2009年8月30日 診療録(経過情報)
カルテ(精神神経科)47頁目:経過情報
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記載日:2009年8月30日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
8/24~26 各診察全般
軽度の頭痛と腹痛。
8/27~30 各診察全般
特になし。
<ドイツ語の走り書き>
今週の始めの頃と比べると週末にはほぼ夏期講習前と変わらないところまで回復し、心身症はかなり治まっており容態も安定している。
自己臭恐怖症の方は現状対症療法の効果もあり、Krも殆んど気にしている様子は殆んど見られない。
だが根本的には短期間で解消出来るものでもなく復学後にまた症状が再発する可能性も高いので、引き続き今後も継続していく必要がありそうだ。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
8/25PM 38回目のリハビリ追加実施(登下校のみ)
8/27PM 39回目のリハビリ追加実施(登下校のみ)
8/29PM 午後の診断・リハビリ
・11回目の箱庭療法実施
<ドイツ語の走り書き>
25日と27日に行なったリハビリは本来のスケジュールにはなかったものだが、Krの強い要望もあって未実施となった36回目と37回目の内容を実施した。
と言っても夏期講習自体の日程は完了しているので実質的には再現出来る範囲となる登下校のみを行なっただけで、講習に使用していた教室へと到着すると休憩を取った後に下校するだけだったが、それでもKrとしては何か得るものがあった様で以前と比べても精神的に落ち着いて行動出来ていた。
それだけでも実施を望んだのは、Krが夏期講習中断から目前に迫った復学に対して意識を切り替えた良い兆候だと判断している。
それにここでのリベンジは夏期講習リハビリの達成目標値への最終的な到達を証明する事となるのもあり、結果としては上出来でこちらの思惑通りの回復状態を検証結果として確保する事が出来た。
29日に復学前のKrの状態を確認すべく箱庭療法を実施した。
これより前に実施した追加のリハビリでも良い兆候が見られていて、前回のバウムテストとは違って様々な意味で望ましい結果が期待出来ると想定もあって、このタイミングで実施する事にした。
Krに箱庭制作を指示すると作るべきテーマは既に固まっていたらしく、Krはすぐに作業へと取り掛かり殆んど躊躇する事なく作業を行なっていた。
予定していた時間をかなり残して完成させたKrは、今回の作品名を『遠征』と告げた。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
38回目のリハビリ状況分析
・自宅の最寄り駅まで車で送迎後に単独で登下校
電車の利用は特に問題なし。
学校までの徒歩での移動は特に問題なし。
39回目のリハビリ状況分析
・送迎なしで自宅から単独で登下校
自宅から駅までの移動は特に問題なし。
電車の利用は特に問題なし。
学校までの徒歩での移動は特に問題なし。
8/30 作成した作品の検証及び分析
(1).作成した作品の検証結果
茶色の砂を敷き詰めてから上下左右の箱の縁周辺に更に砂を盛って山脈を作った。
左端中央の山脈に平原から左端へと蛇行しながら続く1本の峠道を作った。
右端中央の山脈に平原から右端へと蛇行しながら続く1本の峠道を作った。
棚から太陽と複数の黒い雲を持って来た。
左上の端の山脈の上に太陽を置いた。
右端の山脈の上に黒い雲を不規則に置いた。
棚から白い騎士を1つ持って来た。
棚から白い歩兵を複数持って来た。
棚から黄色い歩兵を大量に持って来た。
中央部の平原の左端に白い歩兵を右側を向けて隊列を組む様に3列に並べて置いた。
その隊列の前に白い騎士を中央に向けて置いた。
平原の右端に黄色い歩兵を中央を向けて不規則に置いた。
平原の中央に白い歩兵を複数倒して不規則に配置した。
※Ptの説明
白い騎士が率いる軍勢が黄色い兵隊の国へと攻め込んだ。
ここにいる黄色の敵兵は峠道を警備している部隊。
倒されている白い歩兵は斥候部隊で、敵兵に発見された時に小競り合いとなってその時に倒された戦死者。
ここにいる敵兵は警備隊の一部だけで、敵の本体がいる砦は右端の峠道の先へと進まなければ辿り着けない。
今まさにこれから全軍を挙げての砦へ攻め上る突撃を仕掛けるところ。
(2).作成した作品の分析結果
攻め込んでいる側の騎士や歩兵が白色なのは、病院や医療従事者を象徴している。
更に白い騎士はPtの命を現わし、配下の白い歩兵達はPrの精神力や体力と言った総合的な力を現わす。
