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2009年6月28日 診療録(経過情報)

カルテ(精神神経科)38頁目:経過情報

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記載日:2009年6月28日


◆主要症状・経過等:


[Subjective(主訴)]

6/22~6/28 各診察全般

       Ptからの訴えは特になし。

<ドイツ語の走り書き>

今週もまたKrは先週と同様に一切症状の訴えはなく、週の前半は経軽度の鬱とも言える無気力状態が続いていた。

だが週の後半になると治療の成果が現れ始めたのか様子が変化し鬱状態から脱していった。

その回復傾向は日を追う毎に強まり週末になる頃にはリハビリ計画に入る前に近いところまで回復した。

ここまで辿り着くまでの道程はとても厳しいものがあったが何とか上手くいったと言える。

今後のリハビリでもこの状態を維持すべく考慮していかなくてはならない。

<走り書き終わり>


[Objective(所見)]

6/22~6/28 終日静養

<ドイツ語の走り書き>

今週も先週から引き続き全ての聖アンナでの通院診察予定を全てキャンセルし、平日のAMに予定されていたKrの勉強も全て中止させて療養に充てる必要があると報告した。

全てはKr回復の為だがこちらの独断で決行しているのもあり、予定されていた各科からの抗議と問い合わせが殺到している状態だ。

だがそれに逐一応じていたらそれこそこうして強引に作った貴重な時間を浪費してしまうので、全く対応する気はない。

少なくとも今は聖アンナに緊急搬送しなければならない程ではないのは、RVSMの計測データから把握出来ているのでそれほど支障はない筈だ。

これは前にシャーリーンに依頼しておいた投薬プランの効果で、あの時依頼したのはKrのVSをある程度変動させる為の投薬だった。

これによりここまで絶対の信頼を得たこのシステムを逆手にとって聖アンナに対してKrの現状を偽装する事を可能とした。

偽装時の最大の問題はRVSMのセンサーのひとつである集音マイクだったが、これは各センサーの調整で順番に1週間程度停止させていたので、長谷川室長に依頼して集音マイクの調整時期をこの時期に変更させた。

Krにとっても決して無害ではないこの方法は最後の手段として取っておきたかったのだが、今回は使わざるを得ない危機的状況だと判断して決行した。

こうして最後の手を使ってまでして作り出した1週間の猶予で、私はKrをリハビリに耐えうる精神状態まで回復させなければならなかった。

これにはKrや私のみならずメンバー全員の未来も掛かっていたが、結果としてはほぼ望んだ通りの状態にまで持っていく事に成功した。

<走り書き終わり>


[Assessment(分析)]

6/22~6/28 療養での経過観察

<ドイツ語の走り書き>

今週はシャーリーン主導での薬物療法と私の指示の元での暴露療法での治療を実施した。

薬物療法では今までは長期的に見て有害であると判断していたベンゾジアゼピン系やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)の処方も考慮に入れて、とにかく一時的でも良いからリハビリが可能なまでに短期間で回復させるのを目標としてプランを作成させた。

ベンゾジアゼピン系の投与によりPAWS(長期離脱症候群)にも繋がりかねず、出来うる限り短期間の服用に抑えるべく調整するのにシャーリーンはかなり苦労していた様だ。

この1週間の間シャーリーンはマンション近くの診療所に併設されている薬局内に篭り不眠不休で作業に当たって見事に結果を出したのだが、この間ドイツ女は私が状況確認の連絡や様子を見に行く度に私へとヒステリックに喚き散らして文句の合間に現状報告をする様な様子だった。

しかしその様子は私と接している時だけで、状況確認に行った他のメンバーの報告ではぶつぶつ独り言を言いつつ一心不乱に仕事をしていたから、ストレス発散として私を標的にしていたのだと判断した。

甲高い声で罵られるだけで起死回生の投薬案が出来るのなら安いものだ。

因みに赤毛女はプラン完成直後に過労と睡眠不足で失神した。

暴露療法についてはリスクを承知で短期間で効果を期待出来るフラッティング(実体験暴露療法)を選択した。

これはクライエントを敢えてパニック発作を引き起こす状況に身をおき耐性をつけていく治療方法で、荒療治とも言えなくもないが時間がない現状では根本的に効果が期待出来る短期治療ではこれが最適だと判断した。

