第一話:俺の日常
>>カイト
エレベーターで1階まで降り、急いで1号棟の外に出る。
建物の外に出ると、正面に2号棟の、向かって左側に当たる南側に3号館の玄関口がある。それぞれの建物は煉瓦敷きされた1万m平米の正方形の形をした中庭をコの字を描くように取り囲んでいた。そして右側、北の方向へ目を向けると中庭と表通りを仕切る高等部寮の大きな黒い鉄製の門扉が目に入る。
上を見あげれば、三方向を20階建ての大きな寮の建物が群青色の空を真四角切り取っている。今日もいい天気だ。
いい気持ちで空を見つめていると、風に流されてプカプカと気持ちよさそうに高みに浮かぶあの白い雲まで届きそうな程の大声で美久が叫んでいるのが、嫌でも俺の俊敏な耳の中に入って来る。
「カイト、早く!変身よ!」
まるで拡声器を耳元に当てられて絶叫されたかと思い違える程だ。そこまで大声で怒鳴らなくてもちゃんと聞き取れるのに……。犬の聴覚舐めるなよ。吃驚し過ぎて頓死したらどうするのだ?御主人様よ。
まあ、ボーっとしていた俺も悪いのだけれどな……。
「よし、じゃあ、変身するぜ!」
俺は掛け声を掛けると、四足を踏ん張ってバネのようにしならせると天高く飛び上がった。そして空中で1回バク転をすると、俺はフルサイズの大きな3ボックスセダン型のシルバーメタリックの乗用車に変化した。俺が前世を人間として過ごしていた世界で走っていた200系クラウンという車だ。勿論、今いるこの世界では走っていない車である。
というより、この世界ではガソリン車その物が絶滅してしまっている。皆魔力補助で動く電気自動車だ。超速充電と超容量蓄電池、長距離高速走行対応高出力モーター、急速充電施設等のインフラ整備……。そうした壁を人類は突破し飛躍的な進歩を遂げたのだ。それだけじゃない、放射性物質の安全な最終処分及び再生技術が確立されてからは、核融合による原子力で動く物も一般に普及しつつあった。
俺は左側にある助手席のドアを勢い良く開けると、我が主を俺の中へ招き入れた。
「カイト、あなた、時々変な物に変身するわよねえ。」
美久はそう言って溜息を吐くと、座席の上に座り込んだ。正直一言多いよ!と言わざるを得ない気がする。まあ、言ってみた所で、俺達犬の言葉は人間にはワンとかキャンとかワオーンとしか聞こえないだろうから口にするだけ無駄だろうが……。
だが、しかし……。
「何?何か文句があるの?カイト。さっさと行きなさい!GO!」
何となく此方の意思も向こうにも通じているような感じがするのだから、世の中不思議な物である。
俺はグルルと唸って気合を入れると、門に向かって駆け出した。
魔犬とか、魔猫とか、そういった魔法能力を所持する生物には、当たり前だけどそういう魔術的な先天性の能力を所持している。俺の場合、変身能力だ。
だが、ただの変身能力じゃない。道具限定とはいえ、一度でも記憶に留めた物ならばどんな物にも、それが自分より大きかろうが小さかろうが関係なく、その機能まで完全に再現する事が出来るのだ。だから俺のマスターである美久が遅刻しそうであればこうして車に変身して送ってやれるし、もしも彼女が杖や文房具等を忘れて窮地に陥れば、それに変身して急場を凌がせる事だって可能なのだ。
しかもそうした物の記憶は、今までだけではなく前世の物であっても何故か適応される。そういう訳でこの世界には存在しない筈の物でも変化する事が出来るのだ。
……と、大見得を切ってみたが、勿論限度って物がある。流石に俺でも100人以上乗れるジェット機のように超高速で空や宇宙を飛び回る飛行機とロケットや、深い海の底へ潜る潜水艦や地中を掘り進む巨大掘削機のような特殊環境で働く大型機械、2両以上の編成の列車、目に見えない位小さなナノマシンになる事は出来ないぜ。あくまで地上で日常的に活躍している普通の道具に限られる。残念だけどな。
大通りを、国立中央魔法学園、美久が通っている国内で一番権威がある幼稚園から大学まで一貫教育を行う魔法学の専門家養成機関へ向けて疾駆する。
