処女航海前夜
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夜半過ぎからの雪は次第に激しさを増し、顔に張り付いてくる。
随分長い道のりを歩いてきたような気がする。
酔い痴れてわずか数メートルを歩くのにも何度も行きつ戻りつしている。
そして、その夜、俺は死んだ。
享年32歳だった。
「聞いて!!私の話を聞いて!!どうして話ができないのっ!?」
彼女は半狂乱だった。
「聴いてるだろ!!お前こそ何が言いたいんだよ!?どこにオチがあるんだよ!!疲れきって帰ってきて永遠に続くお前の取り留めのない話にどこまで付き合えばいいんだよ!!」
俺も必死に怒りを抑えながら応戦する。
「何でオチがいるの?どうしてそのまま私の話を聞いてくれないの?いつから私たちこうなったの!?」
今にもそこら中の物に放火でもしそうな勢いで叫ぶ彼女。
俺も限界だった。
今でこそ『ブラック企業』だとか『パワハラ』だとか言って、労働者は守られてるが当時のこの国は違った。
違法スレスレどころか、見つかれば即逮捕されるようなことも『自己責任』のもとで強制させられていた。
当然、両親から教わった『道徳』に反する。
しかしその会社は彼女の父親の紹介で入社した経緯があり、何度も実情を義父に相談したが、答えは決まっていた。
「ははは、心配しなくても皆この業界の人間はお互いにやっていることだから。大丈夫!警察沙汰にはならないから!」
その言葉のとおり、業界内に閉じ込められた『違法行為』は決して『一般社会』へ漏れ出すこともなく、誰一人としてそのことで逮捕者が出ることはなかった。
しかし俺はそんな『現実』よりも両親や祖父母が教えてくれた『常識』を守りたかった。
「お前の希望通りサラリーマンをやったし、業界No.1にもなったんだから、約束通り会社辞めるから。」
「・・・そう、じゃあ、私もあんたと居るの辞めるわ。」
急に大人しくなったかと思えばこのセリフだ。
「勝手にしろ!!」
頭に血が上った俺は車の鍵と財布を掴むとドアを叩き開け、後ろを振り返らず、夜の飲み屋街目指して家を飛び出した。
その晩の俺は壊れたレコードのように、酔いに任せて同じことを何度も何度も口走っていた。
金が底をつき、スナックのママに起こされたのが深夜2時を過ぎた頃だったそうだ。
帰る気もないが雪が降り積もる深夜の田舎町では暖を取る場はなく、嫌でも帰宅の途につかざる負えなかった。
もうその頃は自分が車で来たことなどすっかり忘れていた。
片道10kmほどの道のりを千鳥足で雪の中を歩いてみると、ゴールは果てしなく遠いものに感じられた。
ようやく家から2,3kmのところまで来たとき、その橋に差し掛かった。
橋は全長500mはあろうか。
田舎には不釣り合いなほど大きく立派な橋が俺の居住区と『外界』を繋いでいた。
橋の丁度真ん中ほどまで歩き、自宅のすぐそこまで戻ってきたことに気がついた。
その『事実』に無性に腹が立って、全てを『拒否』したい衝動に駆られた。
そして思いついたのが、「ここから川に飛び降りて逃亡してやる!!」というキチガイじみた考えだった。
しかし、その時の俺には「飛び降りる」=「衝撃か寒さで死ぬ」とは考えられず、すぐさま行動に移した。
思いの外、欄干は高く、酔った俺がよじ登るには一苦労だった。
ようやく欄干の向こう側、わずか数cmの足場に立った。
後は記憶がない。
気が付けば奇妙な格好で奇妙な連中の乗った船で『船長』と呼ばれる日々を過ごしていた。
これが俺の全てさ。
な?
大して面白くもないだろ?




