2009年8月9日 診療録(経過情報)
カルテ(精神神経科)44頁目:経過情報
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記載日:2009年8月9日
◆主要症状・経過等:
[Subjective(主訴)]
8/3~8/7 各診察全般
軽度の頭痛・腹痛・不眠等を訴える。
8/8~8/9 各診察全般
軽度の動悸・食欲減退・不眠等を訴える。
<ドイツ語の走り書き>
週の前半の症状については先週まで実施していたリハビリでのトレーニングに因る疲労が蓄積して発症したものであろう。
それが回復してくると今度は夏期講習の日程が近づいて来た事に因る緊張や不安から来る症状へと入れ替わっている。
これ以外には気になる症状や主訴や診断結果は見当たらないので順調であろうと判断する。
<走り書き終わり>
[Objective(所見)]
8/3~8/9 体調回復の為の静養
<ドイツ語の走り書き>
今週は翌週からの夏期講習に備えてこれまでのトレーニングで受けたストレスに因って不調気味となっていた体調の調整に全日程を費やした。
各科の診療についても下手に変調を来さない様に体に負荷の掛かる類のものは実施しておらず容態管理と調整に留めている様だ。
我々現場のDrだけでなく実害を逃れている聖人達と言えどもこれからの新たな工程を警戒しているらしい。
この理由は勿論何か問題が発生した際にその原因究明で自分達の施術を要因とされるのを防ぐ為なのは判りきっている。
まあその保身のおかげで余計な不確定要素が少なくなる事自体はこちらにとって有益であるから大いに結構なのだが。
<走り書き終わり>
[Assessment(分析)]
8/6 シャーリーンに因るPCD誘発治療案の解析結果報告
<ドイツ語の走り書き>
先月にシャーリーンへと依頼しておいたPCD誘発治療案の解析結果報告が届いた。
それに因ると驚くべき事に今回の提案は今までとは異なり完全な荒唐無稽でもなく、提出された資料からすれば理論上ではあるがこれまでの様々な治療よりも遥かに有効な治療手段となると判断していた。
あの自分自身の能力には絶対の自信を持っている赤毛女が、あんなにむかついていたにも拘わらず認めざるを得なかったと言う結果だけでも、今回の提案が今までの企てとは違っているとも言えそうだ。
改めて確認しても確かにシャーリーンの結論通り今までの杜撰な提案に比べて今回の新治療の提案内容はかなり論理的だった。
MNTSの最終stageが自滅であるとする仮説やそれを促進する事で連鎖的な滅殺を行う事での治療と言うのも理解は出来る。
これで薬剤耐性すら低下させられるのなら極めて効果的な治療だと言える。
だが問題なのはそれを誘発するのがTNF-γと命名した新種のカイトサインであり、それに因って活性化されるのがカスパーゼ-14である事だ。
カスパーゼ-14はカスパーゼの中でも今までどの様な作用をするのかが解明されていなかった。
それを資料に因ると門埜製薬は全ての作用の解析に成功し、更に腫瘍内科との共同研究で新薬として人体への利用まで可能としたらしい。
これが記された通りの事実であるならば、私は諸手を上げて喜びPCD誘発治療案に賛成するだろう。
しかしそれでもそんな素晴らしい治療案は数多くの前提の上で初めて成立するものであり、その根底となる前提は大半が危うく脆い。
野津からの報告で実証されている門埜製薬の新薬開発のリスクや、凋落し続ける腫瘍内科の再興への焦燥がこれを諸刃の剣へと変えてしまう。
だからと言ってここで私が働きかけて、門埜製薬のリスク回避と治験の精度向上を求めてもそれは受理される事は有り得ない。
何故ならそれでは腫瘍内科及び白聖会の面子が潰れるからだ。
手段とは本来の目的であるKrのより確実な回復の為にではなくそれを提唱した者達が得る報酬の為に作られている。
この背景には拮抗する白聖会・赤聖会の両陣営に因る利権争いがあり、これらが表向きはKrの為と言う体でたった一人の患者を舞台として裏で蠢き続ける現実がある。
こうした事情で本来行なうべき治療が行なわれず、利権の為の無意味な治療が横行した結果こそが嘗てのKrの状態だったのだからそこは改善すべき所なのだが……
<走り書き終わり>
[Plan(計画)]
8/7AM 科内会議(議事録確認のみ)
特になし。
8/7PM 特別審議会(ビデオ会議)
・シャーリーンの投薬改善案の決議