郊外にあるとはいえ、都心に近い立地的な要因も大きいのだろう。広い中央分離帯があり、一直線に伸びる片道3車線の大きな道路の両側には、10階よりも高いビルが林立し、歩道や車道には人が溢れ、活気に満ちている。でも、だからといって渋滞して立ち往生する訳ではない。最新の信号システムと交通環境整備事業によって、極稀に起こる交通事故と工事事業を原因とする物を除いた自然渋滞は過去の物になったのだ。
交通だけじゃない、近代科学技術、医学生物学、魔法学、その他様々な方面で日本国は大躍進を遂げていた。バブル期の実態のない偽りの経済繁栄から、実態の伴うそれへの転換を上手く成し遂げ、島国ながら世界一の経済国として念願の常任理事国入りも果たし、強国の一つとして世界に君臨する事になったのである。俺が前世を過ごした世界の日本とは正反対だ。
バブルが弾けた途端に活力を失い。数だけは多い団塊世代が蔓延って若者をないがしろにし、結果的に行き詰まると素晴らしい技術という過去の遺産を切り売りして食い潰し、移民や隣国、果ては世界中からATMとして集られ、売国奴と共に失墜していった国と、それを転換期と前向きに捉えてさらなる発展を遂げて名実共に最強になった国。魔法の有り無しは別として、世界が違うだけで同じ様な民族が同じ様な歴史を辿ってきた筈なのに、どこでどうしてここまで差がついてしまったのだろうか……。不思議でならない。
そんな魔犬らしくもない事をぼんやり考えつつ走っていると、
「よっ!雑種!」
と言う、聞き慣れた雄犬の声が左後から聞こえてきた。
振り返るまでもなく声の主は大体想像出来たから無視を決め込もうと思ったが、そいつは俺の左隣にぴったりと張り付いてきた。紅い色が映える派手なスポーツタイプの大型のMTのオートバイに変身した柴犬のムックと、その上に跨る彼のマスターの高町 柑奈という、肩まである長い茶髪を結んでツインテールにした貧乳美少女である。ヨークシャー・テリアとスコティッシュ・テリアの混雑種で四輪車に変身した俺と、セミロングの艶のある黒髪の美少女で、しかもHカップな巨乳の我がマスターとは好対照である。
「おはよう、美久!」
「あら、おはよう。柑奈。」
御主人様達が和やかに朝の挨拶を交わす中、当の俺達は犬語で口喧嘩をする。
「五月蠅いな、和犬!雑種は雑種でも此方は血統書付きのテリア犬だ!英国紳士舐めるな!」
「はあ?英国紳士だって?聞いて笑わせらあ!先祖はイギリス生まれでも、お前は生粋の日本生まれの日本育ちじゃないか。」
「う~~~~っ!兎に角、雑種言うな――!」
「じゃあ、チビ!」
「うわ――――ん!!」
チビ、と言われて俺は思わず泣きそうになった。というより泣いた。ただでさえ短足胴長で分が悪いのに、向こうは同じ年頃の子犬の割には大柄、こっちは小柄である。優位に立てたところで精々、大きくなり過ぎたムックと違い、小さくて可愛い俺はマスターの胸に抱かれる事も、ベッドに潜り込んで縫いぐるみのように彼女の懐で添い寝する事も許されている事を心の中で誇示する位しか優位に立てる物がない。悔しいが勝てる気がしない。
そんな中突然、
「ねえ、美久。学校まで、どっちの使い魔が早く到着出来るか、競争しない?」
と、柑奈が突飛な提案をした。美久も最初こそ、
「止めなさいよ。あまり感心できないわ。それに、わたし、風紀委員よ。出来る訳ないでしょう?」
と諌めたものの、結局根負けして友人の言に乗る気になったようだった。
「おい、どうするよ?」
ムックが俺に囁いた。
「俺は何時でもOKだぜ!」
勿論、俺だってマスターがやる気ならば異論はない。
「望むところだ!後悔するなよ。」
と受けて立った。
そして柑奈の、
「よーい……ドン!」
と言う掛け声を合図に、俺達は全力で加速した。
ムックは、
「ハイド――!!」
と声高く叫ぶ柑奈を乗せたまま、前輪を高々と上げるジャックナイフをしながら急加速した。バイクの加速力には及ばないものの、彼のすぐ後ろを追跡するように、俺も後輪にホイールハウスを押し付ける感じでケツを下げるとギアを落として一気にエンジンを全開させた。
