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〈破局〉の足音

「あの村の連中はマトモじゃねーな……」

 ガスコンは、ほとほと呆れた様子で背後のローズウッド村の灌木林を振り返った。

「確かに驚いたけど…… 来てみて判った事もあるよ」

ウェルテは口をゆがめて羊皮紙を物入れへとしまった。

 乗り合い馬車に乗って来た二人は霞の森の入口に差し掛かったところで馬車を降り、予定通り一路南へと足を向けた。しばらく歩いてたどり着いたのは、最初の目的地であるローズウッド村であった。昨日の昼間に同僚達の目を盗んでウェルテが調べたところ、ローズウッド村もスワインヴィル村の時と同じく凶作に見舞われて、税の見せかけ現物納付というアカバスからの救済措置を受ける予定となっていた。しかし、それにも関わらずローズウッド村も期日にきっちり現金で全ての租税を役場へ納めた記録が残っていた。

 この一連の不自然な出来事の理由を知るため、ウェルテ達ははるばる村まで出向いたのだが…… 二人はここで異常な歓迎を受ける事になった。

 二人が村の入り口に差し掛かかるや、村人の一人が大変だと騒ぎ出した。二人が顔を見合わせていると、あっという間に土気色の顔をした不健康そうな男達がくわやピッチフォークを手に取り囲んだ。男達は敵意剥きだしにさっさと出て行けと二人に凄む。最初は相手をなだめようとしていたウェルテだったが、男達の粗暴な山出し口調が勘に障ったので、ついにはレイピアの柄に手を掛けて言い放った。

「徴税吏に狼藉をはたらくつもりか! ならば容赦しないぞ!」

するとそれまでの攻撃的な態度はどこへやら、皆急に恐がって農具を放りだし荒れ果てた果樹園の方へと一目散に逃げて行ってしまった。そのひどい怯えようには、残されたウェルテ達の方が驚いてしまった。

 結局、二人が村で見たのは、事情を全く知らない痩せた子供達と口のきけない病人、そして妙に目立つ空き家だけだった。村には小さな果樹園や主な特産品であるクルミやハシバミの実等のナッツ類を採るための高木林があったが、どちらも雑草だらけでとても管理されているようには見えなかった。

 仕方なく、何も聞き出せないまま二人はローズウッド村を後にして次の目的地であるスワインヴィルを目指す事にした。

「ナッツや粉を保管しておく共同貯蔵倉を覗いてみたけど、ほとんどカラだった。収穫直後の今の時期じゃ有り得ない事だよ。それに、人が少ないし空き家が多過ぎる。村を棄てて夜逃げしたのかもしれない。病人や村の人間の顔を見ても、腹一杯食べている様子はないしね。とても金があるようには思えないね……」

ウェルテの言葉にガスコンは納得したようにうなずいた。

「次に行く村も同じ有様じゃなきゃいいが……」

「うん、スワインヴィルでは何としても話を聞かないと」

二人は霧がたちこめる森の奥へと歩みを進めた。

 平野部と森の境目にあるローズウッドでは薄もやだったが、森を進むにつれてもやは次第に濃い霧となっていった。

 誰とも出くわすことなく一時間半ほど歩くと、霧の中から家畜用の粗末な囲いと丸太と葦でつくられた家々が見えてきた。

 第二の目的地、羊皮紙に書かれたスワインヴィルの村だった。スワインヴィルは森の中で畜産を営んでいる村で、ここで作られたベーコンやソーセージは絶品とはいえないまでも、アグレッサ領内で作られる他の食べ物よりはずっと上等だった。だがそんな畜産の村にもかかわらず、囲いの中には当の家畜の姿は無く、収穫祭の間際というのに周囲は異様な静けさに包まれていた。

 二人が村の中央にある広場までやってくると、そこには柵につながれたロバが一心に干し草をはんでいた。

「こいつは食う為じゃなさそうだな」

ロバの背中にのった古びた鞍をみてガスコンが言った。二人がロバを眺めていると、農民らしいサイズの大きすぎるズタボロのチュニックをかぶった子供が二人、どこからともなく走ってきた。二人とも十歳には満たないくらいで、兄とおぼしきひと回り背の大きい男の子とさらに小柄な妹らしき女の子だった。二人とも痩せ細り、血色の悪そうな顔は垢じみている。

