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2009年8月2日 診療録(経過情報)

カルテ(精神神経科)43頁目:経過情報

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記載日:2009年8月2日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

7/27~8/2 各診察全般

       先週に引き続き不眠と頭痛を訴える。

<ドイツ語の走り書き>

投薬調整で抗不安薬の減薬を行なっている為精神的な不安から来る心身症が続いている。

これらに関しては投薬改善案実施と、今週から始まった授業形式を取る集団での勉強時間が起因しているのは間違いない。

恐らく投薬改善案へと移行が完了する今月はずっと体調不良が続くだろうし、移行が完了してもしばらくは不調が出るのではないかと推測している。

シャーリーンのプランでもKrの状態に対応していくつかのパターンを試して状況に合わせて対処する事になっているから、問題と言うほどではないのだが用心するに越した事はない。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

7/27~31PM リハビリ実施(夏期講習演習でのSST(ソーシャルスキルトレーニング))

<ドイツ語の走り書き>

自室内で行なわれていた個人授業形式の学習から切り替えた、擬似教室での授業参加に対してSSTを組み込んで実施する。

これは本来LD(学習障害児)児やADHD(注意欠陥・多動性障害)児等のDD(発達障害)の社会性スキル向上に用いられるものだ。

Krの場合はこれらに該当しておらずどちらかと言えば生活習慣として未経験なだけなのだが、180度変わってしまうであろう周囲への適応を最優先とする為にこの療法で対応する事にした。

Krを直接サポートするのは川村が担当し、彼女には日毎に用意されたトレーニングの課題の指南をしてもらう。

通常SSTはインストラクション・モデリング・ロールプレイ・フィードバック及びホームワークを順に繰り返して対象のスキルをボトムアップさせて行くのだが、Krへの適用方法は変則的な形式で行なう。

夏期講習形式の勉強時間をロールプレイとして行い、その中で発生するイベントをモデリングとしてKrに示し、その後Krに同様の問題を与えて対処させる。

そしてその日の学習時間終了後に、フィードバックとしてその日に起きた事とそれに対してのKrの対応を復習や反省を行い、どう対応すべきかを学びまた同様のケースを繰り返して般化を促がす。

Kr自身で周囲からSS(ソーシャルスキル)を吸収する力もつけさせる意図もあって、今回は事前に対処手段を教える形となるインストラクションやモデリングはあえて行なわない。

ホームワークについてもKrにそれほど時間の余裕がないので勉強時間終了後のフィードバックでカバーする。

本来は様々なシチュエーションをシミュレーションしてロールプレイを行なうべきなのだが期間的にゆとりはないので、問題として実際の学校生活で起こりそうなケースに絞って実施する。

これによって集団内での処世術をKrに学ばせて習得させる。

擬似教室にはKrと同年代の10代後半の男女のエキストラを20名同室させて授業を受ける。

本当は夏期講習と同規模の40名としたかったのだが、用意した部屋の面積上それ以上は入れず半数となった。

今までの家庭教師も変更してKrが面識のない講師が教師役となり、講師はスーツ着用でKrや生徒は凪高の夏用の制服を着用して参加する。

時間割と授業時間についても極力夏期講習と同様に合わせた構成とする。

ここまでは良いのだが授業時間中に発生する出来事は院長秘書室が凪高からデータ提供を受けてそれに基づいており、データ提供元が凪高の生活指導担当の様でどうもかなり甘い気がする。

私としてはKrにイジメのターゲットにされる様な最悪の状態も体験させたくて西園寺へと掛け合ったのだがそれは許可されなかった。

院長の代弁者である西園寺の言い分は過去5年間のデータにおいてその様な事例が無いのだからそれを想定する必要はないし、過剰な仮定の体験をKrに与えるのは無駄でありマイナスにしかならないからだそうだ。

それを決めるのは専属医である私である筈なのだが、私が現在の日本の教育現場の状況に詳しくなくそれにこの演習自体が院長命令なのでこれ以上は食い下がれず諦めた。

なので実施予定の内容は他愛もない有り触れた授業中の出来事に留まっている。

本当にこの推測で問題ないのかが非常に気になるが仕方がない。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

7/27~31でのSST結果分析

<ドイツ語の走り書き>

SST実施結果としては可も不可もなく問題なく進行している。

擬似教室の状態を一言で言い表せば、平和な学園ドラマで出て来そうなとても行儀の良い出来た生徒達の教室の風景であろうか。

川村の指導も不測の事態が発生していないので今までのリハビリとは違って極めて順調だ。

夏期講習については希望者を募った真面目な生徒が参加するのだろうからこの様な感じかも知れないが、復学後の教室はそうでもない生徒も出席するのだからこうは行かないのではないか。

そんな気がするが私の杞憂だろうか。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

7/31AM 科内会議(議事録確認のみ)

     特になし。

8/1PM 内科治療調整委員会会議

     投薬改善案についての質疑応答。

8/2PM チームミーティング

     ・RVSMの稼働状況定期報告

       特に問題なし。

     ・リハビリ計画の状況報告と今後の方針検討

       引き続きSSTを続行。

<ドイツ語の走り書き>

白聖会側から要請があり8/1に内科治療調整委員会と言う会議への出席を求められた。

これは文字通り内科で構成される診療科間での治療方針のすり合わせを行なう会議体であるらしい。

ここで各内科の委員になっているDr達で投薬内容に関して治療計画を調整し合っている様だ。

この会議に私とシャーリーンが招待された理由は言うまでもなく投薬改善案に関してで、表向きは新案への移行についての検討会だと言われたが、本音は従来の薬物療法を全面的に変えようとしたこの新案の粗探しをすべく我々を吊るし上げる為の舞台だった。