8/9PM チームミーティング
・来週からの夏期講習期間での体制説明
<ドイツ語の走り書き>
科内会議と同日に行なわれた特別審議会では予定通りにシャーリーンの投薬改善案の決議を行なった。
この票決に関しては飴と鞭と言う意味でミハイルの暗躍があり、意外にも素直に賛成票を多数取得する事が出来た。
その手法は彼の本来の立場である監査部特別監査役としての権限で指摘した大量の業務改善要求にあった。
指摘箇所の見直しをネタにして今回の特別審議会での賛成票投票を投じさせる、言わば司法取引と言っても良い手を使って懐柔させた。
どの科も叩けば幾らでも埃が出るのは当たり前で、今まではそれを監査部と各科との馴れ合いで上には報告せず揉み消す形で凌いでいたのだろうが、ミハイルは外部の人間でありそれが通用しない。
そして経営には厳しく取り組む院長の方針からすると今更そんな事実が発覚するのは致命的であったのだろう。
なので大半の科が赤も白もなく皆賛成に回ったと言う訳だ。
これまでずっとミハイルはただふらふらしているだけのダメ男にしか見えなかったのだが、今回の一件で割と仕事をしているのが判った。
こうして無事に悲願のひとつとなっていた投薬見直しは実現する運びとなり、予てからの懸案事項の感染症対策にも抗生物質投与の目処がつきそうだ。
ただし全てが上手くいったとも言い難いのがこの時の腫瘍内科の発言で、この新投薬案と自分達のPCD誘発治療を組み合わせる新提案についても検討していると語っており、それに仁科院長が興味を示していた事だ。
この場で反論しても自爆にしかならないのは明白だったので黙っていたのだが、これについては何かしらの対策を講じる必要がありそうだ。
9日のチームミーティングでは来週から開始する夏期講習期間での体制について最終的な確認を行った。
こちらについては予定していた事前準備の完了確認を行っただけで特に特筆すべき事はなく終わった。
<走り書き終わり>
◆処方・手術・処置等:
8/6より投薬改善案の投薬内容へと全科移行開始
<ドイツ語の走り書き>
先日の特別審議会での腫瘍内科の発言を警戒し、その後すぐに野津へと連絡して例の新提案について動向や門埜製薬との提携に関しての情報収集を依頼しておいた。
こんな時に最も役に立つのがあの伊集院で、どういう訳かあれは色々と噂話的な院内の情報を集めるのに長けている。
これは逆に言えば業務以外に多くのアンテナを持っている事を意味し、それをもっと本来の仕事へと向けたなら彼に対する私の評価も変わっていただろうに。
だがその様なふざけた姿勢であるからこそこの様な時に活用出来ると考えれば、私はもう十分に彼を評価しているのかも知れない、全く好意的には見れないのだが。
で、その調査依頼の回答が伊集院からメールで届いていたので確認すると、冒頭は単なる私への文句から始まっていたのでそこを読み飛ばして肝心の報告内容へと目を向けた。
伊集院の調査に因ると腫瘍内科内のPCD誘発治療研究チームは院長に興味を惹かせる為の虚言ではなく本当に新提案を検討し始めているらしく、現状は開発中の新薬との併用禁忌の調査中であるとの事。
問題はその調査を門埜製薬側の研究チームが実行し確認結果のデータを元に腫瘍内科の研究チームがまとめている点だ。
この構図ではとにかく営利第一で利益を求める門埜製薬は都合のいい資料を提出するだろうし、復権を賭けた腫瘍内科はより実現に近づく為に曲解の調査結果を纏めるに違いない。
この様な危険極まりない内情では十分な安全性は担保出来ているとは思えず、とてもではないがこれを容認する事は出来ない。
しかしこれだけでは単なる私の仮説でしかなく、興味と期待を抱いている院長を失望させて目を覚まさせるにはまだ説得力が足りないのが現実だろう。
この計画を頓挫させる為のもっと致命的なネタを掴む必要があるが、そうなるとやはり気は進まないがあれを使うしかないのだろうか……
<走り書き終わり>
◆備考:
夏期講習日程スケジュール(8/10~8/23まで適用)
10日 11日 12日 13日 14日 15日 16日
開始 終了 17日 18日 19日 20日 21日 22日 23日
--:-- 06:00 起床 ← ← ← ← ← ←
06:00 06:30 診療 ← ← ← ← ← ←
06:30 07:00 朝食 ← ← ← ← ← ←
07:00 07:30 自由 ← ← ← ← ← ←