「やぁ、村長さんはいるかい?」

ウェルテの問いに男の子がうなずくと、妹らしき女の子もコクリと兄の真似をした。

「村長さんが今どこにいるか判るかな?」

しゃがんで子供達の目線でウェルテがたずねると、兄妹達は無言で、広場の突き当たりにある家屋よりやや大きめの建物を指差した。壁の板にはフォルス教の祈り文句やイコンを真似た下手くそな絵が描かれている。どうやら村の共同礼拝所のようだ。

「わかった。ありがとう」

ウェルテは立ち上がり笑顔で手を振ると、兄妹達も不揃いな歯を見せて不器用に笑った。

 ウェルテとガスコンが礼拝所の粗末なドアを小突くと、返事とともにドアが開いた。

「おや、村長。街からお客みたいだぞ」

そう言って姿を見せたのはどう見ても農民らしからぬ仕立ての良い茶色のツイードのベストとズボンを履き、白いシャツを着た、痩せた中年の男だった。乾きかけた血で褐色に汚れている男の両手を見てウェルテは一瞬ぎょっとしたが、すぐにその男が街の施療院から来た床屋である事が判った。薄暗い礼拝所の中では数人の患者が長椅子に寝かされ、藁を敷きつめた床の上には、治療の為に患者から瀉血しゃけつしたばかり血で一杯になった洗面器が置かれている。

「おたくらも街からきたのか?」

男の問いにウェルテはうなずいた。

「徴税吏のウェルテ・スタックハースト。こっちは連れのパンタグリュエル。そちらは床屋さんで?」

「ああ、施療院のローランだ。……そうだな、握手はやめておこう。そこにある手桶をとってくれないか?」

男は思わず差し出した血まみれの右手を引っ込め、軒下に置かれた桶を指差した。ウェルテが水の入った桶を持ってくると床屋はそれで手をすすいだ。

「街の床屋がこんな田舎で何してるんですか? あっちにあったロバはおたくの?」

ウェルテの問いに床屋は笑った。

「ああ、もちろん往診に来たに決まってる。普通はあまりやらないんだが、この村の坊さんが子ブタ二頭を引っ張って直々にうちの院長のところまで頼みに来たってわけだ。大の大人が風邪をひいて一月も治らなかったり、肺病病みが増えてどうにもならないって話だから仕方なく自分が来ることになったんだが…… ここは思った以上に酷いぞ。村の大人の三人に一人は何かの病気だ。きっと子供はそれ以上の数だろう。下手すると流感騒ぎになりかねん」

『流感』という物騒な単語を前にウェルテとガスコンは思わず眉間に皺をよせて唾を飲み込んだ。

「さっさと用事を済ませて村を出た方がいいね……」

ウェルテが鼻をつまんで言うのでガスコンも無言でうなずいた。

「まだ、そんな心配はいらんだろう。見たところあんたらはちゃんと食って寝ているようだしな。だが、この村の連中はどうやらまともに食ってないようだ。子供の多くに栄養失調の症状が出始めてる。収穫間もないこの時期からこれじゃあ先が思いやられる……」

ローランは途中から真剣な顔で言った。

「確かに今年は心配なんだ。晴れの日が少なかったからアグレッサ近辺の作物はどこも不作だよ。深刻な飢饉になるんじゃないかって……」

「そんなものはもう始まってる。こんな状況が続けば病人のほとんどは早晩死ぬ事になる。今はまだ出てないが、体力が弱ったところへ伝染病でも起こったら収拾がつかなくなるぞ」

「明日から収穫祭だっていうのに、そんなに飢えてるのかよ……」

ガスコンが面食らったように一人つぶやいた。

「この村は小金があるはずなんだけどな…… どういうことだろう?」

ウェルテは首を傾げた。

「そんなものありゃしないだろう。往診の代金ですら子ブタで払うような村だぞ。あんたら徴税吏の方がその辺よく判ってると思ったが」

「だから、様子がおかしいからそれを調べに来たんですよ。村長さんは中?」

床屋はうなずいた。

「肺病だ。あまり長く話させないようにな」

ウェルテはうなずき、ガスコンと共に礼拝所へと入っていった。

 礼拝所のなかは広いが、薄暗く灯りは小さな窓穴と両壁際に置かれた獣脂で作った蝋燭だけだった。いたんだ肉のような臭い粗製の蝋燭の独特な嫌な臭いがウェルテの鼻を突いた。

