第三話:俺の狩猟
>>カイト
猪に出会った。
新校舎の1階の廊下を90系マークⅡの覆面パトカー(何故かVIP仕様)の玩具に変身した状態で、パトロールも兼ねて散歩していると、どす黒い焦げ茶色をした体長2m位の大きな猪が我物顔で闊歩しているのに出会した。どうやら近くの山か何処からかやって来て迷い込んだらしい。
既にその存在に気が付いた生徒や職員が居たのか、教室のドアや防火壁を閉めた上に障壁魔法まで掛けて教室の中に引き篭もったり建物の外に避難したりして、廊下は既に閑古鳥が鳴いている。居るのはただ、何か不穏な唸り声を上げる猪と、思念波を風紀委員室にいる仲間の魔獣に飛ばして緊急応援を出し、それに正面から向かい合った俺だけである。
取り敢えず、邪魔な上に怖いから、猪を追い払う事にする。
車の天井付いたカバーを捲って赤く明滅するLEDの反転灯を灯し、ヘッドライトやフォグランプも、果てはハザードランプやグリルの中に仕込んだ赤色の点滅式前面警告灯も含めて全ての灯火を点灯し、サイレンとクラクションを鳴らして威嚇してみた。
「ウ――――――ッ!ビッビッビッビ――――――!どっか行け!……フゴッ!?おわわ……!」
調子に乗って挑発したら、猪に鼻で鼻先を思い切り弾かれ、あまりの痛さに驚いた俺は思わずバックランプを点けて後退した。
後から思えば、この時猪の迫力にビビって後ろへ下がってしまった事が行けなかった。奴め、俺が後退した分だけ余計に前進し、ますます間合いを詰めて来た。凄まじく怖い。早く誰か来てくれ。
ウ――――――――ッ!
突如、後ろの方からサイレンの音が聞こえてきた。それも一つじゃない!良かった、応援が来たのだ。
救援に来たのは、白黒パトカーの玩具に変身したムックと、車種こそ違うが似たような物に変身したゴンとジャックという、俺達と同じ年頃の子供の魔狐のコンビだった。
「助けに来たぜ!」
異口同音にそう叫んだ声こそ勇ましかったが、何故か三匹とも俺の3mも後ろで揃って停止し、それ以上近付いて来ないどころか、俺が後ろへ追いやられる度に一緒に下がって行くのだ。全く応援の意味が無い。役立たずめ!
立ち向かおうにも足が竦んで前へ進める気がしないし、たとえ立ち向かえたところで全然勝てる気がしない。頼れる筈の仲間はこの体たらくである。
押して駄目なら引いてみろ。どのみちこんな狭い屋内では分が悪い。俺はこの猪を一先ずこのまま建物の外へと誘導する事にした。
「よし、仕方ないからこのまま外へ引っ張るぞ!サポート宜しく!」
と、後ろにいる3匹に向かって号令を掛けると、彼らは一目散にUターンしようとする素振りを見せた。
「何やっているんだ、馬鹿!」
俺は思わず3匹に向かって怒鳴った。
「俺達が尻を向けた途端、奴が襲い掛かって来たらどうするんだよ?こう云うのに背中を見せてはいけないのは、鉄則だろう?このまま後ろ歩きで奴を外へ引っ張りだすぞ。」
すると、ジャックがこんな弱音を吐いた。
「でも、俺達。こんな感じで後ろ歩きするの、苦手なんだけれど……。」
大っぴらに言わないが、ムックとゴンもジャックの言う事に消極的に賛同しているようだ。たくっ、使えない奴らめ!
「ああ、じゃあ戻っていろ!ここは全部俺が引き受ける!」
俺は前照灯をハイからロービームに落とし、猪に向かって不規則にパッシングしつつ後方部隊に命令した。
しかしながら、後ろの連中は動く気配がない。
「どうした?これは俺一人で片付けておくから、お前らはもう帰っていいよ。」
と声を掛けると、ゴンが情けない声を上げてこう答えた。
「いやあ、我々も、仕事している、って実績を作らなくちゃいけませんから。」
「お前は何処の官僚だ!?」
もういい、勝手にしろ。
「あ、カイト君だ!カイトく~ん!」
突然遥か後ろからアイリーンの嬌声が聞こえたので、俺は嫌な予感と共に身震いした。そしてその後数秒も経たぬ間に、俺は彼女に思い切り体当たりを食らってつんのめった。
「ゲボっ!……な、何するんだよ?!」
俺は背中に伸し掛かっているアイリーンに向かって抗議した。冗談抜きで猪の前足の爪に衝突するところだったぞ!
ところがアイリーンの奴、反省している様子がこれっぽっちもないらしい。
「え~~!何で?いいじゃない。」
「いや、いや!空気読んでよ!というか、前を見ろ!前を!」
彼女の目に猪が入っている事は考察するまでもなく明白だったが、アイリーンは俺の背中の上から頑なに退こうとしなかった。どうやら彼女の瞳は、死角にある物どころか、視覚で捉えている筈の物でも自分にとって都合が悪ければ映らなくなる特殊な物らしい。
しかし、邪魔な物は邪魔だ。俺はアイリーンに懇願した。
「頼む、アイリーン。ここは危ないから、君は向こうへ退避してくれ!」
「嫌だわ!」
「お願いだから良い娘だから、俺の言う事を聞いてくれ。じゃないと俺は公務執行妨害の現行犯で君を拘束しなきゃならなくなる。」
「わかったわ……。」
そうしおらしく呟くと、アイリーンは俺から離れた。おや?こいつも案外素直な所があるではないか!
そう、思わず感心しかけたが、次の彼女の言葉で俺はそうそうに前言を翻す事にした。
「それじゃあ、代わりに今度、わたしをデートに連れって行ってよ!」
「ああ?!」
何を言っているのだ、この女は……。唐突に支離滅裂な事を口にし始めたぞ。何で仕事を妨害されたから怒ったのに、代わりにこいつとデートしなければいけなのだ?こいつ、頭がおかしいのか?それとも俺の感覚の方が世間と掛け離れているのか?
兎に角、鬱陶しい者は去った。俺は改めてリバース走行を開始した。
「はい、お~らい!お~らい!猪さん、此方ですよ~!」
猪を宥めながら、廊下を後ろ歩きで進む。やがてエントランスに辿り着いたのか靴箱が整列した広い空間に通り掛かった。
俺はムック達と離れ、その靴箱と靴箱の間に出来た通路の一つにハンドルを左に切って右折し、猪を誘き寄せると、一気にバックスピンターンを決めて車体の前後を引っ繰り返し、リアタイヤをホイールスピンさせて砂埃を上げつつ急加速し、追い掛けて来た猪共々校舎の外へ飛び出した。
そして黒いアスファルトで舗装された校庭の上に躍り出ると、俺は玩具の車から実寸大の本物へと巨大化し、素早くスピンターンをして猪に真っ向から向かい合い、そのまま突撃した。
急発進したからだろうか、猪は吹っ飛ばされた挙句背中から俺のボンネットに叩きつけられると、そのまま弾んで屋根の上に飛び、最後には1.5m強の高さからアスファルトに落下して血達磨になりながら転がっていった。
死んだかと思ったが、まだ息をしている気配がする。下手に手負いした獣が暴れられても厄介だ。手負い猪という言葉もある。それに激痛に苛まれているだろう、可哀想だ。安らかに眠れるように気持ち良く止めを刺してやろう。
明日の給食には猪肉でも振る舞われるのかな……。そう期待しながら俺はバックランプを白く灯し、フルスロットルでアクセルを踏み込んだ。