07:30 08:00 登校 ← ← ← ← 自由 ←
08:00 08:30 登校 ← ← ← ← 通院 自由
08:30 10:00 学校 ← ← ← ← 通院 自由
10:00 11:00 学校 ← ← ← ← 通・昼 自由
11:00 12:00 学校 ← ← ← ← 診C1 自由
12:00 13:00 学校 ← ← ← ← 診C2 昼食
13:00 14:00 学校 ← ← ← ← 診C3 診療
14:00 15:00 学校 ← ← ← ← 診C4 自由
15:00 16:00 下校 ← ← ← ← 診C5 自由
16:00 17:00 診療 通院 診療 通院 診療 診C6 自由
17:00 18:00 自由 通院 自由 通院 自由 診C7 自由
18:00 19:00 夕食 通・夕 夕食 通・夕 夕食 ← ←
19:00 20:00 診療 診A1 診療 診B1 診療 診C8 診療
20:00 21:00 自由 診A2 自由 診B2 自由 診C9 自由
21:00 22:00 入浴 ← ← ← ← ← 入浴
22:00 24:00 就寝 帰宅 就寝 帰宅 就寝 帰宅 就寝
24:00 --:-- 就寝 ← ← ← ← ← ←
<ドイツ語の走り書き>
独り言……
明日から8/22までの2週間はKrにとって実に10年振りとなる一般社会環境である。
これまで3ヶ月に渡って様々なトレーニングをこなしてきた成果が試される。
勿論この夏期講習もリハビリの一環に過ぎず来月からの復学こそが本番なのだが、今までのこちらがお膳立てした模擬環境ではない本当の外界へと出ると言う意味に於いて非常に重要な局面と言える。
この段階でこれまでのKrや我々の努力の真価が問われるのだから。
もしここでKrに致命的な社会への不適合が露呈したりすれば全ては終わるだろう、Krの願望も我々の命運も。
裏を返せば逆に想定通りか或いは期待値以上の成果で目標を達成出来たなら、双方共に大きな利益になる筈だ。
スケジュールとしては、平常の時間割と同様に土日が休日となっており、それに合わせて診療や治療時間を平日夜間や土日に集中させている。
時間割としても通常とはかなり異なり、毎時間別の科目ではなく日毎に科目が変わるので1日中1種類の科目を学習し続ける事になる。
この様な形式を取っている理由は通常の授業ではなく講習なので各科目毎に生徒が選択して出席するから、日単位で切り替わる形式の方が学校側も学生側も管理上都合が良いからなのだろう。
因みにKrは講習対象となっているどの科目についてもすでに学習済みで十分な理解をしているのだが、学習ではなく集団行動が目的なので全ての科目を受講する。
夏期講習期間中、Krには今までに実施してきたトレーニングの実践を行なってもらう。
初期は学校まで車での送迎を行なうが徐々に学校から距離を空けて行き、最終的には自宅から学校までを完全に送迎なしで登校させる。
この時の付き添いも初期は同伴するが後々には距離をおいての単独行動に切り替えて行き、復学時には通常の生徒と同様の登下校を実現させる。
この時我々はKrから3分以内に到達出来る距離の圏内にて随時状況確認を行ない続けて、何らかの不測の事態が発生した際には即急行し対応出来なければならない。
それとKrから私達の立場をもっと普通にして欲しいとの要望があって、その対応策の通達が西園寺からあった。
これはKrが再会する友人に対して、第一印象で自身を医療従事者が常駐している特別な重病人に見られたくないとの希望から来たものだ。
西園寺からの通達と言う事は当然仁科院長の決定だろうから、これには代案も思いつかない点もあり承諾せざるを得なかった。
その結果同室のマンションに同居と言う形で常時同行するのは私だけとした。
本来業務量を考えると私ではなく川村辺りが適任なのだが、それだと予期せぬ事態発生時での即時の対応が厳しいと判断した結果らしい。
そこまではまあ良いのだが私の表向きの役職が住み込みの家政婦と言うのは、私の性格からすると真逆に位置する職種に思えて仕方がないのだが如何なものか。
これ以上文句を言っても無駄なので諦めてそれっぽい態度をとる事にしよう。
因みにあの大男の方はボディガードではなく運転手と決まった。
これで準備は整いその時も来た、後は結果を待つだけだ。
<走り書き終わり>
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