ただ投薬の試行錯誤をしている時期と同時に当療法を実施するのにはかなり不安があったが、どうにかなったのはある意味運が良かっただけかも知れない。

今回の治療で今までKrが自ら語る事のなかった過去の出来事についても、語らせる事が出来るのではと思ったがそこまでには至らなかった。

その代わり同年代や若年層に対して受け付けない理由については告白させる事が出来たので、狭義の意味での目的としての暴露療法は成功と言える結果が出せた。

KrのPDはミュンヘンでの治療期間中に発症していたと断定した。

聖アンナでの入院中でもDrやRNに対しては不信感を抱いていたKrにとっては警護役の榊だけが信じられる相手だった様だ。

だがミュンヘンへは榊は同行せずKrは孤独に苛まれた。

親しい人間も居らず日本語が通じるのは信用していない少人数の聖アンナ医師団のみで、殆んどが言葉も判らない外国人しかいない状況の中それらがストレスとなってPDを発症した。

しかし近年PDは精神的疾患ではなく脳機能障害と位置づけられている点からすると、Krにはそうした因子を持っていてそれが極度のストレスで発症するレベルに達してしまったと言う事か。

私の個人的な見解ではPDの原因は脳機能障害も精神的原因も要因となりうるのではないかと考えているので、この様な結論を見出した。

この事実を告白する前に当たる週の前半は、治療もなかなか思うような成果も出ず一時はもう無理かと諦めかけもしたのだが、やはり友人の名を用いての説得が功を奏してKrは語り、それで吹っ切れたのもありその後の治療から成果が出始めた。

これでやっと光明が見えた。

<走り書き終わり>


[Plan(計画)]

6/26AM 科内会議(議事録確認のみ)

     神経精神科から状況報告の要請。

6/26PM 全科定例会(ビデオ会議)

     ・Ptの状況説明

       原因はloceからの微量な薬剤漏出とリハビリでの極度の緊張に因る。

       Ptの精神状態が安定するまで絶対安静とした。

     ・先月提示された臓器代替術案の決議

       反対多数により臓器代替術案は否決。

6/28PM チームミーティング

     ・RVSMの稼働状況定期報告

       体内センサーのメンテナンス実施。

         水平感知センサー:調整完了

         振動感知センサー:調整完了

         圧力感知センサー:調整完了

         小型集音マイク :調整完了

       loceの緊急メンテナンス実施。

         若干の薬剤漏れを確認、調整で対応実施。

     ・リハビリ計画の状況報告と今後の方針検討

       今月のスケジュールを5日間延長。

       翌週から次工程へと移行を決定。

<ドイツ語の走り書き>

6/26の全科定例会ではまず最初に6/17に起きたKrの容態悪化についての釈明を求められた。

これは西園寺の方から事前に連絡があったので、徹夜で準備した資料で全ての科からの質問責めを凌いだ。

私の釈明を臓器代替術案の決議の前にしてあったのは、本題とも言える決議を理由にして質問責めとなる時間を限定し終わらせる為の院長側からの救済措置だ。

これも霧嶋から受け取った情報の功績があったからこそで、あれがなければ私はきっと決議後の言わば食後のデザートの位置に回されて、延々と糾弾され続けた挙句にその責任を負わされ今の地位を剥奪されていただろう。

各診療科からの執拗な詰問に対して私は、これは今回のリハビリ計画が原因の疾患ではなく今までずっと潜伏していたものが表面化しただけだと繰り返し反論し続けた。

この弁明では神経精神科へと矛先が向いてしまう事になりかねないが、後は老獪な宮澤教授の数少ない能力である処世術を駆使して何とかするだろうと期待する。

それと正規の報告としてはloceの薬剤漏出も理由としているが実際にはこれはこの件の責任を分散させる為の偽装で、RVSMの開発元である次世代医療研究開発センターの長谷川室長と密約を交わしてあちらにも泥を被って貰った。

室長はこれでやっと臨床試験実施の借りを返す事が出来たと語っていた。

私にはもっと長く感じたがきっちり2時間攻め立てられたところで院長から声が上がり、常駐管理チームへの厳重注意の警告とloceの改善策案の策定と提出を求められただけで終わったのを見て、他の科の人間達も院長の恩赦を察して沈黙した。

その間隙を突いて西園寺が議題を切り替えて、今回の主題である呼吸器外科から提出された臓器代替術案の決議に入った。

恐らく赤聖会側の各診療科には根回しが出来ていたのか、呼吸器外科の副部長である広田准教授はそれなりの自信があったらしく余裕の態度をしていた。

しかし西園寺がここで初めて配布した資料を目にしたDr達の態度が一転し、白聖会側は苦い表情から含み笑いや失笑へと変わるのに対して赤聖会側のDr達は次々と顔を歪めていく。

妙な状況に気づいた広田准教授も慌てて配布資料に目を通した後、資料を下げて見えた顔は真っ青だった。

全く本当に赤聖会のDr達は悪い意味でチャレンジ精神旺盛で、過去の失敗を今後に生かす事が出来ない人間しか居ないらしい。

配布資料は私の元にもメールで送られて来たので確認すると、中文で全く判らなかったあの資料は別物と言っても良いくらいに見事に編集されていた。

その内容は以前のプレゼンで語っていた外部研究機関が中華人民大学医学院附属北京第三医院である事と、ヒトES細胞をiPS細胞として偽って用いようとしていた事実が記されていた。

