月暈の下で
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「あ~あ、本当に色んな意味でやりっ放してくれちゃいましたねぇ。」
まるで執事かホテルの支配人のような格好の五十がらみの品の良い紳士が、甲板の中央にパンツ一丁で泥のように眠る男を見下ろす。
「やぁねぇ。せっかく『本物のお酒』が飲めったていうのに。」
今度は先ほどの紳士とは違うが、やはり背広をきちんと着こなしている青年がなぜかオネエ言葉で呟きながら男の顔を覗き込む。
「いやぁ、僕のせいかもしれないですねぇ。この人、そうそう友澤さんって言ってましたけど、本当に良い人なんです。この状況じゃあまり説得力ないけど。」
笑っているのか真面目なのか良く分からない表情でオペラ青年が友澤を庇う。
「なんでタクさんのせいなんですか?」
キラリとメガネを光らせながら『宇宙人』エーコが尋ねる。
申し訳なさそうに右手を大きく後頭部へ回し髪をかく。
「はぁ、仕方がないですねぇ。目が覚めたら私の部屋に連れて来てください。酔い醒ましの強烈揉みほぐしのフルコースをしてあげますから。」
ハンチング帽にサングラスをした中年男性が、小気味良く着こなした上着のポケットから右手を出して指をポキポキと鳴らす。
「お~、ゴールドフィンガー小平師匠の出番ですね!僕もやってもらいたいなぁ。」
支配人風の男性。
「それもイイですけど、やっぱ二日酔いにはしじみ汁じゃないですか?僕、用意しときますよ。」
一回り大きな体に白い割烹着がピッタリと張り付いている、どうやら料理人らしい三十代の男が割って入る。
「こいつもそろそろ4ヶ月か。仲間に入れても良い頃だな。」
船長は腕組みしたまま独り言のようにつぶやく。
「え~!?こいつ何が出来るんですか?」
宇宙人エーコが異論を唱える。
「あ?」
船長は髭面を掻きながら面倒くさそうにエーコを睨む。
「いや、あの、船長がいいなら・・・」
急に言葉がフェードアウトするエーコ。
「じゃあそういうことで、明日からもう一人正式にメンバーが増えますんで、皆さん教育のほどよろしくお願いしますね!あ、私は皆さんのお世話がございますから教育の方は遠慮させていただきますね。」
支配人風の男が話をまとめる。
「あれ?そういえばもう一人足りない気がしない?」
オネエ言葉の青年が人数を数え始める。
「カメラマンを数え忘れてないか?」
船長が少し離れたところでこちらをテレビカメラで撮影している男性に顔を向ける。
「あ、そうか!キャメラマンの首藤さんが居たんだわ!あは!」
数があって嬉しそうなオネエ言葉の青年。
「いや、ちょっと待って下さいよアベさん!そういえばもう一人足りない気がしませんか?ほら、背の高いニヒルな感じの。この子と一緒に居た、ほら、なんて名前でしたっけ?」
料理人が制する。
「あ~~~!!ロウヤー小野くんだ!!」
全員がハモった!
確かに先程から姿を見ていない。
「ひょっとして・・・この人?」
みんなの背後からカメラを肩に乗せたままキャメラマン首藤が近づく。
よく見るとカメラとは別の手でグッタリと項垂れてびしょ濡れの男を引きずっている。
「どうしちゃったのよ彼?」
アベちゃんがオロオロする。
「星空を撮影してたら誰かがハンドレールの所に立ってフラフラしてるのが見えたんですけど、次の瞬間、ポロって海に落ちちゃいまして。」
大したことではない様子で話すキャメラマン首藤。
「大丈夫なんですか?死んでません?地球人弱いから。」
ゴツンと船長のげんこつがエーコの頭に落ちる。
『一言多い。』とでも言わんばかりに。
「大丈夫じゃないですかね?さっき人工呼吸しときましたから。」
もう何も問題無いといった感じで答える。
「しかし後輩が後輩なら先輩も先輩で、似てますね~、この二人。いやはやこっちも教育しないといけないんじゃないの?」
サングラスの小平師匠が腕組みをしながらロウヤー小野くんを見下ろす。
「やれやれ・・・。ま、みんなよろしく頼むわ。」
そう言うと船長はみんなに背を向けて船室の方へ歩き出すのだった。
海には満天の星が降り注ぐ穏やかな夜だった。
ただ、満月には月暈が掛かり雨が遠くないことを知らせていた。