華料理イベントで、ゲスト料理人として『鯛他肉』号に男は乗船していた。
複数の中華の料理人たちが競うようにオーダーをこなしてゆく。
次のオーダーの『ニンニクの芽の卵とじ』用に中華鍋に溶き卵をサッと流し込んだとき、船が大きく揺れた。
船内アナウンスが入る。
「ただいまハリケーンに遭遇中です。皆様、安全のために何かに掴まっていてください。」
昨夜からの雨が激しさを増していることは知っていたが、まさかハリケーンに突入するとは思ってもみなかった。
「ちょっと料理中になんだよ!どこに掴まれってんだよぉ!!」
会場のあちこちで悲鳴や怒号が聞こえてきた。
テーブルからは料理が皿ごと落ちては床でけたたましい音を立てて割れていた。
「これって、マジでやばくない?」
事態の深刻さを理解した男はとりあえずコンロの火を消した。
そして自前の大型中華なべを握り締め、床に伏せた。
何度目かの激しい横揺れの後、船は一瞬の静寂に包まれた。
『え?突然ハリケーンが終わったの??』
と思う暇があっただろうか、次の瞬間船体は船首を下げ、海に飲み込まれるように直立した。
人も皿もテーブルも物凄い勢いで、先程まで『壁だった所』目掛けて落ちてゆく。
男も例外ではなかった。しかし幸いなことに厨房は案外狭く、壁に激突するまでの落差は小さかった。
それでもシコタマ頭を打ち意識が混濁した。
薄れゆく意識の中でタンポポの毛玉のような物が目の前を転がってゆくのを見た。
なんの合理性もないにも関わらず男はその毛玉を右手で握った。
その後のことは覚えていない。
船は真半分に折れ、沈没するまで時間の問題となっていた。
男の居る厨房は運が悪いことにまさに『断面』に位置していた。
気を失った男は左手に自前の中華鍋、右手に毛玉を握り締めたまま、荒れ狂う嵐の海へ放り出された。