 礼拝所の正面奥には木の箱で作った粗末な祭壇が設けられ、その前には背もたれの無い長椅子が数脚並んでいる。いくつかの長椅子には病人らしき男女が寝そべってぼろぼろの毛布にくるまっていた。

「おお、これは息子達よ。今日は一体どうしたのですか?」

 継ぎ当てだらけの茶色いローブを羽織ったこの年老いた僧侶が二人を出迎えた。最低限、清潔にはしているようだが、顔にはゴマ塩の無精ひげ、衣服はボロボロ。ぱっと見るにこの村の僧侶はグライトの生臭坊主達よりは遥かにフォルス教の教典に忠実に、慎ましい生活を送っているように見えた。

 ウェルテが僧侶へ徴税役場から来た事を伝え村長へ面会を求めると、彼は二人を祭壇のすぐ前にある長椅子のところへ連れていった。肺病病みの老人はゆっくりと起き上がり、ウェルテ達に挨拶した。スワインヴィルの村長であるその老人は名をエルトンといった。

「今日はサリエリの代わりに来たんだ。いくつか聞きたい事があるんだけど」

エルトンは何度か荒く息を吸うと、途切れ途切れにきいた。

「サリエリ様は…… どこか体でも悪くしちまったんでしょうか……」

ウェルテは無表情でうなずいた。

「うん、死んだよ。ちょうど五日前に。殺されたんだ」

老人の半ば閉じられていた目が大きく見開かれた。と同時に乾いた咳が止まらなくなって、エルトン老人は苦しそうに身もだえた。

「おい、じいさん大丈夫か?」

ガスコンが慌てて老人を長椅子に横たえた。横向きに寝かせてしばらくするとようやく咳もおさまりエルトンは頭を少し上げた。

「恐ろしい…… とても恐ろしい…… サリエリ様の魂に神の御加護を……」

老人は祭壇へ顔を向け、印を結んで祈るしぐさをした。

「五日前の昼から午後にかけて、サリエリはこの村へ来たのかい?」

ウェルテがたずねると、老人は首を振った。

「神に誓って、その日は…… お見えじゃねぇです……」

「そう…… なら、その少し前には来ただろう? 何せ彼はここの当番徴税吏だからね」

老人は目をつぶって、弱々しくうなずいた。

「定期的な出来高のチェックだけじゃなく、今年の租税の件を調べに来たんだよね」

「おっしゃる通りです……」

ウェルテはサリエリの羊皮紙を物入れから取り出した。

――さて、何から聞こうかな……

ウェルテは一昨日見つけた貢租簿の不自然な点から聞き出すことにした。

「なんで、アカバス先生の言うように家畜の現物納付を受け入れなかったんだ? 今こんなに苦しむ事は無かったのに。あれだけの現金はどう工面したのか教えて?」

老人は浅く息を吐きながら静かに話し出した。

「それができなかったんでごぜぇます…… 今年は木の実も少なく、せっかく増えた豚も羊も痩せていく一方だ…… それにも関わらず年貢は例年変わらず容赦ねぇ。だからアカバス先生のご厚意には感謝しきれねぇです…… でも納付直前のある日、いきなり街の荷車屋が馬車をつらねて村へやってきたんでさぁ。連中、ほんのわずかなゴルド金貨をワシらに押し付け、あるだけの干し肉をよこせと……」

「嫌なら、なぜ突っぱねなかった?」

「無理ってもんです…… 村は街の両替商に借金をしています。その約束手形がどういうわけか荷車屋の手に渡ったみてぇで、それを盾にワシらを脅してきおったんです。それに……」

そして老人は再び咳こんだ。しばらく苦しそうに呼吸していた老人は、ためらいがちにかすれた声で続けた。

「荘園から来た役人と青騎士が一緒に来てたんです。売り渋りするようなら重い加算労役を村に科すって……」

 労役は、労働力が足らない領主直轄の荘園や畑の世話を決まった期間だけ近隣の村人に行わせる事を義務付けた租税制度だった。貨幣や穀物といった実体の伴わない負担であるため、アグレッサでは農民の労役の管理をしていたのは荘園のマナーハウスに詰める代官だった。

