僕の使命は...
昨夜から何度もスケッチを描いては丸めてゴミ箱へポイを繰り返している。
「友澤君、君は今この船の航海日誌をつけてるんだろ?」
あれ以来すっかり虜となった『全身揉み解し』を終え、ようやくの開放感に浸っていると、小平師匠がコーヒーを煎れてくれた。
さすがに笹川支配人とは違い、普通にインスタントの物だった。
それでも僕には十分美味しく感じられた。
「そうですよ。それが何か?」
「実はさあ、前から言おうと思ってたんだけど・・・」
何だか言い難そうな小平師匠。
「いや、ほら、私これでも『ファッション』にうるさいんだよね。長年どちらかというとソッチの世界にも居たわけで。」
何となく話の先が読めて来た。
「セリフの横のイラストのことですか?」
図星!とでも言いたげに目をキラーンと輝かせる師匠。
「そうそうそう!みんなのまでとなると君も忙しいだろうからさ、僕の分だけでももう少しオシャレにしてくんない?」
今日は制服なので白衣だが、確かに普段の小平さんはシニアにしてはかなり小洒落た格好をしていた。
「う~ん、実は僕も気にはなってたんですよね。顔だけの人も多いから何か画面的に暑苦しいって言うか。」
腕組みしながら同意する僕。
「そうそう!君もデザイナーならもう少しオシャレに描けるんじゃないの?」
痛いところを付いて来る。
「僕はどちらかと言うと工業製品に強いんですよね。ここだけの話、人間に興味が無いっていうか、あ、モチーフとしてですよ。」
なぜか小平さんには正直に自分の不得意の話が出来る。
「へ~、そうなんだ?!じゃあ、僕が皆のファッションを指導してあげるから、それを手本に君が絵を描けばいいんじゃない?」
そうなのだ。見たものをデッサンする力はデザイナーの基礎として練習していたので、『目に見える形』になっていれば描けないことはないのだった。
問題は個性に合わせたファッションを考えるところだった。
「それだと助かります!それなら僕、描けますよ!」
小平師匠とのコラボが成立した瞬間だった。
しかし小平師匠は器用な人だ。
ファッションに恋愛相談、揉み解しまで大抵の若者にとっては有難い存在に違いなかった。
早速小平師匠はファッション雑誌を数冊、部屋の奥から抱えて来た。
そして船長はこんな感じで少しヤンチャさが残る様にとか、エーコはいかにも『宇宙人!』的な方が面白いとか、色々と具体的に指導してくれた。
おかげで僕の頭の中には徐々にイメージが固まっていったのだった。
が、不思議なもので、いざ、部屋に戻って一人になるとさっきまで明確だったイメージが時間の経過とともに朦朧としてくる。
消えそうな頭の中の映像を必死に握りしめて一気にデッサン用紙に落とし込み、ディテールは極力省略。
こうすることで何とか一人、また一人と絵が出来上がっていった。
航海日誌のイラストがガラリと変わるのももうすぐだと確信していた。
あんなことが起こるまでは・・・
その事件は金庫番のあべ君が「何とかセミナー」に行った翌日、つまり新年の最初の日、1月1日に起こった。
そもそも12月31日にセミナーがあるなんて初めて聞いたが、当の本人は
「これで悩みを新年に持ち越さずに済む~!!」
とはしゃいでいた。
この船は一年中お客様が乗船しているようで、お正月だとかお盆だとかで休みを取る習慣が無かった。
それでも誰も不平を言うでもなく平和に日々を過ごしていたのだ。
「昨日はすみません。皆さんにご迷惑をおかけして。」
いつも通りの爽やかな好青年は、前日のセミナー参加のために有給休暇を使ったことで周囲の人にお詫びを申し上げていた。
「いやいや、君の正当な権利なんだから、そんな迷惑だなんて誰も思っていませんよ。」
笹川さんがすかさず合の手を入れる。
さすが大人の対応!
「ありがとうございます!おかげで悩みも吹っ切れました!」
今日はいつにも増して、『いかにも』模範的な好青年ぶりだった。
それが僕には鼻につくのだが・・・
ただ、不思議なことに、今日はそれほどイラッとしないのだ。
その恐るべき理由は、その夜の『酒宴をこよなく愉しむ会』で周知の物となったのだった。