出足こそムックに負けるが、最終的な到達加速度と最高巡航速度は俺の方が速い。あっという間に俺はボンネット分彼の前に飛び出し、競り合うように並走する。
ところが哀しいかな。車と車の間をすり抜けられるバイクと違い、自動車は他の自動車を車線変更して避けなければ追い越す事が出来ない。もしも道路いっぱいに車が並走していたら、その内の一台が退いてくれるまで大人しく後ろで待っていなければならない。そんなこんなしている内に、ムックと柑奈の後ろ姿は車の流れの中へと消えて見えなくなっていく。
そうして、今日も俺は見事に惨敗した。学園の正門の前で、バイクの変身を解いて赤毛の柴犬に戻ったムックが得意げな顔をして、やっと到着した俺を見つめているのが何とも腹立たしい。少なくともここ50戦位ストリートレースでは連続で負け続けている筈だが、多過ぎてもう数える気力もない。
俺は美久を下ろすと、自分も元の魔犬の姿に戻り、地べたに四つん這いに座り込むと、体を冷ます為に舌を出してハアハアと吐息した。正直、物凄くスタミナを消耗するので疲れたのだ。
出来れば少し休みたいのだが、現実はそうそう甘やかしてはくれないらしい。
「こら、カイト!何座り込んでいるの?置いて行くわよ。さっさと歩きなさい。」
と、我がマスター美久は俺をしきりに責付いた。
「嫌だ!疲れた!もう歩けないよ!抱っこ!抱っこ!」
俺は大声で喚いて美久の足元をコロコロと転げ回りつつ駄々を捏ねた。
「抱っこ!抱っこ!抱っこ!抱っこ!」
「あ――――、もう、分かった、分かった。そんなにキャンキャン喚かないの!本当、甘えん坊なんだから。」
俺の想いが通じたのか、美久はしゃがみ込むと両手でそっと俺の胴体を持ち、その豊かな胸の中に抱き寄せた。ぷにぷにとしていて弾力もある柔らかい乳房に顔を埋める感覚が心地良い。こうして頭を撫ぜられながら、赤い軽量プラスチックのフレームのスタイリッシュな眼鏡を掛けた彼女と目を合わせていると、自然と優越感のような気持ちに浸る事が出来る。使い魔とはいえども所詮、俺も愛玩動物と云う事か……。
広い高等部の敷地を美久に抱き抱えられつつ進んで行く。目の前には5階建ての近未来的な雰囲気を漂わせた銀色に輝く大判の一枚硝子を多用した校舎が聳え立っている。幼稚園から大学まで共学で一貫教育を施す巨大学校法人の高等部の敷地なのだから、大きくて当然のような気もするけれども、やはり魔法技術のエキスパートやスペシャリストを養成する為の日本で唯一の専門教育機関であるという先入観を与えられているからか、中々に立派に見えた。
勿論、魔法学とか魔術概論、分析魔法学、使役魔法学、魔術工学、幾何魔方陣理論分析学……といったような魔法関連の勉強の初歩を学ぶ為の学校なのだが、普通科で勉強するような、現代文学、古文、漢文、数学、英語、生物学、物理学、化学、地学、政経学、地理学、歴史学、哲学、論理学、保険体育と一通りの学科も学習する。そして魔法よりもそれ以外の勉強に一日の大部分を割く。結果的に魔法以外ではお呼びでない俺達は必然的に邪魔者になってしまう。
そんな使い魔達が必要でない間、学園では学生たちのそれらを校舎の一角で纏めて預かるというサービスを行なっている。云わば使役魔獣の保育園だ。
俺を抱いたまま校舎の中に入ると、下駄箱で上履きに履き替え、そのまま廊下を進んで校舎の1階の隅に造られた保育スペースへ美久は向かった。そこで受付の若い女性の職員に、彼女は俺を委ねた。
「じゃあね、カイト。午後の魔法の授業の前に迎えに行くから、良い子にしているのよ!」
「解った!する!」
尻尾を上へ上げてフリフリと振りつつ、美久にバイバイをする。彼女もまた俺に向かって軽く手を振ると、そっと背を向け柑奈と共に何処へと去って行く。入り口の自動ドアの硝子越しにじっと見つめていると、廊下の角を曲がったのか、急に彼女等の姿は見えなくなってしまった。
さて、何して遊ぼうか?