この偽装された実験の為に国家協力の元で大量の受精卵を集めるべく、収監されている政治犯や貧民層や地方の女を非人道的に徴集し採取して、証拠隠滅の為に用済みとなった人間は犯罪者として処分し処刑していた。

まさにあの国で最も豊富な資源とも言える人間を家畜やモルモットの様に大量消費していた事実が様々な資料で証明されていた。

前回と何一つ変わらない展開に呆れつつ、この事実を把握していなかったのかそれとも隠蔽していたのか判らないが絶句したまま項垂れている広田准教授に構わず、西園寺はいつも通り無感情に資料を読み上げてから採決に入った。

結果は見るまでもなく反対多数で、赤聖会側は半数は棄権し賛成は一票もなかった。

最後に院長から広田准教授へと発言の機会を与えられたが顔面蒼白の広田准教授はただ首を横に振り、それを確認してから西園寺が今月の全科定例会の終了を告げた。

6/28のチームミーティングでは今週行なった薬物療法と精神療法の結果報告を行なった。

薬物療法はシャーリーンの不眠不休の尽力の結果、私が赴任前の服用量に匹敵する処方でも以前の半分以下の副作用で抑える事が可能な効果的な組み合わせの発見が出来た。

それでも当然私が全てを止めさせた時点と比べれば相当な副作用は出るが、これの前にシャーリーンに作らせたプランでは増量は望めなかったので、これでまた投薬量の余裕が出来た事になる。

精神療法の方は、Krに対して行なったフラッティングでKrのパニック発作に至る精神的原因の把握が出来た。

これに因り今までのリハビリ実施で見つかっていた症状のトラウマとも言える要因も明確となり、今後のリハビリの課題でのKrへの影響度合いを事前に推測する事が出来る様になったのは大きな成果だった。

来週は未実施課題の消化とリハビリの実施結果が芳しくなかった課題について再実施を行い、Krの回復の程度確認も含めた当工程の最終的な評価を行なうとした。

<走り書き終わり>




◆処方・手術・処置等:


来週よりリハビリ再会。

<ドイツ語の走り書き>

6/27の未明に中国北京市内で爆発事故があり多数の死傷者が出ていると言うニュースが流れていた。

その事故が発生した場所が医療施設内であり未確認情報に因るとそこは国立の大学病院施設内だと説明していた。

解説者達はまたも中国の杜撰な管理体制で発生した人災なのではないかと非難めいたコメントをしてアナウンサーもそれに同調していた。

普段ならまた中国の無謀な計画の末路の1つに違いないと聞き流すところだが、どうもこれは先週から連絡がつかない霧嶋が関与しているのではないかと感じる。

念の為にネットでこの情報を確認してみると、爆発のあった場所は先週送られて来た情報にあった外部研究機関の正体だった病院だ。

こちらが依頼している内容がまともに入手出来る物である筈もなく、あの女自体も決して全うな人間だとは思っていなかったが、まさかテロリスト紛いの犯罪まで犯しているのか。

既に依頼していた必要な情報は受け取っているから、もし霧嶋が向こうで捕まったり処刑されていたとしても依頼者である私の名を明かさなければ問題はない筈だ。

だがあの霧嶋と言えども拷問でもされようものなら口を割るのではないだろうか、そうしたら私も社会的にも生物的にも只では済まされず、ある程度は覚悟しておくべきかも知れない。

しかし今はまだ何も判らないのだからあの女の無事の帰国を祈っておく事にする、私に出来るのはその程度だから。

<走り書き終わり>




◆備考:


特になし


<ドイツ語の走り書き>


独り言……


今回シャーリーンに作らせた投薬プランは精神的なドーピングに等しいものであり、かつての薬漬けにされていた時代と比べればその絶対量は少ないがより効果的なものを厳選している為、Krに与える影響は大きくなっている。

つまりこれは当時の神経精神科が表立って行なっていた事を私達が代わって実施しているに過ぎない。

あれだけ薬漬けの薬物療法を嫌悪していたのに経緯はどうであれ自分も変わらない事をしているのだと思うと悔しくもあり、ここまで落ちなければならない事に悲しくなる。

しかしもうここまで来て個人的な思想や綺麗事を言うつもりはない、目的の為なら手段は選ばない、それしか我々の進む道がない。

とにかく今私が望むべきは目下の課題であるKr復学の実現のみだ。

これさえ叶えばもう一度本来の治療へと戻す機会も得られる筈だ、私はそう信じている。


<走り書き終わり>



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