ここで重要なのはPt自身を現わす人形で、ここ最近まではお姫様や女の子だったがそれが今回は白い騎士へと変わっている点だ。
これは受動的で自己を非力で守られる対象との認識から、能動的で自ら動き戦う認識に変わって来ている証であろう。
敵対している歩兵が黄色なのは学校の制服の色であるベージュのイメージであり、つまり攻め込んでいる敵とは学校を象徴している。
既に倒されている白い歩兵は夏期講習でのPtが受けたストレスを表現しているものの、倒れている兵隊の数よりも戦闘準備を整えている兵隊の数の方が3倍近くあり、これに因りPtは夏期講習で起きた諸問題を克服していると読み取れる。
以前までの箱庭では脅威や敵の象徴は怪物や自然などのもっと大きく強大なイメージであったのが、ここでは自分の力と同じ人間で現わした事はPtの認識の変化の証明である。
つまりPtは今まで病院外にいる健常者、特に同年代の存在には畏怖の念にも似た固執した感情を持っていたが、それが自分と変わらない人間だと言う事を再認識出来たのだろう。
総合的な結論としてこの箱庭は、Ptの復学へ万を持して臨む心境を表現していると断定する。
<ドイツ語の走り書き>
今回の分析結果は概ね合っていて特にこれと言った裏の解釈は見出していない。
多少気になるのは敵の兵隊の色が黄色なのは学校と言うよりは生徒を現わしていると思われ、やはりこの段階においても同年代の人間を敵視してしまっているのは、懸念材料として留意すべきか。
それとこれまではいつも存在していた宝箱が用いられていない点だが、これは恐らくこの箱庭のストーリーが始まったばかりで最終目標であろう宝箱までは、まだまだ見えないほど遠くて辿り着かない事を象徴しているのではないかと思える。
宝箱はこれまでもその鍵を掛けられた中身が謎である点からも気になっていたのもあり、改めてKrにとって宝箱は何の象徴であるのかについて考えると、常にその時点での求めるべきものであったり目指すべき目標と捉えていた。
つまり宝箱の中身はKrが求めるもの、それは目標や欲したものを掴む力、即ち宝箱の鍵が入っているのではないだろうか。
もしそうならこれまで一度も鍵が見つかっていない点とも符合するが、まさかKrはそんな隠喩をあの宝箱に与えてこちらがそれに気づくかどうかをずっと見ていたのだろうか。
この推測は迂闊にKrに話さない方が良さそうだ、雄弁は銀、沈黙は金と言う意味に於いて……
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
8/28AM 科内会議(議事録確認のみ)
特になし。
8/28PM 全科定例会(ビデオ会議)
・夏期講習参加の結果報告
・腫瘍内科のPCD誘発治療案の決議
緊急査問会議に予定を変更。
8/30PM チームミーティング
・RVSMの稼働状況定期報告
特に問題なし。
・来月からの体制について
<ドイツ語の走り書き>
28日の科内会議議事録は先週よりは量が減っていたので、改善方向にあると推測して中身は見なかった。
その後の午後に行なわれた全科定例会では、渋い表情に仁科院長が最後に席に着いた所で開始され、西園寺からまず最初にKrのリハビリの状況報告を求められた。
しかし今回は以前の様な失態を犯す事なく事前に準備しておいた対策を展開し、平然と夏期講習の成果を報告した。
達成度が目標値だった70%を下回っている点についても、その後の療養期間中の心理テストの結果やリハビリ追加実施に因り十二分に発生した問題点を解決済みだと締め括った。
これらの情報は事前に各科に配信済みであり、この内容に対する問い合わせも全て神経精神科で対応を済ましてあったので、この会議の場では一切質問は上がらずに終わった。
これほど何事もなく報告が終えられたのは無論私の成果だけではなく本日の本題がこの後に控えている為であり、当然それも計算に入れての対応であったのは言うまでもない。
こうして前座に過ぎない特別看護部から発生した危機は無事に回避した。
次にいよいよ本題であるPCD誘発治療案の採択が始まった。
前回での院長の反応も良好だったからか余裕を見せている高橋准教授は最後の演説をしようとすると、西園寺がそれを制した。
そして新たな資料を配布した後に、PCD誘発治療案の決議の前に当案件に関わる緊急査問会議を実施すると告げた。
これに対して会議室はざわめき、特に白聖会のDr達は西園寺に対して口々に文句を言い始めたが良く通る声で西園寺はもう一言、告発者は仁科院長だと付け加えると一同は静まり返った。
それと同時に特別看護部の報告内容の所為で院長は機嫌を損ねていると勘違いしていた白聖会のDr達が、本当の理由を理解し始めて音もない戦慄が会議室内に走るのを感じた。
