蜂の一刺し恋の味?
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「ちょっ、ちょっと!」
誰かが小声で叫んでいる?
金指の『小平師匠』は今日もオシャレなジャケットに身を包み、きょろきょろと辺りを見回す。
「こっち、こっちですよぉー!」
『船内大庭園』の散歩道を歩いているところを誰かに呼び止められたのだ。
声の方へ目をやると木立の陰に隠れるように長身の男が忙しなく手招きをする。
「誰かと思えばロウヤー君じゃないですか?どうしたんです?そんな所で。」
「しーっ!声が大きいですよぉ!」
辺りを慌てて見回すロウヤー小野君。
「何なんですか一体!?」
怪訝そうに近寄って行く人の良い小平師匠。
「小平師匠!今から僕の質問に2つだけ答えてくれますか?」
言葉こそ疑問形だが、ほぼ命令的な口調で小平師匠を見つめる小野君。
「僕に応えられる質問ならどうぞ。」
あまりに必死な形相なので気負けした師匠。
「まず一つ目の質問です。もし僕に好きな人が居て、その人が僕に好意があるとしたらどんな風に距離を縮めてくるでしょうか?」
クイズの出題でもするような口調である。
「クイズですか?そうですねぇ、女性から距離を縮めてくれるという期待自体がすでに間違いだと思いますが?」
「かぁ〜っ!やっぱり!? 正解!!では次の質問です!」
ズルッとこけそうになる師匠。
「何?正解なの?」
「ハイ、では次の質問です!では僕の方からはどうやって上手に距離を縮めるでしょうか?」
真剣な眼差しの小野君。
「あのね、素直に『どうやったら気になる女性に自然に近づけるか教えてください』って聞いてくれない?」
ため息交じりに返す恋愛マスター小平氏。
「あのさ、僕忙しいから、続きは今夜にでも部屋に来てください。あ、30分1万円に負けときますから。」
そう言うとジャケットを翻し、颯爽とその場を離れる小平師匠。
「あ!あの!いや、、ちょっと・・・」
師匠の後ろ姿をすがる様に見つめる小野君。
丁度その時、散歩道の向こうから若い女性達の声が聞こえて来た。
その声には聞き覚えがある小野君。
『竹子ママ!!』
慌てて茂みに隠れ聞き耳を立てる。
「エーコちゃんがこの船に乗るきっかけは何だったの?」
竹子ママが左側に付いて来るエーコに優しく問いかける。
「あ、私の船が故障して立ち往生してたらこの船が通りかかったんです。そして船長が修理してくれたんです。」
事も無げに話すエーコ。
「でもそれだけじゃあ、『ありがとう!』で終わっちゃいそうだけど?」
「あ、修理の間この船でお茶とスイーツを食べさせてもらったんですが、それが絶品だったんですよぉ!」
エーコには珍しく目をキラキラさせて語る。
「あ、なべちゃんの手製ね!彼は本当に凄い料理人よねぇ〜!私も大ファンなのよ!」
がーん!!茂みの中でショックを受ける小野君。
まさかそんなところにも伏兵が潜んでいようとは・・・
「それでこの星の言葉にあるように『一宿一飯の恩義』てやつでこうして乗船したんですよ!」
自慢げに話すエーコにちょっと戸惑う竹子ママ。
「あの、それってちょっと言葉の意味を間違ってると思うけど?お世話になった上にさらに住み着いた訳だし・・・あはは・・」
やはり竹子ママほどの接客の達人でもエーコとの会話は困難を伴うらしい。
「竹子さんは男性にモテモテだけど誰か特定の人と交配する気はあるんですか?」
小股の切れ上がった腰つきで綺麗に和服を着こなす竹子ママだが思わずズルッと滑りこけそうになる。
「こ、交配って・・・。そんなこと聞いてどうするの?」
苦笑いの竹子ママ。
「いや別に。淡い期待をしてる哀れな男どもにスッキリさせてやろうと思って。」
今度は躓きそうになる竹子ママ。
茂みの中から思わず身を乗り出しそうになる小野君。
「そ、それは止めといてね?お仕事しづらくなっちゃうから・・おほ、おほほほ・・・」
引き攣りながらも無理やり笑顔を保とうとする。
二人が通り過ぎた後も茂みの中で悶々とする小野君。
『ママは本当は誰が好きなんだろう・・・・』
顔を両手で覆い体育座りで考え込む彼の襟元に小さな蜂が一匹迷い込んだことにも気が付く様子はなかった。
その直後、絶叫が藪の中から轟いたのは想像に難くない。