「なんで荘園の役人が干し肉なんか欲しがるんだ?」

ウェルテの疑問には村長も答える事はできなかった。

「そんなこと、ワシらに判る事じゃねぇです…… 用意していた分じゃ足りず、子ブタや子羊まで絞めて急いで天日干ししなきゃならねぇくれぇでした」

「なぜそれを徴税役場に相談しなかったの? こんな酷くなる前に、なにかやりようがあったはずだよ!」

あまりに横暴な荷車屋と荘園の役人達の有様や、歯切れ悪くただ手をこまねいているエルトンにウェルテは強い苛立ちを感じてきた。

「グズグズしてると、村の大勢が冬前までに死ぬかもしれなんだぞ!」

ウェルテが声を荒げると、エルトンはみっともなく涙を流し始めた。

「ワシらは恐ろしいんです。村に来たアイツら、どういうわけかしきりに、この事を村の外に漏らしたら酷い目に遭わすと何度も脅して帰って行きました。役人も商人も、ワシらにとっちゃ盗賊と変わりねぇ…… どうする事もできずにいた時、徴税吏のサリエリ様がおいでになって、いろいろ調べ始めました。だから、サリエリ様にこの事を伝えたんだけども…… サリエリ様まで…… ああ、恐ろしい! ああ、神様ワシらをお助けくだせぇ!」

エルトン老人は半ば錯乱したように叫び出したので、すぐに僧侶が枕元に寄ってきて老人の肩をさすりながら祈りの言葉をとなえだした。

「この世の誰もが私達を見捨てても、神だけはあなたを見捨てません。だから勇気をもって心を清く安らかに保つのです」

僧侶の言葉に老人は泣きながら神様、神様とうわ言のように繰り返した。

 もうこれ以上話を聞けそうもないので、ウェルテとガスコンは立ち上がった。二人が出口へ向かおうとした時、戸に近い長椅子に寝ていた老婆が流感患者がよくするように妙に湿っぽい咳を繰り返した。ウェルテとガスコンは思わず手で鼻と口を覆って、まるで瘴気のような礼拝所の空気から逃れるように外へと飛び出した。

 二人は霧に覆われた村の広場で深呼吸した。

「それにしても、貧しい人ほど信心深いってのはなんだか皮肉だね」

ウェルテのつぶやきに、ガスコンは首をひねった。

「そうか? 案外逆かもしれねぇぞ?」

 礼拝所の外で道具を鞄にしまっていた床屋のローランがやってきた。

「用事は済んだかね?」

「お陰さまで…… それにしても、今の時期によく森へ来ましたね? 何日か前に床屋が森で青騎士に捕まったって聞いたけど」

その問いにローランは何度もううなずいた。

「来るまでが大変だった。森に出かけるたび青騎士にやられたんじゃうちも叶わないから、今日は院長が何度も青騎士に確認を取ってようやく来たんだが。アンヘルムのやつ仕事を休んで一体何をやっていたんだろうなぁ……」

床屋は考え込むように視線を巡らせた。

「お友達だったんですか?」

「いいや、口数の少ない男だったからな。ただ、アグレッサに来てもう十年になるそうだ。そういえば、カベルネから来たって聞いたことがある」

「ヘぇ、カベルネから……」

カベルネはアグレッサの北隣りに位置する都市国家である。

「いわれてみれば、あいつは色が白くて髪が黒かったから、きっとカベルネ出身なんだろう。あの街の出身者には多いからな」

そう思い出したように言うローランの言葉を聞きながら、ウェルテの脳裏には不意にあの男装の女の流れるような黒い髪が思い出された。


 太陽はほとんど顔をださなかったがそろそろお昼時なので、ウェルテとガスコンは村はずれの草地に腰をおろし簡単な昼食をとることにした。ロクサーヌが持たせてくれた包みを物入れから取り出し、その一つをガスコンへと渡す。二人が包みを解くと掌二つ分くらいのバタールと添え物の硬いチェダーチーズが姿をあらわした。ガスコンは折りたたみナイフを取り出しパンとチーズを切り分け、ウェルテへナイフをまわした。

――宿のやりくりも大変だろうに……

ウェルテはロクサーヌのご馳走に感謝しながらパンを真っ二つに割り、間にチーズを挟んでかじりはじめた。午前中にそこそこの距離を歩いてきたので二人とも空腹だった。二人は黙々とパンを口に運びながら、なめし皮で作った水筒の水で喉を潤した。

