霧の血路 2
少しでも追手から遠い方へ、少しでも視界の悪い方へ、少しでも霧の濃くたちこめる方へ…… ウェルテとガスコンは、数分間全力で走っては止まり、また走っては止まりを繰り返し、周囲の様子を伺いながら森からの脱出をはかった。
二人が立ち止まり姿勢を低くすると、左右からは荒っぽく草をかき分ける音が聞こえる。
――もう包囲されたかもな……
ガスコンは草陰に身を沈めながら、耳をそばだてた。
「物音がしたぞ! 逃がすな!」
複数の地を蹴る足音。馬のいななきが聞こえないところをみるに、幸い騎馬隊ではないようだ。
イバラの根っこの下から、獣道をのぞいていたウェルテがガスコンを手招きした。ウェルテの隣に腹ばいになって藪の向こうを覗くと、すぐ眼前を黒皮のブーツとクロークのすそ、剣の鞘がいくつも通り過ぎた。
緊張と恐怖で歯がガチガチいわないよう、口にハンカチを詰め込んでいたウェルテは無言で正面を指さした。今のうちに包囲網の隙間からトンズラしようということだった。それにはガスコンも賛成だった。
二人は物音を立てないように獣道へはい出ると、青騎士とは逆の道へと駆けだした。
――青騎士どもが追われている誰かから離れて夜を待つしかない……ん!
ウェルテがそう思ったところで、突然低木の陰から飛び出してきた何かが真横からウェルテにぶつかった。衝撃ではね飛ばされたウェルテは悲鳴をあげて地面に転がる。飛び出してきたその影もウェルテを巻き込んで転んだ。
――くそぉぉぉ! 敵とぶつかった!
ウェルテは絶望のあまり大きなうめき声をあげながら腰のマンゴーシュを逆手に引き抜いた。上体を起こし相手に飛びかかろうとしたウェルテは、驚きのあまり思わず動きを止める。
「お、お前は……」
「ひぃぃぃ!」
怯えながら先の尖ったシャベルを突き出し逃げ腰になる老人は誰であろう、バルテルミ村の村長ポール・ラムジーその人であった。
「ラムジー! ラムジー村長じゃないか! こんな所で何やってんだ!」
ウェルテを助けようとソードブレイカーに手をやったガスコンもウェルテの言葉に唖然とする。
「ス、スタックハースト様…… そちらこそ何でまた、こんなところへ」
その言葉を遮るように近くで角笛の音が響く。
「声がしたぞ! 捕まえろ!」
霧の向こうから追っ手の声がした。
「こここ、こりゃいけねぇ。はやぐ逃げねぇと」
ラムジーが血相かいて腰を浮かせる。ウェルテはラムジーが大事そうに抱えているものを見てはっと目を丸くした。
――伝書鳩!
ラムジーの左手には羽を縛られた茶色い鳩が、人間界の騒ぎも我関せずといった様子でにおとなしく丸くなっていた。
「追われていたのは村長だったのか?」
「ウェルテ、とにかく質問は後だ。ぼさっとしてないで逃げるぞ!」
ガスコンの呼びかけで、ウェルテはマンゴーシュを鞘に納め、ラムジーを引っ張り起こした。
「旦那方、こっちです!」
ラムジーが先だって白いもやの中へ飛び込んだ。ウェルテとガスコンは迷う間もなくその背中を追った。
――遅かりし、だな……
周囲の足音の数や追っ手との距離から、敵との接触を避けて森を抜けるのは手遅れだとガスコンは予感していた。
折しも夕刻になり、風が出てきた。森の外から吹く風が白いベールを霧散する。
「いたぞぉ! 捕まえろ!」
ラムジーの足が止まる。背中の向こうに三角帽とマント姿の暗い影がいくつも霧の中に浮かんだ。
――捕まった……
ウェルテとガスコンはほぼ同時に悟る。
「ウェルテ! 止まるな!」
そう叫ぶと、ガスコンは腹の底から響くようなときの声を上げながら両の剣を抜いた。ウェルテもガスコンにならって、精一杯のがなり声をあげながらレイピアを引き抜き霧に霞む影に飛びかかった。
余勢に乗ってガスコンは先頭の青騎士に踊りかかる。ガスコンの目論見どおり、単独の逃走者を追い立てていたつもりの青騎士達は狼狽した。複数人の怒鳴り声とともに白い霧のなかから剣を持った者が襲いかかってきたのだ。
先頭の青騎士は剣を構え直す間もなくガスコンのカットラスで袈裟がけに切り倒された。狼狽しつつも周囲の者たちは一斉にガスコンへ刃を向ける。