この後はあのリーク情報から2年前の罪に繋がる数々の証拠や証言を提出しては、それに対する回答を高橋准教授と石橋准教授へと突きつける尋問が続いた。
彼等は目前の勝利を確信していた筈が、一転して掘り起こされる筈のない過去の証言に因って自分の首を絞める事になったのだった。
西園寺の執拗な詰問は一つ一つは取るに足らない証拠ばかりだったが、それらを見事に結びつけて致命的な結論へと帰結させていて、そんな些細な証拠に対しての曖昧な回答をすればまたそれが新たな証拠として組み立てられて、更に相手を問い詰めていく。
ここは本来の法廷ではないので被告の権利や人権は殆んど存在せず、この極めて論理的な拷問は王である院長が無言でいる限り延々と続けられる。
これを見ていると西園寺は弁護士にでも転職して、黒聖会に所属した方が良いのではないかとさえ思えた。
結局査問会議は軍事法廷宛らの一方的な攻撃に因って、両准教授がKrの生命の危険性よりも新治療計画の成立を優先させて、それを実行すべく様々な工作を行なっていたと認めさせた。
これでこちらの思惑通りPCD誘発治療案は棄却だと思ったのだが、両名の処分について後日発表する事は告げられたが、PCD誘発治療案は棄却されずに保留として全科定例会は終了してしまった。
どう言う事かと思わず丁度会議室から出ていくところだった仁科院長と西園寺を見るが、院長の顔は見えずこちらを向いた西園寺はいつも通り眼鏡越しの冷めた目で、無表情のまま視線を合わせただけだった。
首謀者達の追放を決定してもなおあの提案自体には、院長の期待が掛かっていると言う事か。
最後の最後で完全勝利を確信した私もまた足元を掬われる形となるとは、全く予測していなかった。
これは全てが自分の思い通りにはいかないと言うある種の戒めなのか……
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
来週より改善案の投薬治療に完全移行。
<ドイツ語の走り書き>
全科定例会終了後の夜に成功報酬として、要求された薬剤に多少色をつけて指定された私設私書箱へと発送した。
薬剤手配は面倒がない様に配慮してシャーリーンへと依頼したのだが、内容を見た赤毛女はとても胡散臭そうな顔をしていた。
これで一応今回の霧嶋への依頼の件は無事に完了した。
あの大量の薬剤の扱いについてはかなり気になるが、それを訪ねたところで素直に答える相手でもないしもっと面倒な事になる気もするので今回は構わない事にした。
それよりも気になっていたのがKrの友人の事だ。
Krが欠席になってからも夏期講習の教室に仕掛けられたカメラやマイクは当然生きていて、実質的には無意味な音声と映像を記録し続けていたのだが、その内容を確認してみるとあの友人は実に興味深い行動を取っていたのが判った。
日程が変わる度に教科も変わるので当然参加する生徒は変動して座席も変わっていたのだが、友人はどの日でも必ず何度も周囲を確認しては空いている席を見ていた、これは間違いなくKrの姿を探していたのだろう。
だとすれば最後の出席した日に視線を合わせたのは、講習に欠席する事象を誘引したマイナス要素だけでなく友人へのアプローチとしては有効に作用したと判断出来よう。
これこそ雨降って地固まる、或いは塞翁が馬か。
ここまでの状況は総合的に見て想定よりもより良い状態であると私は確信する。
復学後にはプライバシーの問題があるとの理由で教室内の各種監視機器は撤去しなければならず、またKrの教室への監視機器設置も学校側は最後まで認めなかった。
室内のカメラとマイクがないのは若干不安だが、別室での関係者の待機と緊急事態発生時の教室内への突入は許可されているので取り敢えずは問題ないと判断した。
しかしどうもこの学校側の姿勢には何か別の要因があるのかも知れない、今後の課題としておくべきか。
<走り書き終わり>
◆備考:
特になし
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
リハビリ計画はほぼ想定内の成績でひと通り完了し、各種設備の手配も整えテストも無事に完了した。
Krを外界と言う籠の外に出す為の数々の措処置や対処も達成出来た。
これで全ての準備は整い、遂に来週からKrは凪高校へと復学する。
ここまで来れば後はもうKr自身が目的を果たすべく行動するだけだ。
これから我々はそれが何なのかを見極めて、Krの次の目標を明確にして行く事が当面の課題となるのだろう。
<走り書き終わり>
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