タニシの一日
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「おい!タニシ!」
登校中に背後から誰かが田螺丸に向かって暴言を吐く。
いつもの不良グループのリーダーなのは声ですぐにわかる。
田螺丸は振り返りもせずに歩き続ける。
『下等動物が・・・』
心の中で吐き捨てる。
そもそも余りにも学力差がある地元の公立高校を後に選んだのは秀治本人だった。
『国を治める』には、底辺の人間を知ることが重要だと考えたからである。
学問などやる気さえあればどこでも出来るが、人間観察となると『標本』が必要だったからだ。
「おい、返事しろよ!タ・ニ・シ・君。」
憎たらしい口調で更に嫌がらせをエスカレートさせてゆく不良グループリーダーの蛭河傭平は、秀治に背後から近づき後ろ頭をグッと押した。
ドッと不良グループに笑いが起こる。
それでも秀治は全く無視して歩き続ける。
『こんな連中は学問の場に来る意味はない。そうさ、こんなヤツらが学校に通えないくらい家計が苦しくなるようにもっと税金を上げてやろう。』
反撃の規模が違う秀治である。
秀治が『アレ』を見つけたのは偶然だった。
5年ほど前、人工知能の研究を自宅のパソコンを使ってしていた時だった。
インターネット回線の速度の変化と、『何らかのノイズの発生』との間に強い相関関係があるのに気がついたところから全ては始まった。
「おかしいなあ。この時間帯でこんなに通信速度が遅いって不自然なんだけどなあ。」
まだ近所ではそれほどインターネット回線を持っている家庭は少なく、深夜ともなるとかなりの速度が出るのが通常なのだが、月に何回か、どう考えても不自然なほど速度が遅くなるのだ。
「一体誰がこんな時間に膨大なデーターをネットでやり取りしてるんだ?迷惑な奴だなぁ。そうだ、ハッキングして何のデーターをどこからどこへ送ってるのか見てやろう!!」
当時、中学1年生の秀治は既にプロ顔負けのプログラマーとしての実力を持っていた。
通信中のデーターが自分のサーバーを通過するように迂回させることなど造作も無いことだった。
「どれどれ・・・な、なんだ、この映像は!?」
通信速度を落としていたのは膨大な量の『動画』だった。
断片的に分断された無数の動画は、つなぎ合わせてゆくと『まるで誰かの人生』そのものであることが分かってきた。
しかも発信元も受信先も近所にある同じ通信会社のものだった。
動画の総データー量は約1テラバイトであることも分かった。
当時はまだハードディスク容量も回線速度も小さかったので1テラバイトの塊が近所の回線を通れば田螺丸の自宅に通じる回線を占拠してしまうのも納得がいく話である。
「一体何の目的で・・・?」
そこから、悪いとは知りつつもその通信会社のパソコンへネット回線を通じて侵入するようになったのだ。
そして、数ヶ月の後、極稀に回線に接続するパソコンがあることに気がついた。
そのパソコンこそが、動画をコントロールしていることも突き止めた。
しかし法律を犯して知り得た情報、しかも法律で取り締まれない迷惑行為、どう考えても警察は無力だった。
それに田螺丸はこのパソコンの持ち主に興味があった。
「まるでネット回線をハードディスク替わりに記憶媒体として使っている。面白い発想をする奴だな。」
当時の常識からすると空いたネット回線に何かの情報を常に流すことで記憶させるという発想は珍しいものだった。
田螺丸は本当の目的を知りたくなっていたのだ。
理由はそれだけではなかった。
動画の品質がありえないほど高画質なのだ。
しかも映されている時代はどう考えても戦中戦後。
この時代にはこんな高性能カメラは存在していないはずだった。
仮にあったとしても、それをデジタル信号に変換する際には必ず劣化が付き物だ。
それが、この動画は、『まさに今、目の前で起こっている』ように感じるほどクリアなのだ。
天才の秀治にもこの謎は容易には解けなかったのだ。
「誰が何の目的でどうやってこんな動画をネットに流したんだ・・・?」
謎は深まるばかりだった。
そしてその謎が秀治を『首相』にするきっかけになろうとはこの時の秀治にも想像すら出来なかったのである。