彼らはこちらの提示した移行プランに対しての反論材料を揃えて望んでおり、この席で移行プランの提案者たるシャーリーン本人を論破して特別審議会での逆転を画策していた。

恐らく全科定例会以降色々と移行プランを調べたのだろう、次々とぶつけて来る質問や反論内容はさながら政治家の質疑応答かの様に重箱の隅を突くいやらしいものばかりで、明らかにこちらが苛立つのを狙っているとしか思えない。

それをシャーリーンへと直接質問を向けられるのでこのドイツ女の気質を考えるとその内に苛立ちが我慢の限界に達して、いつもの様にヒステリックに叫び出したりしないかと内心焦った。

だが意外な事にシャーリーンは、委員会メンバーの質問に対して表情はいつもの愛想のない顔であったものの極めて冷静に反論して、むしろ相手側の方が思う様な展開にならずに落ち着かない様子をしていた。

結局午後から夕方まで延々と行なわれたこの会議は、委員会側も攻め切れなかったがシャーリーンも逆に反撃に転じるまでの余裕もなく、結論は出る事なく時間切れとなり終了した。

委員会側は結論が出なかった事から来週にもう一度参加を求めて来たが、日程的にこちらにはその時間はないと回答した後に議事録の提出を要求してから退席した。

研究室へと戻ってから私は改めてシャーリーンへと予想外だった冷静な応対について話を聞こうとした時、研究室に着いてすぐ罵声を発して周囲のものやそこにいたミハイル等に当り散らし始めた。

どうやら単に勝手の違う場所に招かれた上に人見知りの為に見知らぬ人間達相手で思う様に振る舞えなかったらしく、いつもの居場所に戻って来た途端爆発してしまった様だ。

ああ、この赤毛女は私の想像通りだった、思わず勘違いして一瞬でも見直してしまった事に屈辱を感じる。

私はその憂さは晴らすべく隣で喚きながらミハイルへと掴みかかっている赤毛女のおさげ髪を思い切り引っ張ってやった。

当然これで静かになる筈もなく火に油を注いだ状態と化したのは言うまでもないが、私としては何故か妙に安心した。


<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


先週から引き続き投薬調整の実施。

<ドイツ語の走り書き>

7/30に神経精神科の伊集院から報告があり門埜製薬についての調査結果が送られて来た。

それに因ると門埜製薬は屋内大手のアストラル製薬の研究開発部門をアストラルラボラトリーと言う子会社として設立した企業だ。

その後代表の交代と共に独立して社名を今の門埜製薬へと変えた。

向精神薬の研究開発で成長し、現在では様々な研究機関との共同研究で多くの分野での新薬開発を行なっている。

この会社の開発商品には2つの評価があり1つは高い特効薬開発実績で、大手製薬メーカーでも実現出来ずにいた治療薬の開発を短期間で成功させた実例が多くある。

もう1つは薬害での医療訴訟の数で、治験からも含めて他のメーカーと比べて数倍の訴訟を起こされているが、門埜製薬は対策として社内に専属の顧問弁護士の部署を持っており殆んどの訴訟を請求棄却に追い込んでいる。

研究開発能力の高さの代償として大きな副作用のリスクが付きまとうものの、当たりを引けば極めて有効性の高い薬が入手出来るのもあって、多くの訴訟を抱える企業でありながら共同研究は絶えずに業績も伸びている様だ。

神経精神科も門埜製薬と取引があるが、運が良かっただけなのかそれとも揉み消したのかは判らないが、今まで一度も訴訟には至っていない。

この様なハイリスク・ハイリターンの賭けに腫瘍内科が出て来たのはかつての失態から引きずり続けている、本来中心にいるはずの地位復活の為か。

門埜製薬との共同研究の結果と原因を集計したデータを見ると、臨床試験の実施期間とその工程管理の担当が何処であったに比例している様に見える。

門埜製薬にその部分を一任していた所は後ほど多くの問題が顕在化しているし、逆にそこを完全に一括して管理していた場合には劇的な期間短縮や効能の成果には達しないものの、比較的安定した結果を出せている。

これは私見だが門埜製薬は利益と開発速度優先で最も予算と時間を食う臨床試験工程を削りたがる慣習があり、それを鵜呑みにして許容してしまうと失敗するのではないか。

門埜製薬としては発生する問題については、自社の顧問弁護団に解決させれば解決すると言う考え方なのだろう。

このやり方は安価な粗悪品の薄利多売で利益を出して、多少の問題には即交換で対処すれば良いと捉えている様にしか見えない。

恐らく問題が発生する確率と訴訟対策経費を天秤に掛けて一定の利益が見込める所を見越して開発を行なっているに違いない。

営利目的で成り立つ企業が求めるのは最終的には利益だとしても、医療機関としての果たすべき安全性の確保を利益よりも軽視する姿勢をとっているとすれば、これはモラル以前の問題だろう。

やはり聖人達の企む事には必ず裏があるのをまたも裏づける結果になりそうな気がする。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


夏期講習演習も安定して来月中旬より開始される本番の夏期講習まではしばらく考える猶予が出来たので、先月の教授の言葉を思い出して少しでもこの猶予がある内にKrの本心と言うものを少しでも確認しておきたくなった。

そうなるとやはりバウムテストか箱庭療法の実施が望ましい。

ここのところのKrの心境の変化も気に掛かるし、来月中に時間を作って実施を検討する事にしよう。


それからKrが再会を望んでやまない友人に関してKrとの交際に因っては我々も接触して応対する場面も有り得るだろうから、この点についてもどの様に振る舞うべきかをKrと話し合う必要がありそうだ。

やはり普通の健常者としての対処を考えると病院関係者以外の肩書きを持つ必要があるだろうから、これに関しても何らかの対応が必要になりそうだ。


<走り書き終わり>



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