ムックとの競争で思いの外早く来てしまったからだろうか、普段は皆で取り合いになるような玩具も、幾つかは誰からも占有されずに灰白色の大理石の床の上に放置されている。しかも今一番人気があるスケボー、その内の一台の橙色の奴がまだ壁に立て掛けられているのが目に入った。
俺は一直線にスケボーの元に駆け寄ると、それを床に倒し、前足を乗せ、勢いを付ける為に後ろ足で床を蹴って走りだした。
トトトトス――――イ、トトトトス――――イ……。
前足をスケボーの後ろの縁に添え、後ろ足で走りながら押しまくる。本当はボードの上に立ちたくて仕様が無いが、短足胴長だと中々難しくもどかしく感じる。
だけれど、これはこれで何か楽しいな、と思える自分もいる。何だかよく分からない。
「邪魔するぜ!」
突然、そんな声と共にムックが俺の押しているスケボーの上に飛び乗って来た!途端にボードの重さが増え、ボードの速度が鈍る。
「おい、カイト。何してんだ?遅くなったぞ!」
お前が乗っているからだろうが――――っ!!!!降りろ、馬鹿――!
文句を言おうと口を開いたその時、
「あらあら、相変わらず仲が良いのねあなた達。」
と茶化す雌犬の鳴き声が聞こえてきた。声のした方を振り向くと、そこには淡い銀色の毛並みが眩しい御年9歳のプードルのルカ姐さんがニコニコしながら立っていた。
「おはようございます。ルカ姐さん。」
俺は歩みを止めて彼女に挨拶をした。
「でも、俺達そんなに仲がいい訳ではないですよ。」
「あら、そうなの?」
「そうですよ。」
俺は保育園にいる雌犬の中で一番の美貌を誇る、憧れのルカ姐さんに声を掛けられたのが嬉しかったので、ついスケボーから前足を離してしまった。
気が付いたら、俺の目の前からムックと共にスケボーが消えていた。
この中央魔法学園には、使い魔を使役する授業や訓練を行う初等部高学年から大学までの校舎や敷地の一角に必ず魔犬や魔猫等の愛玩魔獣を生徒や職員から預かる保育施設が併設されていて、それぞれに保父さんや保母さんと称される世話専門の職員が数十人在籍している。
その中に、群山さんと他の職員から呼ばれる、いつも薄鶯色の縒れた上下の作業着を着た、少し頭頂部が禿げた小太りの中年男性がいる。
このおっさん、いつも作業着のズボンの尻側のポケットに、ポケットが膨らみ過ぎてビロンビロンになるまで細かく刻んだビーフジャーキーを突っ込んでいて、俺達が強請るとそれを一枚だけ分けてくれるのだ。
今日も群山さんは後頭部を掻きながら俺達の前に姿を現した。勿論、ポケットの中は干し肉でパンパンになっている。
俺は群山さんに近付くと、肉を貰う為に後ろから彼の尻の辺りに飛びついた。
「ねえ、ねえ、ビーフジャーキー頂戴!頂戴!」
「ん?おや、お前、瀬川 美久ちゃんの所のカイ坊じゃないか。」
群山さんは足元にいる俺に気が付いたのか、振り向くとそう呟いた。
「なんだ、またこれが欲しいのか?全くお前はこれが好きなんだな。ほれ、やるぞ!」
「やった――――!わ――い!」
おれは群山さんがポイっと放り投げたビーフジャーキーの欠片を口で受け捕るとモグモグと頬張った。美味しい。やっぱ肉美味しい。美久はいつも栄養価こそ高いけど不味いドッグフードしかくれないからな。こうやって保父さんや保母さん達が分けてくれるお菓子やおこぼれが俺の日々の楽しみの一つになっている。
お昼にも、アルミニウムの皿に盛られたドッグフードやキャットフードが給食として出て来る。ただ、澱粉やヘテロ多糖をベースにして、必須アミノ酸と必須脂肪酸とビタミン類の他にほうれん草か何かのペーストを練り込んでフリースドライ処理をした、変な黄緑色をした球形のペレットだったので、味はそれ程悪くないのに頗る見た目が気持ち悪い食べ物だった。何をどう頑張っても、犬猫の餌とは思えず、はっきり言って錦鯉のそれと形容した方がしっくりとくる代物なのだ。
見た目からして食欲が減退するが、やはり腹の虫には敵わない。結局食べてお腹いっぱいになり、満足して昼寝をする。
午後になると、魔法の授業で使役する為に、美久と柑奈のクラスの学生達が挙って俺達を迎えに来た。