「野郎ども、敵は少ねぇ! 皆殺しだ!」
左手のソードブレイカーに相手の刃を引っかけながらガスコンが叫ぶ。その、まるで山賊の親分のような号令に青騎士は怯んだ。青騎士達は尚も突進してくる見えざる敵に備えて身構えている。見通しの利かない霧の中、音とハッタリで敵の動揺を誘うガスコンの策はある程度うまくいった。そうでもしなければ、二人ともあっという間に大勢に囲まれてズタズタにされてしまっただろう。
とにかくダッシュの勢いに乗じてウェルテもレイピアを突き出すが、一撃目は敵の刃に弾かれた。ブロードソードの間合いである近距離に相手を寄せ付けないよう、距離をとって突くべき敵の隙をうかがう。ウェルテのレイピアは丈夫なものだったが、ブロードソードの斬撃をその刀身だけで防ぐのは危険だった。ウェルテはマンゴーシュを斜め前に構え、敵の剣を牽制する。
いくら視界が悪いとはいえ、多勢に無勢、時間を食えばそれだけ命取りとなる。ウェルテは自分から仕掛けることにした。
レイピアがブロードソードより優位に立てる点はそのスピードにあった。軽量なレイピアの刺突はやや重いブロードソードの斬りや突きよりも素早く、遠くから攻撃する事が出来る。ウェルテは相手の剣に自分の刀身をこすりつけるようにして跳躍。一瞬後、レイピアの刃が青騎士の手首を捕らえた。深手ではなかったが、手首を斬られた敵は剣を落とす。もう勝負は決まった。ウェルテはレイピアを引き戻して相手のマンゴーシュを押さえると、自分のマンゴーシュを相手のみぞおちに突き立てた。相手が倒れる様など確かめる暇もなく、ウェルテは別の青騎士の攻撃を防ぐためにマンゴーシュを体の正面へと振った。敵のレイピアの剣先がウェルテの腕をかすめる。ウェルテも負けじと相手の首めがけて剣を振るが敵の短剣に弾かれる。それでもウェルテは一歩踏み込んだ。ブロードソードの突きをマンゴーシュではじき、ウェルテは相手の腹部をフリーになった右手のレイピアで捩じりこむように突き刺す。口から血を吐きながら信じられないという表情で崩れ落ちる青騎士隊員からレイピアを引き抜き、ウェルテは新しい敵に対した。息が荒く、もうかなりバテってしまった。だがまだ三人もの敵がウェルテへと向かってくる。絶望を感じながらも、ウェルテは怒号を上げて青騎士たちに斬りかかった。
一方、ガスコンの側面からは刃が水平に襲う。その風切り音は大きな金属同士の衝突音に遮られた。重厚なソードブレイカーの溝にがっちりとはさまったのでガスコンは敵の力を受け流すように左手を支点に体を傾ける。敵の剣を持った腕が伸びきったところで、ガスコンはソードブレイカーを捻り、相手の刀の一点へカットラスを振り降ろした。大きな破壊音とともに圧迫を受けていたブロードソードが真っ二つに折れる。折れた得物を手に呆然と立ち尽くす青騎士をガスコンは容赦なく一文字に斬り捨てた。
――チクショウ、やっぱり甘かったか・・・
ガスコンはほぞを咬んだ。とりあえず敵を怯ませてその隙に脱出しようと目論んでいたガスコンであったが、やはり相手は正真正銘のマン・アット・アームズ、それも大勢とあってたやすく逃げおおせる状況ではなかった。
ガスコンは次に向かってくる青騎士隊員の斬り込みをカットラスでいなしながら周囲を見回す。すぐ近くではウェルテが苦戦しつつも何とか敵を突き倒していた。だが、他方では先のラムジー老人が青騎士二名に囲まれ絶体絶命の状況だった。老人は怯えながら錆びたスコップを無闇やたらに振り回すが、敵はジリジリと剣を構えて老人に迫る。ウェルテにそれを助ける余裕は無さそうだ。
「やべぇぞ!」
ガスコンはつばぜりあいをしている相手の顔面に肘鉄を見舞い、その隙に胸と腹の急所を一刺し。悲鳴をあげて倒れる敵を放り出してなんとか助けに向かおうとしたが、間に合いそうもなかった。
再び、空を切る短い音がガスコンの鼓膜に届く。今にも斬られようとしていたラムジーが口を開けたまま青騎士の一人を見つめた。剣を振りかぶったその隊員はそのまま剣を落とし、身をよじって地に転がる。その脇腹には矢が深く突き刺さっていた。
――誰だ!