「そういや、ウェルテ」

ガスコンがもぐもぐと噛んでいたパンを飲み込んでから話し始めた。

「昨日、お前から羊皮紙の目録について聞かされた後で気になったんだがな。荷車屋のヴィアーズが集めてた食い物って」

皮の水筒から水を飲むため唇を突き出してしたウェルテはきょとんとした顔でガスコンを見た。

「ふと思ったんだけどな、干し肉やニシンの干物、ドライフルーツ…… よく考えりゃ俺にはなじみの食い物ばかりだ」

「そりゃそうだ。どれも高級じゃない保存食だからね。僕らにはお馴染みだよ」

ウェルテは要領を得ていない表情で首をかしげる。

「そうじゃねぇ。組み合わせだよ。オートムギに水加えて練ったドロドロの主食にカチンカチンの干し肉やニシンのおかず、申し訳程度のデザートは干した果物や殻すら剥いてないナッツ…… 思い出すだけでうんざりしてくるメニューだぜ……」

「そりゃ聞くだけでもうんざりだな」

スライスしたオレンジ色のチーズをかじりながらウェルテが苦笑いした。

「いざ戦争がおっぱじまったら、俺達戦争屋は毎日そんなもんをばかり食わされるんだ…… ギルドの荷車屋が集めてる物もまさにそれだ」

それを聞いたウェルテは目を丸くしてうなずいた。

「そうか! ヴィアーズは戦争に備えて強引に保存食を買い占めていたんだ。きっとどこか近くで戦争が起きるんだよ!」

「いや、待て。そう慌てんな。教会が異端抹殺の『聖戦』を企てているって噂は確かにあるし、食い物の組み合わせだけ考えりゃドンピシャなんだが、俺はそうじゃないと思う」

ガスコンは興奮するウェルテをなだめるように言った。

「最初は戦支度かと思ったんだが、それにしちゃどうも扱う量が少なすぎる。例えばこの村から分捕った干し肉はどれくらいだ?」

「確か樽で四十だったかな」

「この村で作れる肉の量として考えれば大量だが、一千人規模の軍隊を養うことを考えると少なすぎだ。帳簿に載っている量の食い物じゃ、もって二日分にしかならねぇな。大規模な兵隊を動かすのは無理だ」

「じゃあさ、もっとずっと人数を減らせば動けるよ」

身を乗り出してそう言うウェルテを見てガスコンは呆れたように肩を落とした。

「あのなぁ…… 少人数で城が落とせたり、敵将を討ち取れたら誰も戦でこんな苦労はしねーよ……」

「おや?」

 いつの間にか、二人がそう言い合っている様をじーっと見つめている二つのシルエットにウェルテは気がついた。それはウェルテ達がスワインヴィルに着いた時に見かけた幼い兄妹だった。何がおもしろいのか兄妹達はしゃがんだままニヤニヤ笑って二人を眺めている。ウェルテとガスコンは顔を見合わせた後、自分達の膝の上の食いかけのパンへと目をやった。ウェルテは周囲を見回しながらパンの食いかけの部分をナイフで切り離し、残りを子供達へと突き出した。

「誰にも言うなよ」

兄の方が無言でうなずきウェルテからパンを受け取った。ガスコンもパンの残りを軽く放り投げた。

「ほれ、キャッチ。あと、チーズもあるぞ」

パンにがっつく二人の前にガスコンは残ったチーズの切れ端を置いて立ち上がった。

 ウェルテとガスコンは荷物をまとめて、革の物入れを肩にかけた。

「じゃあな、坊主達。風邪なんか引くなよ」

ウェルテとガスコンはパンとチーズを頬張っている兄妹達に別れを告げ、霧の深い森へと歩きだした。

 スワインヴィルの村が見えなくなるまで歩いてきたところで、ウェルテが自分の腹をさすりながら言った。

「ガスコン…… ちょっとカッコつけすぎたね……」

「おれもだよ……」

二人は不満足な胃袋を抱えて苦笑いしながら、足を進めた。

次回予告


 白く霞む視界を震わすのは角笛の叫びと猟犬の咆哮。そして茂みの隙間から見え隠れするのは青き追跡者の影。

濃い霧を逆手にとって、剣を手に追手の囲みを突破せんとする奮闘するウェルテとガスコンだったが二人は次第に追い詰められてゆく。そんな霧と混乱のただなかで、ウェルテは再びあのオレンジの匂いを感じとった――


第二十二部「血路(仮題)」次回の掲載は今月末~来月上旬の予定です。

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