騒がしい雑踏の中、臭いと彼女の足を頼りに俺は美久を捜して徘徊する。そして何とか彼女の姿を見つけた俺は彼女の胸の中へ飛び込み、そのまま彼女によって俺は魔法学実習室へ連れて行かれた。
実習室で行う使い魔の使う授業は、的確に指示通りに使役魔獣が動くように、変身や攻撃などの魔法能力の向上を図る訓練の他、主人の云う事を聞かせる、お座りとか伏せとかお手とか、基本的な躾を施す訓練を繰り返してやらせられる。
正直言って、既に楽勝に出来る程度の事を、毎度毎度うんざりする程反復してやらされるから退屈で仕方がない。しかし、
「カイト、お手!」
「はい!」
と命じられた通りの動作を遂行する度に、
「よし!ご褒美!」
とおやつの骨っこが与えられるので、少なくとも俺はその瞬間の為だけにこの授業に真面目に取り組んでいた。
そうして放課後になると、美久は高等部の風紀委員の活動の為、校舎の4階、生徒会室の真下にあって委員の詰所となっている部屋に向かい、俺も一緒に付いて行く。
そして手紙などの書類を言われた場所や人へ届けたり、パトロールをして風紀を乱す不逞の輩を吠えて威嚇したりと、他のメンバーの使い魔達と一緒に風紀委員達の手伝いをするのである。
鋼鉄製の重厚な両開きの扉を開け、他の教室に比べてもそれなりに広い風紀委員会室に美久と共に入ると、1人の女性教師と2人の女生徒、そして3人の魔犬が寛いでいるのが目に入った。
女性との内の一人は今朝も会った高町 柑奈で、足元に彼女の使い魔である柴犬のムックが座っている。もう一人、腰まである綺麗なストレートロングの綺麗な黒髪に、制服がパツンパツンになる程の爆乳を持つ美少女は知恩院 麗美という3年生の風紀委員長で、その腕に抱くプードルのルカ姐さんのマスターである。
最後、紫掛かった黒いスーツをビシッと着こなした、長い髪を頭の後ろで団子に結んだ30半ばの面長の美人が、この風紀委員会の顧問を務める鏡 智子教諭である。そして彼女のスレーブとして、長年公私ともにパートナーであるのが、俺達の長老にして御年30歳、漆黒に輝く毛が今なお凛々しい、元警察犬のジャーマン・シェパードの光圀公である。
他にも3年生男子の副委員長とその使い魔の三毛猫とか、かなり沢山のメンバーとスレーブ達が居るが、同じ犬だからという至極単純な理由で、俺達はこのメンバーでいつも固まっていた。
俺が美久の胸元から飛び降りると、御老公とムックの所へ向かった。
「遅れてすみません。」
俺がそう詫びると、光圀公は鷹揚に構えながら、
「別に構わんよ、カイト。特に詫びる事もあるまい。わしらも今し方来たばかりだしの。」
と穏やかな口調で応えた。
そんなこんなで帰宅時間になると路線バスに乗って、美久と俺は寮の部屋へ帰還する。
美久が寮の食堂へ行っている間に用意された夕飯のドッグフードを食べ、彼女が宿題をする為に机に向かっている傍らでソフトボールを追いかけて戯れている内に、入浴の時間になった。
美久は着替えとバスタオルを2枚用意すると、服を脱いで裸になり、
「カイト、おいで!お風呂に入るよ。」
と俺に向かって呼び掛ける。
「ほいさっ!」
とその場で飛び跳ねると、俺は飼い主の所へ向かって駆け出した。
寮の部屋の浴室にはペット専用の洗い場が設けられているので、俺は基本的に毎晩美久と一緒に風呂場に入り、美久が体を洗う合間にシャワーのお湯を掛けて俺も軽く埃を流して貰うのである。
本当は月に一度しか使わない犬用シャンプーですっきりしたいのだけれど、犬は皮膚が繊細で弱いから、月一以上のシャンプーの使用はいけないのだそうだ。以前、いつもお世話になる掛り付けの獣医のちょび髭先生が美久にそう説明していたから、たぶん本当の事なのだろう。物足りないなあ、と思いつつも今夜も頭の上からお湯を掛けられる俺なのだ。
風呂から上がると、美久によってバスタオルで毛に纏わり付いた水分を拭われる。そうしてさっぱりすると、俺は寝床になっている淡い水色の一辺50cm程の立方体の横倒しにされたカラーボックスの中に入り、腹這いになって体を丸め、そっと目を閉じた。
美久はまだ椅子に座ってテレビを見ているらしいが、よく分からない。気が付いたら朝が来て、また美久に叩き起こされるだけだ。
そんな感じの俺の日常。