ウェルテも異変に気付き、周囲を見回した。再び何かが飛翔する音と共にウェルテと向かい合っていた隊員の喉を矢が射抜く。血飛沫を上げてのたうち回る青騎士を見て、ウェルテは咄嗟にクロークを翻して身を低くした。
一方、ラムジーに襲いかかろうとしていたもう一人の隊員もようやく事態を悟り、背中を向けて逃げ出した。
「まずいガスコン、一人逃げた!」
ウェルテが叫ぶ。その隊員は青騎士の最後の一人だった。もし一人でも逃げて仲間にこの事を知らせでもされたら、ウェルテとガスコンは晴れておたずね者になってしまう。ガスコンも追うそぶりを見せたが、その青騎士の背中はすでに霧の向こうに霞みだした。その刹那、三発目の風切り音がウェルテ達に聞こえた。霧に霞む敵の黒い背中が硬直し、ばたりと地面に伏した。何者かの攻撃を前に、ウェルテとガスコンは両手の剣で身構える。
「ラムジー! ラムジー! 無事なの、ラムジー!」
若い女の声とともに、木陰から二つの人影が飛び出してきた。ウェルテは思わずあっと声を上げた。黒いクロークに黒い帽子、その帽子には緑色の孔雀の羽根飾りが揺れている。今日は女である事を隠すつもりもないのか黒い髪を帽子の間から長く垂らしており、手には抜き身のスウェプトヒルト・レイピアを握っていた。
――あ、あの時のオトコ女だ!
ウェルテとガスコンは驚きのあまり声も出せなかった。ウェルテは目を丸くしポカンと口をあけて黒衣の女を見つめた。女の方もウェルテ達に気付き、一瞬ギョっとした表情をするが、すぐに厳しい顔に戻ってレイピアの険先を向ける。一緒に現れた短弓を手にした男が弓に矢をつがえてウェルテを狙った。ウェルテとガスコンも我に返って、すぐに斬りかからんとばかりに剣を構える。
「やれ!」
「お待ちくだせぇ。射てはなりません!」
一触即発のウェルテと女達の間に割って入ったのはラムジー老人だった。
「この方達は断じて敵でねぇのです。とにかく、今は森から脱出しねぇとなりません」
ラムジーは鳩を抱えたままウェルテ達を庇うように叫んだ。
弓の弦を引き絞った男は指示を仰ぐように女の顔を見た。女は敵意に顔を歪ませたままウェルテやガスコンのクロークに飛び散った返り血や血塗れの剣を見て眉をひそめる。森の奥の方からは青騎士の角笛や猟犬の遠吠えが迫る。
「今は一度退きましょう。話はそれからだ……」
女はそう言うと射手の男を連れて走り出した。
「さぁ旦那方もお早く」
ラムジーもそう言って女達に続いて霧の中へ駆けだした。
「ど、どうしよう?」
ウェルテは不安そうにガスコンを見る。
「行くぞウェルテ。とりあえず青騎士よりはマシだ……」
無論、本当にマシかどうかなどガスコンにも判らなかったが、とにかく五体満足でこの森から抜け出すにはそれしか道がないように思われた。
「ラ、ラムジー、待ってくれ!」
ウェルテ達は全速力でラムジーの後を追いかけた。
収穫祭を明日にひかえ、普段なら人通りが少なくなる時間を迎えてもアグレッサの街路に人の往来が絶えることはなかった。この町へ集まった大勢の人が前夜祭とばかりに騒ぎ踊り、自分一人カンテラを忘れても、他人のカンテラの光が連なり、今夜に限っては道に迷う気遣いは無用だった。
「旦那ぁ、次はどこぉ連れてってくれるのぉ?」
薄いショールを羽織った舌足らずな若い娘がヨロヨロと男の腕に抱きついた。上から半分がお花畑になっている帽子を被った相手の男、ナイジェル・サーペンタインも酔いどれの千鳥足で道を進みながら娘の肩を抱いて叫ぶ。
「かわいいエバンジェリン。今宵はどこへでもつれっていってやるぞ。見たまえ、月があんなにも大きくかがやいておる。これから二人で月へ行こう!」
威風堂々と口から出任せを言う男に、相手の女もそれは素敵と叫んで男の頬に接吻した。それを見た周囲を行く酔っぱらい連中が意味もわからず喝采の拍手を送った。ナイジェルは手にしたぶどう酒のコップを掲げて祝いの言葉を返す。誰もがバカをやり、誰もがバカを言う。とにかく陽気であれば、ある程度のことは許される。それが収穫祭のありようだった。
その時、往来を蹴散らすように甲冑や胸甲で完全武装した青騎士の騎馬兵、数騎が駈足で西へと走り過ぎてゆく。通行人に注意を払う事もなく突っ込んでくる軍馬を避けようとナイジェルは娘を抱えて道路わきへと飛び退いた。
「まったく、祭の前夜に無粋な奴らめ……」
疾走する馬から娘を庇って、コップのぶどう酒をほとんどこぼしてしまったナイジェルが青マントの背中を見ながら毒づいた。
「ははは、旦那、酒は残念だったがそう悪い事ばかりじゃねぇよ。どうやら昼間、西の森で青騎士どもを束で叩き斬った腕っぷしのいい賊が出たって話だ。青騎士に刃向うとは今日日見ねぇ肝っ玉の据わった賊だってんで、皆大喜びだぜ。いつも威張りくさってる青騎士どもからしちゃあ、そんな奴等は放っておけねぇだろうがな」
近くにいた酔っ払いの親父がそう言って通り過ぎた。
体を起こしたナイジェルは酔いのせいか急に体が重くなったような気がした。北の繁華街でかわいらしい踊り子の娘をひっかけ、昼間からぶっ続けで酒盛りしていたナイジェルだったが、ふと今日もオストリッチ邸へ新しい荷物が届くことになっていたことを思い出した。 アグレッサを訪れてからというもの毎日、ナイジェルはオストリッチから届いたばかりの珍しい壷や絵画など様々な品を見せられた。だが、今回の滞在に限っては、どうにも特別心惹かれる品には巡り会えずにいた。そればかりか、だいぶ以前にナイジェルがオストリッチに手配を頼んだとある品は未だにアグレッサへ到着していなかった。
今日も期待はできなかったが、気になってしまうと我慢ができない。となると、ナイジェルには急にこの娘の存在が煩わしくなってくる。とはいえ、祭の空気に酔っている娘をこんな事で興醒めさせるのもナイジェルの矜持に合わないことだった。
仕方がないのでナイジェルは娘を抱えながら周囲を見回し、たまたま居合わせた身なりの良い紳士連中に声をかけた。
「よいかエバンジェリン、月に赴くのは次に巡り会った夜にしよう。そのかわり今夜は大いに楽しむのだぞ」
ナイジェルは踊り子の娘にそう言うと、呼び止めた紳士連中へ皮袋にあるだけシルバ銀貨を手渡した。
「よいか、今宵このレディーを退屈させないでくれたまえよ。では諸君よい祭りを……」
金と道連れの娘が降って湧いたので、男達は大喜びでナイジェルに礼を言い、娘は新しい遊び相手と財布を見つけて異存などなく笑顔でナイジェルに手を振った。前夜祭の騒ぎのなかへと消えてゆく一行を見送ると、ナイジェルは心地よい酔いに身をまかせながら家路についた。
オストリッチの屋敷の門をたたくとすぐに使用人がとんできてナイジェルを招き入れた。
「お帰りなさいませ、ナイジェル卿。ご夕食になさいますか?」
さっそく執事のアロンゾが出迎えた。ナイジェルは帽子とスモールソードを執事に手渡し、クロークを脱ぎながら尋ねる。
「食事はもう済ませた。それより風呂にしよう。ところで今日の荷物は届いたか?」
「はい、エスカルから謝肉祭用の衣装とマスケラが届いております。すでにお部屋へお運びいたしました。お風呂はすぐに用意させます故、今しばらくお待ちを……」
執事はそう恭しく告げ退出した。結局、今日も自分が一番心待ちにしていた荷物は届かなかったようだ。
ナイジェルは屋敷の中庭にある寝椅子に腰かけ空を見上げた。人々の浮かれ騒ぐ喧騒が屋根を越えて伝わって来る。ナイジェルはどこの街であっても祭の空気に浸り、そこの住人と一緒になってその熱気を共有することが好きだった。
そうやって夜の空気に涼んでいたナイジェルは、ふとさっきから自分を見つめている六つの目があることに気がついた。ナイジェルは中庭を囲む回廊の影に三つの黒い人影を認めた。暗い色の服装をした男達が回廊の柱の陰に隠れるように立って、静かにナイジェルを見つめていた。ナイジェルも男達を興味深そうに見返す。回廊に吊るされたランタンの灯が逆光となりはっきりとは見えないが、男達は帽子もクロークとらぬまま、黙してナイジェルを凝視している。その眼光は祭の喧騒にはまるで似つかわしくない、ある種の不快な緊張感をナイジェルに抱かせた。
「おお、遠路はるばるよく来た、先生方。さぁ、こっちへ。今すぐ、食事を用意させよう」
ナイジェルと男達の睨めっこに割って入ったのは屋敷の主、アドリアーノ・オストリッチだった。オストリッチはそう早口にまくしたてながら、男達をいそいそと自分の書斎のある母屋の方へと引き入れる。男達はナイジェルにジロっと視線を送りながらも足早に母屋の中へと入ってゆく。そこでナイジェルは初めていぶかしげに首を傾げた。先頭をゆく男が歩いた時、その男の足元には両腰から吊るした二本の鞘の先が揺れていたのにナイジェルは気が付いた。
――ダブル・レイピアとは……
ナイジェルは母屋に消えた男達の方を見ながら思った。これまでも酔狂で左右の両腰に剣を吊るしてみせる好事家には何度か会ったことがあるが、それはすべて社交界でのことだったし、飽くまで奇をてらったファッションとしてやっているものだった。だが、今出くわした暗い目をした男がそんな遊び心や悪ふざけで二本のレイピアを帯びているとはとても思えなかった。
「商人というものは……」
ナイジェルはそう一言だけつぶやいた。あの男達の正体などナイジェルには想像する余地もないことだったが、彼にはただ一つだけはっきりと判っていた。あの陰鬱かつ無機質な瞳を見るに、少なくとも自分が最も美徳とする風流や趣といった概念を一片たりとも持ち合わせない領域に生きる男達だと思った。
「ナイジェル卿、お風呂の支度ができました」
アロンゾの声が背中から聞こえた。
「うん、ご苦労……」
ナイジェルは立ち上がった。どういうわけか、すっかり酔いは醒めていた。




